好きという気持ちだけで全てうまくいけばいいのに

●● 10 ●●

   

玄関で靴を脱ぎ部屋へ上がると、すぐに柚琉は桃子を抱きしめた。

「桃ちゃん……」
「ん……」

二人きりのこの場所でのキス。
桃子は息ができないほど何度も柚琉にキスされる。
「ちょ、…ちょっと…柚琉…」
やっと柚琉から離れて、桃子は言った。
「う、……上着、脱ごうよ…」
「ああ…」
上の空で頷きながら、黒いジャンバーを脱いで柚琉は桃子に渡した。
玄関を入ったすぐの場所に、桃子はジャケット類をかけるハンガーを置いてあった。
仕事柄、服が多く、室内の収納の大部分は衣類で占められている。
桃子は自分も淡いベージュ色のコートを脱ぐと、柚琉のジャンバーの隣に掛けた。

「…………」
「…………」

またキスされる、と桃子は本能的に悟る。
柚琉の顔を見て愛想笑いすると、急ぎ足で室内へと入った。

朝、急いで出てきてパジャマがベッドの上に脱ぎっ放しだった。
食べかけの朝食の残りや食器も、部屋のテーブルの上にそのままだ。
「ちょっと、待っててね……。今日、ご飯食べた?」
桃子は慌てて、テキパキとそれらのものを片付け始める。
柚琉はゆったりとベッドの縁に座って、改めて彼女の部屋を見渡した。
「……食べたい」
「えっ」
桃子は柚琉に腕を引っ張られた。
そのままベッドへと押し倒される。

「とりあえず、食べるのはコレ」
「えっ……あっ……」

柚琉の唇に流されそうになるのを何とか堪え、桃子は言った。
「あ、あ、あの……お願いシャワー浴びさせて……」


「じゃあ、急いでな」
柚琉はベッドに座ったまま、笑顔で桃子を見送った。

彼から解放されると、桃子は浴室へ行きシャワーの蛇口をひねった。
体中がドキドキしていた。
まさか今日、柚琉に『付き合いたい』と言われるなんて思ってもいなかった。
そして、彼が部屋に来て、まさにこういう流れになるなんて。
(はあ……)
これから起こることを想像し、緊張して指先が震えかける。
展開に、思考がついていかない。
熱いお湯を浴びながら気を落ち着けようと思うのに、動悸は更に激しくなるばかりだった。

「………」
さすがにバスタオル一枚で出る気にはなれず、部屋着にしているカットソーの上に、被るタイプのロングスカートをはいた。
黙って浴室から出ると、柚琉がすぐに立ち上がって桃子の方へと来た。
一歩彼が近付いてくるたびに、桃子のドキドキは大きくなる。

「………」

(とろけるような、キス……)

桃子は目を閉じて、唇に重なる柔らかい感触にクラクラした。
柚琉の唇は桃子の頬へ移り、そして瞼に軽く触れた。
「オレも入らせて……。今日、オレすごくタバコ臭くない?」
「うん。そう言えば」
柚琉の服や髪から、いつもはあまり感じることのない煙草の匂いがしていた。
「友だちのとこにいたから……。じゃ、借りる。……待ってて」
もう一度軽くキスをして、柚琉は浴室に入っていった。

ドキドキしたまま、桃子はベッドの上から動けなかった。
(柚琉………)
今朝、家を出たときに、まさか今夜こんな展開が待っているなんて全く予想していなかった。
彼のことは好きだと思っていたが、触れられるたびにその想いは実感を伴って、そしてそれは新しい感情となって自分へと降りかかってくる。
(………)
目を閉じて考えていると、そっと瞼の向こうに暗い影が落ちた。

「柚琉」
「うん」

切ない彼の目つきが、余計に桃子をドキドキさせた。
上半身裸の彼の肌が、指に触れる。
唇から流れ込んでくる彼の吐息が、熱い。
「……も、桃ちゃん」
「…?」
桃子は目を開けた。
柚琉の手は、桃子のスカートを捲り上げようとしていた。
「これ、脱がしにくいし」
「ああ、……ああ…」
自分の着ている被りもののロングスカートを見て、桃子は納得した。
そんなところまで気が回っていなかった。
「………」
何か言おうかと一瞬考えたが、桃子は黙って、Tシャツを脱ぐように被っていたスカートを脱いだ。

スカートを脱いでしまうと、急に両足が剥き出しになる。
半分体を起こしたままの状態で、柚琉は桃子を抱きしめた。
「なんか……」
「………うん」

「…好きなんだよ……」

耳元の柚琉の声に、思わず桃子は震えた。

「………私も」

桃子は柚琉の肩に、両腕を回した。
それが合図のように、二人はベッドへと落ちた。




「あのさー」
ベッドサイドの灯りだけを点けて、オレンジ色に染まった部屋。
裸の胸に裸の桃子を抱いて、柚琉は言った。
「オレさあ、桃ちゃんに会いたくてさ……」
「うん」
(『会いたい』って言われるのって、嬉しいな……)
桃子はそんなことを思いながら、暖かい彼の胸に頬をつけた。
「桃ちゃんのこと、好きだ、って思ってた……それは変わらないけどさ」
柚琉の左手が、桃子の右肩に伸びてくる。
初めて結ばれた後、改めてこうして目が合うのは気恥ずかしいと、桃子は思う。
「オレ、桃ちゃんの体もスゲー好きだ」
「………えっ」
そう言われると本当に恥ずかしくて、つい先刻まで彼に刺激されていた自分の中の熱さがまた甦ってくる。
「それから、桃ちゃんとこうしてるのも、スゲー嬉しい」
「…………」
(私も嬉しいんだけど…)
嬉しすぎて、桃子は思わず言葉に詰ってしまう。
(なんか、…感激)
雅人との関係で、自分の素直な気持ちを抑える事にすっかり慣れてしまっていた。
ストレートに感情を表現してくる柚琉が新鮮で、本当に愛しくてたまらなくなってくる。

