ぼくらのキスは眼鏡があたる

7 今朝、そのあと

   

「海都、久々に切れたな」
稜二が笑いながら言った。
「そうか?別に……」
ボクはムっとしながら答えた。
怒鳴った後、なんだかバツが悪くて稜二に連れられるまま学校から出た。
そのまま久々に稜二の家に来た。
こいつとは家が近くて、小学生のときはしょっちゅう行ったり来たりしていた。
ボクは途中のコンビニで買ったコーラのキャップを開けて、半分ぐらい一気に飲む。

「なあ、稜二」
「あ?」


「何かさぁ、マジで好きとか思うと、…カッコ悪いことばっかだな」

ボクはため息と共に言った。
「そうか?」
稜二はタバコを出す。
吸うか?と手で聞いてくる。ボクは遠慮した。
「なんか、そう思うぜー……ホント、最近」
ボクのその言葉を聞いて、稜二は嬉しそうに笑った。

「らしくねぇー。海都」
「うるせー」
ボクはちょっとムっとした。
そこで稜二もマジな顔になる。
「大体おまえはさ、今まで“心なさ過ぎた”んじゃん?」
稜二が言った。
「そうかなぁ」
ボクは稜二のベットに背中をもたれさせた。
天井には格闘家のポスターが貼ってある。これは小学生時代のままだ。
憧れのヒクソングレーシー。やっぱりグレーシーの頂点はヒクソンだと今でもボクは強く思う。稜二とは小さい頃、よくグレーシートレインを真似たもんだ。
小学校のとき、稜二と一緒に空手を習っていた。
当時は二人とも小さい方だったのに、いつのまにか稜二ばかりデカくなっていってた。不公平だよなとボクは思う。
中学に入っても小さいボクは、チャラチャラしてるとか因縁つけられて喧嘩を売られたりしたこともあった。
空手のおかげでボクは意外にも案外強かったし、それに稜二もいた。
因縁つけてきた奴らは、ボクらには手出ししなくなった。
その一件以来、ボクらは学校でも一目置かれるようになった。

稜二はボクの前の小さいテーブルに手を伸ばし、空いてる缶を取って灰を捨てた。
「女らはおまえの見た目のソフトさに惹かれて寄ってくるけどさ、食っちゃあ捨てって感じじゃんよ。今まで」
「酷い言い方するじゃん」
でも確かにそれは事実かもなって思った。
「あのさー、稜二はやっぱ、未原のことはマジなワケだろ?」
ボクは稜二に聞いた。
稜二は未原と高校に入ってからすぐ付き合ってたから、もう1年以上になる。
そういえばボクらは女の話題ってあんまりしたことなかった。エロ系以外は。
稜二は笑って答える。
「まーなー。今はあいつの事が一番気に入ってるなー。
なんか全体的な相性がいいんだよな」
「それって、ボクが見てても思う」
稜二はガタイもいいし迫力があって、男から見てもちょっと喋りにくいらしい。
ボクは子どもの頃から友だちだから全然思わないけど。
そんな稜二に、落ち着いた未原はすごく合ってると思ってた。

「それにしても…なんだか、ぜんっぜんどうしていいか分からないんだよな」

ボクは珍しく愚痴った。
やっぱりボクにとって稜二は大親友だ。
「へー。でもさ、それなりに脈ありそうな感じもするけど?」
「そう?そう思うか?」
ボクは好意的な稜二の返答に少し嬉しくなってくる。
「でも、さっきの……思いっきり引かれてたりして」
稜二は相変わらずニヤニヤしながら言った。
「確かに…。そうだよなぁ…あれはやっぱ、…マズかったよなぁ…」
確かにアレは引かれたかもしれない。マズイかもしれない。
もう、どん引きに引かれて、二人でデートするなんて二度とないかも知れない。
「あぁ……」
考えるとどんどん落ち込んできた。

「ところでさ、改めて聞くけど…なんで森川なんだよ?」
「へ?」
「何か不思議なんだけど」
稜二がちょっとマジな顔になる。
「なんでって……」
ボクはちょっと考える。
(森川さんじゃなきゃダメなんだ)って一瞬思ったけど、そう断言できるほどボクと彼女は深い仲じゃないし、第一そんな恥ずかしい事言えるワケがない。
「…ボクのタイプなんだよ。もろに」
「へー……。なーんかお前ってマニアックな」

