もっと、いつも

★★ 26 ★★

   

この前の花帆のキスは萌えた。
2人きりでいる時だって、あいつからキスしてくる事なんてそうそう無いのに、あんな不意打ちはヤバイだろ。

目立たないのは相変わらずだが、だからと言って花帆が可愛くないわけじゃない。
だからオレはあいつは目立たないままでいて欲しいと思う。
オレしか気付いていないあいつの可愛さを、他のやつに知って欲しくなかった。


「加藤君、ここ、ボタン取れそうだよ」
斜め前の席の花帆が、オレの前の席の加藤に声をかける。
「どこ?」
「袖、そこ」
花帆が加藤の右袖を指さす。
加藤はモッサリした真面目な奴で、オレとの接点はほぼ無い。
奴は自分の袖を見ると、ボタンを少し引っ張った。
「ああ、ホントだ。まあいいや」
「でもそのままだと気付かないうちに取れて、ボタン無くなっちゃうよ。切ってあげる」
花帆はペン入れからはさみを出した。
「え、切んの?」
「切った方がいいよ、ほら。加藤君自分では左手だから切れないでしょ。切ってあげるよ」
こいつが人の事ほっとけない性格だっていうの、オレはよく知ってる。
だけどオレ以外の奴におせっかいな事をしてるのを、こうやって目の辺りにするのは初めてかも知れない。

オレがじーっと見ている事に、花帆は気付いていない。
花帆は加藤の袖のボタンを切ると、奴にそれを渡す。
別に手が触ってるわけでもないのに、オレはちょっとイラっとしてくる。
「ボタン、付ける?簡単にだったら…」
花帆が小さいポーチを自分の机から出すのを見て、オレは思わず言ってしまう。
「オイ」
その声で、加藤と花帆が後ろのオレを見た。
「悪いな、加藤。一応オレの彼女だから、雑用させんなよ」
花帆は真っ赤になってる。
「那波君、そういうつもりじゃ…」
加藤はビビって、なぜかオレに謝ってくる。
「別に加藤に怒ってるわけじゃねーから、そんなにビビんなよ」
「ご、ごめん、加藤君…」
花帆は申し訳なさそうに加藤にそう言うと、オレをチラっと見てさらに顔を赤くしてた。


数日後の放課後、一緒に帰っている花帆がオレに言った。
「なんか、男子に気を使われるようになったような気がするんだけど…」
「なんで」
「この前の加藤君とのやり取りで、間接的に拓真に気を使ってるみたいで…」
オレは笑ってしまう。
「いいじゃん。お前はオレの彼女なんだし、他の男に雑に扱われるのも親しくされるのも、オレは嫌だぜ」
「そ…そうなんだ」
ちょっと驚いた感じで、オレを見る花帆。
「お前は違うの?」
「私?私が那波にって事?」
「そう」
「私も…、そうかな?どうだろ。拓真が他の女の子と仲良くしてたら嫌だけど、別にいいと言うか…。拓真がみんなと仲良くしてても…それはそれでいい気もする」
意外な答えに、オレは戸惑う。
「何、余裕じゃん」
「余裕じゃないけど!…でも、別に拓真が私の事を好きでいてくれれば…あんまり気にならないと言うか」
「うそ、じゃあオレがすげー可愛い子と仲良さそうに喋ってても、お前ヘーキなの?」
「うーん…。意外と平気かもなぁ〜。だって拓真が可愛い子が好きなら、そもそも私と付き合ってないと思うし」
「何だよ!嫉妬しないのかよ。やっぱ余裕だな、お前」
オレはちょっと悔しくなった。
しつこい女は嫌いだが、オレも男だから花帆には多少嫉妬して欲しい。
でもまあ、こういうとぼけたところが花帆らしいと言えば花帆らしかった。

「なあ、お前勘違いしてるけど。オレ、可愛い子大好きだけど?」
わざと言ってやる。
「ええー?…そ、そうなの…?」
花帆は困ってる。

オレは花帆の顔をじっと覗きこんだ。
「花帆」
「何よ…」
花帆はオレから顔をそむける。
真っ白な肌が、すぐに真っ赤に染まって、そんな様子がオレをいつも欲情させた。
「何でもねえ」
オレは歩みを速めた。左手を花帆の背中に回す。
「………」
花帆は何も言わないで、オレにくっついてくる。
そんな彼女が好きだ。


バイトを週2に減らしたオレは、放課後、時間の余裕ができた。
結局いつもオレの部屋に彼女を呼んでしまう。
ベッドに2人で座る。オレはすぐ花帆にキスした。
「……ん…」
小さな吐息が、彼女から漏れる。
大人しそうな花帆のその表情が、オレをたまらない気持にさせる。
教室で見ている時だって、実はオレは普通ではいられない。
すぐに近づいて、触りたくなる。
他の男に触られたくない。
この前、加藤に手を伸ばした花帆を見てイラっとしてしまった。それだけの事にイラつくなんて、自分でもどうかしているんじゃないかと思う。

(オレって、こんなんじゃなかった…)

前の彼女と付き合っていた時は、正直、肉体的な欲求を満足させるのが第一で、電話したりメールしたりとか、自分の時間に女が入ってくるのが鬱陶しかった。
それと同じで、彼女がオレといない時間に何をしていようが興味も湧かなかった。

今は、花帆の側にいられる時間が嬉しい。
(そうだ…、嬉しいんだな、オレ)
「花帆」
「うん?」
唇を離しただけなので、距離が近い。
ちょっと奥二重の、小動物みたいな目がオレを見る。
「してもいい?」
「…最近、絶対聞くよね」
花帆は笑った。
ちょっと前までは尋常じゃないぐらい挙動不審で、全然余裕が無かったくせに。
オレの余裕が吸い取られてるんじゃないかと思う。
マジで最初の頃より、オレはこいつに対して余裕が無くなってる。

