ぼくらのキスは眼鏡があたる

4 とりあえず

   
「交際を前提にして付き合ってくれないかな」
 

突然待ち伏せされて、喫茶店に連れて来られて…唐突にこんなこと言われた。
私のこと、からかってるのかなって思った。
そもそも言葉の意味がよく分からないし…。
何なのよ?ってちょっと思ったけど、私の前にいる杉下くんは本当に困った様子で、そんな彼に「ふざけないで!」とか言ったらすごく悪いような気がした。

…もう一度言われたことの意味を考える…

『交際』って…だって彼とはほとんど話したこともないのに。
杉下くんがモテてるのは知ってるし、なんでよりによって私なんかに…?
やっぱりからかわれてるのかな。

結構、長い事沈黙してた。
「あの……」
恐る恐る私は口を開いた。
「うん」
彼は真顔だった。
何だか分からないけど、ふざけてなさそうなのは理解した。
「ごめん……。やっぱ、杉下くんの言ってる事がよく分からない…」
「はぁーーーーー」
杉下くんはまるで今まで呼吸を止めていたみたいに、大きなため息をついた。
「そりゃぁ、意味分かんないよな?」
彼は下を向いて独り言みたいに言った。そして私に向かって顔を上げた。
「えっと、…もう1回…。と、…とりあえず、…友達になってくれないかな」
そう言った途端、杉下くんは真っ赤になってしまう。
(うわー可愛い人…)
よく知らないけど、私はそんな杉下くんに急にときめいてきてしまった。
千草と私たちの間でさえ、彼のかっこよさは噂してたぐらいだった。
だから、色んな女の子が彼を好きなんだろうなっていうのは想像できる。
この前の綾崎さんだって、結局そういう事だったんだろう。
そんな杉下くんが顔を赤らめて、今…私になぜか一生懸命話しをしてくれてる。

「と…ともだち…?」
私は思わず繰り返してしまった。
「あっ……大事なこと聞くの忘れてた!」
突然に杉下くんが言った。
「な、何…?大事なことって…」
彼の表情の変化に、私はたじろいだ。
「森川さん…。か、…か、彼氏っているの?」
「いないよ」
迫ってきそうな杉下くんの勢いに焦って、私は思わず即答してしまった。 
「よかった……」
杉下くんが小さく呟いた。
(ええ…)
まるで私の事が好きみたいなその様子に、…私は変な居心地の悪さを感じてしまう。
「じゃぁ、…交際を前提にして…ボクと友達になってくれる?」
「…………」
また真っ赤な顔をして杉下くんが言った。
「あっ、森川さん…ボクのことよく分からないと思うし…、交際をってトコ、抜いてもいい。
…とにかく、…あぁ、もう全然上手く言えてねえし…」
どんどん一人で困っていく彼は、なんだかホントに可愛かった。
遊んでる人っぽいのに、すごく意外だった。

「…分かった」

「え?」
杉下くんが驚いて私を見た。
「でもさ、今だって同じクラスだし…。普通に友だちになれると思うけど?」
私は男子の友人っていなかったけど、そういうのはアリかなって思った。
「…あぁ」
彼はちょっとホっとしたような、でも何故かガッカリしたような顔になった。
(杉下くんってコロコロ表情が変わって、ホントおもしろいー)
私は抑えられなくて、失礼だけどちょっと笑ってしまった。

私の笑いにつられたように、杉下くんもニッコリしてくれた。
やっぱり普通に笑うと、カッコいいし可愛いなぁって思った。
「…じゃあ、とりあえずそういう事で」
杉下くんがやっとカップに手を伸ばした。

(あ……)

彼のその指先が震えてたことに、私は気付いてしまった。

私はドキドキしてくる。
杉下くんはその後少しリラックスしたみたいで、普通に世間話をした。
彼の緊張が緩んで、反対に私に移ってきたみたい。


帰る頃には、…私はすっかり杉下くんのことが好きになってしまった。


家に帰って、自分のパソコンを立ち上げた。
千草からメールが来てた。それと中学時代の友だちからも。
『杉下くんと、あれからどうなった?????』
興味津々な千草のメール。

(杉下くん…)

何だかよく分からなかったけど、曖昧な状況だと思った。
でもまあ、友だちって事に落ち着いたって思えばいいのかな。

『交際を前提として…』

杉下くんはそう言ってた。
それって、いずれ彼女になるってこと…?
私は今まで男の子と付き合ったことがないから、そういうきっかけってよく分からないけど…。
杉下くんはいずれ私とそういうお付き合いをしたいって事なのかな?

(どうして私なんかに……)

それを聞きたかった。
だけどあの場でそんなことを口にする勇気がなかった。
自分が彼に好かれてるかもって考えるだけでも、何だか恐れ多い気がして。
近くで見た杉下くんは、噂に違わず魅力的な男の子だと思った。
あんなキラキラな子と、…なんで私が??
あんなキラキラな子が、…なんで私を??

夢以上に非現実的な今日の出来事が、まだまだ信じられない。
私の目の前にいた、確かに恥らっていた彼。
そんな杉下くんを、可愛いと思ってしまった私。
今日あった事実を思い出しても、まだピンとこない。

(だけど…)

私の中の杉下くんは、昨日までの杉下くんじゃなかった。
それが一番の、今日私の身に起こった最大ニュースかもしれない…。



「おはようっ!」

振り返ると、すっごい笑顔の杉下くん。
「お、…おはよう」
昨日のことが夢じゃないんだって、彼の表情を見て思う。
それにしても、私なんかを見てこんなに嬉しそうにしてくれるなんて。
何だか朝からジーンとしてきちゃう。
いつもは廊下とか学校の中で彼と会うのに、今朝は何故か通学の途中で声を掛けられた。
「昨日は、ありがと」
私は言った。
結局、昨日は杉下くんに奢ってもらった。あのお店は、コーヒー一杯で1回ランチできちゃうぐらいの値段だった。確かに美味しかったけど。
「……ううん、こっち、こちらこそ…」
杉下くんがカミながら、答えた。
何か勘違いしてそう。
だけどそれを指摘するのもなって思って、私はそんな可愛い彼の反応を見てた。
「いやー、朝っていいよね!」
元気に彼が言った。
「う、…うん…」
私は半分引きながら答える。
まだ杉下くんのキャラクターがよく分からない。
見かけと違って、案外普通の人なのかもってちょっと思ってきた。
それに何だかちょっと面白いし…そんなとこが憎めない。


「見たよー、今朝」
千草が笑って私の席に来た。
「あぁ…、杉下くんのこと?」
私は答える。
千草は私の席に肘をついてしゃがんだ。
「何?何で急接近?」
「私にもよく分からないんだけど…」
結局、昨日は千草にうまく説明できないままメールを返信した。
多分…一番何が何だか分からないのは自分自身のような気がした。
「とにかく、いいなぁ。あたしも杉下くんとお話ししてみたいよー。
ねぇ、いい男といるだけで緊張しない?」
「……分かんないよ…。ちょっとここではその話、よそうよ」
同じ教室内に彼がいるのが気になって仕方がなかった。
「いいなぁー。雛乃」
口を尖らせながらも、目は笑って千草は自分の席へと戻って行った。

(…………)

杉下くんが斜め後ろに、確かにいるんだろうなって思うだけで
私の日々はこれから緊張感で一杯になってく予感がした。

授業が始まっても、休み時間でも…
私は後ろの席の方へは振り向けなかった。  
 

ラブで抱きしめよう
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