ぼくらのキスは眼鏡があたる

1 僕の日常

   

ボクは森川雛乃が好きだ。

ボクの仲間内ではハッキリ言って彼女の評判はさっぱりだった。
すっごいマジメで、男には『近寄らないで』ってオーラ出してるし。
銀のフレームのメガネをかけてて、それが何だか今ひとつに見えるらしいし。
雰囲気は地味過ぎて、沈むどころか逆に浮いちゃってる感じみたいだったし。

とにかくそんな外野の評判とは全く裏腹に、ボクは森川さんのことが気に入ってた。
あのマジメそうな(実際真面目なんだけど)風貌も、すっごく新鮮な感じで良かった。
ボクにとっての森川さんは全然地味なんかじゃなかった。
華奢な体に小さい顔の彼女。メガネの下の表情を、よく見てみたい。
いつも何を考えてるんだろう。友達とは何を話してるんだろう。
どんな声でおしゃべりするのかとか、そんな他愛も無い想像ばっかりしてた。
あんまり男子の前では見せない笑顔を時折見かけちゃったりすると、朝の星座占いなんかよりもずっと確信を持ってラッキーデーだななんて思ったりする。

もっと近付きたい。
理屈じゃないんだ。
ボクは森川さんの事が気になって仕方がなかった。
だけどボクと森川さんとの接点は、今のところ全然ない。


「おはよう、森川さん」

ボクは森川さんを見かけると、ちゃんと挨拶するようにしてる。
本当はもっと話したいんだけど、とりあえずの一歩だ。
まず足固めだ。
同じクラスの特権を生かすんだ。

「…おはよう…」

あんまりボクの目を見ないまま、森川さんは静かに挨拶を返す。
彼女はマジメだから、ほとんど話をした事がないボクに対しても、きちんと無視せずクラスメートとしての義理を果たしてくれる。
ボクは2年E組に入る森川さんの後ろ姿を見送った。
いつも後ろでまとめてる髪は真っ黒で、多分今までに一度も染めていないんだろうなと思う。
あの髪を解いて、あのメガネを外して…でもってあの制服までも…とか、朝から妄想が爆裂しそうになるのを抑えつつ、ボクも同じ教室へ入った。


「海都、あたしと付き合わない?」
隣のクラスでも目立って可愛い顔をした綾崎に放課後呼び出された。
それも職員室がある階の廊下の突き当たりで。
いくら生徒が通らないからって言っても、少し離れて通る教師の視線は感じた。
綾崎は「カワイイ」っていうのを自分でも意識していて、それを最大限に生かしてるような女子だ。
「…悪いけど、付き合わない」
こういう子に、気を持たせるような事を言うと後々めんどうだったからボクは素直に断った。綾崎はプライドに触ったのか、さっきまで出してた媚びた雰囲気を急変させて、いきなりちょっとキレ出した。
「…なんで?……あたしじゃ、何か不満?」
「いや、不満ってわけじゃないけど…」
不満がないイコールお付き合いなのかって、ボクは思う。
大体、綾崎ちょっと怖いって。
あぁ、遠くで若い女教師がボクらを見てちょと笑ってるし。

「なんかウワサでさぁ…、海都は森川の事が好きだって聞いたんだけど?」

綾崎がちょっと怒りながら言った。
何でそんな噂が出てるかなぁ。
多分、ボクの仲間内の誰かが面白がって話してたんだろう。
そもそもボクは何故か学年でも派手なグループに属してた。
別に自分自身の性格が派手だとは思ってない。
行動を共にしてる仲間がそうなんだ。
「……なんだよ、その噂」
ボクは森川本人とはまだ全くといっていいほど接触できてない。
マジメな彼女の事だ。そんな事最初に聞いたら、絶対引くに決まってる。
最初の一歩も踏み出せないまま、無残に想いが散るっていうのだけは避けたかった。
その噂はボクにとって迷惑極まりない。
「稜二から聞いたんだけど」
綾崎がボクをちょっと睨んで言った。
「それ、適当過ぎだよ」
ボクは一応否定しといた。
ホントは森川さんのこと好きだけど。気になって仕方がなかったけど。
稜二のヤツ、いつかシめてやる。
「ふうん……そうだよね。結構、稜二っていい加減だもんね。
……だって海都と森川なんて、全然似合わないし」
綾崎はそこで機嫌が直ったみたいな表情をした。
そこを見計らってボクは綾崎に言った。
「とりあえず、今ボク誰とも付き合うつもりないから」
「ふぅん……」
ボクは断ってるつもりなのに、綾崎はまた媚びるオーラを出し始めた。
「…あたし、海都の事、すっごく気に入ってるし、…暫く諦めないから」
そういって、魅力的に見える笑顔を残して去っていった。
「………」
参ったなぁ、ああいうの。
どうして顔の可愛い女の子っていうのは、自分が拒絶される事を認められないんだろう。

