あの光景は後々伝説になってた。
オレも見てしまった。
見たくもなかったのに。
卒業式の日、数週間前までオレらの担任だった田崎は、生徒に何の連絡もなく卒業式の日にやってきた。
まあ薄々来るだろうな、とは思ってたけど。
多分、そういうのが社会人の常識だろ?
何日かぶりに見るヤツの姿に、女どもは色めき立ってた。
女ってロコツなんだよな。
田崎は、男のオレの目からみても相当イケてた。
ヤツは自分の魅力を分かってて、今まで隠してたんだろう。
その気持ちは、オレにもちょっと分かる気がする。
オレらからしてみたら、田崎がかっこいいとかそんな事よりも、
ヤツの乗ってる車の方がずっと気になってたのだが。
式が終わり、最後のホームルームのとき、ヤツは言ってた。
「この後どうしても用事があって、謝恩会は欠席します。すごく残念ですが…。」
って、その用事が、あれか??
全ての事務的なことも終了し、本当に高校とも別れることになった放課後。
卒業生たちはダラダラと、校門から玄関の間でタマってた。
泣いてるやつもいっぱいいたし、後輩から迫られてるヤツもいた。
オレは同じクラスに彼女がいたけどこの後の会でも一緒だし、
お構いなしで他の女子らと記念撮影とかしてた。
そんな中、ヤツがあいつのところに真っ直ぐ歩いていったんだ。
その時点で結構目立ってた。
大体、その日の田崎はわざとらしいぐらい垢抜けていて、芸能人みたいなオーラが出てた。
田崎が何か話し掛けると、あいつの表情がみるみる明るくなっていったんだ。
麗佳は普通にしていてもその辺のアイドル以上に可愛かったのに、
その表情は、ホント遠目で見てても「眩しい」っていう表現がぴったりきた。
ヤツはあいつの手を引いて、帰って行ったんだぜ?
その場にいた何十人の生徒が、全員あいつらを見ていた。
あっけにとられる、っていうの、まさにこの状態の事だとオレは思った。
でもその中でもとびきり呆気に取られてたのは、オレかも知れなかった。
「ちょっと、田崎!あんなのアリなわけ?」
「アレは先生として、どうなの??」
「なんで麗佳と??いつから??」
謝恩会では女子や麗佳に振られてた何人かの男が結構文句を言っていたけど、
大体の女子は田崎のかっこよさについて話題にしていた。
麗佳の手を引いて帰ったあのシーンがドラマチックで、それも女子の評価をぐっと上げていた。
まさに、主役不在の謝恩会になってた。
心ない連中が、「テルは元カレとして田崎の事は、どうよ?」とか聞いてきたけど、
そんな事以上に、オレは気に入らなかった。
麗佳の、あの表情。
ずっと好きだった男って、田崎のことだったのか。
「ウソだろ?」って思ったけど、何となくそれなら辻褄があう。
田崎が学校を辞めた後の麗佳のふさぎこみ様はひどかった。
今思えば、あんなにあいつをしょげさせてたのもヤツのせいか。
すっげぇムカつく。
オレは自分の感情を抑えるのが精一杯で、その日の彼女との約束もブッチして帰ったんだ。
自分がこんなにズルズル引きずるタイプだとは思わなかった。
自分が浮気したからって、あいつに好きなヤツがいるのに気付いてたからって、
それでも付き合っていたんだから、別れることはなかった。
時間が経てば経つほど、後悔の気持ちは増えた。
我ながら男らしくないと思う。
その時は別に別れたって大丈夫だと思ってたんだ。
それにあの時のあいつの態度も、なんか気にいらなかったし。
それなのに結局いつも気になってた。
誰と付き合っても、その場では忘れていても、その時にちょっと他の女に気を取られても、いつも目で追っていたのは、麗佳だけだった。
高校に入って、オレの方から「付き合って」って言ったのも、麗佳だけだ。
大学ではくだらないイベントばっかりをするサークルに入った。
イベントって言ったって、飲み会のことじゃない。
地方で祭りに参加したり、夏は海の家やったり、冬は仮装してスノボーしたりとか、そんなバカばっかりやるのがサークルのイベントだ。
オレはすぐにそんなバカ達と打ち解けて、大学生活はそれなりに楽しかった。
勿論、ひそかに女子から告白されたりもしてた。
高校のときの彼女と別れたワケじゃなかったし、大学では一応そういうのお断りしてた。
エッチは別だけどな。
「大学生になったってダケで、堂々と飲めるな」
今日は暑かった。
こういう大人なトコに前々から行ってみたくて、仲間とビアホールに来ていた。
やっぱりオレらは店内でもめっちゃ若かったんだけど、もう高校生の雰囲気はなくなっていた。なんでだろうな。
「サークルの星野先輩、すっごいカワイくない?」
「おぉ、なんか社会人の彼氏がいるらしいぜ」
盛り上ってる話題の主、星野先輩を既にオレがいただきましたなんて、口が裂けても言えそうな雰囲気じゃない。
「………」
Gパンのポケットが震える。
オレは携帯を手にとると、驚いた。
麗佳から着信してる。
それも電話。そしてまだ手の中の携帯は光ってる。
あわてて携帯を開いた。
「なに?珍しいじゃんよ」
時々メールが来ることはあっても、こうして電話が来ることはない。
何だよ、何の用事だよ…。
周りのヤツらが、「女だろ」とか突っ込んでうるさい。
オレは席から立ち上がり、うるさい屋外から離れた。
『すっごい賑やかじゃん。いいの?電話してて』
麗佳の声がする。
顔がカワイイくせに、ちょっとハスキーボイスでそこがまたオレは気に入ってる。
声が低いわけじゃない。女っぽいのに、ハスキーなんだ。
…結構いちいちツボに入ってくるヤツなんだよな。
「大丈夫。サークルの奴らと飲んでた。今、場所変えたから」
ビルの踊り場は、声が響く。
急に静かになって、自分の声がデカく感じる。
「なに、電話なんて。すっごいマジ用?」
『うぅ…。あのさぁ…。テルにお願いがあって…』
何だよお願いって。
「なんだよ。オレは高くつくぜ?」
『…でも、テルにしか、頼めそうにない…』
オレにしか、ってとこが嬉しい。
ていうか既に電話もらってるだけですっごい嬉しいんだけど。
「何?もしかして電話長くなりそう?」
ぐずぐずしてる麗佳の雰囲気で、オレは思った。
『かも…。あのさ、ご飯食べに行かない?奢るから』
「じゃ、そのときに聞くわ」
オレは約束の日だけ決めて、電話を切った。
その後仲間内からひやかされるぐらい、オレは機嫌が良かったみたいだ。
約束の日、オレは激しく浮かれて、で緊張してた。
麗佳と二人で出かけるなんて、何年ぶりか?