ぼくらのキスは眼鏡があたる

6 隣の席の彼

   
「本当に?良かったね!」
帰り道の途中、千草と喫茶店にいた。

「うん……。なんだかビックリだけど…」
「野上くんって、そんな兆候あったの?」
私はワクワクしながら聞いた。
「全然気が付かなかったよ…。付き合ってって言われて、ホントに驚いたよ」
千草は戸惑いながらも、とても嬉しそうにしていた。
「野上くんかー。いい人そうだもんね!千草とすごく似合いそう!」
友だちのことなのに、自分のことみたいにドキドキしてしまう。
「えへへ…」
千草は少し照れながら、ストローの紙を手で触る。

「雛乃こそ、杉下くんとはどうなってるの?」
「ええっ…」
そんなこと言われても…私はちょっと困った。
「…何もないよ、普通に友だち」
「そうかなぁ?だけどさー、なんで隣の席になったの??」
それは私もビックリした。よりによって隣なんて。
「分かんない。…なんでかな」
「うーん…。何かさ、杉下くんってホントに雛乃のことマジなんじゃないの?」
千草がちょっと真顔で言った。
「うそぉーー。だって、『杉下くん』だよ?…それは有り得ないって」
私は答えた。
杉下くんが案外マジメそうな人だってことは、何となく最近は思う。
だけど、私のことに対してどうなのかって言ったら…どうなんだろう?
あんなモテまくってて、私とは別世界みたいな人なのに。
「そうー?結構マジっぽく見えるけどなー。
だけどさぁ相手が『杉下くん』だと、…ちょっと大物すぎて引いちゃうよねぇ」
千草が言った。
その言葉は、確かにその通りだった。


『交際を前提にして……』

って言ってた。確かに杉下くんは言っていた。
(なんでだろう…)
考えても、よく分からない。
どうしてよりによって、あの『杉下くん』なんだろう。

この前、誘われて一緒に美術館に行った日。
学校の外で会った杉下くんは、やっぱり普通にしていても目立っていた。
制服だとちょっと浮くような髪の色も、私服だと自然に馴染んでいた。
全体的な雰囲気が今風にお洒落な感じで、通り過ぎる女の子が彼をチラチラ見たりしていた。
(隣にいた私…絶対、見劣りしていただろうな)
そう思わずにはいられない程、杉下くんは光ってる人だった。
私は目の前で両手を握り締めた。

(手、…触られちゃった…)

私は男の人と付き合ったことがないから、勿論プライベートで誰かに手を握られたことなんてなかった。
私にとっては、手を触られることって結構大きな事なのに。

(あんな風に、簡単に女の子の手を握るんだな…)

杉下くんは男なのに可愛い感じでカッコいいし、かもし出す雰囲気もソフトだし、きっと何人もの女の子と遊んできたんだろうって思う。
そんな女の子たちの中に、自分も入れられてしまうんだろうか。
こんなにも簡単に…。

それはイヤだった。

だけど、話をする時の彼はいつもマジメで、…時々可哀想?って思うぐらいに困ってるときもある。
そんな姿だけを見てしまうと、杉下くんが遊んでる人には見えなかった。
だから私は、彼からの誘いを断れなかった。
…杉下くんのこと、全然キライじゃなかったし。
というよりも、私にとっては唯一意識するっていう立場の男の人だ。
学校でニコニコ話し掛けてくれる杉下くんは好感度が高かったし、顔を見ていると本当に信用してしまいそうになってくる。

(何か、…こわいなぁ…)

