「那波、おはよー」
「お、那波、昨日言ってたあれさ〜」
拓真は教室で声を普通にかけられるようになって、休み時間にどこかへ行ってしまう事も少なくなった。
冬服にマフラーをしっかりしないと寒い日も増えてきた、もう11月。
球技大会も終わり、我がクラスはバスケでなんと優勝した。
中学でバスケ経験者が3人いたというのが大きかった。
それから、やっぱり那波の存在。
勝ち進んだおかげで、何度も拓真の雄姿を見る事ができた。
(カッコ良かったなあ…)
バスケ部にあれだけ引きとめられたのも頷ける。
本当にカッコ良かった。
次々に相手クラスを破り、信じられない事にC組は最後まで負けなかった。
それまで那波を怖がって声をかけなかったクラスの子たちでさえ、球技大会が終わる頃にはみんな彼に声をかけていた。
(そう、そう…)
それは良い事なんだけれど、今回の事で、他のクラスや他の学年の女子にまで、那波の名前が知れ渡ってしまった。
(拓真にクラスの友達が増えたのはいいけど…)
拓真は隠してるけど、色んな女子から告白されてる事も知ってる。
拓真が注目されている裏で、密かに私の名前まで知られているのも気付いてる。
困る事は時々あるけれど、絵美香なんかに言わせると『幸せ過ぎる悩み』だって。
だから私もそう思う事にしてる。
「花帆、帰ろうぜ」
もう日常的になった、教室からのツーショット。
周りからは相変わらずじろじろ見られてるけど、もうだんだん平気になってきた。
慣れてくるものなんだなって思う。
「那波くんの彼女って、地味だよね」
後ろから聞こえるその言葉だって、自分でも自覚してるから納得してる。
「ねえ、私が髪染めたり、ばっちりフルメイクしたりしたら、拓真引くよね?」
拓真のとこの最寄駅の改札を抜けて、商店街を通る。
夕方で、子連れの主婦が沢山歩いてた。
「花帆は黒髪がいい」
拓真はそう言って、私の頭を触る。
(………)
何回触られても、やっぱり触られるのは嬉しい。
昔と比べるとちょっとは慣れて来たけど、でもやっぱりドキドキしちゃう。
「花帆は最初地味だなって思ったけど」
部屋に入って、2人で拓真のベッドに座った。
「私服結構可愛いし…。目立たれると困るから別にそれでいい」
じっと私を見る拓真の目は、優しかった。
最近は、いつも優しい気がする。
教室にいる時でも、春の頃みたいに変にピリピリした緊張感が那波からは無くなっていた。
「今日もさ…、休み時間、『本当に那波くんの彼女なんですか?』って、1年の子から言われたよ」
「ちゃんと『そうだ』って言ったんだろうな」
「言ったよ」
「そしたら何て?」
拓真の手が伸びて、自然な仕草で私の髪を撫でる。
「『え〜〜!』だって。何なんだろ、『え〜〜』って」
私は思い出してちょっと笑ってしまった。
「何かオレはムカつくけど」
「え?なんで?」
拓真は私と対照的にムっとしてる。
「だって花帆がバカにされてるみたいじゃんか」
「ああ…。別にいいけど?」
「オレは良くないけど?ムカつくから、キスさせろ」
(なんで…)
どうしてこの流れで?って思う間もなくキスされた。
色んな人に心無い事を言われても、実は私はそんなに気にしていないんだ。
みんなに憧れられる拓真であればあるほど、彼が私の『彼氏』でいてくれる事が奇跡みたいに思えてしまう。
教室にいないのが当たり前で、学校に全然来なかった那波の事を思えば、この状況全部が本当に奇跡だ。
「拓真……」
押し倒されて、彼を見上げる。
キスをして、唇を離した直後の拓真は色っぽい。
私はすごくドキドキして、ちょっと泣きそうな感じになってしまう。
何度こうしても、いつも。
そうして平和な時間はあっという間に流れていく。
「お母さん、チャイム鳴ってる!」
ちょうど私は鍋をかき混ぜていて、手が離せない。
「ちょっと待って、待って」
母は棚の奥から普段あまり使わない食器を出していた。
「良かったらオレ出ますよ」
「拓真くん、悪いわね〜。お願い」
母は私につられて最近は『拓真くん』と呼んでいる。
私は何となく自分が拓真と呼ぶ時よりも、それに違和感を感じて妙に恥ずかしかった。
「おお?!那波、なんでお前が!」
「花帆〜、比留川先生来たけど〜」
拓真がカズくんを連れてリビングに入ってくる。
カズくんは両手に大きな紙袋を下げていた。
「カズくんありがとう。姉さんったらすごい荷物ね」
母はカズくんから荷物を受け取ると、一旦リビングから出て行った。
私はキッチンにいて、リビングにはカズくんと拓真のツーショット。
私の家で見るその2人の姿が、何だかおかしい。
「クリスマスなのに、那波は若林家で過ごしてんのか。随分健全だな」
カズくんはニヤついて拓真をジロジロ見てる。
拓真は堂々とソファーに座って、挑発的な視線をカズくんへ返す。
「お前こそ大人なのに彼女いねーの?ダッセ〜〜」
