ラブで抱きしめよう

18☆ 未来

   

私は就職した。

最初のうちは本社で研修だったけれど、6月に入った今は店長候補として、デパートに入ってるショップの方へ出勤してる。
サービス業だから、普通のOLよりも労働時間が長い気がする。店が終ってから棚卸なんてこともしょっちゅうで、帰りが遅くなる日も多かった。まあその分、朝がちょっとラクなのがいいかな。
そしてOLよりもいいかなぁって思うのは、派手な服を堂々と着ていられるってこと。元々お洋服が大好きだから、私にこの仕事はとても合ってると思った。

太郎くんも学校とかバイトとかサークルとか、大学に入ってからもすごく忙しそう。受験のときあんまり会えなかった時よりはマシだったけど、お互いが高校生の時みたいに毎日会えてるわけじゃなかった。
会える時間が少ないのは私の仕事の都合も大きかった。


『晩御飯食べた?』
太郎くんからメールが入ってる。
今日は早番で、太郎くんもそれを知ってた。
『まだ食べてないよ。今ちょうど仕事終ったとこ』
私はメールを返す。


「あーん、もう、大好きー…」
太郎くんの腕に裸で抱かれながら、私はギューっとくっつく。
電気がつけっ放しの天井を見る。
壁には日付しか書いてないシンプルなカレンダー。
あんまり荷物が置いていないのに、太郎くんの部屋は私のせいでちょっと女っぽい。
「涼子、今日って泊まっていくでしょ?」
「うん。その気満々」
何だかんだ言って、一人暮らしを始めた太郎くんの家にしょっちゅう来てた。
だって会社も自分ちより近いんだもん。
「じゃー先シャワー借りるねー」
太郎くんの家の浴室なのに、4分の3は私の小物類だった。
どこからどう見ても、女のいる部屋。
この部屋に他の女の子を連れてくるっていうのは、ムリだろうなぁって思う。

「あー太郎くん、牛乳ないよ」
冷蔵庫の中も勝手に開ける。
「ああ、さっき全部飲んだ」
太郎くんもシャワーを浴びて、髪を拭きながらウロウロしてる。
「ああああ…。朝牛乳飲まないと、死ぬかも…。
ねえ、買いに行ってきていい?」
太郎くんの住んでるとこのすぐ隣はコンビニだった。
ここは凄く便利なところで、夜も人通りがあって、
深夜に女の子ひとりでも平気で駅から歩いて太郎くんの部屋に来れたりもする。
「ああ、オレも行くから。ちょっとだけ待ってね」
太郎くんがドライヤーをかける音がする。
今までずっとうちにばっかり来てたから、こうして太郎くんのプライベートなスペースで一緒にいられるっていうの、すっごく新鮮だった。
太郎くんがうちに来るたびに、私の匂いがするって言ってたけど、
私も彼の部屋に来るたびに太郎くんの匂いがするって思う。
そしてそんな場所で一緒にいられるっていうのがすごく嬉しかった。


太郎くんの部屋にばっかり行っていて、3日ぶりに自分の家に帰った。
「あら、おかえり。すごいいいタイミング」
お母さんがキッチンで何かしてた。
「何ー?すっごい美味しそう!」
めちゃくちゃ美味しそうな、フルーツがたくさん乗ったタルトを出してたとこだった。
「今会社で話題になってて、ここのタルト。
もうどうしてもガマンできなくて買ってきちゃった。…涼子が帰ってきて良かったぁ」
「いやー食べる食べるーーー」
私は洗面所へ行く。
太郎くんの家に溜まってた自分の洗濯物を洗濯機に入れる。
働いてみて思ったけど、お母さんみたいなのが会社にいて、それが上司だったりしたら、結構いい感じの人かも。前に「会社でカリスマ」とか自分で言ってたけど、それもあながちウソじゃないのかもって今更思ってみたりする。我が親ながら。