杉下くんの事が全然分からなかったし、私のことを気にかけてくれてるっていうのがどうもウソっぽくって……私はどうしても彼を警戒してしまう。


朝、杉下くんがギリギリに登校してきて私の隣に座る。
「昨日、メール見てくれた?」
彼は小さな声で私に言った。
「えっ……」
杉下くんを見ると、何だか恥ずかしそうにしてる。
私は困ってしまう。
「ご、ごめん…。見てない?何時頃くれたの?」
「えぇっ…11時過ぎ…ぐらいかなぁ。遅かったと思う」
杉下くんがガッカリした様子で言った。
「ごめんね、私…帰ってから一度パソコン立ち上げただけで…、
見てないや…ごめん」
「う、…そうか…。か、帰ったら、見てな…」
そう言って彼は脱力した様子で、姿勢を崩した。

(何のメールくれたんだろう……)

気になったけど今更彼に聞くのも…って気がして、私は前を向いた。


今日は久しぶりに一人で帰ることになってた。
千草が野上くんと、早速二人で約束していたからだ。
(やっぱりちょっと寂しくなるなぁ…)
まるで私から千草を奪われたみたいな気がした。
友だちに彼氏ができると、こんな感じなんだなぁって思った。

「あれ?今日は南野さんと一緒じゃないの?」
帰ろうとしてたら、廊下で杉下くんに声をかけられた。
「うん」
私はただそれだけ言った。
「あっ、…待って待って」
杉下くんは慌てて教室へ引っ込んでいった。
すぐにカバンを持って廊下へ出てくる。

「一緒に帰ろう」

(えぇっ…!)
当たり前のように私の隣を歩く杉下くん。
勿論玄関口までの道は一つしかないし、逃げられるような口実も思い浮かばなかった。それに『友だち』宣言しちゃってるし…。
だけど杉下くんのペースに巻き込まれてしまう一番の原因は、彼の嬉しそうな笑顔だ。
少なくとも今、この笑顔を曇らせたくないなって私は思った。

「………」
どうしよう。学校から一緒に出るなんて…。
まるでカップルみたい。
杉下くんは気にしてないのかも知れないけど、結構色んな人の視線を感じた。
「今日は一人だったんだ?」
「うん。……そう」
今日は私の方が緊張してる。
「珍しいね。いっつも南野さんと一緒なのに」
(いつも…って、いつもって…ことは、…)

私を見てるの?

って一瞬自惚れそうになる。
「今日は千草は用事あるから…」
私は慌てて答えた。
「そうか、ラッキー」

ラッキー…って。
(…深く考えるのはやめよう)
やっぱり杉下くんってこういう言葉がスラスラ出ちゃう人なんだ。
こういう風に言われてるの、多分私だけじゃないんだろうなって思う。
うん、絶対そうだよ…って思う。

この前二人で出かけた時以上に、私はドキドキしていた。
「ちょっと寄り道とか、できる?」
改札口で、杉下くんが言った。
「……」
私はちょっと考えた。
「…ごめん、今日は家でしないといけないことがあるから…」
「そっか……。じゃあ、真っ直ぐ帰ろうか」
杉下くんは少しだけガッカリして、だけど爽やかに答えてくれた。

別に用事があるわけじゃなかった。
だけど、制服でこうして二人でいることが何だか居心地悪くて……。
私は早く帰りたくて仕方がなかったんだ。

電車で別れ際、杉下くんが言った。
「あ、メールの内容…。もう気にしないでいいからね」
そう言って恥ずかしそうにしてた。
なんだろう…。
私は部屋に戻って、すぐにパソコンを立ち上げた。
杉下くんのメールはちゃんと来てて、私はそれを開いた。
『森川さん、こんばんは』
私はそのまま読み進める。

『いつか、帰り、一緒に帰れないかな?』

(あ……)
杉下くんのメールを見てたら、私は指先までドキドキしてくる。
(なんか……)
その文面を何度も読み返すうちに、彼なりに一生懸命考えてメールしてくれたんだろうなって伝わってきた。
(いいかも……杉下くん)

千草からもメールが来てて、始まったばかりの彼とは上手くいってるらしかった。
(彼氏、かぁ……)
何だか杉下くんのペースに乗せられて、私まで彼氏ができたみたいな気分になりつつあった。


