ラブで抱きしめよう
ぼくらのキスは眼鏡があたる

   

滑りそうになる指に力を込めて、私は階段を下りた。

「雛乃ちゃん、持とうか?」

私はゴミ箱を落とさないように注意しながら、振り向く。
「ああ、…川瀬くん」
笑顔で、川瀬くんは階段を駆け下りてくる。
先日海都の友達たちとカラオケに行った日から、川瀬くんは私と目が合うとニコニコしてくれるようになった。
彼は隣のクラスだったけれど、髪を海都よりも明るく染めておまけに結構長髪で、すごーく派手で目立っていた。

海都と付き合っていなければ、絶対に話もしていなかったと思う。

末永くんにしても、海都のお友だちは皆派手で迫力のある人たちばかりで、私とはあまりにも違っていた。
そう思うと、海都と付き合っている事自体がすごく不思議。
だけど、海都も含めて、海都の友だち達も話してみると皆いい人だった。
川瀬くんも、話してみると外見よりもずっと優しい感じがした。

「掃除当番?」
「そう」
「こんな仕事、他のヤツにやらせればいいのに」
横に並ぶと、彼はとても背が高い。
「…そうだけど、…なかなかやってくれる人もいないし…早く帰りたいし…」
「雛乃ちゃんは、マジメそうだからな」
川瀬くんはそう言いながら、私の持っていたゴミ箱を取り上げた。
「おもっ、結構重いじゃん……こんなの男子に頼めよ」
ムっとしつつも、川瀬くんはゴミ箱を運んでくれる。
彼はとても細いのに簡単にゴミ箱を持つ姿を見て、やっぱり男子なんだなあと思う。
「…ありがとう」
「いいって、いーって。とりあえず雛乃ちゃんと話せてラッキー♪」

ラッキーって…。

川瀬くんは歩くのが早くて、私はほとんど小走りに彼の横について行った。
「雛乃ちゃん、全然メールくれねえじゃん」
「ああ……その…」
渡されたたメモを海都に取り上げられたなんて、言えない。
「ま、いっけど…気が向いたらメールしてよ」

結局、川瀬くんは空になったゴミ箱を教室の前まで持ってくれた。
「ありがとう…川瀬くん」
私がお礼を言っていると、廊下に海都が出てきた。
「雛乃〜〜、探したよ〜〜」
「あ、ゴミ捨ててきたの……川瀬くんが手伝ってくれた」
海都は川瀬くんを見ると、目つきが変わった。
「こーえーーー。海都。おもしれーーー」
川瀬くんが海都の態度に爆笑すると、海都はすぐに恥ずかしそうな顔になる。
「うるせえ。……帰ろうぜ…」

私の手を引っ張りながら、再び川瀬くんを見て海都は何かを言っていた。

「雛乃、あいつには注意だぜ」

「…?川瀬くん、いい人そうだけど??」
「人間的には悪いヤツじゃないけどな…」
海都はまわりの目を全く気にせずに、私の手を引っ張ったまま教室から玄関まで歩いた。
靴を履き返ると、海都は真剣に私に言った。
「あいつは女グセが超〜〜〜悪いの。ボクの10倍ぐらい」
「海都は、女癖が悪いの??」
自分と比較した海都の言葉の方が、私には引っ掛かった。
「い、い、い、…いや、…今は悪くないよ。雛乃一筋だって、分かるだろ?」
「……じゃあ、前は?」

「前は、って、…前のことは今と関係ないよな?今は、雛乃がすげー好きなんだから」

海都の声が大きすぎて、前を歩いていた1年生らしき女子たちが振り返って笑う。
「………」
彼はその後、話をそらして、川瀬くんの話題はそれっきりになった。


「待って、待って待って………」
「待てないし」
海都が私の背後から、ギューっと抱きついて来る。
もう、彼のベッドが私に近付いてきた。
後ろから押し倒されて、私の腰が海都に引っ張られる。
「ちょっと……あの……」
「うん」
海都は私の両手を掴んで、改めて私をベッドに仰向けにひっくり返した。
制服の胸と胸が重なって、彼の顔が私の目の前にあった。
「海都……」
彼の目はパッチリしていて、睫毛もすごく長い。
いつ見ても何度見ても、こうして近くで見る彼は、やっぱりキレイな顔をしていると思う。
彼のお姉さんをこの前見たけど、予想以上にすごい美人だった。
美形、って血筋なんだなと実感する。
もし彼の子どもができたら……
「雛乃」
「んんん」
唇が塞がれて、私の思考もそこで止まった。