リビングに戻ると、ちゃんとテーブルがセッティングされてお茶の用意がしてあった。
こういうセンス、母は素晴らしい。
暫くたわいもない会話をした後、急にマジメな顔で切り出された。
「お母さん、彼氏がいるのよね……」
「ええ!」
いや、いるだろうなっては思ってたけど、
急に打ち明けられるとは思ってなかった。
「あんたも就職したし……そろそろ……」
「ケ、結婚すんの!?」
すっごい大きな声出してしまった。
自分の結婚とかちょっと考えたりしてるぐらいだったのに、
まさか母が結婚とは!
私は持っていたカップをガチャンって置いてしまった。
「う……。どう思う?」
恥ずかしそうにしてる母親が気味悪い。
「ど、どう思う…って聞かれても……あのさ、どんな人なのよ?何歳とかさ、
色々…あるでしょう?…ちょっとーー」
「あぁ…。そうよねぇ。…」
なんか照れてるよこの人。
「年は一緒で、会社の人…お互いバツイチで…。
付き合って、もう8年ぐらいなの」
「そうなんだ……」
『8年』ってとこに、驚いてしまった。
じゃあ私が中学生ぐらいから付き合ってたってこと?
水臭いにも程があるよ…。

「私は大賛成だよ」
「え」
お母さんは一瞬止まった。
「もっと早く結婚できなかったの?」
私はちょっと母を責めた。
「だって……。涼子がせめて20歳過ぎた方がいいかなーって思って…。」
「私、お父さん欲しかったもん」
「…………」
ちょっとショックを受けてるっぽい。
「涼子、そんな風に思ってたの?」
「…………うん」
あんまり考えないようにしてたけど、この前太郎くんの家に行ったときにハッキリ思ってしまった。私、家族に憧れてたんだ。
高校を出たぐらいから母親と仲良くなったけど、それまではそうでもなかった。何か私は自分の家が好きじゃなかった。もしかしたらちゃんとお父さんがいた家にいたら、高校時代とかあそこまで酷い自分じゃなかったかもしれない。
なんて、今言ってもしょうがないけど。
なーんて、お父さんがいようと、実際色んな男とエッチしまくってたかもしれないけど。

その後、お母さんと色んな事を話した。
今までの事とか、これからの事とか……。
自分にとってただ一人の家族、母と向き合うって事は、…私自身と向き合うって事だった。
それは母にしても同じで、私たちは今まで何となくそれを避けてきていた。
なんだか改めて思う。
私も大人になったなって。


「ふーん。おめでとう」
あっさり太郎くんは言った。
「で、いつ結婚するの?」
太郎くんの部屋でモスバーガーを食べながら話してた。
私は話に集中したいのに、ボトボト具が落ちてきそうになるからそっちに気が行ってしまう。ただでさえ食べるのが遅いのに。
「わかんない。でもウエディングドレスとか、着る気みたいよ」
「あーそうかー」
太郎くんはもう食べ終わって、一息ついてる。
「でも涼子のお母さんキレーだから、めちゃ似合いそうだよ。若く見えるし」
「そうかなぁ…。でも想像してみてよ。自分の母親がウエディングドレス着るっていう状況…なんか、きっついものがあるよ」
私は本気で言った。
「う、今、うちの親で想像した……それはキッツイな!」
「あー、もうベタベタ!太郎くん、ティッシュ取って!」
太郎くんはティッシュを私に箱ごと渡す。
「涼子さー…」
「なぁに?」
私は手を拭きながら太郎くんを見る。

「もう、ここに住んじゃえば?」

「ええー!」
あまりに唐突な提案に、私は驚いてしまう。
「そんなに驚く事?だって、今だって週に半分以上はうちにいるじゃん」
「……そうだけど」
「だって、新婚家庭に、涼子……いられる?」
「………いられません」
そう言われてみればそのとおり。

