ぼくらのキスは眼鏡があたる

3 告白

   

ショックだ……。

焦った…。焦り過ぎた…。
ちょっと喋った森川さんは、やっぱり想像以上に可愛くて…もっともっと話してみたいって思った。
だけど学校だと機会が滅多にないから、つい、誘ってみたんだけど。
安易すぎたのか。…まだタイミングが悪かったのか…。

それにしても、こんなにバッサリ拒絶されるとは…。

こんな事って、もしかして初めてじゃないか?
そもそもボクはあんまり女の子を誘わない。
大体なんとなく流されて、でなんとなくそういう事して…って感じで。
で、いつの間にか女の子の方から「私のモノ」みたいな扱いになってて、すぐに嫌気がさしてしまうっていうのがボクのパターンだ。

しかし、…森川さんは可愛かった。
人を近づけようとしない雰囲気が、またそそられるんだ。
近くで見た彼女は、眼鏡の奥の目が結構クリクリしてた。
一重なのか、奥二重なのかわからないけど、ちょっと小動物っぽい目が何だかたまらなく可愛い。
それがボクのツボにハマる。
それにあの声。
話しかけたら、意外にちゃんと話してくれそうだなって思った。
……だからつい、誘ってしまったんだ。

「あー…それにしても…へこむぜーー」

ボクは心底ガッカリして、その日は真っ直ぐ家路についた。


「おはよう、森川さん」
森川さんは驚いてボクを見た。
教室で、席に座ってる彼女のところに行って話し掛けたからだ。
「…おはよう…杉下くん」
(おお!)
名前付きで挨拶してもらっただけで、ボクは心でガッツポーズした。
だけど森川さんの顔を見たら、あからさまに迷惑そうだった。
(……)
くじけそうになる自分を奮い立たせて、更に話し掛ける。
「き、…昨日は急にごめん」
森川さんは上目遣いでボクを見上げた。
すごく警戒してるって感じだった。
「………」
ボクの言葉に何も言い返してこない。
…背中に汗かいてきた。
森川さんだけに聞こえるように、できるだけ小さい声でボクは言った。
「だけど、昨日のこと…マジだし…。喋ってみたいんだよ、森川さんと」
ボクなりに精一杯だったのに、彼女の眉間に皺が寄った。
また拒絶されるかと思って、ボクは彼女の返事を待たずに自分の席へ戻った。
…ハッキリ言ってヘタレだ。

「何してんだよ、朝から」
稜二がすぐに突っ込んでくる。
「……見てたのかよ」
一瞬、ボクは自分の世界に入ってた。
「だって森川の席って、一番前じゃんよ。イヤでも目に入るって」
稜二はニヤニヤしてボクを見る。
「目立ってたか?」
ボクは聞いた。
「さぁな」
「………」
「何かおまえ、マジっぽいじゃんよ」
稜二が少し声を下げて言った。
教室内って色んなヤツが話を聞いてるから。
「うるせぇなぁ…。余計な事言うなよ」
ボクは稜二に釘を刺した。
「もう言わねーよ。…でも海都…オモシレー」
「稜二、完全にバカにしてるだろ?」
こいつとは小学校からの付き合いだった。
隠しようがないってぐらい、色んな事を知られてる。
「応援でも、してやろうか?」
絶対そんな気はないくせに、ヘラヘラしながら稜二も後ろの自分の席へ戻って行った。

(はぁ…)
授業が始まる。
森川さんより後ろの席で良かったなって思う。
せめて後ろ姿だけでも見つめたい。
今日は三つ編みなんだな。…あの髪型ってめんどくさそうなのに。
朝、時間あるんだな…とか、しょうもないことを考えてた。
それにしても、話し掛ければ話し掛けるほどボクの印象が悪くなっていくような気がした。
(どうしたらいいんだよ…)
とりあえずのボクの願いは、「付き合いたい」とかいう次元じゃなかった。
10分でいいから、会話がしてみたかった。


その日は結局、それ以上話し掛ける気力が出なくてそのまま帰った。
稜二達に誘われたけど、それも断って雑誌買って部屋にこもる。
どうでもいいファッション誌を見た後、どうでもいいエロい雑誌を読む。
森川さんの事を妄想しようと思ったけど、何となくそんな気にもなれなかった。
彼女がどんな体をしているのかっていうよりも、まずボクと喋ってくれるかどうかって方がずっと気がかりだ。
まだ嫌われる程、親しくもない。

意外に、彼氏がいたりして…。
これは全然考えてなかった。
(………)
一度そう思ってしまうと、気になって仕方がない。
それだけは、…聞いておこう。
真面目な彼女の事だ。
彼氏がいたら……100%ダメだろう。

