ぼくらのキスは眼鏡があたる

5 ともだちのデート

   

さっきからボクは携帯を睨んでた。

何だか微妙な『友だち宣言』をした後から、実際のところボクらの関係は変わっていなかった。
それどころか、あれ以来ほとんど喋ってすらいない。
ボクは沸々と不満になってくる。

それにしても、だよ…。
森川さん、なんで携帯持ってないんだよ。今時…。
「はぁーーー」
何とか電話番号は聞いたんだよな。
それも自宅の。
さっきからボクは電話をしようかどうしようか本気で迷ってた。
学校で関係を深めようなんて、現実的にムリっぽいことが最近わかってきた。
「電話かぁーーーーーー」
携帯ですら、いきなり電話するってことはホトンドなかった。
強いていうなら、そんな風にできるのはボクにとっては稜二ぐらいだった。
それなのに、家の電話かよ…。

携帯を見てたら、メールが入ってくる。
「………」
カラオケで知りあって、その後会って適当にエッチした美形からだ。
『カイト〜〜ヒマならまた遊ぼうよ』
森川さんのことで悶々として、肉体的な欲求はハッキリ言って…あった。
だけど、とりあえず今はそれどころじゃない。
それにもう、森川さん以外の女の子のことを考えるのは正直めんどくさかった。

(森川さん、彼女になってくれないかなぁ…)

『交際を前提として友だちになってくれ』なんて言っちゃったけど、森川さんが「分かった」って言ったのは友だちになってって部分だけなんだろうなあ…。
しばし森川さんとの交際を妄想する。
眼鏡を外した顔も見てみたいし、私服もめっちゃ見てみたい。
それに二人で出かけて、一緒の時間をとりあえず過ごしたりしてみたい。
エッチするとか、そういう想像は夜にするとして……。

「ああ…情けねぇなぁ…」

手の中の携帯を開く。
押してしまえ。
ボクはメモリーしてある森川さんの名前を表示して、送信を押した。

「…………」
当たり前なんだが、呼び出し音が鳴る。
「!」
家の電話なのに、想像以上に早く相手が出てきた。
『もしもし、森川ですが…』
落ち着いた声。多分彼女のお母さんだ。
「あ、あの、…雛乃さんと同じ学校の杉下といいます…」
『あら、こんにちは』
ボクがドキドキしてるのに、のんびりした調子で森川さんのお母さんが答えた。
「あのー……」
『あ、待ってね、……雛ちゃん、ひなちゃーん!』
そこで唐突に保留音が鳴った。

(ひなちゃんかよー…可愛い…)

いちいちボクにツボってくる森川さん。
やっぱり好きだーって勝手に思う。
『杉下くん…?』
小さな声で森川さんが電話口に出た。
「あ、今、…大丈夫?」
『うん。…犬の散歩から帰ってきたとこ』
「犬飼ってるの?」
『うん、チワワ、黒いの』
華奢な彼女が小さい犬を連れて歩いてる姿を想像すると、すごく可愛い。
「へーいいなぁー。うちマンションでさ、動物禁止なんだよ」
思ったよりスムーズに会話できてるじゃんって、とりあえず軽くガッツポーズした。

『で、何…?』
(何…って言われるとキツいよなあ)
「あ、あ、あのさー…」
『?』
森川さんがボクの言葉を待っている。
「今度の日曜とか、ヒマ?
…あ、今度がダメならその次の週でもいいんだけど」
『……えっと…、何?』
彼女のクールな受け答えが、結構ボクに痛い。
「び、…美術館とか、行かない?」
『美術館?』
森川さんの声がちょっと裏返る。
つくづく、ボクの言動って唐突だよなって反省する。
映画でも良かったんだけど、2時間何もしないでってのも時間がもったいなかったし…なんとなく森川さんのイメージでいうと美術館って感じだった。
おまけにボクも多少興味がある展示が来てるのをリサーチしていた。
ボクが返答に困っていると、森川さんが言った。
『いいけど…。なんだか杉下くんっぽくないね』
「そ、そうかな…?今週でも平気??」
『……大丈夫だけど……』


