もっと、いつも

☆☆ 1 ☆☆

   
いとこのカズくんはうちの高校の教師をやっている。
母の兄の息子で、教師になってまだ3年だ。
カズくんが私の担任の皆藤を狙っているのは結構みんなにバレているのに、本人はそれに気付いていない。
彼女に話しかけているときのカズくんの顔はデレデレで、みっともないなって身内ながらに思う。
あまりに格好が悪いので、私が数学の比留川のいとこだというのは学校で誰にも言っていない。

そんな私が、どうしてカズくんに協力しないといけないのか。
いとこだからって、そんな義理はない。
だけど、成功した暁にはずっと欲しかった某ブランドの財布を買ってくれるというのはすごく魅力的だった。
要するに、私はモノに釣られたのだ。


「皆藤先生、お前のクラスの不登校男子に悩んでるみたいなんだよ」

本来、担任の皆藤が解決しないといけないと思うし、カズくんがしゃしゃり出るのも本当はおかしいのだが、カズくんは那波拓真(ななみたくま)のクラブの顧問で、那波と全く関係がないというわけではなかった。
皆藤のためにと言いつつ、元来熱血体育会系のカズくんは本音では那波に学校に来て欲しいと思っている。
私は何となくそんなカズくんの思いを察知してしまい、何故か成り行きで手を貸す羽目になってた。
まあ、カズくんにうまく乗せられてしまったのだ。
「はあ……」
おせっかいと言われる私の性格は、多分血筋なんだろうと思う。

「あーあ、しょうがないな…」
私と那波と同じクラスだったけれど、実際にはほとんど喋ったことがないのだ。
ただ、席は隣だ。
隣が空いているという状態に私も慣れていて、那波が時々学校に来ると妙に緊張してしまう。
那波は不登校といっても、全く学校に来ないわけではなかった。
彼はいわゆる引きこもりではなくて、学校には友達が大勢いるようだった。
大勢いる…というよりは、ヤンキーっぽい集団のリーダー格みたいだった。
だからそんな集団と関わりたくない人間からしてみれば、那波が学校に来ないことなんてむしろ歓迎されているような気がした。

悪い評判も多いヤツだったけれど、那波は私にとって特に害はなかった。
アイツが私に話しかけてくる事はなかったし、私がアイツに話す事もない。
休み時間になればさっさと教室から出て行ってしまうし、そのまま帰ってしまう事もあった。
「ヤル気がない」という言葉が、彼にはぴったりハマると思う。
だけど仲間うちでは中心的存在の男。
そんな那波はルックスも目立っていて、一部の女子の間では、かなり人気があるみたいだった。

けれど、私は全然彼には興味がなかった。
縁といえば、席が隣。
そして、帰宅方面が一緒。


カズくんから半ば強制的に渡された地図を見て、私は那波の家を訪ねた。
あまり深く考えずに、とりあえず一度顔を出せば財布をゲットできるだろうと思い、気楽に構えていた。
オートロックではないマンション。
集合住宅という言葉がハマる、世帯数の多そうな建物。
赤茶色いレンガ風の壁を抜けて、階段を上がって2階。
呼び鈴を押しても反応がない。

私は ほっとした。
とにかく来た事に意味がある、と既に達成感を感じつつドアに背を向けかけたその時だ。


「なんだよ………誰?」

振り返ると、どう見ても寝起きの那波がいた。
Tシャツにグレーのスウェット。
「若林……?なんでお前がここにいんの?」
ボサボサの髪をかきあげながら、意表をつかれたという表情になる。
「比留川 先生から頼まれて」
「ヒルぅ?……なんなんだよ」
いかにもめんどくさそう、といった感じの那波。
私も早く帰りたい。
「っていうか、お前、比留川 とそういう関係なの?」
那波はニヤニヤして私を見た。
やっと目が覚めたみたいだ。
「勘違いしないでよ!親戚なの!」
カズくんと『そういう関係』だなんていうウワサが広まるのを、想像しただけでゾっとした。
「へー、親戚だったんだ」
それでも那波はニヤニヤしたままだった。
「そう、部活の顧問なんでしょ?部のみんなもあんたに来て欲しいって、これ、比留川 先生と、あとB組の和久井くん達から」
頼まれていた封筒を渡した。
試合が近く練習を抜けられないからと、要するに使い走りに私を使ったのだ。
時間がないのは分かるけれど、こんな事やっぱりカズくんたちが直接したらいいのにと思う。

