秘密のメガネ君。

☆☆ 2 ☆☆

   

デートっていうか、私としては断じて『デート』だとは認めたくなかった1日が、とうとうやってきてしまった。
……しかし、この約束をするまで押しに押しに押し切った藤木のバイタリティは凄いと思った。
何度も断ったのに…。
潜在的な奴の力量って、結構すさまじいのかも。
(もしかして、将来は大物になったりして……)
そんなことを考えて気を紛らわしながら、私は奴との約束の場所へ向かった。

10月の最初の日曜日。
わざわざ貴重な休日を奴のために空けたのも釈然としなかったけど、あの勢いが裏目に出てヤバイ方向に走られても怖かったから、私は今日1日をガマンして付き合ってやることにした。 

「えっ…」 

公園の噴水の前で待ち合わせをした。
そこに立っている藤木を見て、最初は誰だか分からなかった。
眼鏡はいつものだったけど、雰囲気が違ってた。
普段ボサボサの頭はいかにも美容院でさっきセットしたような今風のラフな髪型になっていたし、服装も、白っぽいTシャツにGパンというものすごく無難な格好だ。
(意外に、普通じゃん……)
私自身がどう見ても派手な方だし、あまりにも違い過ぎても辛いと思っていた。
予想に反して、無難にまとめてきた藤木を見て、私はほっとする。

藤木は一瞬キョロキョロ周りを見渡すと、すぐに私に気がついたみたいだった。

「榎森さん!」

(大声で、名前呼ぶなっての…)
多分半径10メートル以内の人が皆、私の名前が榎森だということを知ったと思う。
嫌な顔をしたまま、私は渋々藤井の方へ歩いていった。

藤木はさらにデカイ声で言った。
「今日は、ありがとうございます!!ホントに!ホントに!」
「ちょっと、…声デカ過ぎだってば…」
私はますますこの場にいるのが嫌になってくる。
少し先にいた大学生ぐらいのカップルが、私たちを見て笑っていた。
恥ずかしくてたまらなかった。

「もう……。で、今日、どうすんのよ?」
「榎森さんの行きたいところはないですか!?」
藤木はものすごく近付いてくる。
「ない!」
私は即答した。
ふと風向きが変わって、噴水の飛沫が薄く腕にかかる。
奴の気配まで一緒に肌に触れたような気がして、ちょっと滅入ってきた。

「じゃあ、ボクが決めてもいいですか!!」



鼻息の荒い藤木が私を連れて行った先は、都内の遊園地だった。
(ベタだなあ……)
交通の便もいい休日の遊園地は そこそこ混雑していて、その中で私たちは単なるカップルみたいに見えて目立たなくなる。
藤木と街を歩いて知り合いに会っちゃうぐらいなら、この方がいいかもと思えてきた。
グオーという音とともに、歓声が時折聞こえてきて、ここなら藤木のデカイ声もあまり気にならない。

「……で、どうすんの?」
とりあえず藤木の気が済めばいいと思った。
もともと、『一度だけでいいから』って言うからついてきたんだし。
藤木は笑顔になって、空を見上げた。
笑うと結構、口がデカイ。
おまけに、歯、白っ。

「あれに乗りたいですっっ!」
「あれ……?」

奴の指差した先を、私も一緒になって見上げた。
青い空をバックに、デカくそびえ立つソレ。
カラフルな色の丸い個室がつながって高いところまで回る、カップル定番のアレだ。
(か、観覧車〜〜〜?!)
私は一瞬考えた。
一定時間、密閉された空間で、藤木と二人きりになる。
(………い、……イヤだ…)
別に何もなければ、別にそれでもいい。
でも藤木ってなんかオタクっぽいし、それに本当のところどういう人かよく知らないし、…私は本能的に警戒した。
「い、……いきなり観覧車は、……ちょっと……」
思い切り引いてる私を見て、藤木はあからさまにガッカリする。

「そ、そうですか…。……そうですか…」

2度目の『そうですか』はめっちゃ声が小さくて、内に入っていく奴がちょっと怖くなってきた。
「え、ええっと……、アレ、…アレに乗ろうよ!ね?」
藤木に気を使っている自分も情けなかったが、私はとりあえず盛り上りそうなアトラクションを差す。
「あれ………ですか?」
奴は明らかに気乗りしていない様子だったけれど、この間を繋ぐために私は半分強引に歩き出した。


私が選んだのは、足がブラブラしてブランコのごっついみたいな形をした、激しいジェットコースターだった。
元々こういうのが大好きな私は、久しぶりの遊園地っていうのもあって、藤木と来たというのに何だかちょっとワクワクしてきた。

暫く並んだけど、すぐに順番が回ってきた。
案内されたところに座り、イカツイ器具が降りてきて私の体をグっと押さえ込む。
隣の藤木との距離もいい感じにあって、私はしばし奴の存在を忘れた。