それにしても、ボクと森川さんってやっぱ似合わないのか。



次の日の昼休み、ボクは稜二に言った。
「お前、綾崎に森川さんの事言っただろう?」
ボクは普段は温和なつもりだったけど、さすがにちょっと怒ってたと思う。
「だって、綾崎が『海都って誰か好きな人いるの?』って聞きに来たからさ」
「お前は聞かれたら何でもすぐ答えるワケ?」
ムキになってるボクを、稜二はニヤニヤして見てる。
「何だよ、海都、マジだったんか」
「殺す」
ボクは稜二を睨んだ。
かなり明るい色に髪を染めてる稜二は、その短髪をカッコよくキめてた。
外見が良すぎて近寄り難いかと思いきや、話し上手と明るい性格で色んなヤツから頼りにされてる。
それにこいつと一緒にいるとナンパはホトンド失敗しない。
「お前がそんなマジだったの知らなかったぜ。
…わりぃわりい。んじゃ黙っとくわ」
多分全然悪いと思ってないであろう稜二は、オレにまたニヤニヤ笑いを向けた。


放課後、稜二を含めた仲間4人とで、ブラブラ街へ出た。
男5人っていう人数、ナンパはしにくいと思いきや、さすがの稜二はもう他の学校の女の子を3人連れてきてた。
「とりあえずカラオケ行くべ」
ボクらは8人でしょちゅう行ってるカラオケボックスに向かった。
とりあえず始まったカラオケで、とりあえず盛り上る。
ボクの仲間は盛り上げる事に関しては、他の集団よりもずっと才能があった。
ところで今回一緒に付いて来た女の子たちは結構『普通』の感じの子で、ボクの中でも珍しく当たりって感じだった。そもそも稜二たちが連れてくる女はいつもは『妙に派手』系が多い。
カラオケボックスでの時間はあっという間に過ぎていく。
今日の女の子の中でも際立って美形の子から、ボクはちらちらと視線を感じていた。

別れ際、初めて会ったっていうのに
当たり前のようにメアド交換をするボクたち。
ボクは彼女がいないからそれでも良かったけど、他の連中はどうしてるんだろう。
バレて揉めたりしないのかって、見てるこっちの方がヒヤヒヤする。
「海都」
今日が初対面の女の子から、名前で呼ばれる。
というか、彼女は多分ボクのフルネームが『杉下海都』だって事は知らない。
側に寄って来られて、耳元でちょっと囁かれた。
「メールするね、今度は二人で会お」


週末、その彼女からメールが来た。
『ボク好きな子いるんだけど』
そう返したけど、それに対して来た答えは、
『あたしも彼氏いるし。じゃあちょうどいいよね』
だった。
何が丁度いいのかは置いておいて、結局僕は日曜日にはその美形と会って16歳の若さをぶちまけた。
思った以上に、彼女は良かった。


その次の週、朝のタイミングがバッチリ合って、廊下でまた森川さんを見付けた。
もの凄い嬉しくなってくる。
やっぱりボクの心をときめかすのは、森川さん以外にはいない。
ボクは小走りになって、彼女に声をかけた。

「おはよう、森川さん」
「……おはよう……」

森川さんはちょっと怪訝な目でボクを見た。
いつも怪訝そうだったけど、今日は特にそれを感じる。
何か変だなって、ボクはちょっと思った。
森川さんの事がいつも気になるから、彼女の気配の違いは敏感に分かる。


「お前に言おうかどうしようか迷ったけど」
教室で、稜二が珍しくマジな顔で、ボクに言ってきた。
遊び仲間でクラスが一緒なのは稜二だけだ。
窓際の隅の方で、ボクらは話してた。ドア側の反対の方には、森川さんがマジメそうな友人たちと話をしてる。
「昨日綾崎が、オレのとこに来てさ」
「……」
ボクは黙って稜二の話を聞いた。

「『どうせ森川の方が、海都の事好きなんでしょっ』
とか勝手なこと言って去ってったんだけど」
「………マジで?」

頭の上っかわに、モヤモヤとグレーの雲を感じる。
今日の森川さんの態度………。
なーんかイヤな予感がしてくる。


無意識に目を伏せた瞼の裏に、『前途多難』の文字が読めた。  

 

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