ラブで抱きしめよう
ぼくらのキスは眼鏡があたる

夏の終わり

   

結局……初めて海都と結ばれて以来、私たちは毎日のように会った。
そして、会うたび…。


「うっ、…うぅんっ……あっ…」
すごい……。海都が…。
「はぁっ、……あぁぁんっ!…」


「はぁ、はぁ、はぁ……」
海都の部屋のベッド。
彼の家は昼間は誰もいない。
「あぁ……はぁ…」
私は彼のベッドの上で、裸でうつ伏せになってシーツを握り締めてた。
「汗……」
海都が体を起こしながら言う。
私はもうグッタリしていて、振り返れないぐらい。
「雛乃の背中に、…ボクの汗が」
ああ、背中から裸を見られてる…って思って恥ずかしくなったけど、それでも私はじっとしたままでいた。
「いいよ……別に…」

初めて結ばれてから2週間ぐらい経った。
今、私は自分でも困ってしまうほど感じてしまうようになってた。

海都に、ちょっと触られるだけで…ビクってなってしまう。

条件反射みたいに、……時には見つめられるだけでダメって思うときすらある。

「ああ、汗だくだぁ」
海都がすっかり体を起こして、タオルに手を伸ばす。
それを横目で見ながら、私はそろそろとタオルケットをひっぱりあげた。
「………」
ぐったり…。
「大丈夫?雛乃」
私の横に座りなおして、海都が言った。
「うん……」
「このまま寝てもいいよ?」
海都の体が近付いてくる。
「ううん……だってこれじゃ落ち着かないもん」
「そうか?」
彼が私の髪に触る。
「じゃ、シャワー浴びてくる?」
「………」
ホントはこのまま眠りたいぐらい。
だけど、それじゃあやっぱり落ち着かない。
「一緒に浴びる?」
海都が笑顔になる。
私は慌てて答えた。
「……一人で行ってくる…」

海都の家のお風呂場。
もう何回も使わせてもらった。
ひとの家のお風呂場でこうしてるのって、不思議な感じ。
こうしている自分がすごく無防備な気がした。
蛇口をひねって、私は熱めのお湯を出した。
海都が使ってるシャンプーの銘柄とか、彼の家族が使ってるボディシャンプーとか…そういう生活感を感じるのがなんだかちょっと嬉しい。
(はあー気持ちいい……)
彼の汗が私の体にビッタリとついてしまうのも、全然イヤじゃない。
彼の体がどんなに暑くても、二人でくっついているのは幸せだった。

「…海都…?」

彼の部屋のドアを開けると、さっきよりも随分冷房が効いていた。
海都はベッドで目を閉じてた。
私が近付くと、薄目を開ける。
「あぁ……寝そうだった……」
海都は自分の顔を両手で擦った。
「寝てもいいよ」
私は笑って言った。
海都はそんな私を見て、手を伸ばしてくる。
「それこそ、落ち着かないよ」
彼は私の手を引っ張りながら、自分の体を起こした。
起きたと同時に、私の背中に腕を廻す。

「雛乃……」

「………」

ギュっと抱きしめてくれる。
こんな風にされるのが、すごく嬉しい。
そしてまたドキドキしてしまう。

「愛してるよ……」
抱きしめてくれる腕に力が入る。
「……うん…」
こんな関係になっているのに、私はまだ恥ずかしいままだった。

「じゃ、ボクも浴びてくる」
私をもう一度ギュってすると、海都は部屋を出て行った。


「はあ…」
心臓が、何個もあったらいいのにって思う。
ドキドキが一杯になったら、新しいのに取り替えたい。
ホントは体ごと取り替えたい。
…こんなちょっとしたことでドキドキして、ちょっと触られただけですごく感じて…。
「もう、…体がもたないよ……」
私は一人で海都のベッドに腰掛けながら、また天井を見上げた。



「お盆、バイトなんだ」
「うん、前から言ってたよね」
海都の家からの帰り、近くの定食屋さんに寄ってた。
彼はそんなに体が大きくないのに、ビックリするぐらいよく食べる。
「去年は稜二とかと夏の間中やっててさ」
海都は一旦箸を置いて、店員さんに目をやる。
ここのお店はご飯おかわり自由だった。
「今年の夏は、ずっと行かないでも良かったの?」
私も一息ついて言った。
テーブルの水差しから、私のと、海都のコップに水を注ぐ。
「ありがと」
海都はニッコリしてコップに手を伸ばす。
「去年、夏中やってすっごいしんどかったからさ、稜二とそれだけはやめようって」
店員さんが、山盛りご飯が入ったお茶碗を海都の前に置いた。
彼の手がまた箸を取る。
「海の家って、結構ハードなバイトでさ」
「ふぅん」
私は曖昧に頷く。
「何がって、とにかく暑くてさ」
「…確かに暑そうだね…」
夏の海を想像した。
私はほとんど海に行って遊んだりしない。
裸足では歩けないほど熱い砂とか、あの日差しとか、海の水の汚さとか……とにかく全体的に苦手だった。

