夢色・ビターおまけコンテンツ |
夢色・卒業 田崎Ver |
「彰士、早く帰ってきて」 「大丈夫か」 病院に着くとすぐにお袋に親父の様子を聞いた。 オレの実家は歯科医院を開業していた。大学を卒業したものの、家業を継ぐのが嫌でオレは逃げるように教師の道を選んだんだった。 「お願い、彰士…」 お袋にすがられる。 「今、…オレ3年の担任なんだよ。こんな受験の時期に帰ってこれるわけないだろ? せめて3月まで待ってくれよ」 オレの事情を全く無視するかのように、母は言った。 「そんなこと言ったって…。先生はたくさんいるでしょう?うちは…あなただけが頼りなのよ」
2月…。あと1ヶ月少しで、きちんと担任をまっとうできると思っていた。 放課後、誰もいない教室を見渡してオレは感傷的になっていた。 廊下で話す男子生徒の声が聞こえる。 「梶野ってさー、マジ可愛くない?」 だんだんと生徒の声が遠ざかっていく。 甘いな、高校生男子。 あいつは性格も見た目以上に可愛かった。
梶野麗佳―――― 子どもだとばかり思っていたあいつも、どんどん大人になっていた。 抱いた時のあいつは、もう充分に女で……。 そのくせ少女の不安定さをいつも感じた。 『先生……』 いつからか、切なげにオレを見つめるようになった梶野。 受験のこともあって、オレは最近あいつに優しくしていた。 あいつがオレに対して好意を寄せていることはよく分かっていたし、オレ自身も梶野のことは気になっていた。
だが、生徒だ。 そして、オレはここを去ろうとしている。
手に入れたいと思う反面、あいつには高校生らしい恋愛をして欲しかった。 どちらにしても、オレはあいつの側にはいられない。
高校を辞めることは、梶野にはあえて言わなかった。 あの真っ直ぐさは、オレには眩しすぎた。
(オレのことは、忘れてくれ……)
最後の日、駐車場から車を出したとき……バックミラー越しに梶野に気付いた。 (梶野…?) 隣に同僚が乗っていなければ、引き返したかった。 (まさか……いつから?) 雪が降り始めていた。こんな寒い中、一人で…いつから…。 …オレはそのまま梶野の側へ行って、連れて帰りたい衝動にかられる。 (ダメだ……) その後同僚と飲んだが、オレは酒の味なんてわからなかった。
『先生は、あたしの事、好き?』
オレは梶野からきたメールを見て心が痛んだ。 学校を辞めて実家に帰った後も、何度かあいつからメールが来た。 それはオレをいつも高ぶらせた。 (梶野……) 実家に戻っても、あいつのことばかりを考えていた。 正直言って、…いつからか梶野のことが気になって仕方がなかった。
(会いたい……)
雪が降る空を見上げる。
オレがあいつにしてやれることなんて、何もなかった。 それはきっとこれからも……。 オレはあまり女に執着するタイプではなかったし、一人の女に日々を束縛されるのは鬱陶しかった。
色々と理由をつけようとしても、…結局オレはただ、梶野に会いたかっただけだ。 顔を見て……そして……
卒業式の日。 どんな人数の同世代の奴らに囲まれようとも、梶野はオレにとって光っていた。 その目は、……オレを強く求めていた。 言葉は必要なかった。
理由がなくても、あっても…それはもうどうでもいいことだった。 ただ、あいつがオレを求めているのを感じる。そしてオレもまた求める。 それだけで、いいじゃないかと思う。
「この後どうしても用事があって、謝恩会は欠席します…。」 担任として最後の役目だというのに、オレは謝恩会を無視することにする。 教員室から、外で卒業生たちがたむろしているのが見えた。
梶野の姿が見える。
教師だからダメだなんて、…もう今のオレには関係ない。
(麗佳――――)
生徒たちの間をすり抜ける。 「田崎!今日はカッコいいじゃん」 生徒に声を掛けられて、オレは適当にそれらをあしらう。 今日は晴れていて、何と言っても卒業の日だ。
視線の先には、彼女がいる。
「麗佳、…行こう」
オレはあいつの手を取った。 これから先のことなんて分からない。 ただ、オレはこれまで不可能だと思ってたことを、…明日から現実にしていくだけだ。
〜終わり〜(2009年執筆) |
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