夢色

16 卒業

   

外に出てた全生徒の注目を浴びながら、あたしたちは玄関口の前を通って教師用の入り口の方にある駐車スペースに向かった。
その間もずっと手を繋いでいて、先生は堂々とあたしを引っ張って歩いていた。
数台しかない来客用駐車場に田崎の車が置いてあった。
ここまで来るともう生徒はいない。
「せ、先生…っ、ねぇっ…」
結構早足で歩いてたし、すっごいドキドキしてたからあたしは息が上がってる。
先生は助手席のドアを開けると、あたしの腰を押して中に入るよう促す。
「とりあえず、乗って」
あたしは車に入った。
先生もシートベルトを締めて、すぐに車を出す。

学校の裏から出ても、まだ校舎の周りには生徒がたくさんいた。
あたしたちはそんな彼らの視線を感じながら、その場を離れた。

「どうして…」
あたしが言い終わらないうちに、先生が口を挟む。
「ごめんな。何も言わなくて。連絡もしないで」
「…………」
メールなんて出そうと思えばすぐに出せたはずなのに。
「先生、あたしからの、メール…届いてた?」
あたしはずっと気になってたことを聞いた。
もしかしたら、届いてさえいないんじゃないかって思ってた。
「届いてたよ」
田崎は静かに答えた。
「なんで…あたし、ずっと返事待ってたよ?」
せっかく先生が目の前にいるのに、あたしはちょっと腹が立ってくる。
「何も言わないで、離れた方がいいと思う気持ちもあったし、メールでは伝えられないとも思った」
前を向いたまま彼が言った。
「だけど…」
あたしは言おうと思って、口篭もってしまう。

あたしは辛かったんだよ。
先生にとっては1ヶ月とか短いかもしれない。
だけどあたしにとっては、ホントに具合が悪くなっちゃうぐらい長かった。

信号待ち。先生があたしの顔を見る。


「梶野のこと…、好きだよ」

「…先生…」
面と向かって言われると、自分の中にあった悲しかった気持ちやちょっと悔しかった気持ちまで、真っ白に消されてく。
「好きだから、余計に…。離れた方がいいのかもとも思った。やっぱり、…梶野はこれからだろ?
それにオレはもう近くには、いてやれないし…」

そんなことないのに。
あたしは先生の気持ちが向いているっていうそれだけで…、
本当にそれだけでよくって、それだけが望みなのに。


先生があたしの目を見る。
前髪も短くなって、今日の先生は前以上にカッコいい。
大好きなその目。ずっと会いたかった。

「オレの彼女に、なってくれるか…?」
「………」

ドキドキがのどの奥に詰まって、うまく言葉で表現できない。
嬉しいんだけど、限度を超えて、
自分の体なのに、自分の心なのに、思うようにならない。
「遠いし…しょっちゅう会ったりってできないと思うけど」
「うん…」
「それでも、付き合ってくれるか…?」
「うん」
あぁなんか、もう泣きそう。
信じられない。
またこの車に乗ってるだけでもウソみたいなのに、そんな事言われてるなんて現実じゃないみたい。

「先生は、あたしでいいの…?」

田崎はあたしの頬を右手で撫ぜてから、前を向いてハンドルを握り直す。
「麗佳は最高に可愛いよ」
「…………」

先生はすごくいい男なのに。
大人の女の人だって、きっと先生に惹かれると思うのに。
本当にあたしで、大丈夫なの…。

「梶野、すごいモテてただろ?」
「え……」
「知ってるよ。何となく分かってた。
うちのクラスの男子だって、お前の事好きなヤツいたし」
先生にそんな事を言われるのは意外だった。
あたしの学校生活なんて、全然興味がなさそうにしてたから。
「先生は…」
「もう、『先生』じゃないし」
ちらっとあたしの方を見る。
「梶野のこと、見てたよ。…学校の中じゃ、いやでも目についた」
「…うそ…先生…」
先生は笑う。
「名前で、呼んでいいよ」
「………」
彰士…なんて、すぐに呼べるわけないじゃん。