ブラウスの前が開かれる。
露出された私の胸に、海都の顔が近付く。
「ああっ……」
彼が私の胸に、沢山キスしてくる。
もう、いつつけられたものか分からないぐらい、私の胸には幾つもキスの跡があった。
ほとんど毎日のように彼に抱かれていて、それはまるでその事実を刻む印のようだった。
「んんっ……」
彼が私のショーツを下ろしていく。
指先が私の隙間をなぞり、感じるあちこちを触った。

「ああん、ああんっ……」

エッチをする度に、どんどん自分がいやらしくなっていくような気がしていた。
ちょっとした事で、すごく感じてしまうようになっていた。
そんな風に自分がなってしまう事が、今でも信じられない。

「うあぁぁんっ…」

指を入れられながら、そのまわりを触られていた。
私はそれがすごく弱くって、もう少し強くされたらすぐにでも達してしまいそうだった。
「…雛乃、気持ちいい…?」
海都の声に、私は黙って頷いた。
「気持ちいい、って、言ってごらん」
(そんなこと……)
私が黙っていると、海都は一旦手を止めた。

「…こんな風にすると…」
海都はゆっくりと両手を動かし始める。
「ああっ……ああんっ…」
ゆっくりと優しいその動きに、私のその場所はどんどん蕩けていく。

(ああん……気持ちいい…海都…)

「言ってごらん、雛乃」
「はあ、……んん……」
「止めちゃうよ…」
意地悪な声で言うと、海都は指の動きをどんどん遅くした。
「ふあ、ああんっ……」

(止めないで……)

制服を着たまま、私はその部分だけを露にして自分から海都へと足を広げている。
薄目を開けて見えたその様子に、改めて恥ずかしくなってくる。

海都と目が合う。

起こされた海都の体、その両手は私のそこを触っていた。
「………」
彼は私を見つめたまま、また指を動かした。
トロっと、自分から溢れ出てくるのが分かる。
「うあ、ああんっ……」
「気持ちいい?」


「うん……気持ちいい……」

私は思わず自分の指を噛む。
「超可愛い、雛乃……」
海都の指が私の感じるところを掴み、しっかりと快感を送り込んでくる。

「ああ、ああっ…ああっ……ダメっ……ああんっ…!」

すぐに高みへと、連れていかれた。
私の体中がまだ快感の余韻の真っ只中にいる、その時に、彼が入ってきた。

「うあ、ああっ、…ダメ、…ダメっダメっ…海都、……ま、まだ…」

彼に激しく動かれると、私の体は痙攣を起こすんじゃないかと思うぐらいビクビクと震えてしまう。
そしてまた、先ほどよりも強く激しく、苦しいぐらいの快感に全身が襲われてしまう。
「海都っ…ダメ……あっ…」
「オレも雛乃で感じたい……」
海都は私の様子にお構いなしに、動きを速めた。
「うあぁ!…あぁぁんっ!!」
熱くて固いものが、私の体の奥を何度も突いてくる。
彼の大きさを包む私の部分全てが、剥き出しの感覚で激しい快感を伴いながら濡れた。

(ダメダメっ……またイっちゃう……)



「よく、イケました」
海都が、ぐったりとしている私の髪を撫でる。
「もう……やぁ……」
(そんな風に言わないで…)
エッチが終わると、いつもすごく恥ずかしい。
エッチをするのが恥ずかしいっていうんじゃなくって、こんなに乱れてしまうエッチな自分が恥ずかしかった。
「恥ずかしい……もう…」
「そういう雛乃が、また可愛い……」
海都は私の後ろから、抱きしめてくれた。
いつの間にか全部脱がされていて、今、私たちは裸で肌を触れ合わせている。
こうしているのはすごく気持ちがいいけれど、やっぱりそうなってしまう自分は恥ずかしいと思う。
「…海都に、お願いがあるの…」
後ろから抱かれたまま、私は言った。
「何?改まって」
海都はギュっとしていた腕を離した。
私は半分だけ体を海都に向けた。

「あの……もう少し、…手加減して…」


「えっ、……何?…もしかして、痛かったりした?」
海都があからさまに慌てだした。
不安そうに心配そうに、私を見る。
「ううん、そうじゃなくて……痛かったり、そうじゃなくて……あの…」
「ホントに痛くなかった?大丈夫だった?」
「うん。大丈夫」
「痛かったり、イヤだったりしたら、…ちゃんと『痛い』って言ってな?」
「うん」
海都があんまりにも深刻な顔をするから、ちょっと笑ってしまった。
「ダメ、とか、ヤダ、じゃ、………わかんないからさ」
彼はニヤけて、私をじーっと見て言った。
その意図するところをすぐに察して、私は恥ずかしくなってくる。
「……ちゃんと言うから」
私は彼から目をそらした。

