ラブで抱きしめよう

☆1 始まり 

   
私服に着替えて、私はタケルの車に乗り込んだ。
入る時はどさくさで制服のままだったけど、さすがにその格好のままでラブホから出るのは気が引けた。
既に9時を回っていた。
これだと母親が帰ってくるのと同じぐらいの時間になる。
まあ、例え遅くなったって、それをどうこう言われる事もないんだけど。

「来週さあ、オレ結構ヒマだけど」
「ホント?私はいっつもヒマ♪」
これって…何となく来週も会おうという事だ。
タケルとはお互いがヒマで都合のいい時に会って、セックスをする。
別に彼氏ってわけじゃない。
タケルは本命の彼女がいるみたいだし、アイツにとっての私は、まあ都合のいい女ってとこだ。
こういう存在の男がタケルの他にいないワケじゃないけど、なんだか最近は色々とうっとうしくって他の男たちに関しては連絡も無視したりしてる。
―― 私がタケルと会ってるのは、単純にラクだからだ。
セックスフレンドっていうよりは、セックスもする友達って感じ。

「めちゃくちゃ眠いな」

ダルそうにアクビをしながら、タケルはハンドルを切る。
伸びすぎた髪が、肩よりも長くなってる。
でもタケルのその髪型はどうかなあ。
男の長髪はあんまり好きじゃないな、と思いながら私は彼の横顔を見た。
彫りの深い顔は、鼻筋が羨ましいほど通ってる。
彼はどう見ても遊び人に見える。
世の中的に見れば、多分結構いい男。
私はタケルの顔は、嫌いじゃないなって思う。

だけど。
セックスは好きだけど、男が好きってワケじゃないなとも思う。
束縛されるのは、イヤ。かといって、自分から熱中できるワケでもない。
だから、こうしてセックスだけしてゴチャゴチャ言わないこういう男と、しょっちゅう遊んでしまう。
それで、いいと思っていた。


「涼子も呼ばれてなかったけ?進路の件で」
「ああ、完全に忘れてた。なんだ、麗佳はもう行っちゃったの?」
今日の放課後は何もなかったから、麗佳と寄り道しようかと思ってた。
担任に進路の件で呼ばれていたことなんて、すっかり忘れていた。
「どうする?終わるまで待っとこうか?」
麗佳は私に気を使ってくれる。
「いいや、もしかして時間かかるかも知れないし〜、先帰ってて」
高校を卒業したら専門学校に行こうと思っている私は、受験もないし気楽だった。

学校では大人しくしてるつもりだったし、特に説教される事もなく進路の報告はあっさりと終わった。
教員室の方なんて、滅多に行く機会なんてなかった。
その先の面談室なんて、全然行った事がない。
私は渡り廊下を挟んで向こう側の体育館を見た。
「部活」してる子達の声が聞こえる。
同世代なのに、なんだか自分には無縁の、遠い世界の事みたいに思える。
(熱いなぁ…色んな意味で)
ドアを全開にしている体育館の方を回ってみた。

中庭の木々がどんどん緑を濃くしてて、キレイ。
その間から漏れる光がとても眩しい。
響くボールの音、色んな声…。
体育館の中をちらちらと覗きながら、私は中庭を歩いた。


ふと前方のドアから、バスケのボールが飛び出してきた。
私はそれを横目で見ながら、そのまま通り過ぎようとした。
そのボールを追いかけて、どう見ても1年の男子が外に出て来た。
私はなぜか彼から視線を動かすことができずに、立ち止まった。

「あ、当たりませんでしたか?」
男の子は私に声をかけてきた。
(うわ〜汗びっしょりだよ…)

汗って、こんなに全身にかくんだ。
…って、それが私の第一印象だった。

彼の顔を見たら、なんだかすごく可愛かった。
それで私は、つい言ってしまった。
「…当たったよ」
ウソだった。
その男の子はかなり困った顔になったけれど、その顔もまた可愛いなって思った。
「すいません……。大丈夫でしたか?」
彼はボールを持ったまま、体育館の中を気にしていた。
「大丈夫だよ」
彼があまりにバツが悪そうなので、私は笑ってしまった。
「…大丈夫、大丈夫、早く体育館に戻りなよ」
私は笑顔で彼を見た。