「今日も一人?」
HRが終わったとき、小さい声で杉下くんが私に聞いてきた。
「…うん、そうだけど…」
その言葉を聞いたら、彼はすごくニッコリ笑った。
この笑顔を見たら、無意味に断ったりすることなんてできないなって思ってしまう。
この顔は、…なんか、ずるい。

そして当然のように2人で教室から出た。
ハッキリ言って、昨日よりもずっと周りの視線を感じた。
「また、休みの日とか……一緒に出かけられないかなぁ」
杉下くんは言った。
私は何て返事をしていいのか迷う。
彼と出かけるのは楽しいし、嬉しくもあった。
でも……。
私はすっかり杉下くんのペースで、気持ちが今ひとつついていってない。
「つ、都合が合ったらね…」
何となく曖昧に返事をした。
杉下くんを序々に知っていけば、彼への気持ちも少しずつハッキリしていくかもしれないし。
少なくともどちらかといえば、好きな方の人だ。
隣を歩く杉下くんに対して、私は全然イヤな気持ちはなかった。


次の日の朝だった。
登校したら、靴箱に折りたたまれた紙が入ってた。
それを取り出して、私は広げて見た。

『隣だからって調子乗ってんなよバーカ』

女の子特有の字で、書き殴られてた。
(うわ…ヤだなぁ…怖いし…)
私は朝からイヤな気分になる。
同じクラスの子だろうか。
誰なんだろう。複数でやってたりして。
「はぁ……」
すっかり元気がなくなってくる。

やっぱり杉下くんはモテるし、親しくしちゃうと他の女の子から反感を買うんだ。
正直、そこまでは全然考えてなかった。
(綾崎さん……)
何となく綾崎さんを思い出したけど、彼女じゃなさそうな気はした。
なんでかっていうと、ハッキリ言ってくるタイプだと思うから。
(誰なんだろ…)
「ねえ、千草」
私は思い切って千草に言った。
「誰だろうねー?でもイヤだねー!陰湿で!小学生みたいじゃん」
「うーん…。ねえ、今日は一緒に帰ってくれないかな…」
杉下くんの誘いを断る理由が思いつかなくて、私は千草に頼んだ。
「うん、分かった。野上くんには言っとくし。しばらく一緒に帰ろうか」
「…ごめんね…」
千草も彼氏と帰りたいと思うのに、ホントに悪いと思ったけど…。

「あのね、今日は千草と帰るね」
「あ、…うん。じゃまた一人で帰れそうなとき、一緒に帰ろう」
杉下くんは笑顔でアッサリ言ってくれた。
(ごめんね、杉下くん…)
別に彼が悪いワケじゃないのに。
何となくだけど、杉下くんは見た目がカッコいいってだけで今まで色んなトラブルがあったんじゃないかって想像した。

「はーああ…」
私はため息をついた。
何日かぶりに千草とお茶してた。
「ちゃんと付き合っちゃえばいいじゃん。杉下くんと」
千草は言った。
「だって…。何か…何か、…うーん…」
上手く説明できなかった。
「私だって、野上くんのことすっごい好きってワケじゃなかったけど、告白されたら急に気になってきて…なんかいい人かもって思ったら…付き合いたいなって自然に思うようになったけど?」
「うーーん」
そういう状況って、今の私には何となく分かったけど。
「だけど、…杉下くんって、…私と全然似合わないことない?」
「えー?」
「…似合わないでしょ?」
それが一番気になってたのかも知れない。
「そんなこと気にしてるの?」
千草が半ば呆れて言った。
「だって…」
「もしか、杉下くんが本気で雛乃のこと好きだったらさ、
…それって結構、彼がかわいそうだよ」
「えー?そう?」
「そうだよ。だって今回の件だって、彼のせいじゃないし…。
彼の見た目とかが派手ってダケで、そんなこと言ったら逆に失礼じゃない?」
「…そうかなぁ、だって杉下くんはモテるし、カッコいいし…
…あたしとは似合わないよ」
「そんなことないって!」
元気付けてくれてるのかどうか分からないけど、その後私は千草に妙に杉下くんとのことを後押しされた。


