ラブで抱きしめよう
ぼくらのキスは眼鏡があたる

ぼくの彼女

   

「なあ、最近お前付き合い悪いよな」
稜二がいつになくマジな顔でボクに言った。
確かに、雛乃と付き合いだしてからのボクの放課後は、彼女とべったりだった。

「たまには来いよ」
「うー…」
ボクが躊躇していると、稜二は言った。
「森川も連れてくればいいじゃんよ。オレも今日は玲衣連れて行くし」
「…………」
ボクはちょっと考えた。
「とりあえず、森川に聞いて来い」
半ば強制的にボクは稜二に背中を押された。


「いいよ」
「えっ?」
ボクは何度も瞬きして彼女を見た。
雛乃はあっさりOKしてくれた。
「でもさー、…何て言うか、ボクたちってどうしようもない集団っていうか…」
「…海都の友達でしょ?」
彼女は無邪気な表情で微笑む。
この無防備さが、心配なんだ。
「うん、…まあそうだけど」
雛乃がボクたちの遊びについてくるなんて、全然想像もしたことがなかった。
野獣の中に子羊を放る、みたいな気分だった。

雛乃を連れて学校の玄関で、仲間と合流した。
稜二を初め、他のクラスのヤツらがあと4人。
皆、ボクのちょっと後ろに立っている雛乃を、ものすごく無遠慮にジロジロ見ていた。
ボクの方が、恥ずかしいようなムっとするようなそんな気分になってた。
とりあえずヤツらに彼女を紹介する。

「……ボクの、森川さん」
ボクは「ボクのクラスの」、と言うところを焦って省略してしまった。

「ボクのー、だってよ!」
「傑作、海都!」
ボクはすごい勢いでバカにされつつ笑われた。
自分でもバカだと思う。
穴があったら入りたい、というか今すぐこの場を去りたかった。
「どうも、こんにちは」
雛乃はおっとりと、ヤツらに挨拶した。
彼女は意外に度胸が据わってるときがあるというか、天然というか…。
とにかく何事もなかったようにしていた。
真面目な彼女の様子に、他のヤツらも真面目に彼女に挨拶をしてくる。
結構、雛乃は大物だと感じた。


前々から分かってたことだけど、未原玲衣はすごくいいヤツだ。
懐も深いし、大人っぽいし、稜二の『彼女』してるだけある、っていつも思っていた。
ボクらはカラオケ店に入った。
未原は気を使って、雛乃の隣にちゃんと座ってくれた。
そして何かにつけ、彼女に話し掛けたりしてくれた。
(ホント、いいヤツだよな……)
野郎4人が並んで座り、ボクと稜二が雛乃と未原を挟んで、ヤツらの正面に座った。
男どもの視線が、相変わらず雛乃に向いているのをボクは感じていた。
特に正面にいる今、それぞれがチラチラ彼女のことを見ているのがよく分かる。
(見るんじゃねえよ…)
ボクはブチ切れそうになる気持ちをグっと堪えて、そのせいでいつもより無口になってた。
雛乃は、というと、さっきから気を使ってくれてる未原と仲良さそうに話していた。
それに稜二も加わって、そして他のヤツらも入ってくる。
ボクは子どもみたいに、相変わらずムっとしていた。

雛乃とカラオケに来た事は、あった。
だけど二人で来るカラオケでは、歌う時間よりイチャついてる時間の方が多かった。
彼女の歌声は、普段の可愛らしい声以上に、すごく可愛い。
ボクの中で彼女の声をランキングするとしたら、3位普段の声、2位歌声だ。
もちろん1位は、エッチしてる時の声だ。
「森川、入れてやるよ。何番?」
稜二が大きな声で雛乃に言っている。
「えー…?えーと…」
「森川さんって、何歌うのー?」
未原が雛乃と一緒に歌本を見ていた。
「声が可愛いから、歌も上手そうだよねー」
未原の突っ込みに、ボクは心の中でうんうんと頷く。
横を見ると、稜二と目があった。
「海都は、別に入れても入れなくてもいいから」
それだけボクに言うと、未原と雛乃の話の中に入っていった。
「なんだよ、…ソレ」
(今日は来い、なんて誘っておいて、結局は雛乃を連れてくるダシじゃんか)
やっぱり普通にデートしてたら良かった、とボクは思う。


ボクの仲間は、こういう場を盛り上げる達人たちだ。
いつものようにガーっと盛り上って、雛乃も遠慮しつつも割と楽しそうにしていた。
ボクはその姿を見て少しホっとして、そしてギューっと抱きしめたくなった。

雛乃の歌う順番が回ってくる。
「おおーー」
彼女が歌い出すと、野郎たちが色めきたった。
やっぱり雛乃の声は可愛くて、そして歌う姿は声以上に可愛かった。
(ああああ、もう、なんて可愛いんだよ〜〜〜)
ボクは彼女の横で余裕で興奮しながら、後ろから襲い掛かりたくなる衝動に耐えた。
「森川、可愛いじゃん!」
「歌うまいねー」
とにかくわざとらしい程、野郎たちが彼女を絶賛した。
いつもナンパしてきた女の子にこんな感じでヨイショしまくるんだけど、今日の賛辞の仕方は本気っぽかった。

