ぼくらのキスは眼鏡があたる

2 綺麗な男の子

   

綺麗な顔した男の子だなって、それが杉下くんの第一印象。


「おはよう」って杉下くんから言われるとき、何故かちょっとドキドキしてしまう。
こんな風に私に朝から愛想よくしてくる男の子なんて、他にはいない。
だから私の中での杉下くんの好感度は高かった。

「杉下くんってさ、超カッコよくない?可愛いっていうか」
駅へ向かう道、歩きながらクラスメートの千草が言う。
「うん……綺麗な人だよね」
私たちはお互いに彼氏がいなかった。
ただジャニーズ系が好きでテレビのネタで盛り上ったりするぐらいで、実際に男のコと触れ合う事なんて全然なくって、会話は可愛らしいものだと思う。
「あんな子が彼氏だったら、いいよねぇ…」
うっとりして千草が言った。
そりゃぁ、彼氏だったらいいとは思うけど。
「でも、杉下くんモテるし、彼女になったら苦労するよきっと…
それに……なんか杉下くんの集団って別世界って感じがしない?」
私は言った。
杉下くん本人はそうでなくても、彼の周りにいる人たちはちょっと怖かった。
絶対、私との共通点なんて無いと思う。

「ねぇ、雛乃、本屋さん寄って行ってもいい?」
「うん、いいよ」
千草と書店に寄って、そしてすぐに帰る。
お茶して帰る日も時々あったけど、大体は私は真っ直ぐ家に帰っていた。

「ただいま、ロッズ」
飼っている黒いチワワが足元にまとわりついてくる。
私はロッズを抱き上げて、台所にいる母にも声をかけた。
チワワをリビングのソファーの上に乗せると、私は自分の部屋へ向かう。
眼鏡を外して、カバンを置く。
1日中かけっ放しのせいで、鼻の付け根がちょっと痛い。
制服を脱いで、シャワーを浴びる。
やっと開放されたって感じ。

夕飯を食べて少しテレビを見て、
勉強をした後にちょっとだけゲームをして、そして眠る。
こんな風に毎日が過ぎてく。
単調すぎる日々だったけど、私にとってはゆっくりしてて居心地がよくて、それなりに満足していた。


「森川、ってさー…、海都のこと好きなのー?」
「は?」
1年の時一緒のクラスだった、綾崎さんに急に廊下で呼び止められた。
私は綾崎さんの言ってる意味が全然分からなかった。
「カイト、って……何?」
私は本当に分からなくて、真顔で聞き返してしまった。
綾崎さんはすごく可愛い顔をしているんだけど、私がそう言うとその顔をもっと輝かせて嬉しそうに笑い出した。
「何でもない、…やっぱ稜二ってダメだわ。ごめんごめん、森川さん」
そう言って、私の肩を叩いて行ってしまった。

「何のこと……?」
私はぼうっとしたまま、教室に戻った。
『カイト』が何の事だか、すぐに分かってしまった。

「海都!お前貸したDVD返せよ!」

後ろの席から大声で末永くんが怒鳴ってる。
『カイト』って、……杉下くんの事だ。

自分でもボケてたなぁって思う。
そう言えば杉下くんって、カイトって名前だったんだっけ。
どうして綾崎さんにそんな事言われたんだろう。
確かに杉下くんはカッコいいし、感じも悪くない。
だけど、挨拶以外ほとんど喋ったこともないのに。
(怖いなぁ、綾崎さん…)
さっきだって、呼び捨てで呼ばれたし。
末永くんにしても綾崎さんにしても、そして杉下くんにしても、みんな私なんかとは違ってすごく派手な人たちだ。

末永くんたちのグループは、各クラスから目立った子たちばっかりが集まってた。
噂に聞くところによると、他校の子とかナンパして、で…、やっちゃってるとか聞くし…。
あの子たちの仲間は、男の子も女の子も何だかギラギラしてるような感じだし…。
(あんまり、関わらないようにしよ)
それにしても、どうして綾崎さんにあんな事言われたんだろう。


「おはよう、森川さん」

この声は、杉下くん。
「……おはよう…」
私はとりあえず、挨拶だけ返した。
杉下くんを見ると、私の反応を見てちょっと顔をしかめてる。
焦ったけど、私はすぐに教室へと足を向けた。
私、何か態度に出てた?
何か変な顔しちゃったかもしれない。
杉下くんは普通に声をかけてくれてるのかも知れないけど。
…挨拶だけなのにこんなにビビって、私ってバカみたい。

教室に入る。
私は廊下側で前の方の席。杉下くんは教室のちょうど真中あたり。
暫くすると先生が入ってきて教壇へと歩いてくる。
ちょっと気になって、私は斜め後ろを振り返った。

(えっ…!)