「だーかーらー、何て言うの?今のオレは、さっきのオレよりもずっと桃ちゃんの事が好きになってる」

「……ホント?」
(私と同じ事、考えてた…?)
桃子は柚琉をじっと見つめた。
「うん。マジで」
至近距離で見る柚琉の顔は、普段よりもずっと魅力的だと桃子は思う。
「……私も、……柚琉のことが好き」
「………マジでー?」
「まじ、で」
桃子は笑って柚琉にキスした。

「もーー、マジで嬉しーー」
柚琉は照れて笑いながら、桃子をギュっと抱きしめた。


しばらく、くっついてキスしたり、していた。
「なあ、桃ちゃん」
「なぁに?」
「もうどうでもいい事なのかも知れないけどさ……彼氏と、結婚しなかったんだな」
「……ああ、うん。……そう」
「そっか……そうか…」
一瞬神妙な顔になったが、すぐに柚琉はニヤニヤして頷く。

「そうだ!柚琉は、…彼女とはどうなったの??」

「ええ?今更聞く?」
柚琉は裸の自分と裸の桃子を見比べて笑った。
「別れたよ、ちょっと前に……この前最後に桃ちゃんと会って、ちょっとしてから」
「……なんで…?どうして別れたの?」
自分と『付き合う』と柚琉が言ったことと、彼が彼女と別れているということが、なぜか桃子の中では一つに繋がらなかった。
「なんで、……って…。分かんないの?」
柚琉の暖かい手が、桃子の頬に触れた。
「ええっと……その…」
これだけ何度も好きだと言われているのに、柚琉が自分のことを好きだという事が、今ひとつピンとこなかった。

「桃ちゃんのことが、好きになっちゃてたし」

「……うん」
雅人と別れを決意したとき、自分が柚琉への想いを心の裏側で持っていた事も、大きな理由の一つだった。
桃子は頷きながらも、柚琉の言葉にどこか自分の想いと似たような影を見た。
「…私のことがなかったら、彼女とは……別れてなかった?」
「ええ?」
少し意外そうな顔をして、柚琉は桃子を見た。
しばらく考えてから、彼は答えた。
「どうかな、…桃ちゃんのことがなくても別れてたかも知れないし……なあなあで付き合ってたかも知れないし」
「…ふうん……」
(やっぱり、私と同じ様な状況だったのかもしれないなあ…)
何となく気配で、桃子はそう感じた。


「ねえ柚琉、私と初めて会った時のこと、覚えてる?」
「ああ、覚えてるよ。なーんか桃ちゃん、バリバリ仕事してる人ーって感じだった」
(そうかなあ?)
気恥ずかしさを覚えながらも、桃子は言った。
「あの時、柚琉、初対面の私の手をいきなり繋いだの……覚えてる?」
「うん、覚えてる覚えてる。あの時から桃ちゃんは可愛かった……」
柚琉は右手で、並んで横になる桃子の左手を握った。
(……そうじゃなくって)
桃子は突っ込みたくなるのを抑えた。

「で……柚琉って、……女の子にああいう感じの人なの?」

「え…?…ああいう感じ、って…」
柚琉は分かっていないようだった。
「最初に言うけど、…私、自分の彼氏が他の子にそういう感じなの、ダメ」
「あ……ああ、あ〜」
強い口調で言ってきた桃子の言葉に、やっと自覚した柚琉はしどろもどろになる。
「ダメ、って、……えーっと、どういう風にダメ?」
心配な顔になって、柚琉は桃子に聞いた。
「なんか、生理的にダメ」
「生理的かあ〜〜〜。それはダメだよなあ」

「だから、そういうキャラは、もうダメよ」

「……分かった。………分かった」

(2回頷くところが怪しい…)
そう思いつつも、桃子は柚琉の肩に顔を寄せた。
「とりあえず、信じとく…」
「あ、…ああ。うん」
柚琉は曖昧に頷いてから、決心したように桃子に向き直る。

「それじゃあ、桃ちゃんはオレの愛をしっかり受け留めるって、約束して」
「えっ………うん…まあ…」

「約束、だからね」
  
柚琉は笑って、桃子の両手をとった。
無防備に開かれた胸に、柚琉の裸の胸が重なってくる。
「桃ちゃんは、敏感だね」
「そんなんじゃ…」
耳の後ろを伝う柚琉の唇に、桃子は思わず首を振った。
「そんなところも、たまんない」
「んん……」
何度も唇を重ね合う。
柚琉の指は桃子の足を割り、その狭間に沈んでゆく。

「ああ……ん…」

濡らされて、濡れていくその場所を柚琉の指先が幾度も撫でた。
彼の唇は桃子の胸を、脇腹を撫で、そしてその指のある場所へと到達する。

(ああ……だめ…)
そこを撫でていた指は滑り、温かな桃子の中を探る。
柚琉の開かれた唇から伸びた舌が、その官能の塊を押しつぶすように丸く愛した。

「ああんっ、…柚琉っ……」
「好きだよ……桃ちゃん…好きだ…」

何度も好きだと囁かれながら、桃子は柚琉の作る波に巻かれていった。 
彼の声は桃子の心の芯まで落ち、溶けて桃子を包んだ。

 

ラブで抱きしめよう
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