「ここにオレが初めて来たときに、桃ちゃんが『好きじゃないならしてもいい』みたいな事言ったじゃん」
「うん」
「あの意味…。その時は全然わかんなかったんだけど、今なら何となく分かるような気がする」
暖房をつけなくても普通に過ごせるようになった部屋で、柚琉と桃子はベッドに背をもたれて座り、何となくテレビを見ていた。
再び付き合うようになってから、柚琉はまた髪の色を変えた。
今は去年ほど明るすぎない落ち着いた茶色にしている。
「一緒にいたら、抱きたくてたまんなくなるけど、……だけど、そうじゃなくたって…一緒にいたい」
「うん」
「なんていうか、桃ちゃんとエッチはすげーしたいんだけど、それが目的じゃないっていうか…」
柚琉は桃子の手を握った。
「でも、桃ちゃんといると、やっぱりしたくなっちゃうんだけどね」
その手を引き寄せ、彼女の指先にキスした。
「うん…分かるよ……」
桃子は指を伸ばして柚琉の唇をはじくと、笑った。
常に『こうでなくてはいけない』という理想を追いかけすぎていたのかも知れないと、桃子は思う。
それでも現実はいつも微妙に違っていて、しなくてはいけないと思う姿と、本当はこうしたいという気持ちがいつもずれていたような気がした。
(…柚琉は私の殻を破って、いつも手を差し伸べていてくれた)
『柚琉が年下だからきっといつか別れてしまうだろう』という思い込みは、臆病な自分への言い訳に過ぎなかった。
つまらない事ばかりを気にして、『今』を見ていなかった。
(一緒にいられることが、何よりも大切なのに…)
『もらいたい、して欲しい』ばかりの自分から一歩踏み出したかった。
柚琉と一緒にいたかった。
(そのためには、私も…変わらないといけないよね…)
「ん?どうした?」
桃子を見る柚琉の笑顔は明るかった。
「……柚琉」
「?」
(やっぱり可愛いなあ……柚琉)
こうして普通にしている柚琉は、少年のように見える。
それでも表情が入ると、時折ぐっと男っぽくなる瞬間があって、桃子はそれにまたドキドキしてしまう。
「大好きよ」
「オレも大好き」
柚琉が即答する。
その素早さに、思わず桃子は笑った。
「でもでもー、私の方が絶対好きだと思うよ」
「なんだよ、オレ絶対負けねえよ」
「私が勝つってば」
「オレが負けるわけねえだろ、桃ちゃん全然分かってないなあ」
「ぷっ…」
下らない言い合いに、二人で笑い合ってしまう。
(幸せ……)
柚琉がいてくれるだけで、こんなにも満たされた気持ちになれる。
――― 柚琉のために、生きていきたい。
最近、桃子はそう考えるようになっていた。
(彼を幸せにできるような、自分になりたい)
そのために何をすべきかと言うよりも、そう思い『今』を過ごす大事さに気付いた。
柚琉が変えてくれた。
(こんなところにも…)
街角にも所々に薄桃色の花をつけた桜が咲き、季節の移り変わりを告げていた。
「お……」
柚琉が足を止める。
「なーに?」
渋谷の某ビルの広告に、若菜が起用されていた。
写真の若菜は自信に溢れていて、柚琉が知る高校生の彼女よりも幾分大人っぽかった。
「へー」
ポスターを見て、柚琉は懐かしさを感じた。
(あいつも、頑張ってんじゃん…こういう世界、合ってそうだしな)
「どうしたの?」
「いやあ……別に…、なんかさぁ、春だよね」
花びらの行き先を見つめて、柚琉は空を見上げた。
公園の方に向かうと、桜並木が白いトンネルを作っている。
春の匂いを乗せた風が過ぎると、薄桃色の花びらが雪のように舞ってきた。
「キレイーーいいよねぇ、春は」
にこにこしながら桃子は回りを見渡す。
いつものように、柚琉と手を繋いで歩いていた。
「……今年、オレ二十歳だよ」
「そっかあ…まだ10代なんだっけ」
「そっちじゃなくってさ」
柚琉は苦笑する。
「ハタチってなんかやっと大人に近付いたって感じ?……ああ、早く社会人になりたいなあ」
「学生で、いいじゃん。時間もいっぱいあるし、自由だし」
自分の日常を思い、桃子は心から言った。
「そうかなあ…。オレ、早く社会に出たいよ…。そしたらさあ…」
その言葉を遮って、桃子は言う。
「社会人になったら、今みたいに頻繁に会えなくなるよ」
眉を寄せる桃子に、柚琉は戸惑いながら答える。
「そうかなあ?」
「そうだよ」
今なら柚琉の朝が遅いので、毎晩のように泊まりに来ても桃子はあまり気を使わないで済んでいた。
社会人同士の付き合いとなれば、今までのようにはいかないだろう。
「でもさ……」
柚琉は神妙な顔で言った。
「もっと一緒にいられるようになるかもしれないぜ」
「?」
「毎日、さ」
「???」
桃子は柚琉の意図することが分からず、ただ彼をじっと見た。
「…オレはそれに向かって頑張る」
自ら頷いて、柚琉は笑う。
(鈍いよな、桃ちゃん。鈍すぎ……)
きょとんとしている桃子を見て、柚琉はもっと笑顔になった。
「なんか、よく分からないんだけど〜〜」
それでも桃子は柚琉のその明るい顔を見ながら、彼と一緒の毎日は輝きに満ちるだろうと確信する。
これから先に起こる何かも、好きだという気持ちがあれば大丈夫だと思った。
柚琉が側にいてくれることが大事で、そのためなら『自分』も変えていく事ができるだろう。
(もう、目をそらさない……)
桃子は柚琉の腕を抱きしめた。
彼に出会った瞬間から、この手を繋いでいた。
「そばに、いてね」
「…当たり前だろう」
見つめあう視線がほぐれ、自然に笑顔になっていく。
白い花びらが風に吹かれ、桃子の髪から空へと舞い上がった。
〜好きという気持ちだけで全てうまくいけばいいのに〜
★Special Thanks!★(キャラの名前をつけてくれた方たち)
柚琉…ゆゆさん
若菜…玲奈さん
瀬野雅人…莉音さん
秋元智沙…Komiさん
佐藤清勝…がーこさん
三沢朱音(結婚する桃子の後輩)…砂月さん
相馬祐二(後輩と結婚する社員)…あきのさん
琢磨(柚琉友人)…ほっけさん
柏木宗近(柚琉友人)…むぎさん
公太(柚琉友人)…soraさん
愛百合(公太彼女、若菜友人)…あっとさん