「今日は、そのっ、ほ、ほ、本当に、ありがとうございました!」
別れ際、藤木は両手をビシっと伸ばし直立した状態で、ちょっと軍隊みたいな感じの姿勢で私に向かってお礼を言ってきた。
初秋の夕暮れは空がキレイで、まばらに散った雲がピンク色に染まる。
私たちは待ち合わせをした噴水の近くに戻っていた。
夕方になっていたから、周りには何組かのカップルがゆっくりと歩いている。
そんな中、私たちはお笑いコンビみたいで超恥ずかしい。
結局、観覧車には乗らなかった。
それでもヤツは結構満足した様子だった。
「あのさー、なんで同級生なのに敬語なわけ?」
常に敬語でしかも大声で話されて、正直困っていた。
「……だって榎森さんは……、ボクの憧れの人で、……タメ口なんてそんな…」
藤木はモジモジしている。
そんな姿に、私は少しイラっとした。
「もう、“憧れ”“憧れ”って、いい加減キモイんですけど」
「キモイ、ですか……」
藤木は独り言みたいにそう言うと、あからさまにしゅんとした。
言い過ぎたかな、と思って私は慌ててフォローする。
「えっと、…別に藤木がどうとか、そういうキモイとかじゃなくってさ…」
ガラにもなくオロオロしてしまう。
藤木はそんな私を横目で一瞬見ると、急に真顔になった。
「………でも、何と言われても『憧れ』なのは変えられないです」
顔を上げた彼は、意外にも毅然としてそう答えた。
「だから、今日……本当に嬉しかったです」
「………」
彼の表情は晴れやかだった。
私は今日、1日中何をやっても持ち上げられっ放しで、そんな経験って今までなくて…。
ちょっと胸がキュン、ってした。
(何、何、何…?『藤木』だよ…?)
思わず自らに問い掛ける。
少し離れたところにある噴水が、優しい水音を立てていた。
「今日のことはボクの一生の思い出です」
白い歯を見せて藤木は笑顔になった。
笑うと口が横に広がって普段よりデカくなる。
この人は、表情がある方が俄然いい顔だ。
「そんな大袈裟な……」
藤木を見る目が、だんだんと変化してきて自分でも戸惑う。
「大袈裟じゃ、ないです」
「…………」
『藤木、私を持ち上げる → 私、適当にやり過ごす』
そんなパターンを一日に何度もやり過ぎて、私はもう返す言葉が浮かばない。
それに、藤木の中に男前の要素を発見しつつあるのを、私自身認めたくなかった。
(意外に、…いい子かも…)
チラリと彼に視線を移す。
優しい表情だったけれど、どこか寂しそうにも見えた。
「……………じゃあ、…また学校で」
藤木はそう言うと、私に向けて小さく頭を下げた。
今日までの気合や さっきまでの変なテンションが一気にしぼんで、空気が抜けたみたいになってる。
「……じゃあね」
私は一歩離れたけれど、何だか間が悪くてそこで足が止まってしまう。
夕暮れの太陽が私の影を伸ばす。
藤木の足元にまでその影がかかって、まるで私が自分からヤツに触れにいっているように思えた。
彼はメガネ越しの目を眩しそうに細めて、私を見ている。
「………」
「………」
「…………」
「…………何よ?」
とうとう私の方から声をかけてしまった。
藤木は頭を掻いて、キョロキョロした。
「いえ、……何でもないです……」
「………もう、…何なのよ?」
「いや…そのぅ……、…いえ、……」
ヤツは軽く涙目になってる。
(はあ……)
私は心の中で溜息をついた。
「じゃあ、途中まで一緒に帰る?」
「えっ!」
沈んでいたヤツの目が、一気に明るくなっていく。
(分かりやすいなあ……マジで)
「………暗くなるから、もう行こ」
私は藤木に背を向けて、歩き出した。
「……ハ、ハイ!!」
一呼吸遅れて返事をして、彼は私について来る。
(しょうがないなあ、もう……)
私はスタスタと先を歩いた。
小走りで来た藤木が追いついて、遠慮がちに私の横に並ぶ。
ヤツが元気になった事を、気配で隣からビンビン感じた。
単純すぎて、もう、笑える。
「いいよ、また会ってあげても」
「!!」
眼球が飛び出しそうなぐらい目を見開いてた。
おまけに急激に固まった勢いで、眼鏡が半分ずれてる。
「……ぶっ」
藤木が漫画みたいな反応をするから、思わず私は吹いてしまう。
「えっ、えっ、…えっ、……??今、何て??」
ヤツは両手を開いてバタバタすると、ぐるぐるとその場を回りだした。
すごいオーバーリアクションだ。
(藤木、可笑しすぎ…)
「やだもう、…は、あはははっ」
私は堪えきれず、とうとう声を出して笑ってしまった。
今日、一番笑ったかも。
「やーだ、藤木……、面白い……」
「えっ……そ、そうですか…?」
藤木も恥ずかしそうに、でも嬉しそうに微笑む。
彼のその表情が、私には今日一番のいい顔に見えた。