彼に抱きしめられる夢を見た。
それはとっても幸せな感覚で、
目が覚めたとき、涙が出ちゃうくらいだった。
彼の出てくる夢の色は、いつも透明なブルー。
あたしの抱く彼のイメージが、そのまま色づいたようなキレイな青。
まだ眠気を感じながら、ほとんど無意識に泣いてた。
また泣いて起きるなんて、もういい加減いやになる。
ここんとこあたしはブサイクだ。
しょうがないから起きて学校に行く準備をする。
濡れたミニタオルをレンジでチンして、顔に当てる。
だいぶマシな顔になったけど、それでも目は腫れてるっぽい。
親は大学が受かったのに、落ち込んでるあたしをちょっと心配してた。
だけど高校卒業が寂しくなったからとか言ったら、それで納得したみたいだった。
あの後田崎は全然連絡くれなかった。逆にこっちが心配になるぐらいに。
突然あたしの前からいなくなられたのに、あたしの最近見る夢はいつも幸せな状況のものばっかりだ。
正夢になったらいいのに。
とか考え出しちゃうと、ホントに虚しくてまた泣けてきてしまう。
落ち込んでも落ち込みきれないぐらい気分は沈んだけど、一方でなんだか現実感がなくって、ピンときていない自分もいる。
田崎に会えないのは普段どおりで、それにメールが来ないのだって日常茶飯事だった。
実際のあたしの生活はあんまり変わっていない。
「麗佳」
学校へ行く道の途中で、テルに声をかけられる。
「お前、K大受かったんだろ?それも理系なんて、すげぇな」
あたしはテルを見上げる。
テルには絶対この顔、バレると思う。
「テルはどうだったの?」
「オレも第一志望落ちたけど、学部違いで受かったし。そのまま進学することにした」
やっぱりあたしの顔をじろじろ見てる。
「ふぅん。おめでとう…」
あたしはテルから目を反らして、前を見る。
「なんかあった?」
「ううん…。別に」
「麗佳がそんなあからさまに落ち込んでるなんて、珍しいじゃん」
あたしはテルを見つめ直した。
テルは前ほど髪を茶色くしてない。
あたしと付き合ってたときよりはダイブ雰囲気も大人っぽくなった。
「落ち込んでる様に、見える?」
「どうみても、見えるんだけど」
まさかあんたの担任のせいで落ち込んでるなんて、言えるわけない。
「別に、落ち込んでないよ」
ウソだけど。
「麗佳って、メアドそのまま?」
「うん。変えてないよ」
周りはまだ結構厚着なのに、テルはもうコートを着てない。
3月になったら脱いじゃう潔さに、この男のかっこよさをまた感じる。
テルの姿を見てしみじみと思う。この学校の冬服の紺のブレザー、好きだったな。
「じゃあ、今度メールするわ。オレの方アドレス変わってるし…何かあったら話ぐらい聞くし。な。
大学入ったら飲みに行こうぜ」
テルに肩をポンポン叩かれる。
玄関で他の友だちと合流して、テルは行ってしまった。
実は気付いてたんだけど、あいつはかなりあたしに優しい。
まぁ、多分他の大体の女子に優しいんだと思うけど。
あの嫌味のなさは凄いなぁって感心しながらも、見るからに落ち込んでるみたいな自分自身を何とかしなくちゃって改めて思った。
放課後、涼子とお茶に行った。
ときどき太郎くんと都合が合わなかったりしたとき、こうして一緒に帰ったりしてた。
「もうすぐ卒業だねぇ…」
涼子がため息交じりに言う。
このお店の冬限定のホワイトチョコのホットドリンクはマジで美味しい。
「卒業したくないなぁ…」
しみじみと涼子が言う。
「あたしは、早く卒業しちゃいたいよ。もう大学生活に賭ける」
半分マジであたしは言った。
「麗佳はさぁ…」
「うん」
「田崎のことが、好きだったんだよね?」
「そー…」
あたしは力なく返事した。
急に先生が学校を辞めてあたしも学校を休んで、でずっと元気ないから涼子にはバレてたと思う。
その後、上手くいってないことも、あたしの態度で分かってるはずだ。
「田崎かぁ…。大人だねぇ…」
そう言って涼子は暫く黙っていた。
あたしは先生のこと、何て言っていいのか分からなくて何も言えない。
「でもさ、卒業したらあたしたちも、もう大人だね」
涼子が言った。
「…そうかもね」
あたしもそう思う。
田崎のことずっと大人だと思ってたけど、あたしたちも、もう大人になりかけてる。
立場が同じになったとき、彼とどうなるんだろうってずっと考えてた。
それは想像のまま終わって、このまま会うこともないのかな。
本当に会えないの……?
それすらも実感できない。
頻繁に会ってたわけじゃないから、余計にピンとこない。
また何ヶ月も先に、ふっと前みたいに抱かれるんじゃないかと思ったりもする。
もうあんまり考えたくなかった。
今はただ、状況に流されるままでいいかもって思ってた。
後でさくらに聞いた。
田崎の家は歯医者を開業していて、倒れた父親の変わりに歯科医師として実家に帰ったんだそうだ。
いつの間に、歯医者に…?