うるせーと心で思いながら、ボクはこの先のことを考えていた。

稜二の携帯にメールが入る。
「谷口からだけど、今日学校戻るかって」
携帯を手にしながら稜二が言った。
「戻る…?稜二」
ボクは今日はもう学校へ戻るつもりはなかった。
「だりーだろ、今更。んじゃ返信しとく」
「…谷口に気ー使わせたみたいで悪いな」
谷口は同じクラスでボクらの集団の一人だ。

「………」

朝、校内履きがなくて困ってた彼女。
そんなことされてたなんて。
今朝一緒に登校できて良かった。
もしもそうじゃなかったら、ボクは何も知らずにヘラヘラ森川さんに話し掛けてただろう。
(一緒に帰れなくなったってのも……)
ああ…多分なんかあったんだろうなって今更に思う。
(ったく誰なんだよ……)

「なんか、女って陰湿でムカつくな」
ボクは本当にそう思って言った。
「しかし『殺すぞ』は、ねぇな…」
稜二のその言葉で、また自己嫌悪になる。
「はぁー…森川さん真面目だもんなぁ……。あぁ…もうダメだ…」
ボクは頭を抱えた。
「まだダメかは分かんないじゃん」
「励ましてんの?」
「一応」
稜二はテレビ台の下にあるゴチャゴチャしたオープン棚の中から、ゲームソフトを出す。
「どうせ学校行かないんだったら、ヒマだし久々に対戦しようぜ」
「おー…」

久しぶりに稜二とした格闘ゲームに、思いがけずイヤな事も忘れてつい熱中してしまった。
「格闘家の血が騒ぐな」
稜二が派手な技をだしながらボクに言った。
「誰が格闘家だよ」
ボクは笑った。

ゲームしたり、買ってきた食料とか食べたりしてるうちに、あっという間に時間が経ってたみたいだった。
こんな風に稜二と二人でゆっくりと過ごすのは久しぶりで、何となくボクは落ち着いてくる。
「海都、携帯鳴ってるぞ」
「うー……、ダリぃなぁ……。何だよ…」
携帯を見ると、非通知になってる。
「どうしよ、先生とかだったら」
ボクはイヤイヤに電話を取った。

「はい」

『あっ……杉下くん?』

最初分からなかったけど、この口調は森川さんだ。
「…ちょ、ちょっと待って…」
ボクは稜二に手で出て行くように合図する。
「しょーがねーなー」
稜二は部屋を出て行った。

「ごめんごめん」
ボクは携帯に向かって改めて話した。
『いま……大丈夫?』
「うん」
『いま、どこ?』
「稜二んち」
『…そうなんだ…』
森川さんの声が響く。多分、学校の公衆電話からなんだろう。
「携帯の番号…、よく分かったね」
ボクは言った。
『谷口くんに聞いた…』
「………」
ただでさえ森川さんと話をするときには言葉を選ぶのに、電話だと更に言うことがぱっと思いつかなくて…この沈黙がちょっと辛かった。
「あ、…あのさ…」
『うん』
多分、森川さんの方から何か言いたいことがあるだろうってことは分かってた。
だけどボクはそれを遮っても、今朝の事を謝りたかった。
「今朝のこと…。教室で怒鳴ったりして、ごめん…」
『………』
ボクは森川さんの言葉を待った。
1秒の沈黙が10倍にも20倍にも感じられる。
『ちょっとビックリしたけど……』
普段からゆっくりした彼女の口調が、今日のボクにはもっともっと遅いような気がした。
『別に、怒ってないよ』
(ホントかよ!)
ボクはすぐに嬉しくなってしまう。
でも次の瞬間、口でそう言ってるだけかもなって思ってまた一方的にへこむ。

