奇跡の青

1・再会

   

夏休みが終わって、私の高校2年のバケイションも寂しいまま過ぎた。
アルバイトもしてたのに、言い寄ってくる男の子たちは好きでもない子ばっかりだった。
いいなって思う子は、100%彼女がいる。
もういい加減このパターンは嫌になってくる。
彼女がいたら、もうダメなの?っていつも思う。
だけど告白したって、『オレ、彼女がいるから』って言われると何も言い返せない。体(てい)よく断られてるって感じ。
それって毎回のことだけどすごく悲しくって、そのうち彼女がいる男を自然と心が避けるようになってる。

……認めたくないけど…何か、うまくいかない連鎖が自分の中で起こってる。

夏休み前に告白した『海都』。
あいつだって、学校が始まってみたら森川と急接近してる。
というか、もうどう見てもラブラブ。
人の幸せを見ると、虚しい私としては妙に落ち込むのよね…。


「あーあ!彼氏欲しいよ!いい加減!」
「果凛、切実だね」
昼休みも終わりそうな時間。
私と亜由美はD組の前の廊下から、外を見ながら喋ってた。
「亜由美はそう思わないの?」
私と同様、亜由美も今は彼氏がいない。
だから夏休みは結構一緒に遊べたし、私としてはとても心強かった。
「うーん。別に〜…。無理矢理に作ろうとは思わないしー…」
冷静に言われて、何だか自分がちょっと恥ずかしい。
「ホントにー?あーあ。亜由美は余裕だよなあ!」
窓枠を掴んで体を後ろに一歩引いた時、背中がちょっと誰かとぶつかる。

「…っるせーよ…」

小声でつぶやいて、振り返りもせずに去っていく男。
「…果凛、聞こえた?」
亜由美が私を見て言った。
「聞こえてるよ、もう…なんっかムカつくなぁ…」
A組に向かうあいつの背中を睨んで、私は答えた。
「誰?」
亜由美が私に聞く。
「……。」

誰、って。
いつからか、あいつとは険悪な雰囲気になってた…。
私の家の近所に住んでる、あいつは……『敦志』。
幼馴染で、小さい時はすーごく仲が良かった。
ほとんど毎日一緒にいたと思う。
だけど小学校に上がってから、急に遊ばなくなった。
それだけならまだしも、近所で会ってもあいつは私をシカトするようになった。
何か、したのかな?って一時悩んだときもあったけど、だけどどんどん縁も薄くなってきて、敦志のことも次第に気にならなくなってた。

なぜか、同じ高校に通う。
今となっては、ホントに口もきかない。
まさに近所に住む他人だった。
久々に聞いたあいつの言葉が、今の一言。
忘れようとしてた幼少時代の仲良しだった関係が、心の奥で久しぶりに痛む。

なんだかなあ…。
まあ、気にすることじゃないか。…今更。 



「あっ!…あっあっ!」
「えっ?」
聞きなれない男子の声に振り向こうとしたその時、

ガシャンッ!

私はアスファルトに倒れこんでた。
一瞬何が起きたのか分からなかった。
顔を上げたとき、中学生と目が合った。
「………」
中ボーは私の顔を見ると、大慌てで自分の自転車を立て直した。
「…あ…」
私が声をかける間もないまま、何も言わずにそのままチャリでダッシュしてしまった。
(ちょっとぉ……)
私は一人で道路に倒れたまま、しばし呆然としてしまった。

「大丈夫ですか?」
通りすがりの女子大生っぽい女の人が声をかけてくれる。
投げ捨ててたカバンも取ってきてくれた。
「あ、…すみません」
ハっとして立ち上がる。

(痛いーーーー!)

右足を着くと、泣きそうにすっごく痛む。
「大丈夫?」
再度声をかけてくれ、心配そうに私の顔を覗き込む女性。
「大丈夫です。すみません。どうも……」
無理に笑顔を作って、私は軽くお辞儀をした。
女性は駅の方へ、私は自宅へと向かう。
一人で歩き出したとき、さっき足を思い切りチャリで踏まれたことに気付く。
両手も擦り剥けていて、カバンをどっちの手で持っても痛い。
私は歩道の端、コンクリートの壁によっかかるみたいにしてノロノロと歩いた。
(あの中ボー、今度会ったらブっ殺す…)
かなりムカつきながら、私は痛みに耐えて歩いた。


駅から家まではチンタラ歩いても普段は10分ぐらいだ。
もう、どれぐらい経ってる…?
一歩の歩幅が、どんどん狭まってるような気がする。
時間が経つにつれて、右足を地面に着いただけで死にそうに痛い。
(いやー…もぅ、…すっごい痛いじゃんよ…)
あまりの痛さに、泣きそうになってくる。
それに、実は腰までちょっと痛い。
…家までは、多分あと100mぐらい。
走ったら「秒」の単位なのに、今の私には相当の距離に思える。
(どうしよー……あぁ、もー…)
根性がなくて、座り込みたくなってくる。
私を抜いて歩いていく人が、時々チラっとこっちを見る。
それがなんだかカッコ悪くて、無理してでも普通の顔をしようとした。
だけど……それも限界っぽい。
家に電話しても、親は働いてるからどっちもいない。
私は一人っ子だから、迎えに来てくれる兄弟もいない。
近所の知り合いのおばちゃんとかが偶然通りかからないかなって思ったけど、夕方の中途半端な時間、通りすがるのは学生っぽい子ばっかりだった。
もうすぐ家だし…何とか頑張ろう…でも…。
「……たっ!」
右足が道路に触るだけで激痛が走る。
(ああー…もう、辛いよー…)