「すんません…!」
男の子はちょっと頭を下げて、走って戻っていった。
(かわいいなぁ、1年は…)
なんだか新鮮だった。
こんな風に毎日を過ごしている子がいるっていうのが。
自分の日常とはかけ離れた世界。
私は体育館の方に寄り道して歩いて良かったなって、何となくほほえましい気持ちになりながら学校を後にした。



「ああ、…もうダメ、いっちゃうっ…」
腰を持ち上げられる姿勢、もの凄く弱いんだ。
タケルはそれをよく分かっていて、私がよくなってきたのを見計らってその体勢をとる。
「…もぉ、だめ、…うあぁんっ…」
タケルが私の中で熱くなるのを感じる。
中に、出したんだ。
タケルと一緒に、私もがくんと力が抜ける。
「はぁ…はぁ…んん…」
タケルが私の腰を撫でている。
いった後、触られるのがイヤだった。
なんだかくすぐったすぎて、ビクビクなってしまう。
「ヤダ…、だめ…」
絶対に分かってて、わざとタケルは撫でてくる。

その後、タケルと一緒にゴハンを食べて帰った。

何となく続く日常。
大きく不満があるワケじゃないけど、何か足りない。
何が足りないのかがわからなくて、でも足りない事だけは分かっているから、私はこうして自分の時間をただ埋めていく。
何かを探すのも面倒で、ただ何となくの楽しさだけで今日もこうして終わっていった。



数日後、廊下であの子に会った。
「あ」
向こうも気がついて、私の方に寄ってきた。

「あの時は大丈夫でしたか?」
今日は汗びっしょりじゃないんだな、と当たり前の事を私は思った。
濡れてない髪の毛は、ちゃんとフワフワな感じでスタイリングされてる。
(普通に可愛いじゃん…)
「んん、大丈夫だよ。バスケ部の1年?」
私は言った。
「そうです。…ホントにすいませんでした」
彼はちょっと上目遣いで私を見る。
横に並ぶと、私よりも少し背が高いくらいだ。
(結構小さいんだ…)
私が彼を観察していると、離れたところから友達がその子の名前を呼んだ。

「急げよ、太郎!」


「…え、え、太郎っていうの?」
私が突っ込むと、その子は顔を真っ赤にした。
「そう…です。恥ずかしくて嫌なんです」
「え〜〜〜、なんかすごいカワイイじゃん!姓はなんていうの??」
思わず私は聞いた。
彼はさらに真っ赤になる。
いちいち反応のカワイイ子だ。
「藤田です」
友達の方を見ながら、その子は答えた。
“太郎”の友達が近づいてくる。
「そんじゃ、すいません」
“太郎”は私に向かってちょっと会釈すると、友達に何か言って一緒に歩き始めた。

「じゃあねえ〜、太郎くん♪♪」
私は太郎くんに手を振った。
彼は振り返って私を見ると、また軽くお辞儀をした。
すごい好感度の高い子だ。


「ダレあの子、涼子の知り合い?」
麗佳が怪訝な目を向けてくる。
「ううん、知らない。でも超カワイクない?」
私が言うと、彼女はちょっと眉をひそめた。
「え〜〜1年でしょ?…っていうか、私は大人が好きだし…。ちょっと子ども過ぎ」
そうだ、麗佳は大人が好きなんだった。

麗佳も私も、彼氏がいなかった。
お互い別に彼氏欲しがりじゃなかったから、彼氏なんかいなくっても何とも思ってなかった。
大体、「彼氏」がいなくたって、一緒に出かける男は結構いたし。
自分らで言うのもなんだけど麗佳も私も普通よりかなり可愛い…と、自覚してたからガツガツする必要もなかった。