『あのね……杉下くん』
「は、はい…」

彼女の方からボクの名前を言われると、ボクはいつもちょっとビクっとなる。
我ながら情けないぜと思う。
『上靴、…帰ってきたよ』
「ホント?」
意外な言葉に、ボクはビックリした。
「マジで??どこにあったの?」
『…靴箱の中……、帰ろうとしたら、…あったから…』
「良かったじゃん!」
ボクはつい叫んでしまった。
『うん……。一応杉下くんに言っておこうと思って』
「あー…よかったなぁ、マジでー……」
ボクはほっとした。
誰だか分からないけど、嫌がらせをしていたヤツが戻したに違いない。
『…杉下くんが…』
「うん?」
ボクはまたドキドキする。

『言ってくれたからだと思う…。ありがと……』

ありがとって言う彼女の声の響きが、ボクを本当に嬉しくさせる。
ドキドキしてくる。
電話で会話してるだけなのに。

『じゃ、また明日学校でね』
「あ、うん…」
ボクが気の利いたこと一つも言えないうちに、無情にも森川さんは電話を切ってしまった。
「あー……それにしても良かったー」
とりあえず口調が怒ってなかったし、森川さんも靴が戻ってきて嬉しそうな感じがした。
それだけでボクは心底ほっとする。

「森川?」
稜二が麦茶の2リットルボトルとコップを二つ持って入ってきた。
「うん、そう」
「なんだよ、すげぇ嬉しそうじゃん」
「ははは……まあ、とりあえず。まさか電話くれるなんて思ってなかったから」
「お前ホントに好きなんだな、森川のこと」
改めてそう言われると恥ずかしくなったけど、明日学校で早く森川さんに会いたいって、ボクは本当に思った。


教室に入ってまず感じたのは、ボクを見るクラスメート達の引いた視線だった。
「おう!谷口!昨日はサンキューな!」
「先生には海都が具合悪くなったとか、適当なこと言っておいてやったぞ。お前、オレに何か奢れ」
谷口はいつもと変わらずヘラヘラしていた。
「…分かってるって」
中学から一緒でボクや稜二のことを知っているヤツは、別段変わった様子もなかった。
引いてるのは、高校から一緒になったヤツらだ。
「海都がキレたの久々に見たよ」
小学校から一緒の女子がボクに言った。
「別に……キレてないっすよ」
そう言いながら、ボクはおそるおそる前へと目をやった。

勿論ボクより早く来てる彼女が、自分の席に座っている。
「………」
後ろ姿を見ただけで、心臓がバクバクしてくる。
これから隣に座って、1日中近くに彼女がいる……。
マジで授業どころじゃないなと思った。
「も、もりかわさん…」
「おはよう、杉下くん」
相変わらずクールな感じで、ボクに朝の挨拶をしてくれる。
その姿は別段昨日と変わった感じじゃない。
「昨日は、…気を使わせちゃったみたいだね」
そう言って心配そうな表情になって、ボクを見る森川さん。
「べ、べつに気を使ってるとかそういうことは…」
真っ直ぐ見られるとしどろもどろになってしまうボク。
今更ながらに一番前の席ってのが恥ずかしくなってくる。
こうしているボクらの会話は、教室にいるほとんど全員に見られてる。
昨日あんな事があった後だから、間違いなくボクらは注目されてた。
背中がかゆいぐらいに視線を感じる。
「私の方こそ、ごめんね」
「なんで?…森川さんは何も悪くないのに」
こんなボクのドキドキも、みんなの好奇の目に晒されてるかと思うと、…昨日みたいにボクはキレそうになる。
なのに森川さんは全然普通どおりだ。

「あ、あのさ、森川さん」
「なに?」
「こ、ここじゃ何だから、……昼休み、ちょっと話せない?」
「…?なんでここじゃダメなの?」
きょとんとする彼女。
ボクは唐突に後ろに振り向いた。

何人ものヤツが、ボクから視線を反らした。

「…………」

案の定すぎて、イヤになってくる。
「とにかく、……」
お願いするってのも変だし、命令するってのも変だなって思う。
森川さんのことが好きになってから、ボクの国語力は確実に落ちた気がする。
「分かった、…昼休みね」
森川さんはちょっと笑顔で言ってくれた。