「何やってんだよ」

「…え…」
声に顔を上げると、敦志がいた。
「あ……」
知った子に会えて、私は急に安心する。
おまけに、敦志…自転車に乗ってた。
「う、…うちまで…乗せてってくれない?」
私は懇願した。もう、ホントに気分はすがりつきそうだった。
「どうしたんだよ」
細い黒いフレームの眼鏡、その向こう、私を見る敦志の目は相変わらず冷たい。
だけど今の私にはそんな敦志の目つきなんて、全然気にならなかった。
「転ばされた…すごい足痛い……」
説明するのが面倒で、私はとりあえずそれだけ言った。
敦志の視線が私の足元に移る。
「……すっげえ腫れてんじゃん」
驚いて敦志が声を出した。
「……」
ほとんど片足で体重を支えていて、私は自分の足もろくに見えなかった。
無理な体勢で下を向こうとすると、腰まで痛みが響く。
「…イタ!…」
「…大丈夫かよ」
「……」
私は敦志を見たけど、あまりの痛さと心細さで、涙が出る一歩手前になった。
「乗れるか?」
敦志がちょっと支えてくれて、私は後ろに乗せてもらった。

チャリに乗ってしまえば、家まではあっという間だった。
こんなたいした距離じゃないのに、私一人だったらまだずっとちょっとずつ歩いてただろう。
「ありがと、すっごい助かった。ホントありがと、ありがとー…」
私は何回も何回もしつこいぐらいにお礼を言った。
「………」
敦志はそんな私をいちいち相手にせずに、自転車を止めた。
黙って私のカバンを持つ。
うちの敷地の入り口を開けてくれる。
「………」
私は敦志の後に続こうとしたけど、痛いのが怖くて足を踏み出せない。
玄関はすぐ目の前なのに、私にとってはこの距離が長い。
敦志が私を見た。
私の足に目をやると、一瞬『うわっ』って顔になる。
そして玄関を見て外灯が点いてないことに気付いて、敦志は言った。
「誰もいないのかよ」
「…うん」
「鍵は?」
敦志はなんかイヤそうな声を出す。
いかにもめんどうに巻き込まれたって顔。
私は素直に自宅の鍵を出した。
敦志はそれを受け取ると、私を抱き上げた。

「ええっ!」

初めてお姫様抱っこされて、私はビックリしてしまう。
「ちょっと!パンツ見えるよ!」
「……玄関までだろ!誰が見てるんだよ、バカかお前」
「………」
敦志はあっという間に鍵を開けて玄関に入ると、家の入り口で私を下ろした。
抱っこは、一瞬のことだった。

「……ありがとう、敦志」
私は玄関口に座って、改めて御礼を言った。
座ってみて、初めて自分の足を見た。
「…うわぁ……」
膝下が腫れていた。特に足首はひどかった。
足の全体が痛いと思ってたけど、改めて思うと足首がすごく痛かった。
(靴、脱げないよ……)
目で腫れてるのを見てしまうと、痛みが倍増してくる。
足って、こんなに腫れられるもんなの?
一瞬敦志がまだいることも忘れて、私はどうしていいか分からなくて固まってしまう。
暗い玄関。
敦志が電気を点けてくれて、私は我に返った。

「おばさん、いつ帰ってくんだよ」
「……多分、7時過ぎ」
私は座ったまま敦志を見上げた。
全然気にしてなかったけど、結構背がデカい。
私の目の前にいるのは近所の敦志だったけど、まるで知らない人みたいだった。
まあ実際、もう全然他人なんだけど。
(痛いなあ……)
ズキズキして、また足が痛くなってくる。
痛みで気がつかなかったけど、全身もすごくダルい。
もうここから一歩も動けない気がした。
「敦志、ありがと………」
敦志を引き止めておくのも悪い気がして、私は言った。
「そんな状態で、…お前大丈夫かよ」
「………」
全然大丈夫じゃない。

「7時までなら、そこの外科開いてるから」
「…えっ…」
「それ、骨折してるかもしれないぞ」
「うそぉ……」
そう言われると余計に痛くなるし、すっごく心細くなってきた。

「……『貸し』だぞ」
そう言って、敦志は今日一番のイヤーな顔を私に見せた。

私は、また抱き上げられた。

「ちょっと!これはマジでパンツ丸見えだってば!」
無配慮で持ち上げられた足、スカートは丸開きになってた。
「うるせえよ、お前ホントにバカか?」
敦志は本当にイヤな声を出すと、あっという間に自転車のところまで私を運んだ。

 

ラブで抱きしめよう
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