「卒業おめでとう、麗佳…」


やばいホントに涙出てきそう。
先生が迎えにきてくれた。
そして高校生活が終わった。
何だか色んな感情が一気に胸の中に押し寄せる。

「後ろの席、水色の袋あるだろ」
「ん…?」
あたしは後部座席を見る。
真ん中辺りに、小さい紙袋がある。
「とって」
「うん」
あたしは手を伸ばして袋を取る。
「それ、プレゼント。今までのお詫びと、卒業と合格のお祝い」
「ホントに…?」
袋の中をちらっと見てみる。
「ねえ先生、開けていい?」
「いいよ。…先生じゃないけど」
こだわるなぁ、とか思っておかしくなったけど、名前は呼べなかった。
紙袋の中には小さな箱が柔らかい包装紙に包まれて入っていた。
あたしはそれを取り出して、紙を広げる。
出てきた箱をそっと開ける。
中にはピアスが入っていた。
透明の石が光ってる。
あたしが買うような、安い輝きじゃない。
小さいけど、絶対ホンモノのダイヤモンドだ。

「こんなの、貰っていいの…?すっごい高そうだよ」
「色んなお祝いだから、…込みこみってことで、貰って」
「ありがと…」
嬉しすぎる。
モノを貰ったこと以上に、彼があたしのために買ってきてくれたっていうのが嬉しい。
あたしの事を考えててくれたっていうのが、ホントに嬉しい。
「でも…こんなのお返しできないよ」
あたしは本音で言ってしまった。
先生はあたしを見ると笑って、手を伸ばしてくる。


引き寄せられて、キスされた。

ちょっと、ちゅっ、て感じだったけど、もうあたしの心臓はバクバクして倒れてしまうんじゃないかと思うぐらいになってる。
「お返しはこれでいいです」
先生は言った。
「…先生…」
「だから先生じゃないって」
彼は笑って言う。
今日の先生はあたしと会ってた中でも、一番嬉しそうに見える。
そんな彼の姿はあたしの幸福感を更に高める。

「……彰士…」
「うん…」
彼が甘い目であたしを見る。
あたしは左手を伸ばして、彼の脚を触った。

「大好き、彰士」


見慣れた景色が流れる。
「ねえ、これってあたしの家に向かってる?」
そういえば行き先も分からないまま、車に乗ってた。
「そう。着替えておいで」
彼が言葉を続ける。
「制服も、可愛かったけどな」
なんだか急にそんな風に言われまくっても、あたしは全然頭がついていかない。

「今日、帰さないから」

「え…」
「ちゃんと、親に言ってきてな」
あたしは真っ赤になってたと思う。
やっぱりいつも先生のペースだ。
あたしって本当に先生の手のひらの上で転がされてる。


「ただいま」
「あら早かったのね。謝恩会は?」
家に入ると、卒業式に出席していた母親はもう既に帰ってきていた。
「うん。着替えてから出てく」
あたしはそこで一呼吸置く。ドキドキする。
「今日、遅くなるから涼子のうちに泊まってくる」
「わかったー。涼子ちゃんによろしくね」
足早に二階の自分の部屋に上がる。
なんだ、楽勝じゃん。

今日の田崎は大人っぽくって凄くカッコ良かったから、あたしはそれに合わせるために何を着ていいのかホントに迷った。
すぐに顔を洗って、薄く化粧をする。
こんな展開になるなら、事前に言ってくれればいいのに。
ちょっと先生にムカついていた気持ちが思い出されてくる。
だけどそれを押しつぶして、余って溢れちゃうぐらい、彼のことが好き。


大学に入ったら履こうと思ってた春っぽい薄いピンクのスカートに、白い半袖を着てその上にも白いジャケットを羽織った。
ちゃんとストッキングを履いて、足元は軽いミュールにした。
大人っぽくなくてもいいから、ちゃんと可愛くして彼の側にいたい。
帰さないってことは、明日まで一緒にいられるってことだよね。
それってエッチする以上に、すごく特別な事な気がする。


あたしはずっとドキドキが止まらない。

家を出てすぐ曲がった通り沿いに、彼の車が停まってる。
あたしは指先が震えそうなぐらい、緊張する。

もう「先生」じゃない。
あたしも生徒じゃなくなる。


すぐそこ、青い車の中、「彼」が、待っている…
春の風が、あたしの髪を揺らす。
耳には、ピアスが光ってる。


あたしは助手席のドアを開けた――――

 

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