秘密のメガネ君。

☆☆ 1 ☆☆

   

土下座の告白……なんて初めてだった。
そもそも、男のプライドって無いの?


「お、お願いしますっ、付き合って…とまでは言いません。一度でいいから、デートして下さい!」

(同級生なのに、敬語だし…)

目の前…というか、足元で完全に顔を伏せている男。
藤木光成。クラスが一緒というわけではない。


最近、下校途中や休み時間そして体育の時間などに、妙に濃い視線を感じていた。
こんな風に誰かに見られるっていうの、私にとってはそんなに珍しい事じゃなかった。
だけど、そのねっとりとした視線のまとわりつき方は、ちょっと異質だった。
殺気に近い、というか。
(何……?誰…?)
――― その原因はすぐに分かった。
ある日の休み時間のことだ。
廊下から強い気配を感じ、教室のドアへ向かって私は思い切り振り向いた。
そこにいたのは、厚いメガネをかけた、いかにもガリ勉ってタイプの奴。
私と目が合うと、あからさまに挙動不審になり、慌てて走り去って行った。
………そいつが、この藤木だったのだ。


「ちょっと、やめてよ。みっともない」

どうして平気で地面に手や膝を着くことができるのか、理解できない。
これまで経験した数ある告白の中で、このパターンは最悪な気がした。
「…………」
『やめてよ』と言われて、藤木はおずおずと立ち上がった。
意外にも、立つと結構背が高い。
彼は土で汚れた制服の膝を払うでもなく、下を向いたまま黙っていた。
(もう、何なのよ……帰りたい)
放課後の渡り廊下の陰。
人の目につかないように廊下から少し外に出ていて、私は上靴が汚れるのが気になって仕方がなかった。

「もう帰ってもいい…?」
私は極力控え目に言ってみた。
藤木の気を変に逆撫でして、ストーカーみたいになられても怖い。
彼は勉強はすごくできそうな感じに見えたけど、どうもちょっとオタクっぽかった。
髪は いつ切ったのか分からないけれどボウボウに伸びていて、わたし的にはありえない髪型をしている。
こんな男と街を歩くのを想像すると、あまりの格好悪さにぞっとした。

「えっと〜〜、ほら、私なんてさぁ、藤木くんに釣り合わないと思うしー…」
そんな事思ってもいなかったけれど、彼と関わりたくなくて仕方なく下手に出た。


「榎森さんは、ボクの太陽です!」

「ええぇっ??」
唐突な藤木の大声とその内容にビビって、私まで声が大きくなってしまう。
驚いている私にはお構いなしに、藤木はデカイ声で続けた。
「榎森さんが……す、す、好きです!!」
分厚いメガネの向こうで小さくなった目が、ギっと私を睨んでいる。
「…………ゔっ」
(こ、怖い……)
私は完璧に引いてしまった。

「憧れなんです!付き合いたいなんて、大それたことは言いません!
ただ……1日でいいから、一緒に過ごしたいんです!
ボ、ボ、ボクの、夢なんです!榎森さんは…ボクの理想なんです!最高なんです!」

(何、…ほ、褒め殺し??)
私はますます引いた。
藤木は鼻息が荒い。
それに、今気がついたけど、彼の唇はボッテリと厚い。
やっぱりどこからどう見ても、全然好みじゃなかった。

「お願いします!どうか、どうか……1日だけでも……」
重大な願掛けを神にするかのごとく、藤木はまた私に平伏そうとした。

「や、……もう、やめてよ…!……無理だって!」
すごく困ったし、だんだん腹が立ってきたし、私も声を荒げてしまった。
それなのに、藤木は私を睨んで一歩近付いてくる。
「そこを何とかお願いしますーーっ!」
超、声、デカイし。
「……榎森さんとデートできるなら、ボクは……ボ、ボ、ボクは……」

「…??」
(何……?)
藤木の ためっぷりに、つられて思わず私まで息を呑んだ。


「……ボクは、……………死ねるっ!!!!」


「……………」
(アホか)
握り拳を胸の前で作って、虚空を見つめている藤木が恐ろしくなる。
(怖いよ……藤木…)


――― あまりに恐ろしすぎて…………、
何故か成り行きで、藤木に1日だけ付き合う事になってしまった。

 

ラブで抱きしめよう
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