● 短編・ショート ●

●● テノヒラ3(告白) ●●

   

10月に入ったけど、水城くんとはあれから特に進展してなかった。
普通に、クラスメートとして接してる。
時々あたしを気遣うような感じのことを言ってくれるけど、踏み込んだ会話はできないままだった。
あたしは多分、水城くんのことが好きになってるんだと思う。
考えるのは彼のことばっかりだった。
そして彼のことを考えると、体が熱くなってしまう。
テノヒラを触れられると感じてしまう性癖……。
これも変わらないままだった。

それどころか、自分の乳房に触れるとこのテノヒラが感じてしまうことが分かって以来、…私は一体何度、自慰行為をしてしまっていることだろう。
そんな自分がすごく恥ずかしくて、余計に水城くんとは顔が合わせづらかった。


考えるのは、水城くんのこと―――

あの日、公園での出来事。
もう頭の中で何度も何度も再生された記憶。
指や手を、…水城くんの舌で舐められて…その時の彼の表情……。
そして手を愛撫されただけで、初めての絶頂を迎えてしまったこと…。
水城くんの愛撫…水城くんの…。

「はあ、もうっ」
あたしは頭を振った。
テノヒラはちっとも治らないままだった。
相変わらず、こうして自分の部屋で普通に過ごしてる分には何の支障もない。
そして、今は部活に復帰することを真剣に考えていた。
学校が終わると同時に帰宅して、ブラブラしているのがどうしてもイヤだった。
このまま陸上に未練を残しているのも辛かったし、それ以上にトレーニングをしないままどんどん体力や筋力が失われていく自分が怖かった。何もかも戻れなくなりそうで。

とうとう先日、思い切って志保に相談してみた。

勿論『テノヒラが感じる』、なんてことは言ってない。
原因不明の知覚過敏みたいになってる、って感じの説明をした。
あたしは本当に悩んでいたから、その筋の通らない説明にも志保は納得してくれた。
「でも、それだけだったら……気をつければ大丈夫そうだよね?」
志保は随分心配してくれた。
あたしはその好意に甘えて、そして心強く思って、来週から復帰しようと思ってる。
走りこむ体力がなくなってそうなのが不安だけど、モヤモヤしてる気持ちがかなり吹っ切れた気がする。


(水城くん……)
メールアドレスを知ってるのに、あの日のお礼に一度メールしたきりで、水城くんとは個人的な連絡をとっていなかった。
『また、“実験”してくれる?』なんて、あの時あんな風になっちゃったのにそんな事自分から言えなかった。
学校が始まって顔を合わせてしまうと、余計に恥ずかしくて……あの日結局デートみたいに過ごしたことがウソみたいだった。
水城くんの態度は、わりと普通。
余計に自分ばっかりいやらしい気がして、何となく彼との距離を縮めることができないままだった。
(…メールだけ、しておこうかな)
やっぱりお世話に(?)なってるんだから、ちゃんと彼には言っておいた方がいい気がした。
『来週から、部活復帰するよ………』
一応の近況の報告もして、あたしは水城くんにメールを送った。

ドキドキしながら、返信を待ったけど…結局水城くんからの返信はその夜来なかった。


次の日、金曜日。
「桐柳!」
ちょっとビックリするぐらい大きな声で、教室で水城くんに呼び止められた。
「あっ…」
あたしが言いかけるのを遮って、彼が言葉を続ける。
「メール、今朝見た」
申し訳ないでもなく、相変わらず爽やかな雰囲気であたしを見る水城くん。
「…ああ、そう…」
あたしは肩の力が抜ける。
水城くんのメールを待って、結局2時過ぎまで眠れなかった。
「部活、復帰するんだな」
明るい声で水城くんが言う。
その喜んだような顔を見てると、あたしも改めて嬉しくなってくる。
「うん、そうしようと思って。…体がどんどんナマってくし」
「良かったな……。桐柳、勿体無いよ、こんな風に辞めるなんてさ」
自分のことのように嬉しそうにしてくれる水城くんを見ると、ああ、やっぱり好きかもって思う。
急にドキドキしてくる。
「…で、大丈夫なのか?」
水城くんは手を広げて私に向けた。
「………」
言葉の代わりに、あたしは首を振った。
「……そうか」
落胆するでもなく、水城くんは頷く。
「あれ以来…変わったことあった?」
水城くんの言葉に、あたしはドキっとする。

