冬唯くんの部屋に、ドライヤーの音が響く。
私は今、彼に髪を乾かしてもらっている。
「つばさの髪、サラサラだね」
冬唯くんの指が私の髪に触れる感触が、気持ちいい。
結局2人でお風呂に入った。
すごく恥ずかしかったけど、やっぱりお風呂の中は気持ちが良くて、一緒に入れてすごく幸せだった。
冬唯くんが、私の体を洗うって言ったけど、それはさすがに断った。
やっぱりそこまでするのは、恥ずかしすぎる。
「大体乾いたから、マッサージしてあげる」
冬唯くんはベッドにドライヤーを置くと、私の首を揉み始める。
「あ〜、気持ちいい……」
「これ、凝ってるのかな?固い気がする。にしても、つばさの首細いね」
首筋から、肩へとマッサージする彼の手が移動する。
(はあ……もう、幸せすぎる…)
「今度は私が冬唯くんの髪を乾かしてあげる」
私がベッドに移り、冬唯くんはベッドを背にして床に座る。
「もうだいぶ乾いちゃってるだろ」
「そうだね、でもまだちょっと湿っぽいかな」
スイッチを入れて、冬唯くんの髪に触れる。
(髪を触るだけでも、幸せ……)
今日、1日中幸せだ。
染めていないと言っていたけれど、冬唯くんの髪は少し茶色い。
「結構髪多いね」
「だろ?朝、毎日寝ぐせつくもん」
冬唯くんの髪はすぐに乾いてしまう。
床にいた冬唯くんが、私の隣に座り直した。
「冬唯くん、セットしないとこんな髪型なんだ」
前髪もまっすぐ伸びて、真面目な子がしているみたいな平凡な髪型になっている。
「なんか、フツーだろ」
そう言って、冬唯くんも笑う。
私はそんな素朴な感じの彼も可愛いと思った。
「え〜、全然いいよ。なんか、可愛い」
「ヤだよ。中学生みたいじゃね?」
「うん、そうかも」
私も笑ってしまう。そうだ、普段より子供っぽいのだ。
こんなに遅い時間に、冬唯くんの部屋で2人きり。
冬唯くんの側にいると感じるのは、
ドキドキしてくる高揚感と、不思議な安らぎ。
全く正反対のことみたいなのに、2つの感覚が同時に起こる。
「前、課外授業の時にさ」
そう話す冬唯くんの横に、私もベッドを背にして座る。
「つばさの部屋に行った時、風呂上がりだし…、2人で部屋に一緒にいることになったし…。オレ、押し倒すのすごいガマンしてた」
「……うん」
あの時の冬唯くんが、すごく固かったのを感じた事を思い出す。
今日既に色々しているのに、私は恥ずかしくなってくる。
「あの時も、つばさ、すごいいい匂いしてた」
「…そうだった?」
「うん、あと……やっぱカワイイ」
冬唯くんは私を見て笑った。
彼が乾かしてくれた髪。
冬唯くんの手が伸びて、私の頭を撫でる。
「なんか、オレ、際限なくできそう」
「えっ」
私はビックリして、冬唯くんを見た。
今日、何度もしていて、さすがに疲れていると思っていた。
私だって結構ヘトヘトだった。
だけどきっと冬唯くんに触られたら、体はすぐに反応してしまうだろう。
皮膚の質が変わるみたいに、感覚そのものが変化してしまうんだ。
冬唯くんはニコニコしたままで、私の手をひいてベッドに移動する。
(あ……)
唇が重なると、すぐに冬唯くんの温かい体温が伝わってくる。
「冬唯くん……好き」
思わず彼の背中へ腕を回してしまう。
優しくて嬉しくて、体の奥からあらゆる幸せの感情が溢れてくるみたい。
(「好き」って、すごいな……)
冬唯くんに身を任せて、経験した事のない多幸感の中、私は眠った。
翌日、冬唯くんの見送りために、新幹線のホームまで一緒に行った。
目を覚ました時に冬唯くんのベッドで、そして隣に彼がいて、朝から信じられないぐらい幸せだった。
だけど、今日からしばらく会えなくなる。
「あ〜、ホントに行きたくねえ」
人の多いホームの上で、冬唯くんはずっと、正面から私の背中へと両手を回していた。
私が寄り添ったら、完全に抱き合う感じになってしまう。
そうならないように、私は背筋を伸ばした。
「正月明けたらすぐ帰ってくるから、向こうにいるのは3〜4日ぐらいだけど……はあ…あ〜あ」
何か言いかけて、冬唯くんは大きくため息をついた。
電車の時間は近づいてくる。
数日離れるだけなのに、寂しくてたまらない。
まだ一緒にいるのに、もう次に会える日の事ばかり考えてしまう。
自販機の後ろ、くぼんだ柱に私は背をついていた。
時々チラリとこちらを見る人はいたけれど、私も我慢できずに冬唯くんの背中へと手を伸ばした。
それに反応して、すぐに冬唯くんも私を抱きしめてくれる。
「早く会いたいな……」
「うん、オレも」
足元から、キュっと何かが上がってくるみたいだ。
それが腰から肩、腕へと繋がって、冬唯くんを掴む私の腕に伝わる。
私は力を入れて彼の背中を掴んだ。
「冬唯くん、大好き」
好きという気持ちも知らなかった去年、今はハッキリと彼へと向かう気持ちが恋だと言える。
変わったのは感情だけじゃなくて、一度バラバラにされて体の作りまで違うものになってしまったような気がする。
(離れたくない…)
自分でもどうしようと思うぐらい、気持ちが溢れて来て、泣きそうになってしまいそうなのを堪えた。
「帰って来たら、すぐ会お」
そう言って、冬唯くんは私の髪を撫でる。
「な?」
彼の目はすごく優しくて、つい数時間まで裸のこの腕の中にいた事を思い出してしまう。
「うん」
私が頷くと、冬唯くんの両手が私の頬を包んだ。
もうすぐ来る電車を待つ人々の視線は、線路の方へ自然と向かう。
ホームの真ん中で、私達は静かに何度もキスをした。
2019/4/17