車のない男と付き合うのは久しぶりだった。
太郎くんと渋谷で会って、とりあえずブラブラ原宿方面へ歩いた。
「なんか〜、凄い人多いよねぇ〜」
私は太郎くんから離れないように、気を使って歩いた。
普段他の男と会うときの私は、腕にちょっと触るか離れて歩いてるかどっちかだ。
太郎くんは、私と初めてのデートだったから緊張しているみたいだ。
あんまり私の方を見てくれない。
だけどそういうのがまた、新鮮で猛烈にかわいく思えてしまう。
太郎くんの私服は、普通。
Gパンに、水色のTシャツ、靴はスニーカー。
でも普通の服でもそれなりに可愛く見えるのは、多分太郎くんのスタイルがバランスいいからだろう(小さいけど)。
中学生みたいな女子の集団が、全然こっちを見ないで喋りながら横を通りすぎていく。
「待って待って、…太郎くん」
私は人波に押されて彼と離れてしまう。
「あ…、ごめん」
太郎くんが立ち止まる。
「ねえ、手…つないでいい?太郎くん」
私が言うと、太郎くんの顔色が少し変わった。
「うん…」
太郎くんは遠慮がちに手を伸ばして、そして優しく私の右手を握ってくれた。
(あれれ…?)
私、すごいドキドキしてきた。
自分でもビックリするぐらい。
太郎くんのドキドキが、伝わってきてるのかも。
「暑いし、お昼ごはん食べよっか」
私は太郎くんに言った。
二人で、カップルが沢山いるカフェに入った。
一緒にゴハン食べるのも初めて。
とにかく、今日する太郎くんとの色々なこと、全てが初めて。
私はワクワクしていた。
「デート」なんて、すごい久しぶりのこと。
相手が初々しい男の子だから、自分まで可愛くなってくような気がする。
カウンターに二人で並んで座った。
「太郎くんは、好き嫌いとかってないの?」
「ないですよ」
「…ねえねえ太郎くん」
「?」
私は太郎くんの方へ向き直って言った。
「付き合ってるんだから、敬語はやめようよ。ね?」
「あぁ…はい」
「だから〜、ね?」
太郎くんはちょっと困った顔をしながら、「うん」って頷いた。
太郎くんはぎこちないながらも、ちょっとずつタメ口で喋ってくれ始めた。
「春日さんは…」
「あ、それもダメ!」
私は軽く太郎くんの手の上に自分の手を乗せた。
彼の表情がちょっと固くなったのを感じる。
私は気にせずに、喋りつづけた。
「名前で呼んでよ♪せっかくだし!」
「えっと…じゃぁ、涼子、…さん」
「さん…は、なぁ。可愛くないなぁ」
「…じゃあ、ちゃん…?」
「うーんそれならまだいいかな」
(『涼子ちゃん』なんて、なんだか嬉しい!)
「ねぇねぇ、早速…呼んで呼んで♪」
「……涼子ちゃん…」
なんか無理やり言わせたっぽいけど、ホント嬉しくなってくる。
いいなぁ、太郎くん、なんか全てが新鮮。
彼と手をつなぐのが嬉しくって、今日は歩き回ってしまった。
太郎くんが午前中部活で待ち合わせが昼過ぎだったから、あっという間に7時過ぎてた。
私は何時まででも良かったんだけど、太郎くんが家まで送ってくれるって言ってくれちゃったし、こんな年下の子を夜に引っ張りまわしてもなぁって、逆に私も気を使ってしまって今日は帰ることにした。
電車に乗ってる間も、手をつないでた。
(あぁ、彼氏っていいなぁ……)
しみじみ思いながら、私はずっとニコニコして太郎くんを見ていた気がする。
少し緊張がほぐれて微笑み返してくれる太郎くんの表情が本当に可愛くって、私まで本当にキュンってなってくる。
太郎くんを押し倒したい衝動に何度もかられながら、軽い女って(バレてるだろうけど)思われるのがイヤで我慢した。
本当はすっごく押し倒したかった。
うちのマンションは、駅から歩いて5分もかからない。
その近さが、今日はちょっと残念。
「太郎くん、今日はありがと♪」
「ボクこそ、…ホントありがと」
私は太郎くんの手を掴んで、マンションの入り口まで引っ張った。
太郎くんは私に引かれるまま、エントランスの影に入りこんだ。
「……」
私は太郎くんをもっと引っ張って、そっと唇にキスした。
「…………」
私はゆっくりと離れた。
彼を見ると、また真っ赤になってた。
今日何度も真っ赤になってたけど、本日一番の赤さだったと思う。
そして彼の表情がホントにすごく切なげで、思わず私は太郎くんに思いっきり抱きついてしまった。
太郎くんの腕が遠慮がちに私の背中に回ってくる。
「…私の、彼氏、だよね…」
私は太郎くんの肩に言った。
「…うん…」
一呼吸置いて、太郎くんは言葉を続ける。
「オレなんかで、…いいの…?」
不安そうに私を見てる太郎くんに、私は思いっきりの笑顔で頷いた。
そしてまたキス。
今度は、さっきよりちょっと深く。