「キャー、キャーキャー!」

走り出したジェットコースターの爽快感に、私は思わず絶叫した。
グワングワン回って、ドーっと落ちていく。
重力から解放されるような気分で、すっごく楽しくなった。

あっという間に爽快な時間は過ぎ、カンカンと音を立てて、屋根の着いた乗車場にジェットコースターは戻っていく。
(ふあー、…久しぶりに楽しかった)
体を押さえていた器具が外れて自由になった時、あらためて藤木と来ていた事を思い出した。
「あー、楽しかったね〜〜」
そう言いながら顔を横に向けて藤木を見ると、なんだか顔面蒼白な感じだった。
「ちょっと、大丈夫???」
思わず立ち止まってしまう。
「お出口は、こちらですー!」
「…………」
係員に促されて、私たちは出口へと歩き出した。

「あっ……」

私と藤木が同時に声を上げた。
藤木はふらふらで、足がもつれて今にも転びそうだった。
「大丈夫??」
私は思わず、奴に手を差し伸べてしまう。 
「あ……はい、すみません」
(マジかよ……)
本気でへろへろになっている藤木にゲンナリしつつ、仕方なく私は藤木に腕を貸す。
それでも、背の高い男が倒れそうにふらふらな状態っていうのは結構怖くて、出口の階段を私は真剣に下りた。

……… いつの間にか、ビッタリと、奴に寄り添っていた。


(ああー……もう、何なの??)
近い場所に木陰になっているベンチを見つけ、すぐに私は藤木をそこに座らせた。

「大丈夫……?気分悪い…?」

一応、聞いてみた。
藤木は座り込んで頭を抱え、さっきまでのテンションは完全に消え失せていた。
「……大丈夫です。……どうもすみません」
(うわあ……マジ…?)
奴は本気で気分が悪そうで、私は何だかオロオロしてきた。
「えっと……え、っと……、お茶でも買ってくるね!休んでて!」
とりあえず、その場を離れた。

自販機はすぐ近くにあった。
お茶を買って戻ったら、藤木はさっきよりも顔色がよくなっていた。
(はあ……良かった…)
「はい、コレ」
私は藤木の目の前にペットボトルを差し出した。
「あ、あ、あ、ありがとうございます」
(お礼ぐらい、噛まないで言えよ…)
ちょっと距離を開けて、私も藤木の隣に座る。

(暑いなあ……)
先週は涼しい日もあったのに、10月なのに今日は残暑みたいだ。
「優しいですよね……榎森さん」
「はっ?」
唐突に振られて、私は驚いてしまう。

「榎森さんは覚えてないと思いますけど……、ボク、中学の時に貧血起こしたことがあって、
…その時にも榎森さんに保健室まで連れて行ってもらったんです」
「えっ?そうなの??」
ぜんっぜん覚えてない。
そもそも、藤木と中学が一緒だったの 今言われるまで知らなかった。
「そうですよ……。その後、何回か『大丈夫?』って声もかけてもらいました」
「……そ、そうだっけ??」
「中学の時、榎森さん、ブラスバンド部だったでしょう?」
「う…、うん……あんまり行ってなかったけど……」
(よく知ってるじゃんよ……)
私の覚えてない事を話されて、何だか変に緊張してくる。
「後輩に、ボクのいとこがいて……、よくしてもらってる、っていつも言ってました」
「後輩……?」
1コ下の子で、地味〜〜な女の子がいた。
部に今ひとつ馴染んでなくて、その子にはよく声をかけてたっけ。
そう言えば、どことなく藤木に似てた。
「『藤木』、って……。藤木のいとこだったんだ?!」
「はい……」
藤木は静かに頷いた。
「へえ〜〜〜。そうなんだぁ〜〜」
思い出せばやっぱり、後輩の『藤木』は藤木に雰囲気がそっくりで、今更ながらにおかしくなってくる。

「榎森さんは、いつも輝いてました」

「ええっ??」
(何なの、突然……)

「イヤイヤ、今も、輝いてますよっ…」
藤木は慌てて言い足してくる。
(そういう意味で突っ込んだわけじゃないんだけど…)
私は呆れて奴を見た。
そんな視線にもおかまいなしに、藤木は話し続ける。

「優しいし……、可愛いし…、男子にも女子にも人気があって…」

(あのねえ……別に人気なんてないけど…)
また褒め殺し?と思いながら、居心地の悪いまま仕方なく私は藤木の話を聞いた。
風が吹いて、私たちのすぐ上にある木がザワザワと葉を揺らす。

「中学の時からずっと……憧れてました」
「…………」
「だから、今日、……本当に嬉しくて…夢みたいです」
「…………」
「本当に、…ありがとうございます…」

別に私なんて何も偉いワケじゃないのに、勝手に褒めちぎって感慨に浸っている藤木。
奴の厚い眼鏡の奥の瞳に、熱いものを感じて、何だかムズムズしてきた。
(中学の時からって…)
今、私たちは高3だ。
(何年前からの話よ……)

ふと藤木を見ると、思いがけず優しい表情をしていた。

(こんな顔、することがあるんだ……)

デカイ口から時折見える白い歯も、私にとっては好印象だった。
今日の藤木は、普段の奴の姿よりもずっと良かった。
それに、こんなにも肯定されるのって、正直悪い気はしない。
そもそも、他人からこんなに褒められた事なんて、今までなかった。
そして今、横に座っている藤木は、本当に幸せそうだ。

(ふうん……)


…… この後、一緒に観覧車に乗ってもいいかな、って、一瞬思った。 

 

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