って思ったけど、歯科医師免許は既に持っていたらしい。
やっぱりボンボンだったんだ。
教師のくせにお金持ってたのも納得がいく。
さくらに聞いた話だと、田崎が高校教師をしている事は親には反対されていたらしい。
田崎のウワサは、B組では色々と流れていた。
だけど話が大きくなってるっぽくって、どれを信じたらいいのか分からなかった。
田崎が担任を持ったあたりからバタバタしてたのは、親の具合がよくないとか、急遽家の仕事を継がないといけないとかって……そういう色んな理由があったからだったんだ。
だから先生は、ここのとこ妙に忙しそうにしていたんだ。
卒業式の日は、すっごいいい天気だった。
まさに式典日和。
結局、田崎からはなんの連絡もないまま、今日のこの日になった。
1ヶ月近く音信不通だなんて、もうダメなんだろな。
ショックだったのは、あたしの気持ちに何のリアクションもなかったことだ。
(電話、変えたのかなぁ…)とか、(電波も届かないような、田舎に住んでる?…)とか、そんな物理的な事を考えてた。
なんかそういう方が納得がいく。
だって先生は最後の方、すごい優しかったから。
急にこんな風になるのはおかしいよって思ってた。
先生と全然会えないのに、あたしは結構冷静になってた。
あきらめる気持ちは半分あったけど、残りの部分はどうしてだかあたしはまだ希望を持ってた。
卒業生が体育館に入場する。
B組の子たちがザワザワしてる。
あたしはその子達の視線の先を見た。
教員の席が並ぶ体育館の窓側。
彼が、そこにいた。
田崎はあたしのよく知ってる、彼だった。
今日は濃紺のスーツを着ていて、渋いネクタイを締めてた。全体に品がある。
並んでる教員の中でも、場違いなぐらいに目立ってた。
髪も切っていて、すっきりと顔を出していた。
今日は眼鏡もかけていない。
田崎のスーツ姿をはじめて見た。
すっごい似合ってる。
あたしと会ってるとき、そのときもカッコ良かったのに、
今そこにいる彼は、どういう見方をしても、間違いなくいい男だった。
「うそ、あれ田崎なの??」
「超かっこいいじゃん!」
B組の女子が先生のとこまで聞こえそうな声で話してる。
あたしは一気にドキドキして、もう式どころじゃなくなってた。
どうしても、先生に目がいってしまう。
あたしの視界、先生のところだけ光が当たってるみたいだった。
他は何も目に入らない。
体育館の中、何人もの生徒や親や教師がいるのに、あたしは彼と二人きりのような気がしていた。
もっと近付いて、話したい。
今、話さないと……
また会えなくなりそうで、あたしは今すぐ立ち上がって彼のところへ走り出したかった。
式が終わったら、どうしよう…。
どうしたらいい…?
どうしたら、先生に、近づける?
卒業生が退場して、あたしは自分の教室へ戻った。
田崎は隣のクラスにいるんだろうか。
やっぱり担任だったら良かったのに。
あたしは挙動不審になってたと思う。
先生のことを考えると、落ち着かない。
はやく、顔が見たい。
はやく、話をしないと…。
なんか泣きそうになってくる。
だって本当に凄い会いたかったんだもん。
この教室の壁を隔てて、彼がいると思うだけで、涙が出そう。
自分が何をしているのか、どうしたらいいのか分からないまま、あたしの高校生活の最後の1日が終わろうとしてる。
この後謝恩会があって、みんなはダラダラと教室を出てく。
隣のクラスは、どうなってるんだろう。
ダッシュで教室を出たのに、既にB組は終わっていて
生徒は玄関の方へ向かっていた。
あたしは走ってた。
玄関口から校門へかけての間、B組の子たちがタマってた。
それだけじゃなくて、他のクラスの子や他学年の子たちも大勢いた。
教師もその中に混ざってた。
あたしは田崎を必死に探す。
もう半泣きになってたと思う。
先生の姿を見つけたとき、あたしたちの距離感なんて分からなかった。
視野に入れば、自然と彼に目がとまる。
彼は、あたしの輝きの全てだから。
「せんせぃ…」
あたしは思わずつぶやいてた。
彼もあたしを見る。
他の生徒に話しかけられて返事を返していたけど、先生の視線の先はあたしに向けられていた。
それも、そらすことがなく。
話さなきゃって、田崎のところへ行かなくちゃって思うのに、あたしは体が動かない。
時間がスローモーションみたいに重たく感じる。
足の先から頭まで、固まってしまったみたいになってる。
色々、言いたいこともあったのに、もう何も考えられない。
どうして、こんなに好きなの…
先生が、近付いてくる。
人を割って、真っ直ぐにあたしのことを見て。
あたしもずっと彼から目が離せない。
あたしの方へ、先生が…
何度も何度も夢で見てた、あたしの先生。
もう目の前まで来ていた。
多分、周り中から注目されてる。
たくさんの視線を感じるけど、あたしは彼を見つめることしかできない。
先生が、あたしの手を取る。
そしてギュっと握って、自分の方へ引き寄せた。
「麗佳、…行こう」
あたしの手を握る彼の力が強くなる。
先生が笑顔であたしを見る。
やっぱり、すごい優しい目。
あたしは何かから解けていくみたいに、急に現実に返る。
そして、彼に向かって笑顔になっていく。
「うん」
あたしは頷いた。
先生が歩き出す。
周りの子たちがあたしたちを避ける。
まるで花道みたい。
二人で街を歩きたいっていうのが夢だったのに、今、学校内で堂々と手を繋いでる。
みんなが驚愕の表情であたしたちを見てた。