「ちょっとトイレ行ってくるし」
飲み物ばっかり飲んでいたボクが用足しに行って戻ってきたとき、雛乃の隣にいた玲衣は席を替わっていて、彼女の両脇には男どもが陣取っていた。
「おお、海都……ちょっと森川と喋らせて」
ヤツらはニヤニヤしながら、当然のようにボクに他の席に座るように指差した。
「あのなぁ……」
睨むと雛乃と目が合ってしまい、ボクはすぐに表情を緩めた。
「まあまあ、海都」
ボクは稜二に掴まれて、隣に座った。
「海都って、森川さんのこと大好きーーーって感じだよね」
稜二の隣の未原が、笑いながら言う。
「悪かったな、すぐ顔に出て」
ボクは恥ずかしくなって半分怒りながら、答えた。

ボクの前に座る雛乃の隣には、右に相野、左に川瀬がいた。
特に川瀬は、じーーっと雛乃を見て喋っていた。
あの仕草、あいつが女を口説きたいときのパターンだ。
「………」
「お前は、『ボクの森川さん』なんて言っちゃうようなヤツだからな」
稜二がその話を蒸し返して、また大爆笑した。
未原も横でウケまくっている。
「うるせえ」
ボクはフテくされて、リモコンを取ろうと手を伸ばした。
雛乃と目が合う。
彼女はちょっと困った顔を見せたが、すぐに川瀬に話し掛けられてまた向こうを向いてしまった。
そんな彼女を、ボクは常に視野に入れて何かと見た。
狭い室内でガタイのデカい男に囲まれた雛乃はいつも以上に儚げな感じに見えて、ボクはフテながらも心の内で少し萌えた。


「ごめんなぁ……。騒がしかっただろ…」
結局そのままカラオケボックスで食事までとって、雛乃の家に着く頃にはもうすっかり暗くなっていた。
「ううん。面白いね、海都のお友だち」
そう言うと雛乃はフフっと何かを思い出したように笑った。
ボクは雛乃とセックスをしない日が久しぶりで、肌を触れないたった1日が経過しようとしているだけなのに何だかもう悶々としていた。
(明日は絶対ヤるぞ!)
思わず彼女の手を握るボクの手に力が入ってしまう。
「……」
薄暗い道で、ボクを見上げる雛乃。
ついさっきまでボクの仲間たちに囲まれていた彼女は、ボクの知っている普段の雛乃とはまた少し違う顔をしていた。
そのときの雛乃も好きだけれど、やっぱりこうしてボクを見つめてくる彼女が抜群に好きだ。

「…………」

もうすぐそこが雛乃の家なのに、ボクは彼女にキスした。
「………」
唇が離れると、雛乃はボヤっとそしてニッコリと、なんとも言えない表情でボクを見てくる。
ボクは彼女のそんな顔がたまらなく好きだ。

手を伸ばして繋いでいた方と反対の手を触ると、雛乃は何かを握っていた。
「何、それ?…ずっと握ってたの?」
ボクは言った。
雛乃はボクに指摘されるまで、無意識にずっとそれを掴んでいたらしい。
「ああ、…そう言えば、ずっと持ってたみたい……」
恥ずかしそうにボクを見て笑うと、改めて手を開いて持っていた紙切れを開いた。
「カラオケボックスを出るところで、川瀬君に渡されて…」
数歩進んで、街頭の下の明るいところで雛乃はそれを見た。
「あっ」
「何?」
(川瀬…?)
あいつの雛乃に対する馴れ馴れしい態度を思い出す。

雛乃の手の上に広げられた紙には、メアドと電話番号が書いてあった。
「あいつ、…何だよーー、オレの彼女だって言うの」
ボクは一瞬にして、相当ムっとしたと思う。
「あっ、…そう言えば、『海都には内緒な』って言ってた…」
川瀬の節操のなさをつくづく思い知る。
それからそう言われながらもボクに見せちゃう雛乃のとぼけっぷりも。
「…これ、ボクが貰っておくし」
ボクは雛乃の手からそのメモをとると、自分の制服のポケットにクシャクシャに丸めて入れた。

(川瀬、要注意だな…)
そう思ったけれど、注意しないといけないのは川瀬だけじゃないぐらい、雛乃は絶対可愛くなってた。
ボクはそれが嬉しい反面、胸の奥で挙動不審になりそうなぐらい心配でもあった。

「海都……?」
「……もー、雛乃ー」
とりあえず、隣にいる雛乃を人目もはばからずギューっと抱きしめた。
それがボクにできる今夜の精一杯だった。

 

 
 
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