さすがに一緒にランチってわけにはいかなかった。
だから昼休みって言っても、ボクらの時間は限られる。
ふと思ったんだけど、帰りでも良かったじゃんって後で気付く。
だけどとりあえず、森川さんとの貴重な時間だ。
目立たない4階の廊下の端で待ち合わせる。
ここは1年の階だから、ボクらの学年のヤツらはほとんどウロウロしていない。
「あぁ!森川さん!」
絶対ボクが先だと思ってたのに、もう森川さんはその場所にいた。
「あ、杉下くん」
森川さんが振り向いて言った。
「…待たせた?」
「ううん。全然…。今だもん、来たの」
「良かった」
さすがに毎回遅刻じゃ、自分でも情けない。
「昨日、ごめんね」
また彼女の方から先に言われた。
「なんで?…ボクこそ怒鳴ったりしてごめんな」
ボクは窓に寄りかかった。体育館の屋根が見える。
今日もすごく暑くて、この階はボクらの階よりも暑いような気がした。
「だって、…杉下くんのおかげで靴も帰ってきたし」
森川さんが下を向く。
ボクも彼女の足元を見る。

(足、ちっちゃいんだな…)

ボクは身長の割に足がデカかった。
だからいつか伸びると信じているんだけど。
「誰だかって、…全然心あたりないの?」
ボクは思い切って聞いてみた。
「ない…全然わかんない」
森川さんも窓の外を見た。
こうして話してるのも何となく前よりも自然な感じで、…少なくとも友だちには近づけたんじゃないかって思う。
「…そうか…」
別に犯人が追求したいわけじゃなかった。
「あのさぁ、森川さん」
「なぁに?」
そう言ってボクに振り返る。
立って話すと視線が上向いて、彼女のそんな表情がボクは好きだった。
「また、…一緒に出かけられない?休みの日」
「……」
「学校だと、…やっぱあんまり喋れないじゃん。今だって一番前の席だしさ、人の視線、すっげ感じるじゃん」
「…そうかな…」
森川さんはあんまり気にしてないみたいだった。
「でも、そうかもねぇ…」
彼女はちょっとため息をついた。
なぜかボクが悪い事をしたような気になってくる。
無意味にへこみかけてると、彼女が言った。

「あたし、映画行きたいなぁ」

「ほ、ほんと?」
彼女からの提案に、ボクは驚いてしまう。
「うん…。見たいのあるの。…でもさ、最近友だちに彼氏ができちゃって…」
「友だちって…南野?」
「そう」
だから森川さんの帰りが一人だったんだなって、今更ボクは気付く。
友だちに彼氏が出来て、彼女の時間が増えたこと…それってボク的にはすっごくラッキーだった。
「ダメ?」
森川さんが言った。
ダメなわけないじゃん。
「森川さんが見たいやつ、…行こうよ。ボクも結構映画好きだし」
「そうなの?」
森川さんがにっこり笑った。
彼女は普段人前であんまり笑わない。
というか、彼女は自分の数少ない友だちぐらいしか話をしたりしてないんだ。
(か、かわいい……)
ホントに森川さんはボクのツボだ。
そして彼女とのデートが約束できて、ボクは超有頂天になった。


デートの日。
森川さんは薄い水色のカーディガンを着て、白に近いベージュっぽい長いスカートをはいてた。すごい暑い日だったから、厚着じゃないのかなと思ったら、映画館は寒いぐらい涼しかった。
彼女の選んだ映画は、おとなしいラブストーリーだった。
ホラーとか、アクション映画好きのボクには退屈すぎたけど、映画自体は森川さんのイメージに合っているような気がした。
静かな映画だったから、ボクは隣にいる森川さんのことばっかり考えていた。
黙って耳をすませたら、息遣いまで聞こえてきそうなほど近くにいる彼女。
(ああ……やっぱり『彼女』にしたいなぁ……)
休日、わざわざ二人で会ってるのに、…森川さんはまだボクの『彼女』じゃない。

