光成との再会は、偶然だった。
あいつは可愛い彼女を連れて、ボクの目から見てもあからさまに分かるほどデレデレして歩いてた。
小学校の時に習っていた空手教室で、ボクは光成と一緒だったのだ。
当時、結構仲良くしてたんじゃないかと思う。
その頃から稜二はデカかったけれど、光成とボクは同じような身長で、何かと組まされて練習していた。
しかし久しぶりに会ったあいつはボクよりもかなり背が高くて、何だか軽くショックを受けた。
それからしばらくして、今度は街の本屋で制服姿の光成と出会った。
「おー、また会ったな!」
ボクはちょっと嬉しくなって、光成に笑顔で話しかけた。
「本当だね…、もしかしたら結構すれ違ってたりしてたのかもね」
そう言ってヤツも照れくさそうに答える。
会話をする時に、自然とボクの目線は上がる。
仲間内でボクよりも身長の低い男はいないから、こんなのは慣れっこだ。
それでもいつも同じ目線で話していた光成の成長に、ボクは戸惑ってしまう。
「この後用事あるの?もしちょっと時間があるなら…」
少し話でもできたら、と思いボクは誘いかける。
だがその言葉を遮って、ヤツは大声でボクの名を呼んだ。
「そうだ……か、か、海都君!」
「な、何だよ??」
参考書売り場で突然声を張られ、ボクたちは目立っていた。
「海都君、もし良かったら……この後買い物に付き合ってくれないかな?!」
「い、いいけど……、とにかくここから出ようぜ」
ボクは光成の腕を押しながら、本棚の脇を抜ける。
興奮すると声がデカくなる癖、子どもの頃と変わってなくて笑えた。
「洋服…欲しいんだけど……何を買っていいのか分からなくて……
その、海都君はお洒落みたいだし……選んでもらえると…」
駅ビルの通路を歩きながら、光成は声を潜めてボクに言った。
「いいけどさ……、ボクと光成の趣味って合うかどうか分からないけど…」
「いいんだ、海都君の趣味で!ボクはセンスないし…」
そう言いながら、学生カバンを光成は胸の前で抱え込んだ。
デカい癖にモジモジしやがって、とボクは内心思いながらも、ヤツの言うとおりボク好みのショップへと向かう事にした。
洋服を合わせる光成はスタイルもよくて顔も小さいから、意外とどんな服でも似合う。
ボクも楽しくなってきて、色々とあれがいいんじゃないかこれもいいんじゃないかと店員のように勧めてしまった。
ヤツはボクに言われるがまま、予算の合う服を見つけるとどんどん買おうとしていた。
「そんなに買うの?」
さすがに心配になって光成に言った。
「うん、一人じゃなかなか選べないし…こんな機会がないと」
光成は買えるギリギリまで、金を使う気らしい。
「そんなに焦らなくてもさ、ボクいつでも付き合うけど…」
「えっ、ホントに?」
ボクの一言で光成は落ち着いた様子で、とりあえず今着そうな服以外は棚に戻していった。
ひとしきり光成の買い物が済んで、ボクらはファーストフード店で休む事にした。
「光成、メール教えてよ」
ボクらはメールアドレスを交換し合い、近況なんかを話し合った。
「なあなあ、光成、彼女可愛いじゃん。同じ学校の子だろ?」
先日会った彼女の事に話を振る。
制服姿だったから、同じ学校だということはすぐに分かった。
真面目そうな光成が、タイプの違う女の子を連れていたから意外だった。
まあ、それはボクにも当てはまってしまうかもしれないけれど。
「うん……、ボクの方からお願いして…奇跡的に付き合ってもらえたんだ…」
光成は恥ずかしそうに下を向いて、両手で眼鏡を直す。
「もう好きで好きで好きで…ずっと片思いで…
付き合ってくれるって言ってくれた時はホントに信じられなくてさ」
「へえ」
「2ヶ月経ったけど、まだ夢の中みたいで」
本当に夢心地、みたいな表情で光成はうっとりする。
「好きな子と一緒にいられるのって幸せだよね…ホントに…」
「…そっか、良かったなあ」
ヤツののろけ話に、ボクは自分の事のように深く頷いた。
猛烈な実感として、自分自身にも当てはまっていたからだ。
「海都君は、勿論彼女いるんでしょ?海都君はモテるんだろうなあ」
「うん、いるけどさ……ボクも、今の彼女は必死で口説いてやっとゲットしたんだよ」
「ええ、ホントに?海都君が?」
「そうだよ!最初は全然脈がなくて、もう必死でさ…」
勇気を出して雛乃に声をかけた事を思い出す。
あれから既に1年以上経つけれど、ボクはまだ彼女にメロメロだ。
「海都君が必死かー…ちょっと意外すぎるんだけど」
光成は驚いた顔で、カップを取り飲物を一口飲む。