なんか、すっごいいい口実ができたって感じ。
「あー、住んじゃおうかな!いいの?太郎くん?」
「いいよいいよー。っていうか、そうして欲しいもん」
私たちは顔を見合わせて笑ってしまった。
「それじゃあさー、車買おうよ!前から言おうと思ってたんだけど」
「買いたいんだけどさー…。駐車場とかローンとか色々となぁ…」
「じゃあ、私買うから!一応社会人だしー。でも運転は太郎くんがしてね」
太郎くんには私が運転できないことがバレている。
「えーそんなのってさー…」
太郎くんが迷ってる。
「いいじゃんいいじゃん。家賃の代わりって感じで!私が買うけど、太郎くんが好きに乗っていいから!どうせ私運転できないし」
「えーマジでー…」
その後、プチ同棲の事とか、車のこととか、夏にはそれで旅行行こうとか、色々な話で盛り上った。太郎くんが高校を卒業してから、私たちは色んなことができるようになった気がして凄く嬉しかった。


私は太郎くんの家に早々に、おしかけた。
一緒に住むって言っても、ちょっと自分の所帯道具を持ってきただけで、
しょちゅう家に帰るし、ほとんどの荷物は自分の部屋に置いてた。
少し長い旅行に出てるって感じの雰囲気で。
同棲したいってこと、お母さんに言ったらちょっと複雑そうだったけど、すぐに了解してくれた。大体母親が私の年齢のときって、既に私がいるんだよね。
ホントにカバン一つで出てきて、私は太郎くんと一緒に住むことになった。



「じゃあ、行ってくるね…」
私は寝ている太郎くんにキスする。

「涼子ー……行くなー…」
太郎くんが私の体に腕を廻す。
「行かないとー…。遅刻しちゃうよ…」
「じゃあキスして」
太郎くんが私にねだる。もう超かわいい。
「んんー」
私は太郎くんにキスする。
もう毎日こんなことしてる。
「ホントに、行ってくるよ」
「うーん。……また夜になー」
まだ寝てる太郎くんを置いて、私は彼の部屋を出る。
太郎くんの部屋から出勤するのも、もう慣れてきた。

朝の電車は結構混んでたけど、少し時間がずれているので混雑のピークってほどじゃない。この電車から見る風景も、見慣れたものになってきつつある。
太郎くんと朝を迎えて、そしてまた太郎くんのいる部屋に帰る。
こんな風に過ごす毎日が、当たり前のように過ぎていく。
こんな毎日が、ずっと続けばいいってホントに思う。
私、今すごく幸せ。
だけど幸せ過ぎるのって、ちょっと怖い。

太郎くんがいない日々とか、勝手に想像してふと不安に思うときもある。
やっぱり先のことは誰にも分からないって思う。
気持ちを縛り付けられるなんて思えないし、
永遠に続く愛なんていうのも、ウソっぽくて私には実感できない。


だけど太郎くんのこと、すっごく愛してる。

今日が明日に続いて、明日がまた次の明日に繋がっていって
それが未来なら、もしかしたら永遠と呼べる日が来るのかもしれない。
もしそうなったら、すごく嬉しくて、すごく幸せ。


当たり前のように一緒にいて、太郎くんを近くに感じられる。
そして彼の事が好きだと偽りなく言える。
この時間も、この気持ちも、この状況も、
それはもしかしたら、とても儚いものかもしれない。
だけど確かに今、私の気持ちはここにあって、彼が側にいてくれる。
今、このときがすごく大事。


 
だから、私は今日も精一杯の愛で、彼を抱きしめるんだ――――




「ラブで抱きしめよう」 〜完結〜
 

■□感想など、是非お聞かせくださいませ□■

 ☆おなまえ☆(必須です)
      
 ☆メッセージ☆
 
 
  ラブで抱きしめよう 感想


ラブで抱きしめよう
著作権は柚子熊にあります。全ての無断転載を固く禁じます。
Copyrightc 2005-2017YUZUKUMA all rights reserved.
アクセスカウンター