(ヤだなぁ、学校行くの……)
電車を降りて、昨日の朝のことを思い出して漠然と私は思っていた。
「おはよっ」
「あ、杉下くん」
すっごいビックリした。
駅から一緒になるなんて初めてだったから。
「なんかクラ―い顔してたけど?」
「……やだ。ホントに?」
対照的に明るい杉下くん。髪はバシっとキめてるし、女子が憧れるのも頷けるほど彼は朝からキラキラしてた。
それに対して、重暗い自分。
「何かあったの?」
「ううん…。そんなに暗かった?」
「うん、いつもと違う感じ」
何で分かっちゃうんだろう。
「相談してくれたら、ボク、何でも聞くよ」
ニコニコしてる彼。肩がくっつきそうに近くにいる。
何だか朝からドキドキしてくる。
「あ、…ありがと…」
私は一瞬で、さっきの暗い気持ちを忘れた。

「あ……」
私は靴箱を見て、顔色が変わった。
なかなか動かない変な私の様子を見て、杉下くんがこっちに来る。
「どうしたの?」
「……」
私はすぐに言葉が出てこない。
つい、周りを見回して靴が落ちてないかとか、探した。
「上履きが、ないの?」
杉下くんもすぐに気が付いたみたいだった。
「なんで…?」
そうこうしてるうちに、後ろから千草が来た。
「どーしたのー?杉下くん?雛乃?」
「森川さんの上履き、知らない?…って、知らないよな」
杉下くんまで困った様子で千草に言った。
「ヤダ……。またイヤガラせ?」
「……また?」
杉下くんの顔色が変わる。
千草はヤバって顔で私を見た。

千草に体育館のシューズを持ってきてもらって、私はそれを履いて教室に入った。
隣には、杉下くんが座ってる。
まあ、席順から言って当たり前なんだけど。
上履きがなかったのもショックだったけど、杉下くんがその時そこにいたのも私にはもっとバツが悪い気分だった。
「何か、されたりしてたの?」
杉下くんがマジメな顔で言った。
「ううん、…別に」
私は答えた。
「…昨日、南野さんと帰ったのも…何かあったから?」
鋭い…っていうか、分かるか…。
私は何も言えなかった。
「誰にされてるの?」
「……分かんない」
私はやっとそれだけ言った。

――― ガンッ

杉下くんが自分の机を思いっきり蹴飛ばした。

その音はすごく大きくって、教室にいた全員が驚いて杉下くんを見た。
私は自分が怒られたような気がして、隣で固まった。
杉下くんが座ったまま後ろを振り返る。


「おい!誰だよ!森川に嫌がらせしてるヤツ!」


教室中が水を打ったように静かになる。

「今度やったら、マジで殺すぞ!」

その時の杉下くんは、ホントに怖かった。
みんなも黙って杉下くんを見てた。
教室中の空気が緊張感に包まれる。


しばらくして、末永くんが杉下くんに近づいてきた。
そこでやっと、呪縛が溶けたみたいに教室がザワザワし始める。
「なにやってんだよ、海都」
そう言って杉下くんが蹴った机を、末永くんが戻した。
「蹴った自分が直したら、カッコがつかねぇもんな」
そう言って杉下くんを見て笑った。
「ごめん、稜二」
杉下くんが立ち上がる。
「…ごめんね、森川さん」
杉下くんがこっちを向いて、私はハっとした。
今まで完全に固まってた。
「ううん……私こそ…」
「森川は何も悪くねーよ」
杉下くんの代わりに末永くんが言った。

末永くんはニヤニヤしながら杉下くんの肩を抱くと、そのまま2人は教室から出て行ってしまった。
そして授業が始まっても戻って来なかった。

結局その日は2人とも教室に戻ってこなかった。
 

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