「ううううう、うるせー。それに先生に『お前』って言うな」
「狙ってた皆藤、来年結婚するんだろ?哀しすぎるよな〜ヒル」
「ほんと可愛くないな、お前は」
カズくんも拓真の横に座った。
私は黙って、遠くから2人を観察する。
「お前、何花帆んちにすっかり馴染んでるんだよ」
「羨ましいだろ?30前なのに独身で実家暮らし、おまけに彼女無しのヒルからしたら、夢のようだろ」
拓真は完全にカズくんをからかって遊んでいた。
カズくんは熱くなりやすいし煽り耐性ゼロだから、立ち場は拓真の方が上だ。
(でも何か、2人とも楽しそう…)
「拓真、これ持って行って」
「ああー、はい」
「なんかおかしいだろ、これ。なんでオレいとこの家で那波にお茶出してもらってんの?」
カズくんの本当に困惑した表情に、私はキッチンの奥ですごく笑ってしまった。
母が戻ってきてカズくんと話をしている間、拓真はキッチンの私のところに来てくれた。
「これすごい旨そう。すごいな、料理できるじゃん」
「今度拓真のとこでも頑張ってみる…」
「……」
拓真は黙ったまま優しく笑ってくれる。
こういう彼の表情が、すごくキュンとしちゃう。
話が終わったカズくんは、すぐに玄関へ向かった。
私と拓真で、玄関まで見送る。
外に出ると、かなり冷えていた。
車に向かうカズくんに、拓真が声をかける。
「マジで寒いよな〜、ヒル、気をつけて帰れよ」
「お前に気を遣われるなんて、嘘みたいだな」
そう言って拓真を見るカズくんの目は、親みたいだった。
拓真の背が、一瞬スっと伸びる。
「比留川先生」
「お?」
歩きかけていたカズくんは、ビックリして立ち止まる。
「色々と、……感謝してます」
真面目な声でそう言うと、拓真はカズくんへ軽く頭を下げた。
「ああ、オレも良かった」
カズくんはすごく嬉しそうに、子どもみたいな顔で笑った。
「花帆、こいつの面倒みてやれよ」
カズくんは那波を指さして、また笑顔になる。
「えっ…カズくん…」
私が言いかけてるのに、カズくんはもう車のドアを開けた。
「じゃーな!メリークリスマス〜!お前らも寒いからもう入れよ」
車に乗りこむと、あっという間にカズくんは去って行く。
「面倒って、…普通、花帆をよろしくとかじゃないの?」
「はは…、なんかヒルらしくね?」
「うん……まあそれはそうだけど…」
私はさっきのカズくんと拓真のやりとりに感動して、実はちょっと泣きそうになってた。
(良かったなあ…ホント)
カズくんが言った、『良かった』という言葉に心で激しく頷く。
「あっ…」
玄関に入ると、すぐに拓真に抱きしめられた。
「……拓真」
「うん」
拓真の腕に力が入る。
苦しいぐらいの抱擁が解けると、拓真が私の頬に触れた。
冷たい拓真の手と対照的に、温かい唇が私の唇に重なる。
(………)
少し離れて、また、重なる。
触れている彼の指が、私の頬と同じ温度になるくらいの時間、私たちはキスした。
「戻ろうか」
拓真が私の手を握る。
「うん」
キスに没頭しちゃったけれど、リビングはドアを隔てたすぐそこだった。
「明日は2人でゆっくりしような」
「うん」
イブの今日はうちで私の家族と一緒に過ごして、明日のお昼は拓真の部屋に行く事になってた。
「今日いっぱい食って、体力つけて明日まで温存するし」
「なんか、やらしーの」
拓真の言い方が下心いっぱいだったから、私は膨れて言った。
だけどこんな風にクリスマスを過ごせる事があまりに嬉しくて、すぐ笑顔になってしまう。
「すごーい、楽しみだなあ……今日も楽しいけど」
「オレは今夜の、花帆父に挨拶するっていう一大イベントに、今から緊張してるけどな」
「ははっ」
こういう緊張の拓真なら、可愛くていいなって思った。
手をつないだまま、リビングに入る。
キッチンにいた母は、そんな私たちを見てなぜか恥ずかしそうにはにかんでた。
「お母さん、手伝いますよ」
キッチンに向う拓真の後姿に、愛しさがこみ上げる。
(すごいな…)
拓真がいるだけで、私の世界はこんなにも変わる。
それから、拓真の変化も感じる。
(影響し合ってるのかな、私たち…)
だとしたら、それってすごく嬉しくて幸せな事だ。
(私自身も、変わっていくのかな…)
拓真の隣にいるだけで逃げ出したくなるようなあの感じは、最近ではほとんど無くなってきた。
だけど…もっと触りたくて、もっと近くにいたい。
なぜか泣きたくなるような気持ちが、どんどん積もっていって溢れそうになる。
もっと沢山の時間を、彼と過ごしたい。
そして変化していく2人を、もっと知りたい。
心の中で思っている『好き』を、もっと言葉で伝えたい。
これからも彼の様々な表情を見て、もっと好きになりたい。
と言うか、なっちゃうけどね。
〜「もっと、いつも」完 〜
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