「バイトの間、…会えそうもないなぁ」
海都が寂しそうに言った。
「そっか……。でも、一週間だよね」
私はそう言ったけど、海都とちゃんと付き合いだしてからそんなに長い間会わないってことなかった。
なんだかピンとこない。
「夜も、なかなか抜けらんなかったりするし」
「うん」
私は頷いた。


海都と会えなくなるお盆まではあっという間で、私たちはそれまでやっぱり毎日のように海都の部屋でエッチして過ごしてしまった。
(明日は会えないんだよね……)
パジャマに着替えたベッドの中で、一人で過ごす明日のことを考える。
こんなに休みの間、外出してばっかりなのは今年が初めてなのに。
それなのに今の自分にとっては、海都と一緒に毎日過ごすことが当たり前になってた。
(………好き、だなぁ…)
改めてしみじみと、彼のことを考える。
(あ、顔が笑っちゃう…)
なんでこんなに嬉しくなってしまうんだろう。
数ヶ月前まで、単なるクラスメートだったのに。

海都との出会いで、私は目が覚めたみたいだった。

今までの自分は、眠っていたんじゃないかと思う。
それぐらい、私の日々は変わった。


「あ」
飼い犬のロッズが電信柱から離れたちょうどそのときに、ポケットに入れていた携帯が震えた。
歩きながらすぐに携帯を開いて見ると、海都からだった。
「……」
たいしたことは書いてないのに、見ると顔がほころんでしまう。
海都は朝も夜も、そして昼間のちょっとした時間も私にメールをくれた。
(嬉しいなぁ…)
携帯を握り締めて、日陰に入る。
そしてすぐに彼に返信した。


その夜も海都と電話で話をした。
シャワーを浴びて、寝るばっかりの状態で携帯をふと見ると、また彼からメールが入ってる。
私は実は、そんな彼のマメなところがすごく好きだった。
というか、好きだから、すごく嬉しい……っていう方が合ってるかな。
(会いたい……)
さっきも電話でお互いに言ってしまったけど、本当に会いたかった。
4日、会っていないだけなのに。
こんなに長く感じるなんて、予想外で自分でもビックリだった。

(会いに、行っちゃおうかな…)

唐突に、ふっと思いついた。
別に私はヒマしてるし……。
海都のバイトしてる場所は大体聞いてた。
彼は毎日あったことを沢山私に話してくれていたし、私は自分がその場にいるわけでもないのにまるで側にいるみたいな気がしてた。
(あ、行っちゃおう!)
海都にメールしようかと思ったけど、黙って行くことにした。



(暑い…………)
昨日思いついたことを、私は実行した。
今日もすごい晴れ。
(太陽って、こんなに強く眩しかったっけ?)
もう4時を回ろうとしてるのに、日差しの強さは昼間並みだった。
そんなに汗っかきな方じゃないのに、私はすでに汗だくになってた。
駅から海まで一人で歩く道は結構長くて、せっかくここまで来たのに暑さで私はくじけそうだった。
周りの人はみんな夏っぽくって、肌を露出してる人ばっかり。
それにみんな茶髪だし、日焼けしてる。
真っ黒い髪に帽子をかぶって、ロングスカートをはいてる自分は浮いてるなと思った。

「待ち合わせしてるの?」
「え?」
近いところで声がして、私はビックリして顔を上げた。
見ると、全然知らない男の人。
「…?」
私がじっと見ると、真っ黒に日焼けしたその男の人は白い歯を見せた。
「女友達と来てるの?良かったらオレらと合流しない?」
意味が分からなくて私はその人を見つめてしまった。
「……あ…」
ナンパだ、と気付くのに数秒かかってしまった。
(うそ、信じられない)
「いえ、これから…バイトだから…」
私は男の人から慌てて目をそらして、振り返らずに小走りに歩いた。

急にドキドキしてきた。

さっきまでは海都と会えるっていうので、ドキドキしてたのに。
まさかナンパされるなんて思ってもいなかった。

小走りで来たおかげで、気がつくと目の前に海が見えた。
(はあ……)
湘南の海を見て、益々暑さを感じてしまう。
色々な場所から、様々な匂いがする。
(ああ、海、苦手……)
海と太陽と、この熱い空気に自分の生気が吸い取られていくような気がした。
(早く海都に会いたいな…)
海都のことを考えると、ぐんと元気が出てくる。
私は顔を上げて、彼がバイトしている海の家を探した。

「どこ行くの?」
目の前に男の人が立ちはだかる。
「……」
私と目が合うと、男の人は愛想笑いをした。
私は無言で、下を向いて歩いた。

しばらく歩くと、また声がかかる。
(もう……)
場違いで地味な自分でさえこんなに声を掛けられるなんて。
(夏の海ってどういうところなの?)
一刻も早く海都に会いたくなる。
海都のいる海の家って、どこよ……。