“自分の体を触っても平気だったのに、乳房だけを触るときだけは感じてしまうことが分かった”

なんて、言えるわけない。
「ううん…」
顔が熱くなる。
恥ずかしくてたまらなくて、あたしはこの場から逃げ出したい。
久しぶりに水城くんと喋ってるのに。
水城くんはあたしを見てた。
改めて目が合うと、彼もちょっと気まずい表情になる。
「……じゃあ、楽しみだな、来週」
そう言って自分の席の方へ戻って行った。

(はあ……)

あたしが『普通』だったら、…どうだったんだろう。
そんな風に考えたことがなかった。
(普通に、付き合いたいな…)
こんな状態じゃ、普通のお付き合いもできなさそうだなって思う。
ため息が出る。
うわの空のまま、授業はどんどん進んだ。


月曜日、久しぶりに部活に出る。
なんだか照れくさかったけど、何事もなかったかのように皆は接してくれる。
雰囲気も、今までと何も変わっていなかった。
(早く復帰して、良かった……)
志保と目が合うと、にっこりしてくれる。
あたしも笑みを返した。

「それじゃあ、各自ストレッチしてくださいー」

志保があたしに手を伸ばす。
手を直接触らないように、気を使ってくれる。
「ありがと」
口に出して、あたしは言った。
「ええ?全然だよ」
志保は笑う。
あたしは彼女に本当に感謝した。

体を動かし始めてしまえば、何もかも今までのようだった。
あたしも、単なる陸上部員の一人。
ブランクを感じさせられるのは、ちょっとした体力の低下ぐらいだった。
だけど……。

視野の端に、水城くんが入ってくる。
見ないようにしようと思っても、どうしても意識してしまう。

部活を休む前と、今との一番の大きな違い。

心が彼を追いかけてしまう。

彼が跳ぶフォームはとてもキレイで、陸上選手として憧れていた。
それは前からそうだったけど、自分の中の彼の存在が、今までとは全く違う。
次元が変わったみたいに見える…。



――跳ぶ彼は、本当に素敵だった。

汗でさえ、彼のものなら特別なような気がした。

胸がドキドキする。
あたしは思わず自分の手をギュっと握り締める。
この手が、あの唇に………
…部活に集中できなくなりそう。
「桐柳ー、たまには跳んでみるか?」
男子の先輩と視線が合って、声をかけてくれる。
「はいっ」
あたしはバーに向かう。
さっき宙にいた彼を思い出しながら。
ハイジャン(高飛び)をするときの一瞬の滞空、本当に自分が宙に浮いている感じになる時。
あの瞬間は好きだった。
走りこむ。
踏み込んだ。

――― 空を見る。


マットに落ちる自分の体と一緒に、バーも落ちた。
あたしは現実に帰ってくる。
走り専門だったことを体で実感する。
だってさっきの水城くんを見たら、あたしも挑戦したくなったから…。

それにしても陸上部員でありながらこの高さを落としたのは、いくらブランクがあるとはいえ、さすがに自分でもちょっとショック。
「あーあ」
無意識につぶやいて、顔を上げたその先に水城くんが見える。

水城くんはあたしに優しい眼差しを向けていた。

「………」
ドキドキする。
好きな人がいるって、こんな…?
自分でも困ってしまう。
どう対処していいのか、さっぱり分からない。



次の部活の時も、あたしの視野の中…意識の中心には水城くんがいた。
そして気付いてしまった。

(彼を見てる人がいる……)

一つ上の先輩、城嶋さん。
彼女もすぐにあたしに気付いたみたいだった。
「………」
城島さんは、きっと水城くんが好きだ。
そして城島さんにも、あたしが水城くんばかり見てること、きっとバレてる。


「やっぱり、部活に出て良かったな」
帰りの電車の中で、唐突に声をかけられる。
「水城くん……?」
あたしと水城くんの路線はすぐに分岐するから、一緒の電車に乗ることはないはずだ。
不思議そうにしているあたしを彼はすぐに察する。
「なかなか学校じゃ喋れないからさ。…今日、送るよ」
「…あぁ、…うん…」

