夢色・ビターおまけコンテンツ

夢色・卒業 田崎Ver

   

「彰士、早く帰ってきて」 

電話口での切羽詰ったお袋の声。 
親父の具合がよくなかったのは分かっていた。
ただ、こんなにも急に倒れられるとは思っていなかった。

「大丈夫か」

病院に着くとすぐにお袋に親父の様子を聞いた。 
「大丈夫…疲れが溜まっただけだって…。でもしばらくは無理できないし…。仕事もできないわ」

オレの実家は歯科医院を開業していた。大学を卒業したものの、家業を継ぐのが嫌でオレは逃げるように教師の道を選んだんだった。

「お願い、彰士…」

お袋にすがられる。

「今、…オレ3年の担任なんだよ。こんな受験の時期に帰ってこれるわけないだろ? せめて3月まで待ってくれよ」

オレの事情を全く無視するかのように、母は言った。

「そんなこと言ったって…。先生はたくさんいるでしょう?うちは…あなただけが頼りなのよ」

 

2月…。あと1ヶ月少しで、きちんと担任をまっとうできると思っていた。
こんな形で教職を去ることは、オレには悔いが残る。

放課後、誰もいない教室を見渡してオレは感傷的になっていた。

廊下で話す男子生徒の声が聞こえる。

「梶野ってさー、マジ可愛くない?」 
「そうかー?何かあいつって性格悪そうじゃんよ」
「そうかなぁ、そんでもモロにオレのタイプなんだけどなぁ…。ダメもとで行ってみっか」
「絶対無理だって。あいつってさ、何か男をバカにしてる感じがしねぇ?」

だんだんと生徒の声が遠ざかっていく。

甘いな、高校生男子。

あいつは性格も見た目以上に可愛かった。

 

梶野麗佳――――

子どもだとばかり思っていたあいつも、どんどん大人になっていた。

抱いた時のあいつは、もう充分に女で……。

そのくせ少女の不安定さをいつも感じた。 
あいつは会うたびに成長して、オレを魅了する。

『先生……』

いつからか、切なげにオレを見つめるようになった梶野。

受験のこともあって、オレは最近あいつに優しくしていた。
だけど、オレが優しくなったのは受験を控えてたせいだけじゃなかった。 
抱いた時、オレは梶野と気持ちが重なるような不思議な感覚になる。

あいつがオレに対して好意を寄せていることはよく分かっていたし、オレ自身も梶野のことは気になっていた。

 

だが、生徒だ。

そして、オレはここを去ろうとしている。

 

手に入れたいと思う反面、あいつには高校生らしい恋愛をして欲しかった。
こんなオレのことなんて考えずに……。

どちらにしても、オレはあいつの側にはいられない。

 

高校を辞めることは、梶野にはあえて言わなかった。
言う必要もないと思っていたし、それを聞いたあいつの反応を見るのが正直怖かった。
きっと、離れたくなくなるだろう。

あの真っ直ぐさは、オレには眩しすぎた。

 

(オレのことは、忘れてくれ……)

 

最後の日、駐車場から車を出したとき……バックミラー越しに梶野に気付いた。

(梶野…?)

隣に同僚が乗っていなければ、引き返したかった。

(まさか……いつから?)

雪が降り始めていた。こんな寒い中、一人で…いつから…。
ザワザワと心が動く。今日、梶野と会いたくなかった。

…オレはそのまま梶野の側へ行って、連れて帰りたい衝動にかられる。

(ダメだ……)

その後同僚と飲んだが、オレは酒の味なんてわからなかった。


オレは黙ってあいつから離れた。
仕方がないだろうと、自分でも納得しようとしていた。
まだ、深く付き合っていないことが唯一の救いだった。

 

『先生は、あたしの事、好き?』

 

オレは梶野からきたメールを見て心が痛んだ。

学校を辞めて実家に帰った後も、何度かあいつからメールが来た。
あの戸惑いながらも抑えられないような感情を、あいつなりに懸命に押し殺していた表情を思い出す。

それはオレをいつも高ぶらせた。

(梶野……)

実家に戻っても、あいつのことばかりを考えていた。

正直言って、…いつからか梶野のことが気になって仕方がなかった。

 

(会いたい……)

 

雪が降る空を見上げる。
オレはあいつに自分の気持ちを届けるべきなのだろうか。
こんな風にあいつが心を搾り出したメールを無視し続けて、オレはこのまま日々を過ごすのか。

 

オレがあいつにしてやれることなんて、何もなかった。
オレは側にいて、いつでもあいつに愛情をあげることはできそうもない。

それはきっとこれからも……。

オレはあまり女に執着するタイプではなかったし、一人の女に日々を束縛されるのは鬱陶しかった。
それなのに、梶野を大事に思う気持ちがある。
こんなに感情を動かされる女を…オレはみすみす逃してしまうのか…。

 

色々と理由をつけようとしても、…結局オレはただ、梶野に会いたかっただけだ。

顔を見て……そして……

 

 

卒業式の日。

どんな人数の同世代の奴らに囲まれようとも、梶野はオレにとって光っていた。
卒業生の列の中、あいつの姿はすぐにわかった。
変わらない…。そして変わった…。
あいつもオレの存在に気付く。

その目は、……オレを強く求めていた。
オレはそれに射抜かれる。

言葉は必要なかった。

 

理由がなくても、あっても…それはもうどうでもいいことだった。

ただ、あいつがオレを求めているのを感じる。そしてオレもまた求める。

それだけで、いいじゃないかと思う。
それ以上の理由なんて、…多分ないだろう。

 

 

「この後どうしても用事があって、謝恩会は欠席します…。」

担任として最後の役目だというのに、オレは謝恩会を無視することにする。
おまけに、C組よりも早くHRを終わらせようと思い、焦る。

教員室から、外で卒業生たちがたむろしているのが見えた。
C組が終わって、生徒たちが教室から出て行く。

 

梶野の姿が見える。


会いたかった。…抱きしめたかった。

教師だからダメだなんて、…もう今のオレには関係ない。
もう教師じゃないから。
オレたちを縛る関係も、今日この瞬間に終わる。

 

(麗佳――――)

 

生徒たちの間をすり抜ける。

「田崎!今日はカッコいいじゃん」

生徒に声を掛けられて、オレは適当にそれらをあしらう。
大勢の視線を感じたが、それも気分が良かった。

今日は晴れていて、何と言っても卒業の日だ。

 

視線の先には、彼女がいる。

 

「麗佳、…行こう」

 

オレはあいつの手を取った。

これから先のことなんて分からない。

ただ、オレはこれまで不可能だと思ってたことを、…明日から現実にしていくだけだ。

 

〜終わり〜(2009年執筆)

 

ラブで抱きしめよう
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