オレは両手で、花帆の頬を触った。
一瞬ピクンとして、彼女のオレを見る目が切なさを増す。
「オレの事好き?」
そう聞くと、花帆は黙って頷いた。
オレの手が触れてる頬が、さっきより赤くなってる事に気付く。
頬にキスして、唇にキスした。

花帆がドキドキしているのが分かる。
もう何度もセックスして、その倍以上キスしてるのに、花帆の手は少し震えていた。
(あーもうヤバい…)
オレの唇の動きに合わせて、花帆も口を開く。
触り合う舌が熱い。
心はずっとキスだけでもいいと思うのに、オレの体はそれでは治まらない。
ぎこちないけれど少し慣れてきた、花帆もオレに身を任せている。

花帆を裸にして、オレは彼女に触れる。
ついさっきまで教室で、普通に授業を受けている花帆の姿を見ていた。
オレは朝からずっと、彼女の後ろ姿ばかり見ていた。
昨日触れてから、今日触れるまでの間。
たった1日なのに、オレにとっては長い時間に感じた。
こんな風に誰かの事ばかり思う事はこれまで無かった。

閉じた瞼、オレの動きに反応して動く睫毛に、オレはキスした。
黒いサラサラの髪が動く。
白い肌。
首筋から胸、そして腰へと視線を移す。
白い花帆の膝を、オレは開く。

「花帆」
「あっ…」
花帆の表情がゆがむ。
吸いこまれるみたいに、オレは彼女に入っていく。
背中をそらせて、花帆は一瞬オレから逃げるように上に上がる。
いつもそうだ。
花帆は薄くオレを見た。
「好き……、…那波」
「オレも…若林」
伸ばす彼女の手に応えるように、オレも花帆へ手を伸ばす。
抱きしめるとこんなに小さいくせに、オレの心の中を占める。
花帆の肩を抱くオレの手が震えているのに気づく。
興奮しているのか、何なのか。
「はぁっ……」
オレの息も上がっていく。
自分の中から溢れる衝動に、身を任せた。


「布団かけないと、もう寒いね」
「そうだな」
ベッドの中で軽く抱き合う形になって、オレは花帆の背中を触る。
そのまま首に手を移動させると、花帆は嫌がった。
「くすぐったいよ、首」
「くすぐったい?こうすると?」
「ああー、やだ、…やめて、だめ」
犬みたいに頭をブルブルと振って、花帆はオレから少し離れる。
「おもしれー」
「面白くないよ、もう」
膨れている顔が愛嬌たっぷりで、オレは思わず笑ってしまう。
「お前ってほんとスゲー可愛いな」
「何よ、もう…」
ブツブツ言ってる花帆の手に、オレは自分の手を乗せる。
花帆は黙って、その手に指を絡ませてきた。
何だかんだ言ってこういうところが、やっぱり可愛い。

「もうすぐ球技大会じゃん?」
「あー、そうだっけ」
「…拓真、バスケ出なよ」
(バスケ…)
「ああ、オレもう部員じゃねーから出れるのか」
9月で部活をちゃんと辞めて、もう1カ月以上経つ。
「見てみたい、バスケしてるとこ」
「おー、でも体力無いけどな。全然」
「でも絶対見に行くよ。同じクラスで良かった〜、堂々と応援できるよ」
花帆は嬉しそうに笑った。
ニコニコしてるこいつは、もっと好きだ。
「お前、何出るの?」
「どうしようかなぁ〜、でもソフトにしようかなと思って」
「へー、やったことあんの?」
どうも花帆とソフトが結びつかない。
「智子が中学ソフト部だったから、その付き合いで一緒に出ようかなって思って。バッティングセンターとかで練習もできそうだし」
「ああ…。じゃあ今度オレと一緒に行こうぜ」
「うん、行こう♪」

またバスケするなんて、9月の試合が終わった後、全然考えていなかった。
と言うより、9月にまたバスケをした事の方が奇跡だ。
(奇跡か…)
若林の事を花帆と呼んで、裸でオレのとこにいるような関係になるなんて思ってもいなかった。
(これこそ、あり得ねーな…)
じっと見ていたら、花帆がオレの視線に気づく。
「何…?」
そう言いながら、お返しみたいにオレをじっと見て、花がこぼれるみたいに笑う。

(こいつはオレがこんなにドキドキしてるってのに、全く気が付いてないんだろうな…)

オレは花帆を引っ張って、オレの上に乗せた。
裸だから自然に密着して、色々とヤバイ。
「はぁ…。なあ、…してもいい?」
「…ねえ、また聞いてるよ…?」
「うるせーなあ…返事は?」
「………」
大きな瞬きに、花帆の瞳が揺れた。
その顔にオレはドキリとする。
「ん……いいよ」
その声がすごく色っぽくて、オレのスイッチが入ってしまう。

どうしてこうなってしまうのか、自分でも分からない。
離れてると会いたいし、見ると触りたい。
触ると裸にしてもっと触りたくなるし、そうなるともう止められない。
自分の欲求以上に、花帆が夢中になっている姿が見たい。
こんな事ばかりのオレに、最近自分自身でもちょっと引いてる。
オレの上にいる彼女を抱きしめて、オレはキスを繰り返した。

(もっといつも、一緒にいられたら、ちょっとは落ち着くようになるのか…)


…… いや、無理だな。

 

ラブで抱きしめよう
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