「杉下くん、つまんなくなかった?」

映画館を出て、森川さんが言った。
「ううん……おもしろかったよ」
ボクは森川さんに意識を集中させてたから、映画の内容はかなりどうでも良かった。
「外に出たら暑いね」
ボクは言った。
「うん、…夏って、建物の中が寒すぎて」
森川さんはカーディガンを脱いだ。

その下の白いブラウスはノースリーブで、ボクは初めて森川さんの肩を見た。

(白……)

彼女の真っ白な華奢な肩が眩しくて、ボクの欲情レベルは一気に上がっていく。
頭の中で勝手に色んな妄想が広がりそうになる。
とりあえずボクはそれを堪えた。

「イヤがらせ、…もうされなくなったよ」
森川さんがボクを見て言った。
肩を出してる森川さんが可愛すぎて、私服でも三つ編みにしてる髪型も似合ってて…何だかボクはマジで挙動不審になりそうになってくる。
「良かったね」
ボクは何とかそれだけ言った。
もしこの場にボクら以外の誰もいなかったら、…ボクは彼女を即押し倒してたかもしれない。
「杉下くんって、…大変そうだね」
森川さんが言った。
「な、なんで?」
ボクは、今自分の考えてることが見透かされたのかと思ってかなり焦る。
「なんか…モテる人って苦労が多そうだから」
「あぁ…」
そういう意味か。
「モテるとかは分かんないけどさ、…無意味な嫌がらせってのはあるよな…。
今回の件も、多分ボクに対しての嫌がらせだろ…」
つい昨日までボクの事を好きだと大騒ぎしてた女子が、次の日突然敵に回るっていう経験を、ボクはこれまでも随分してきた。
実際ボクは彼氏がいる女子にもよく誘われる。
浮気するのは男だとか言うけど、女だってすぐに浮気するし、ボクは軽く女性不信になりそうな気がすることだってある。
だから余計にこういうタイプの女の子に惹かれてしまうのかも知れない。

ボクらは街をブラブラ歩いてた。
暑かったけど、ホントに映画館は寒かったからこれでちょうどいいぐらいだった。
大通りの街路樹は緑の影を大きく作り、歩道は涼しく感じられた。
それに彼女の横を歩くのは気分が良かった。
またお店に入って、カーディガンを着られてしまうのはイヤだったし。

「末永くんと、…仲いいんだね」

「あぁ、幼馴染だし」
森川さんの口から稜二の名前が出るのは意外だった。
「見てても…なんかいいコンビって感じがするよ」
優しい調子で森川さんの声が響く。
ボクはこの声の感じも大好きだった。
「一緒にいるとさ…稜二の方がかっこイイだろ?
あいつすごいモテるよ。ボクなんて比べられないぐらい」
それはマジだった。一緒にいると、いい女は確実に稜二を狙ってきた。

「…でも、杉下くんもかっこいいよ」
さらっと普通に言った森川さんのその言葉に、ボクはなんだか浮かれてくる。
「………」
あまりに照れて、ボクはまた返す言葉が浮かばかなった。

そんなボクの様子を見て、森川さんはちょっと笑ってた。
自分の不器用さが嫌だったけど、今二人の雰囲気がすごく和んでいて、…ボクはとても幸せな気分になってくる。

ポケットの携帯が震えた。
さっきから無視してたけど、何度も電話を着信してるみたいだった。

(何だよ…)

いい加減しつこいから、ボクは携帯を開いた。
まだ着信し続けてる。稜二からだった。
「ちょっとごめん」
森川さんにそう言うと、ボクは電話を取った。


『あ!……海都??』

知らない女の声。
「誰?」
『未原だけど……』
切羽詰った未原の声。
声の響きが尋常じゃないことに、ボクは胸騒ぎを感じる。
大体、稜二の携帯から未原が電話してくる事自体、普通の状況じゃ有り得なかった。



『……海都…どうしよう…、稜二が、……バイクで、事故って…』



外は暑いのに指先が冷たくなって、一気に感覚がなくなっていく。
なんだかクラクラしてきた。
未原の言葉に、ボクは頭が真っ白になる。


あいつが運ばれた病院に行くまでの間、ボクの記憶は完全に飛んだ。 

 

ラブで抱きしめよう
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