(やったぜ!)
電話して良かった。
とりあえず週末が待ち遠しくて死にそうになる。
森川さんとデートの約束したこと、絶対に稜二には秘密にしておこう。


機嫌が良かったので、学校帰りに稜二達に付き合って街に出た。
珍しく稜二の彼女も一緒に付いてきて、今日はナンパがないなってボクはほっとした。
やることもないので、ボクら男4人と稜二の彼女でカラオケボックスに行く。
ボクは端の席で、稜二の彼女の隣に座った。
「杉下くん、彼女作らないの?」
稜二の彼女、未原がボクに聞いてくる。
「作ろうとしてないワケじゃないけどさ…」
ボクは稜二をチラっと見る。
未原の隣の稜二は、他のヤツらと真剣にメニューを見てた。
「果凛がさぁ、カイトカイトって言ってうるさいよー。果凛はダメなの?」
果凛ってのは綾崎のことで、未原と綾崎は仲が良かった。
「綾崎がダメってワケじゃなくってさ…あ、ダメはダメなんだけど」
「何よそれ?タイプじゃないってこと?」
「あー…そう言われるとボクのタイプじゃないな。普通に可愛いけどな」
「ふーん」
未原がジロジロボクを見る。
彼女は稜二と付き合ってるだけあって、かなり見栄えのする女子だ。
雰囲気が大人過ぎて、街で制服を着てるとコスプレみたいに見える。
「あんな風だけど、果凛は悪い子じゃないよー?
っていうかさぁ、海都ってどんなタイプが好きなのよ?」
「…マジメな感じかなぁ」
油断して素で答えてしまう。
ふと稜二が振り返って、未原越しにオレを見てニッと笑う。
(おまえ、未原に余計な事言ってないだろうな?)
オレは目で稜二に言った。
稜二は笑うと、また話の輪に戻ってしまった。
「マジメな感じねぇー…。じゃぁ果凛はダメだね」
未原はそう言うと、歌本を取ってボクに渡してくれた。

今は、森川さんの話題を稜二との間ですることはホトンドなかった。
稜二にはボクが森川さんに対してマジなのがバレてて、で恥ずかしい表現をするならば片想いっていうのもバレてた。だから稜二の方から、ボクにその話題を突っ込みにくいっていうのがあったんだと思う。
唯一、ボクと森川さんが怪しいって思ってるのは、森川さんと仲良しの南野千草だけだろう。


そんなこんなであっという間に週末になる。
前の日あまり寝られなくて、最悪なことに電車を一本逃す。
こんなとき携帯があればいいのに、彼女は携帯を持ってない。
6月は終わろうとしてて、ボクは電車を降りて走った途端に汗だくになってしまう。

どこで待ち合わせていいか分からなくて、結局は美術館のある駅の入り口で待ち合わせた。
そこに既に彼女は、…いた。
うすい緑色のカットソーに、膝下丈の白いスカートをはいてる。
足元は白いローファーのかかとがないようなヤツ。
で相変わらず銀縁の眼鏡だし、髪の毛は2つに縛ってる。
制服だとマジメ!って感じだけど、私服だとそれもそういうファッションっぽくって、学校で見るよりもずっと森川さんは垢抜けて見えた。
稜二が連れてる未原なんかよりも、ずっと落ち着いて上品な感じだ。
ボクは絶対こういう方がタイプだ。
やっぱり森川さんが好きだ。

「ご、ごめん、遅れて…待たせちゃったね?」
降りてからダッシュで来たから、ボクは息を切らせながら言った。
森川さんはどれぐらい前から来てたんだろう。
「ううん。『遅れて』って…まだ5分も過ぎてないのに」
『走ってきたの…?』って、その目は言ってた。
「とにかく、……暑いね」
「うん…」
ボクは早く涼しいところに行きたくって、ほとんど無意識に森川さんの手を取って歩いてしまった。
自分でも驚いた。

森川さんは黙ってる。
ボクは繋いでしまった手前、何となく早足になってしまう。
美術館が見えてきた辺りで、森川さんは言った。
「なんで、…手?」
イヤがられてたらどうしようって思って、ボクは森川さんへ振り向けなかった。

「……友だちだから…」

自分でもバカな返答したなと思った。

何だかボクは森川さんの前では失言ばかりしてるって思う。
「…杉下くんは」
森川さんが言った。
「『友だち』と、手を繋ぐ人…?」
非難を含んだようなその台詞に、ボクは言い返せない。
かと言って、繋いでしまった手も振り解けないでいた。

待ち望んでたこの日、そして彼女と手を繋いでいるのに…
ボクは早速凹んでしまった。
(違うよ!友だちとは手なんか繋がないって)
って即答したいとこだったけど、『友だち』として会ってるワケだからボクはそんなことすら言うことが出来なかった。
結局何を言っていいのか分からないまま、歩いてるうちに入り口に着いてしまった。

「チケット、買ってあるから」
ボクは財布からチケットを2枚出した。
それがきっかけで手が離れてしまう。
「ありがとう、杉下くん」
森川さんはそう言って、ちょっと笑ってチケットを受け取った。

彼女の目にボクが映るだけで、ボクがこれまで女子に抱いていた気持ちから考えると有り得ないぐらい、たったそれだけで嬉しかった。

中に入るとすごく涼しくて…でもボクは離れた手をもう一度繋ぐ勇気は出なかった。
館内は静かで、盛り上って会話するっていう雰囲気でもなかった。
だから余計にボクたちはほとんど話もしないで、お互いに一定の距離を置いて見てまわるって感じになる。

だけど、それでもボクは充分満足だった。
絵や美術作品を見るのはそっちのけだった。ボクは視野に入った森川さんを感じて、…そして時々じっと見たりして彼女を観察してしまった。