「海都君を必死にさせるなんて、どんな女の子なんだろうなあ…」
そう言いつつ、眼鏡を外した。
密かに光成はかなりの美形だ。
一緒に空手をやっていた小学校時代、眼鏡をかけていなかったからボクはよく知っている。
当時の光成も痩せていて色が白くて、スポーツとは無縁のような線の細いタイプだった。
だけどあの頃は、コイツも結構やんちゃだったんじゃないかと思う。
ボクや稜二と一緒に、よく空手の師範に怒られていたっけ。
「写メあるよ…えーっと」
さすがに自分の彼女を待ち受け画面にするのは恥ずかしくて、ボクは携帯のデータフォルダから特にボクのお気に入りの雛乃の一枚を探す。
「この子」
ボクは携帯ごと光成に手渡した。
三つ編みで眼鏡をかけている、学校にいる時の普段の何気ない雛乃の姿。
そんな普通の状態の彼女に、いまだに萌えてしまうボク。
光成は眼鏡をかけ直して、しげしげと写真を見る。
「真面目そうな子だね。海都君ってもっと派手な子が好きなのかと思った」
「それ、みんなに言われるんだけど…」
ボクの仲間や知り合いに彼女を紹介すると、大体のヤツがそう言う。
そして最近では、ボクの彼女だというのに何故か雛乃を狙ってくるヤツまでいる。
雛乃みたいなタイプは、男の下心をそそるんだなと改めて思う。
勿論ボクも含めて。
「可愛らしい人だね、海都君とすごくお似合いだね」
「お?そう思う???」
そんな風に言われたことがないボクは、思わずにやけてしまう。
遊び人ばかりの友人に普段囲まれているボクは、純粋な光成にすっかり気を許していた。
子どもの頃仲が良かっただけあって、見た目は違えどもやっぱりボクと似ているところがあるし。
「今度一緒に遊ばないか?4人でさ……受験の息抜きに!」
気を良くしたボクは、つい誘ってしまった。
「え…いいの?」
「光成こそ、良かったら是非」
「彼女、海都君のこと知ってるみたいだったし、一緒に遊べるなんて喜ぶと思うよ」
光成は無防備な笑顔を見せる。
その眼鏡越しの隠れイケメンの姿を見ていたら、ボクは自分から誘っておいてちょっと不安になってきた。
彼女の視線がボク以外の誰かに向けられるだけで、ボクはいつもドギマギしてしまう。
雛乃と付き合ってから、嫌ってほど自分の嫉妬深さを思い知ってた。
(もっと懐深くならないとなあ…)
自分の彼女の話をする、屈託のない光成を見ていてしみじみ思った。
その日の帰り、いつもと言えばいつもの事だけれど、雛乃に猛烈に会いたくなってボクは電話をした。
何もない時、彼女は大体ちゃんと自分の家にいて、真面目に勉強している。
「家まで行くけど…ちょっと出られない?」
『うん、大丈夫だよ。ロッズ連れて行くから』
ロッズっていうのは彼女の家の飼い犬で、黒いチワワだ。
犬の散歩を口実にして、ボクたちは微妙な時間でも会う事ができた。
「寒くなってきたね」
薄い水色のコートを羽織り、小さな犬を連れて雛乃は出てきた。
「そうだね」
制服にマフラーしかしていないボクは肩をすくめたけど、寒さなんかより雛乃の顔を見れた嬉しさの方が断然勝っていた。
まだ三つ編みで眼鏡をしている彼女は私服姿だったけれど、今日学校で会った彼女そのままの感じだ。
数時間前に顔を見ていたというのに、ボクの心は再び新鮮な喜びで満たされていく。
やっぱり彼女が好きだ。
「どこか行ってたの?」
雛乃が聞いてくる。
授業が終わってから、もうだいぶ時間が経っていた。
空も真っ暗で、ボクたちは薄い明かりが届く公園のベンチに腰掛ける。
「昔の友達に偶然本屋で会ってさ」
ボクはさっき光成に会った事、そして彼女を連れて一度遊びに行こうって話になった事を説明した。
「光成は、今ボクの周りにいるタイプと違って……何ていうか真面目なヤツなんだ」
「ふうん」
雛乃は可笑しそうに笑った。
「何?」
変な事言ったかなと思い、ボクは雛乃に向き直る。
「なんでもない」
ニコニコとこちらを見てくる彼女。
やっぱりボクにとっては雛乃はダントツにすごく可愛くて、ボクは彼女を見つめたいのにもう見ていられない。
自然に手が伸びて、彼女の頬に触れてしまう。
ゆっくりと近づく顔。
目を閉じあうと、そっと唇が触れた。
彼女を感じ、ボクの興奮度がかなり上がってきたその時、全然別の感触がベロンとボクの口元を襲う。
「ウッ」
雛乃が膝に抱いていた犬が、ぼくらの唇を舐めてた。
「なんだ、お前まで?!」
ボクはロッズを抱き上げると、思い切り頬擦りしてやった。
チワワに顔をベロベロと舐められるボクを見て、雛乃は楽しそうに笑ってた。