それから何日か経ったある日の放課後、下駄箱のところで「太郎くん」が立っていた。

「あの〜、」
太郎くんは私に声を掛けてきた。
「なぁに?」
その日は、私は麗佳とは別行動でたまたま1人でいた。
彼女は時々、学校に残っている時がある。
「ちょっと、ちょっとだけ、いいですか?」
太郎くんはちょっと赤くなりながら、私を呼び寄せた。
私は彼の後についていく。

昇降口の奥の教員用の下駄箱のところは影になっていて、まわりからは目立たなかった。
「………」
太郎くんは、私を呼び止めたくせに、言葉が出ないみたい。
それに、何だかもじもじしてる。
なによ、このパターンはまさに…
私は思わず言った。

「なに?愛の告白?」
「えっ…」
太郎くんはビックリして私を見て、益々真っ赤になってくる。
その姿が、また可愛すぎた。

「付き合って〜…とか言うんだったら、…別にいいよ」

「…ええっ!」
太郎くんは本当に驚いてた。
そんな姿がまた面白い。
私は彼にすごく興味が湧いてくる。

「何?違うんだった?…ちょっと、私、間違えちゃった?」
「いや、あの、その、…えっと…」

「…………」

私は太郎くんの反応がホントに面白くって、暫く黙って見守る事にした。
すごく困ってる。で、真っ赤。
やっぱりこの子、私の事好きなんじゃないの?って思う。
よく見ると、ハッキリした二重だ。
やっぱり可愛い。うん、可愛いよ。
(………この子、かなり好みかも)

ようやく太郎くんが口を開いた。
「その…、間違っては、ない、です……」

私は思わず笑ってしまった。

「あの、でも、…なんて言うか……、その、ほ、ホントですか?」
太郎くんは噛みつつ、私を遠慮がちに見た。
「えぇー?」
私はニコニコして、聞き返した。

「だって、…その、何か急じゃないですか。だって…」
太郎くんの言いたい事も分かるけど、
「ええー、…じゃあ、太郎くんは私に何が言いたかったの?」
私はちょっとガッカリした口調になってた。
「いや、あの、つまりは、……まあ、……そういう事です」
太郎くんはしどろもどろになってる。
「なによ?ちゃんと言って?」
「えっと…、えっと…」

太郎くんはそこで初めて私をしっかり見た。

「本当に、付き合ってもらえるんですか?」

急に目が合って、私もちょっとドキっとする。
「うん、いいよ〜」

なんて軽い始まりなんだろ。


「じゃあ太郎くん、今日部活は?」
「今日は、ないです」
「じゃあ今日は私一人だし、早速一緒に帰ろうよ、太郎くん」
私は笑いながら、さっさと歩きだした。
太郎くんは慌ててついてきて、私の横を少し離れて歩いた。

校門を出て歩いてる時だって、誰も2人が付き合ってるなんて思わなかったと思う。

「太郎くんは彼女いないの?」
「え!い、いないっすよ!!……」

「そうなんだ〜、だってすごく可愛いよ?太郎くん。モテそうだよ」
「モテないですっ…というよりも、か…春日さんは、彼氏いるんですか??」
「いないよ〜、…ていうかさ、さっき付き合うって言ってなかったっけ?私たち?」
ヘンな会話に、私は思わず笑ってしまう。
太郎くんはちょっと困った顔をしてる。
「あ…、なんか、……、なんかウソみたいです。全然信じられないです…」
「そりゃぁそうだよねぇ〜。だって太郎くんと私、ほとんど喋った事もないのに」
それなのに私はもうすっかりリラックスして、ダラダラと太郎くんに話し掛けてる。
太郎くんは反対に、凄く緊張してた。
それが手にとるように私へと伝わってくる。
太郎くん、外見はすごくカワイイけど本当はどんな子なんだろう。
私は何も分からなかったけど、この子はなんとなくいいなって思った。

その時の自分の中では、複数いる男友達がまたひとり増えたって感じの、軽い気持ちだった。


とりあえずその日はたくさん喋って、うちまで送ってもらった。
次の土曜日の午後、会う約束をした。

 

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