那波は封筒を受け取りながら、やっぱり面倒そうな顔をする。
「あいつらもしつこいな……特にヒル、あいつ電話うざすぎ」
(へー、カズくん、そんなに電話してたんだ)
やっぱり心配してたんだと、こんな時にちょっと納得した。

「あ、ちょうどいいや、お前言っといて。部活やめるって」
軽く言い放つその調子に、一瞬意味が分からなかった。
「え、って、ちょっと……」
「よろしく」
私が戸惑っているうちに、那波はドアを閉めてしまった。

「退部とか、そんな重要な事 私に伝言されても!」

思わずドアに向かって叫んでしまった。

「ちょっと!那波くん!!ちょっと!」


「んーだよ…」
那波は嫌そうに出てきた。
「うるせーよ、お前。キンジョメーワク」
切れ長の目で睨まれると、ちょっとコワイ。
それにいまどき髪も真っ黒で、余計コワイ。
何だか迫力があって、悪そうな連中を仕切ってるっていうのもちょっと納得だ。
「あ、ご、ごめん……なら、ちょっと、出てきてよ」
「もうすぐバイトなんだよ。和久井たちには適当に言っとけよ、あ、ヒルにはもう電話すんなって言っといて」
「だけど…、そんな事、直接言ってよ」
「どーせお前、あいつらのパシリなんだろ?いいじゃん、適当に流しとけよ」
「そんな…あんたが、」
話している途中なのに、那波はまたドアを閉めようとした。
私は反射的に手を伸ばした。

「あぶねーよ」
那波は一旦ドアを開いて、また閉じていく。

「ねえ、那波くん、学校来たらいいじゃん!」
つい声を荒げてしまう。

「………」
閉じようとしていたドアの動きが止まる。
那波は怪訝そうに私を見た。
「ちゃんと学校来て…、話、したらいいでしょう?」
「あー、行きたい時に行くから……多分」
「多分じゃなくて、ちゃんと来たらいいのに!那波くんに来て欲しいって思ってる子、いっぱいいるよ!」
ダラダラとした那波の態度を見ていたら、カズくんや皆藤、和久井くんや部活の子たち、ついでに那波ファンの女子まで思い出してきてイライラしてきた。
なんだかんだで、皆、那波を心配しているのだ。
学校に行かずにこんな時間まで眠ってた、そんなヤツなのに。

「『いっぱいいる』ねぇ……、そうかな?」
いい加減な調子で那波はそう言い放った。
「そうだよ、じゃなかったらこんなの頼まないって」
「ふーん、でもお前はさー、……えーっと、若林はさ、」
「………」
「別にオレが学校に行こうが行かないが構わないだろ?」
そう言った那波は卑屈な感じではなく、逆に私を小馬鹿にしていた。
私は痛いところを突かれて、ドキっとする。

「来た方がいいよ!」

ここへ来るまでは確かに関心がなかった。
だけど、那波のふざけた態度が癇にさわる。
何だか意地になってきた。
(那波をちゃんと学校に戻せたら、カズくん数学オマケしてくれないかな…)
多分不可能であろう事を、色んな方向に楽観的に考えてしまう。
部活の子達だって那波に復活して欲しいみたいだし、コイツは学校に友達も沢山いる。
それに、那波自身だって高校に通った方がいいに決まってる!
もともとのお節介な性格に、火が点いた。

「ちゃんと学校に来なよ!」
ムキになって言ってしまった。

「…………なんでお前がそこまで言うの?」
急に冷静になっている那波。
(うわ……私、無意識に熱くなってた…)
那波と対象的に、私は恥ずかしくなってきた。


「そこまで言うんなら、明日また来いよ」

「え?」

「明日ここに来たら、次の日は学校に行ってやる」
那波は親指を下げて、ここ、とドアを指した。

「そんな事言うなら、明日学校に来たらいいじゃん!」
「……そういう事で、明日な」
那波は笑ってドアを閉めた。
ゲーム開始、みたいな顔だった。

(何よ、それ……)



次の日、隣の席はやっぱり空いたままだった。
「行く…べきなのかな」


放課後、私は昨日来た道をまた歩いた。
 

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