秘密のメガネ君。

☆☆ 4 ☆☆

   

なんでこんな風に思うのか自分でもはっきりと分からないまま、私は藤木と会った。
ヤツはいつも異常に緊張してて、その日が二人で会う最後の時みたいな覚悟で来ているらしく、その都度いちいち気合が入っていた。
……全く、疲れる男だ。

だけどあれから二週間も経っていないのに、その後 既に3回も会った。
だから最初の遊園地を入れると、今日で5回目になる。
さすがに藤木のノリにも慣れてきた。

「ふーじーきーくん」
「な、な、何ですか」
『くん』付けで呼ばれたのによほど違和感があったのか、藤木はものすごく怪訝な顔で私を見た。
どうしてコイツとこんな風に過ごしているのか時折疑問に思うけど、晴れた秋の昼間は温かくてオープンカフェでお茶するのはとても気持ちが良かった。
それに普段学校で見るダサダサな藤木とは違って、休日の彼は少し…というかかなりマシな男だったから、街でこうしていてもそんなに違和感はなかった。
今日は白い綿シャツに、Gパンで、いたって普通。
でもよく見るとシャツのデザインがちょっと凝っていた。
おかげで黒縁の変な眼鏡も、逆にちょっとお洒落風に見える。

「ねえ、眼鏡外したらどんな感じなの?」
私はずっと気になっていた。
「えっ」
藤木は更に顔をしかめる。

厚いレンズの向こうに見える藤木の目を、生で見てみたかった。
眼鏡の印象が強いから、結構顔が変わるんじゃないかと思ってた。
「ねえ、ねえ、一回見せてよ」
「………恥ずかしいですから」
藤木は両手で眼鏡の縁を持って、拒否する姿勢をとる。
「……いいじゃんよ、ねえー、見せて見せて、見てみたい」
「…見たいんですか?……」
チラっと私の様子を見て、藤木は溜息をついた。
「うん、見たい見たい」
私は顔を少し藤木に近づける。
ヤツはちょっと体を引いて、あきらめたように眼鏡のフレームに手をやった。

「………一瞬だけですよ…」
眼鏡を持った藤木の手が、テーブルへと落ちる。

(ええっ……!)


一瞬の上目遣いから、彼はあごを上げた。
眉毛がキュっとつり上がっていて、その下の目はクッキリとした二重だ。
(イ、イケメンじゃん!!!!)
何よりも驚いたのは、藤木のその目つきだ。

私をグっと見て、ニヤリと笑う。

(ええっ…)
デカイ口に負けない、眼力。
(ちょっと、ちょっと、ちょっと!カッコいいじゃんよ!!)
眼鏡を外した彼は、その表情もいつもの藤木じゃないみたいだった。

「ふー…」
藤木はすぐに手を戻し、眼鏡をかけてしまった。
「今ので終わりですよ……もう、外しませんから」
そう言うと、彼は恥ずかしそうに歩道へ視線を向けた。
(う……うそぉ……)
わたし的には、かなりの衝撃映像だった。
この藤木の、素顔が、……あんな顔だったなんて!
「ねえ、…コンタクトとか、しないの……?」
私は恐る恐る聞いてみた。
なんで藤木に対して、こんな態度になってるんだろう。
「しません。めんどくさいですから」
バッサリだ。
「ふうん……」
(コンタクトにすればいいのに)
一瞬口にしかけて、私は黙った。

(藤木は自分のカッコよさを自覚しているんだろうか…?)

分からなかった。
というか、普段のヤツを見る限り、全く自覚がないように思えた。
だけど、さっきのあの笑顔……。
なんだか自信に溢れているように見えた。
(変なヤツ……)
私は藤木をジロジロ眺めた。
相変わらず、彼はオドオドしていた。


藤木が夕方から用事があるというので、私たちは早めに帰ることにした。
時間が中途半端なので、何故かうちまで送ってくれることになる。
付き合ってるわけじゃないのに、こうして何度も二人きりで会うのも変だなあと思いながら、私は藤木と少し距離を置いて家までの道を歩いた。
「まだ、時間ある?」
何の気なしに、私は藤木に言った。
「まだ大丈夫ですけど……」
ちょっと期待する様子で、ヤツが返事をした。

「じゃあ、ちょっとだけうちでお茶する?」
本当に何となく誘っただけだった。
それに、もうちょっと藤木と一緒にいたい……って気持ちも少しはあった。
私の言葉にヤツは驚いた後、首をブンブン上下に振って頷きまくった。
「い、い、い、いいんですか?!!」
「ぷっ……」
私は吹いてしまう。
いちいちのオーバーリアクションが面白かったし、ちょっと嬉しくもあった。