バッチリ杉下くんと目が合ってしまった。
それも、……見られてた、って感じで。
(やだやだ、どうして…??)
たまたま、入り口の方を見ていただけなのかも知れない。
だけど、こんな風に男の子とバッチリ目が合うなんて、私の生活ではほとんどありえなかった。
(なんでなんで……??)

結局、私は1日中、杉下くんの事が気になってしまった。


「森川さん」
声の主がハッキリと分かりながらも、振り返るとやっぱり杉下くん。
ちょうど二人で帰ろうとしてるところで、驚いた顔で千草が私を見てた。
「ちょっと、…いい?」
キレイな顔がとても魅力的な笑顔になって私を見て、そして千草を見た。
「あっ、…どうぞ」
千草は一瞬固まってたけど、我に返って杉下くんにそう言った。
固い表情のまま、私を見て黙って頷いて去っていった。
「ごめん、…千草っ」
私は何が何だか分からなくて、ただ千草の後ろ姿に謝ってしまった。

「………」
何なんだろう。
私は困っていた。
「ここじゃなんだから、…」
私は仕方なく杉下くんの後について行った。
玄関の横を曲がると、食堂に入るドアが閉まっていた。
ちょっと死角になってて向こうからは見えなかった。
杉下くんは目立つから、人目を避けられて私はちょっと落ち着いた。

「……何?」
私は言った。
千草はどうしたんだろう。もう帰っちゃっただろうな…。
「あのさ…」
杉下くんも困ってるみたいな顔してた。
何なの?って思ってたけど、彼の様子を見たらこっちが心配になってくるぐらいだった。
「どうかしたの?」
つい、聞いてしまった。
その私の言葉に、杉下くんの顔が輝く。
そして私を見てちょっと笑った。
(うわぁ、カッコいい……)
私は素直に思ってしまった。

「綾崎に、変な事言われなかった?」
(あぁ、その事か…)
綾崎さんに、何て言われたっけ?
確か「カイト」とか言われて、ピンとこなくて…会話した内容なんて全然覚えてなかった。
そもそも、会話になってたっけ?
「何も言われなかったと思うよ」
何だか曖昧な答え方をしてしまった。
「……『思う』って…、微妙だな…」
杉下くんがまた困った顔になった。
私は何だか慌てて付け加えてしまう。
「…話しかけられたけど…ちょっと綾崎さんの言ってる意味が分からなくて」
率直に言ったつもりだった。
杉下くんは一瞬ぽかんとして、そして笑い出した。
(男の子なのに、…花が咲いたみたいに笑うんだ…)
私は杉下くんの美形さに、改めて感心してしまった。
今まで気にしてなかったけど、モテてるっていうの、すごく分かった。
「『意味分かんない』って……、その気持ち、すごい分かるよ」
そう言って杉下くんは更に爆笑してた。

しばらく杉下くんは笑ってて、
私はどうしていいのか分からなくてただ困って立ってた。
「私、…もう行ってもいいかなぁ?」
私は一歩前に出た。
「あ…」
杉下くんは急にマジメな顔になった。
コロコロ表情の変わる人だなって思った。
「待って待って、森川さんっ…」
「なぁに?」
「あのさ、…あのさ……あのっ…」

杉下くんは、今日一番困ってたと思う。
いつも堂々としているのに、こんな顔もするんだ。
思わず私は彼を観察してしまった。
こんな風にじっと見られる機会なんて、そうそうなかったから。

「今度、…一緒にどこか行かない?」

「………」


あんまりビックリして、私は言葉が全く出てこない。
と、いうより、……今、…何て言った?
あまりに現実離れな内容に、私は聞き間違えたのかと思う。
「……えっ?」
杉下くんが黙ってるから、私は聞き直してしまった。
彼はため息をつくと、もう一度口を開いた。
「あのさ、……今度デートしてくれないかな?」

う、そ、で、しょう…???

「ごめんね」

私は即答で言うと、彼の顔も見ずに玄関へ走ってしまった。


確かに杉下くんはカッコいいと思う。美形だと思う。
下手したら芸能人とか、なれちゃうレベルだとも思う。
だけどほとんど喋ったこともないのに、急にそんなこと言われても。
彼の評判は聞いてる。
何だか裏がありそうで怖いなって、すぐに思ってしまった。
からかうなら他の人にしたらいいのに。
どうして私なんかに、あんな事言ったんだろう。
何だかちょっとバカにされたみたいな気分になって、
私の中の杉下くんの評価がちょっと下がった。
ちょっとじゃなくて……かなり、…かな…。




 
 

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