夢色

1 偶然

   

あたしは麗佳。

初めてのエッチは中学の終わりで、その時つきあっていた彼氏とだった。
だけど全然よくなかったし、その後ちょっとした事でケンカして、高校に入ってすぐに彼とは自然消滅した。
男に対して執着心がないのと同じぐらいに、あたしは自分自身の生活にも愛着がなかった。


あたしのたいして意味のない日々は相変わらずで、高校生になったからと言ってそれは変わらない。


――― もうすぐ6月になる。

高校に入ってすぐに、同じクラスの子となんとなく付き合ってる感じになって、すぐに特に抵抗もなくエッチした。
あたしにとっての『彼氏』っていうポジションは大体そんな軽い感じだったし、セックスだって、…たいした事じゃなかった。
…もちろん、特別に『したい』ってワケでもなかった。


洋服が欲しくって猛烈にお金が欲しくなって、口コミで知った「ここなら大丈夫」ってサイトで、あたしはカモを見つけた。
そいつはメールの文体からも、ヤバいくらいマジメそうで、慎重な相手っぽい。
それぐらいの相手の方がいい。
デートぐらいで、お金が貰えればいいなって思ってた。
体を売る、なんていうのはイヤだったけど。
そんな展開になったら、逃げようと思った。

相手は大学生ぐらいの女の子が希望みたいだったし、あたしは自分が高校生であることを伏せた。

この出会いが、自分を変えることになるなんて、その時は考えもしていなかった。



待ち合わせの場所に行ったけど、暫くあたしは遠くから様子を覗う。
一番角の、自販機の前で待ってるって言ってた。
時間丁度ぐらいに、その男は来た。
もっとオヤジを想像してたのに、そいつは思ったよりもずっと若くて、まだ20代後半って感じの外見。
それに、遠目、細身で男前っぽい。
あたしはホっとして、彼に近付いた。


「あの、田島さんですか?」

あたしの方から声を掛けた。
並ぶと、あたしよりダイブ背が高い。80近くあるんじゃないだろうか。
薄いブルーの半袖のシャツも、趣味は悪くない。
「きょうかさん?」
男があたしの顔を覗き込んだ。
目が合って、暫く見詰め合った。
あたしの彼に対する第一印象は、「好みかも」だった。
だけど、じっと見てたら…

「……」

お互いに、怪訝な雰囲気になってきた。
彼はマズイって顔で、あたしを見た。
「大学生っての、ウソでしょ?」
「………。もしかして、あたしの知り合いですよ…ね…?」
凝視しなかったら分からなかった。
それぐらい、彼の風貌は普段と異なっていた。

「藤高の、1年だろ…」

彼は右手で口の周りを触った。
困ってるみたい。
あたしだって、困るよ。

「もしかして…、たざき、…先生…ですよね」



田崎は化学の教師だ。
担任を持っていないらしく、ブラブラしてて、ヘンな小汚い白衣をよく着てた。
学校ではすごい度の眼鏡をかけてて、髪型なんて気にしてないって感じの風貌なのに。

今、目の前にいる田崎は、すごく垢抜けてる。

いつもはただ伸び過ぎってダケの髪も今はちょうどいいラフさで決めてたし、こんなに近くで見るのも初めてだから今知ったけど、キリっとしたいい目をしてる。
(やだ、コイツ、かっこいいかも…)
目の前の田崎は、大人だった。
あたしが付き合ってた子どもじみた男とは、全然空気が違う。


「参ったなぁ…」

田崎は弱ってた。
その姿が田崎にしては結構可愛くて、あたしはなんだかウケてしまった。
「先生も、こんな出会い系、使ったりするんですねー?」
あたしは意地悪く言った。
「…おまえこそ、高校生だろ。オレはもう大人なの」
一瞬説教されるかなって、思った。
「先生、彼女いないの?あたしがなってあげようか?」
あたしは先手をとった。
「オレは別に、彼女欲しくないから」
なんだかマジに返される。
田崎はあたしの足から頭まで、まるで値踏みするみたいに見た。
「子どもの相手も、できないしな」
なんかその言い方ムカつく。
「世の中の男どもは、これぐらいの年代、好きなんじゃないのかなぁ」
あたしは言い返した。
「別に説教する気はないけど」
田崎は一呼吸おいた。

「出会い系なんて、絶対もうするなよ。今日はオレでよかったと思え」

……偉そうに。あたしはなんだかカチンときた。
「自分だって、出会い系使ってるじゃん!そーゆーの棚に上げてー!
先生も、ダメだよ!生徒にダメなものは、大人でもダメ!」
あたしはムキになって言ってしまった。

「…あんま大声で先生って叫ぶなよ」

あたしたちはビルの出口から少し離れた自販機の列の前にいた。
普段、あたしが通うのとは少し違う街。
ここは少し歩く人の年齢層も高い。

「じゃあ、田崎さん」
「……なんだよ、それ」

あたしは田崎とこんなに気さくに話してるのが不思議。
やっぱり学校と全然雰囲気が違う。
人が違うみたい。
「ところで、お前、名前なんだっけ?」
「何よ、先生、覚えてないの?」
なんかショックだった。
だけど入学して2ヶ月ちょっと週に2時間だけの授業だし、…まあ、ムリもないか…
田崎は口を開いた。
「えーっと、…かじの…」
「あ!覚えてるじゃん!すごいすごい!」


「しょうがないから、……送ってってやる」
「先生、車で来てるの?」
あたしたちは銀座から、丸の内方面に歩きだした。
「送ってもらうの、嬉しいけど、…先生、襲ったりしない?」
その言葉を聞いて、田崎はちょっとイヤーな顔をする。
「生徒を襲うワケないだろー。それじゃ、犯罪者だろ」
「ホントかなぁ…」
ぶつぶつ文句を言いながらも、田崎が車を停めてる駐車場に着いた。
「えー、この車なのー?」
高校生のあたしでも知ってる、このマークは、BMWってヤツだ。
俄然送ってもらいたくなってくる。是非乗ってみたい。
同級生の彼氏では、あり得ない。
車で送ってもらうなんて。
それがBMだなんて。

勿論喜んで乗り込んだ。
「先生すごいね。教師って儲かるんだ!」
「教師なんて儲からねーよ」
青いBMが滑り出す。
こんな風に助手席に座るのも、初めてだ。
急に大人に近付いたような気がする。

田崎は、ナゾだ。

今更、急に思う。
普段、あんなに地味にしてる男が、休日はこんなに別人になってるなんて。
「先生ナンパしても、成功率高いでしょーこの車じゃー」
「ナンパなんて普段そうそうしません」
車がカーブを曲がっていく。
あたしはハンドルを切る田崎の手を見る。
……骨ばっていて、細い。
あたしは急にドキドキしてくる。

もっと可愛くしてくれば良かった。

今日の自分は、そこそこ。
大体、出会い系の男のためになんてそんなに力が入るワケがない。
田崎の肘から手首までの筋肉の感じ。
初めて男の人に、セクシーさを感じてしまう。
車っていう密室に2人きりになって、唐突に田崎を男として意識した。

 

ラブで抱きしめよう
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