親は出かけていて、今日の帰宅は遅い。
藤木も用事があると言っていたから、長居しないことも分かっていた。
対した意図もなく、それでも私は自室に藤木を招きいれた。

「榎森さんの部屋…………、ああ、ここが…!!」

ヤツはえらく感激の様子だ。
「ちょっと!あんまりジロジロ見ないでよ!!散らかってるし!」
部屋はホントに散らかっていた。
こんな姿を見れば、藤木の私に対する憧れも少しは萎えるかも知れない。
「夢のようです!!……榎森さんの部屋に入れるなんて!!」
藤木は部屋の真ん中に立ち、グルグルと辺りを見回す。
「お茶持ってくるから!……部屋のものに絶対触らないでよ!その辺に座って動かないでいて!」
ヤツに念押しし、藤木を家に上げた事を半分後悔しながら、私はキッチンへと向かった。


部屋に戻ると、藤木は先ほど私が『その辺』と言って指した辺り、ベッドの縁にちょこんと座っていた。
言われたとおり、動かずにじっと待っていたようだ。
こういうところがいちいち素直で、面白い。
麦茶が入ったコップをヤツに差し出すと、藤木は一気飲みして返してきた。
「ノド乾いてた?おかわり、持ってくる…?」
「いえ、いいです、いいです」
藤木は落ち着かない様子で、ベッドに座りなおした。
デカイ図体の彼が狭い私の部屋にいると、相当な存在感だなとしみじみ思う。
私がじっと藤木を見ていたら、彼はもっとソワソワしてきた。

(さっきの素顔……)

一瞬だったけど、確かにカッコ良かった気がする。
今、目の前にいる藤木のイメージとは、全く違っていた。

(うーん……)

落ち着きの無い藤木を、私は無遠慮に見つめた。
薄々思っていたけれど、認めたくなかったけれど…………
私は彼の唇の形が好きだ。
不機嫌そうにつぐんだ時の、…特に下唇がボテっとしたところが何ともツボだった。
(あの唇を……)
手を伸ばして、親指と人差し指でブニュっと挟んでつまみたくなる。
私は色んなことを想像した。

「えーっと……、その……、なんかボクの顔…変ですか?」
あんまりジロジロ見ていたから、とうとう藤木は言った。
「変じゃないよー……全然」
返事をする私の声は、自分でも驚く程穏やかで優しかった。

「………そ、そ、そうですか…」
彼もそう感じたのか、恥ずかしそうに下を向いてしまった。
藤木は両手を真直ぐに伸ばし、とても緊張しているようだった。
私はそのすぐ横に、座った。

「!」
思わぬ至近距離に来た私に、藤木はとても驚いたみたいだった。
「あの……」
藤木の緊張感がすごく伝わってくる。
なんだかそんな反応のひとつひとつが、とても可愛く思える。



ふちゅっ……


「…………」
「…………」


自分でもビックリだけど、………藤木の唇に、思わずキスしてた。
(ああ……やっぱり柔らかい…)
頭の半分は冷静で、そんな風に思っていた。
期待した以上に、藤木の唇は良かった。

「…………」

ゆっくりと唇を離した。
彼を見ると、眼鏡の奥の目は開いたまま、完全に固まっていた。
「藤木?」
私が呼びかけると、ヤツはハっと我に返る。
「…えええええもえもえも、榎森さん……?」
「………何よ」
なぜか私は藤木をちょっと睨んでしまった。

「えもえも、榎森さん…、ボ、…ボクがあなたを大好きだということは、分かってますよね?」
意外にも藤木は私に対して正面向かってきた。
「うん」
私は普通に頷く。

「……っということは…、今の行動……ボクにとってどういう事か分かります?」

藤木は真直ぐに私を見詰めていた。
眼鏡の度が強くて、本当の彼の目の大きさよりも随分小さく見えた。
「………」
彼の言いたいことは、何となく分かる。
答えを返す代わりに、私はゆっくりと目を閉じた。

自然に、本当に自然に二人の顔が近付いていく。

(ああ………)

今度は藤木の方から、キスが始まる。
「んんっ…」
色っぽい彼の唇が、私の唇に張り付いてくる。
そのキスは濃厚で、私は息をするのも精一杯だった。



―― 結構長いこと、そうしていたような気がした。
藤木の両手は、私の頬にあった。
しっかりと包まれている気がして、何だかうっとりしてくる。
(はあ…)
ふとキスが途切れた刹那、私は思わずつぶやいていた。

「……………好き、かも…」


「榎森さん……」

一瞬の間があって、藤木の唇がまた私を捕らえる。
(んん……)
濃厚だったさっきよりも更に濃密で、もう苦しいぐらいだ。
だけど、彼の唇の柔らかさは変わらない。 
ふにゅふにゅとした感触が、私の唇に何度も重なってきた。
私は、すごくドキドキしていた。
(ああ、やっぱり好きかな……)
動悸が体中を巡って、私は改めて実感した。
彼に触れられることが、全然イヤじゃない。
っていうより、こうしている事がすごく嬉しかった。

「…ん……」

藤木の手は、いつの間にか私の背中に回る。
私の指が、彼のシャツのボタンにかかる。
――― 自然に、藤木の体重が私に乗っていた。



「ああん……」

心でつぶやいていた溜息が、とうとう口から漏れる。
私は藤木のキスを、体の色々なところで受け留めた。

 

ラブで抱きしめよう
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