それでも、ホントは関係ないんだけど。
ボクはチャレンジ精神だけは、人一倍あると自負してた。


放課後、ボクは駅で森川さんを待った。
なんだかストーカーみたいで自分がイヤだった。
さすがにこれで嫌がられたら、しばらくは大人しくしようと思った。
ボクはストーカーじゃないし、彼女に迷惑をかけたくもない。
だけど自分で言うのもなんだが、ボクは無条件に女子に嫌われるようなタイプじゃないと思ってた。
(あぁ、綾崎ってこういう気持ちなのかもな……)
自分がこんな立場になって、綾崎の行動が分かった気がした。
あいつの高飛車な態度と、今のボクと……大差ないな。
そう思ったら、自滅しそうな気分になってくる。

そんなことを考えまくってたら、森川さんを見逃しそうになった。
「森川さん!」
目立たないようにしてたつもりなのに、大きな声を出してしまった。
森川さんはいつも帰宅が早いから、ボクはHRが終わるのと同時にダッシュで駅で待っていたんだ。
「……杉下くん」
声を出したのは、一緒にいた同じクラスの南野千草だった。
「…雛乃」
南野は森川さんを見てから、ボクを見た。
「南野さん、ごめんな。…ちょっと、森川さんと話していい?」
用事があるのかも知れないなって思って、一応ボクは南野に断りを入れた。
南野は森川さんを見ると、意味ありげにニッコリと笑った。
「うん……。それじゃね、雛乃。…杉下くんもまたね」
そしてボクにも会釈をしてくれる。
(南野…イイヤツだ…)
すぐに去ってくれた南野に感謝した。

森川さんは、やっぱり迷惑そうにしてた。
「……なぁに?…杉下くん」
「とりあえず、…ここじゃ目立つから…」
ボクたちは、改札口の近くにいた。
下校するヤツらがどんどん前を通っていく。
ボクは森川さんを促した。
学校と反対の出口の方に、彼女を連れ出した。

(やったぜ……!初のツーショット!)

半ば強引に、ボクは森川さんを駅の近くの目立たない喫茶店に誘った。
普段全然気にしてなかったけど、その店は高校生が来るような雰囲気じゃない渋いコーヒー店で、突発的だったけどなかなかいい所に入れたなとボクは満足した。
先に口を開いたのは森川さんだった。
「すっごい……いい匂い」
緊張してるボクとは対照的に、彼女はそうでもないみたいだった。
「こんな喫茶店あったんだね」
とりあえずボクもその会話に乗る。
15人も入れば満員になってしまうような店で、サラリーマンが二人、別々に座って新聞を読んでいた。
今日の森川さんは髪を2つに分けて三つ編みにしてた。意図的にそうしてるんじゃないかと思うぐらい、とってつけたような優等生スタイル。ボクはその姿にAVとか想像して、妙にドキドキしてくる。ボク的にはすごい可愛いその容姿。
「すごいね…。コーヒーだけでもこんなに種類があるよ」
ちょっとにっこりして森川さんが言った。
あんなにも喋ってみたかった彼女に今、こうして普通に話し掛けてもらってる状態が、ボクは嬉しくて仕方がなかった。
彼女の笑顔は超ド級ストレートにボクのツボに入ってくる。
いざとなると、…ボクは案外ダメ人間で、全然言葉が出てこなかった。
「すみません」
店員を呼ぶとボクらはこの店のおすすめブレンドを注文した。

「………」
こんな風にきっかけを作ってしまったけど、ボクは森川さんに緊張と興奮してしまって何から話したらいいのか迷っていた。
「杉下くん」
銀縁の眼鏡の奥から、彼女の目がボクを真っ直ぐ見た。
「……」
ホントはボクから話しかけないといけないんだろう。
「……で、…なぁに?」
森川さんが言った。
「あ…あのさ……」
ボクは仕方なく答える。
何かもっと世間話とかして、場が和んできたら言いたかった。
だけどボクの力量では、…今からそれはできそうもなかった。

ボクは意を決する。

「あのさぁ、…ボクと、交際を前提にして付き合ってくれないかな」


……何だよ、交際を前提にして付き合うって…。
ボクは自分で口に出してから即座にそう思った。
多分、彼女もそう感じたと思う。

目の前の森川さんは、唐突なボクの言葉に唖然としてるみたいだった。

だけど言ってしまったもんはしょうがない。
ボクは彼女の返事を待った。 

 

ラブで抱きしめよう
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