姿勢が、いいんだよな…。
立ち姿だけで、彼女のマジメな性格が出てるって感じがした。
「杉下くん?」
「えっ、…、な、なに?」
急に声をかけられて、ジロジロ見てるのがバレたかと思ってボクは焦る。
「杉下くんは、こういうの好きなの?」
「美術館に来たりするってこと?」
ボクは慌てて念を押した。
別にセクハラみたいに見てたことじゃないよな?って思いながら。
「うん」
森川さんは頷いた。
ボクはほっとする。
「来ないけど…。こういう現代アートはすげー好きだよ」
それは本当だった。
大学受験とかも一般大学じゃなくて芸術系に行こうかと、実は真剣に思ってたりもしてた。
「ふーん。そうなんだ」
「も、…森川さんは?」
ボクは恐る恐る聞いた。
彼女のイメージで来ちゃったけど、全然興味がなかったらどうしようって思いながら。

「うん。面白いね。こういうのも。
…学校行事以外で、こういうとこ初めて来た」
そう言って、ボクを見て笑ってくれる。
「ありがとー。杉下くん」

(あー…来てよかった…)

それだけのことで、ボクはジーンと感激してしまう。


美術館を出た。
夏の前の公園の緑は素晴らしく鮮やかで、そしてそこから漏れてくる光は薄緑色の服を来た森川さんを爽やかに照らす。
まるで彼女のためにこの景色があるみたいだった。
「お茶してもいい…?」
ボクは遠慮がちに聞いた。
「うん。美術館ちょっと寒かったね」
そう言って普通にちょっと笑顔になってくれた。

(やっぱり付き合いたいなぁ…)

喫茶店に入っても、ボクらの会話はゆっくりだった。
ボクは緊張してたけど、だけどこの前のと比べたら全然イヤな緊張じゃなかった。
今日の森川さんはどこかへ逃げて行ったりしないし、絶対に声を大にして言いたいけど、これはデートだ。
口数が多い方じゃないけど、森川さんは割と普通に話してくれる。
自分からガーっとしゃべってこないけど、ボクが会話に困っていると何気なく話を切り出してくれたりもする。
(絶対、いい子だよなぁ…)
ボクは森川さんの色んなパーツが好きだった。
眼鏡が似合うとことか、大人しそうに見える(実際大人しいけど)ところとか、そんなに背がデカくないボクと一緒にいてももっと華奢で小さいとことか、髪型とか、声とか…例をあげるとキリがないぐらいタイプだ。
だけどこうして彼女本人を少しずつ知れば知るほど、期待通りというか、…それ以上すぎてどんどん森川さんへのボクの気持ちは膨らんでいった。


「海都!席変わってくれ!」
稜二が引いたくじをピラピラさせて、ボクのところへ来る。
うちのクラスは「交流」とかいって1ヶ月に1回席替えをすることになっていた。
「席、どこだよ…」
稜二のくじを見たら、一番前の端だった。
「一番前じゃんよ」
「オレが前に座ってると、後ろのヤツにどう考えても迷惑だろ?」
「ボクの身長が低いっての?」
ボクはちょっと稜二を睨んだ。
「いいだろ?前だったら多分、森川と近くなると思うぜ?」
(そうかもな…)
まあ1ヶ月だし…っていっても夏休み挟むから9月までなんだけど、それぐらいならいいかと思って稜二と変わってやった。
荷物を持って、前に移動する。

ダルくて机に突っ伏して寝てて…顔を上げたら、
「も、森川さん??」
ボクの隣の席に森川さんが座ってた。

「杉下くん?なんでこんな前に??」
「……デカ過ぎる稜二と変わってやった」
嬉しかったけど、まさか真隣になるとは思ってなくて焦る。
「も、森川さんはなんでいつも前の席なの?」
何だかしどろもどろになりながらボクは言った。
「うーん。分かんないけど、いつも前の席を引いた子から、『変わって』って言われるから…。まあ、あたしは前でもいいかなって思うし…」
森川さんが他の女子に強引にそう言われてる姿が、簡単に想像できた。
でも、ボクにとっては全てがラッキーだ。
振り返ると、稜二がボクの方を見て親指を立てた。


次の朝になる。
「おはよう、杉下くん」
「おはよー森川さん」
席は隣になったし、自然と森川さんの方からも声をかけてくれるようになった。
ボク的にはスゲー嬉しい。
まあ、友だち宣言してるから当たり前って言えば当たり前かも知れないけど。

ボクはそのまま稜二たちの方へは行かず、自分の席に座っていた。
森川さんは南野を見つけると、珍しく大きな声で言った。
「千草!メール見たよ!」
そして席を立って南野の方へ行ってしまう。

(メール…??)

教室の隅の方で、森川さんは南野と何かを話して、密かに凄い盛り上ってるっぽかった。
授業が始まるギリギリに席に戻ってくる。

「あ、あのさー…森川さん…」
ボクは思い切って聞いてみる。
「森川さん、……メアドって、あるの…?」
「あるよ。パソコンのなら」

教師が入ってきて、すぐに授業が始まる。
森川さんはマジメだしボクらは一番前の席だし、そこで会話は切れてしまう。

(何だよ…メールできたのか…)

あんなにも緊張して電話した自分が何だったんだろうと思う。
「メアド、…教えて」
ボクは小さい声で、隣に座る森川さんに言った。

 

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