「ちょっと!」

男の人が私の肩に手をかけた。
また?と思って、かなり警戒して振り返った。

「あら…」

目の前には、水着を着た黒すぎる末永くんがいた。
「森川じゃん!海都と待ち合わせ???」
末永くんは、強い甘い匂いがした。
「ああ、良かった……」
私は知り合いに会えて、ほっとする。
末永くんは私をじっと見た。
「しかし森川、避暑地のお嬢様みたいだな!」
彼は思い切りの笑顔で言った。

私は末永くんの後について歩いた。
ザクザク踏みしめる砂が、時々サンダルの素足に当たって熱い。
「かーいと!」
末永くんの声で、私は顔を上げた。
海の家から少し離れたパラソルの中に、浮き輪やボールに囲まれた海都がいた。
横にはレンタル用のパラソルやチェアがあった。
「ったく、休憩に何分かかってんだよ!」
そう言って振り返る彼の視線が、私にとまる。

「うそ……雛乃……???」

海都は本当にビックリしてた。
私は急に恥ずかしくなって、言葉が浮かばなくて微笑み返すしかなかった。

「一人で来たの?」
折りたたみイスに座ってた海都が立ち上がる。
「なーんか、森川すっげー目立つし、結構声かけられてたぜ」
末永くんが海都の肩を叩いて、面白そうに笑った。
自分でも確かに目立ってると思う。
さっき末永くんに指摘されたけど、ホントに私の服装って避暑地っぽかった。
こんなに夏真っ盛りの場所なのに。
「マジ?」
日焼けした海都が末永くんに言った。
末永くんは笑って頷く。
「大丈夫だった?雛乃」
心配そうに私を見る海都。
前から明るかった髪の色も、益々明るくなった気がする。
「……うん。へーきだけど…」
私の言葉を遮って、末永くんが言った。
「向こうで話してくれば?オレここにいるし」
末永くんは海都の座っていたイスに腰掛けて、売り物のアイスボックスに手をかけた。

「…ビックリした」
海の家と海の家の間、日陰になったところに私たちは移動した。
壁沿いには飲み物のダンボールが積んである。
「なんか、会いたくって…」
私が言いかけてる途中、海都にギュっと抱きしめられた。
「んー、すごいうれしー…」
海都の息がかかる。
私は水着姿の海都の肌に、ドキドキしてしまう。
「…日焼けしたね…」
抱きしめられたまま、私は言った。
「うん、…はー」
そう言って海都は益々私を抱きしめる。
(やっぱり、会えて嬉しい…)
私も海都の肩に顔をくっつけた。


「バイト大丈夫?急に来ちゃったし…」
海都に手を引かれて海沿いの道を歩いた。
夕暮れの海、私がさっき一人でいたとき見ていた景色とはまったく違ってた。
彼が隣にいるせいっていうのも大きかった。
波の音も、今は落ち着いた心に気持ちよく響いた。
「大丈夫だよ、稜二もいるし」
末永くんほどじゃないけど、海都も数日前よりずっと日焼けしていた。
「ま、たまには早く帰ってもいいだろ」
そう言って私に笑いかけてくれる。
「ごめんねー、ちゃんと言ったらよかったね」
「…こういうサプライズも、嬉しさ倍増だよ」
笑顔の海都を見ると、来てよかったなって思う。
会いたかった気持ちが貯まってた分、私も嬉しさがいつもより大きかった。


海都の唇が激しく私に重なる。
「ん、んん…」
私は思わずため息が出た。
「…間髪入れず、こんなとこ入っちゃったけど……」
海都が顔を離して言う。
その目が熱くて、私はもう体ごとドキドキしていた。
「うん、…いいの…」
私は目を閉じた。

だって会いたくて会いたくて仕方がなかった。

会えば嬉しくなって近付きたくなって、…近付けば触りたくなる。
触れ合うと、もうそうせずにはいられなくなってた。

「大好き……海都」
私は海都の肩に腕を廻した。
「ボクも」
そこから先、それ以上言葉は無かった。



こんな夏になるなんて、全く想像していなかった。
こんな自分になるなんて…… 

それがすごく幸せだったし、自然に思えた。
海都に合わさる自分の素肌。
「はぁ、……ん……」
どうしてこんなに気持ちがいいんだろう。
「あああぁっ…」
海都が入ってくるだけで、背中から首筋まで溶けそうになる。
「んん……」
何度もしてくれるキス。
海都の唇を、私はさらに求めた。
「は、んっ……あぁっ…」
目を閉じたまま、私は思う。
もっと入ってくればいいのに…
海都が私の中に、もっともっと…

深いところで繋がって、私は夢中で彼にしがみつく。
こんなに短い間会えないだけで、こんなにも会いたくてたまらなくなるなんて。
海都を知ってから…
私はどうなってしまったんだろう。


彼のために、ある夏―――

海都に出会って、私の全てが変わったような気がする。
私の全てが、彼のためにあればいいと本気で思った。
(大好き、…海都…)
薄目を開けて絡み合う指先を見る。
私の白い指と、海都の日焼けした指。
(このまま、夏が続けばいいのに…)
夏休みが終わる前の子どもみたいな気持ちで…溢れ出る快感の中、私は海都に身を任せていた。

 

 
 
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