水城くんの方から色々と話してくれてた。
あたしは恥ずかしくて、そしてドキドキして、…例によってどうしていいか分からなかった。
すごく嬉しかったのに。

帰り道、ふと水城くんが言った。
「…なあ、気になってたんだけどさ」
「…?」
あたしは彼を見た。
水城くんはちょっと困ったような顔をしていた。

「……もしかして、…あの時のこと、怒ってない?」

「えっ…」
意外なことを言われた。
だって全然怒ってないのに。それどころか……。
「ううん!全然!」
あたしは慌てて否定した。
「そうかな」
水城くんは困った顔のままだ。
彼の言葉の調子になんだか投げやりさを感じて、あたしは焦る。

「…………」

言葉が見付からない。
何度もあの日のことを思い出しては、熱い想いを募らせていた。
それなのに、誤解されてる?

水城くんも何も言わずに、前を向いたままだった。
彼氏ってわけじゃないから、水城くんとあたしの距離は結構あった。
まるで心の距離みたいに。

(好きなんだけど……)
喉元まで言葉が出る。
(どうしよう……)
そんなこと急に言われたって、水城くん、困るに決まってる。
(だけど、送ってくれてるし……)


魔が差す

って言葉はちょっと違うと思うけど、思考よりも先にあたしは言葉が出てた。

「あの、水城くん」

「えっ」
急に決心したみたいなあたしの呼びかけに、水城くんは驚いてこっちを見た。


「あたしと、…付き合えないかな」

水城くんはポカンとした顔で、ただあたしを見てた。
言っちゃった自分の方が、きっとビックリしてる。
(なんでなんでなんで?)
自分でもワケが分からない。
あたしはなんだか焦っていた。
『怒ってない?』って言った水城くんが、まるで怒ってるみたいで。
部活での城島さんの視線が、痛くて。

そして今日、…気付いてた、
考えないようにしてたけど…
………水城くんも時々城島さんを見てたこと。


自信があったわけじゃない。
だけどあの日のことが忘れられなくて。
あの日の水城くんは、まるであたしの彼氏みたいだった。
優しかった。
そして……優しい彼は、今でも優しいままのような気がしてた。

きっとあたしは無意識に期待してた。
だからこんな言葉が出たんだ。


「あのさ、……桐柳」

「うん」
顔を上げて水城くんを見ると、彼も戸惑ってるみたいだった。
あたしは一気に後悔してくる。
足の方から、イヤなドキドキがどんどんと胸の方へ上がってくるような気がした。


「ちょっと、考えさせてもらってもいい…?」


即OK、してくれるかもしれないという期待は、はかない妄想だった。
「…うん」
地に足がついてない感じ。
できるなら走って逃げ出したい。
「……ご、ごめんね、変なこと言って…急に…」
指先が冷たくなってくる。
きっと触られても、今なら感じなさそうだ。
どうなんだろう。
こんな時でさえ、そんなことを考えてしまった。


そして会話もしないままあたしの家について、水城くんは帰っていった。
せっかく送ってくれたのに。
今日の自分の全てに後悔する。

「あーあ!もう!何言ってんの??」

自分がイヤになってベッドに突っ伏す。
全然考えてなかったけど…もしかしたら、あたし水城くんに対してずっとそっけない態度をとっていたかもしれない。
恥ずかしくて、避けちゃったりしてたし……。
わざと目を反らしたりしてたし……。
(それに……)
城島先輩のことも気になる。
……すっごくイヤな予感。
あたしが部活に出ない間、…何かあったのかな…。
それとも、前々から…?あたしが気がついてなかっただけで…。
水城くんは彼女がいないと思ってたけど、もしかしたら思い込みだった…?

「もう!あーっ!」

顔の前にある自分のテノヒラ。
こんなに頭の中がグチャグチャで、自己嫌悪で一杯なのに。
まさかと思って、そっと制服のブラウスの中に手を入れてみる。
そしてブラジャーの中に。


「……っ!」

テノヒラに伝う感触が、全身を震わせる。
こんな精神状態なのに、この性癖はそのままだった。

(もう、ホントにイヤ………)

色んな事がイヤになってきて、自分の体が呪わしくなってくる。
(どうなっちゃうの…)
水城くんのことも、自分の体も。
テノヒラがこんな風になってから、あたしは初めて涙が出た。

 

ラブで抱きしめよう
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