「雛乃が『ダメ』って言うときはさ、」
「………」
「大概、イク前だからさ」
「………」
やっぱり恥ずかしい。
やっぱり『エッチする』っていうことは、すごく恥ずかしいことだって、私は思った。

「…はー、手加減か〜〜」
海都も私の隣で仰向けになった。
二人で並んで天井を見上げる姿勢になる。
「………」
「とりあえず、明日は手加減してみるよ」
海都はニコニコして私を見た。
明日もここで彼に抱かれるんだなと思って、想像してまた恥ずかしくなる。
だけど嬉しい。
(…やっぱり、嬉しい、かな…)
ニコニコする彼につられて、結局私も和んでしまった。


次の日の休み時間、用事があって立ち寄った職員室からの帰り、渡り廊下からふと外を見ると植え込みのところに川瀬くんがしゃがんでいた。
昨日のこともあって、私は彼に声をかけた。
「川瀬くん」
「ああ、雛乃ちゃん」
私の声に顔を上げた彼は、目を細めてこちらを見た。
「昨日はありがとう」
「ああ……別にあれぐらい。たいしたことないし」
そしてまた足元を気にする素振りを見せた。
「…どうしたの?」
「コンタクト、落とした。買ったばっかなのによー……」

私は戻って、川瀬くんのいる外へと出た。

「大丈夫?どこで落としたの?」
「多分、ここら辺……」
しゃがんだまま、川瀬くんは視線を一周させた。
植え込みの所は泥だったし、私たちがいるところも砂だらけだ。
「川瀬くん、コンタクトなんだ……」
私も下を見た。
「オレすげー目が悪いんだわ。眼鏡、家にあるけどぶ厚いしさ、……ああ、最悪…」
川瀬くんの足元のすぐ側、かかとで踏んでしまいそうなところに小さく光るものを見つけた。
「あっ、……動かないで!」
「えっ…?」

固まった川瀬くんの側にしゃがんで、私はそっとコンタクトレンズを拾い上げた。

「あったよ……踏んじゃうところだったよ」
私は手を伸ばしてレンズを渡そうとした。
「おお!すげーよ!雛乃ちゃん!!!」
川瀬くんは目を細めて私の手のひらを見て、手を伸ばしてきた。

彼は両手で、コンタクトを持った私の手を包んだ。

「!」

(えっ………)

二人ともしゃがんだままの状態で、私の唇に川瀬くんの唇が触れた。

「………っ」
私はビックリして、思わず後ろに尻もちをついてしまった。
「ははは」
川瀬くんは立ち上がると、手を引っ張って私を起こしてくれた。

「ありがとー雛乃ちゃん、お礼お礼」
彼は私の頭をツっと撫でて、さっさと歩き出してしまう。
「……」
残された私は呆然として、ただ川瀬くんの細い背中を見守った。
「あっ」
川瀬くんが唐突に振り返る。
「海都には内緒な。あいつコエーから」
そしてまた笑うと、スタスタと早足で行ってしまった。


(キス、された………)

(海都じゃない、人に……)

あまりに軽い川瀬くんの態度に、キスされた事自体がたいした事じゃないような気さえしてくる。
(もしかして帰国子女…?)
そんなことあるわけなかった。
海都が注意しろ、って言ってたことってこういう事だったのかもって、今更ながらに思う。
(どうして……?)
唇に、違和感だけがいつまでも残った。


頭の中がパニック状態のまま、放課後になり、私はまた海都の部屋に来ていた。

「どうしたの?今日、いつもより雛乃ぼーっとしてる感じだけど」
「えっ」
海都にそう言われて、また思い出してドキドキしてしまう。
「……そうかなあ…」
私はぼんやりと返事をした。
狭い海都の部屋のベッドに座って、私は自分の手をギュっと握り締めた。

「もしかして体調、悪い?」
海都が私の隣に座ってくる。
「…ううん、悪くないよ」
私は彼に笑顔を見せた。
彼も安心したように、微笑み返してくれる。
相変わらず、キラキラの笑顔で。
「そうかそうか」
そう言うと彼の笑顔の下に、下心が垣間見えた。

(あ………)

背中が、彼の下心が乗り移ったみたいにゾクっとした。
そして首筋を通って、耳元がブルっと震えた。
これから起こることの予感が体中を駆け抜ける。
「えっ…と……」
私が言いかけたとき、彼の唇が言葉を塞いだ。
今日、川瀬くんに触れられた唇。

(海都……)

心の中で、ごめんね、って思った。
だけど、そんな想いも昼間の出来事も忘れてしまうぐらい、私はまた分からなくなった。
(海都の、嘘つき…)


手加減、なんて全然だった。

 

 
 
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