好きという気持ちだけで全てうまくいけばいいのに

●● 13 ●●

   

「『会い貯め』って、できないものなんだなぁ…」
柚琉のいない夜、桃子はしみじみと考えた。
ずっと一緒に過ごしていても、離れた途端に会いたくなってしまう。
以前雅人と付き合っていた時のことを考えると、この付き合いは余りに違っていた。
『交際』と、ひとくくりで意味をまとめられないなと桃子は思う。
彼と付き合って、もうすぐ1ヶ月経つ。
相変わらず柚琉は頻繁に桃子の家にいて、それが当たり前のような感じになっていた。
 
 
「お先に失礼しまーす」
まだ残っている同僚に対して挨拶をし、桃子は会社を出た。
11月も終盤にさしかかり、月末の業務に追われて毎日帰宅が遅くなっていた。
自宅の最寄駅に着くと、柚琉が改札口で待っていてくれた。
毎日のように繰り返されるその光景が、桃子は愛しくてたまらない。
「…寒かったでしょう?」
改札口は風が通って、余計に他の場所よりも寒かった。
「へーきへーき」
柚琉はニコっと笑う。
どんなところにいても、柚琉の周りは明るい。
「迎えに来てくれなくても、大丈夫だよ?」
「ダメだよ、夜道は心配」
柚琉は桃子の手をとり、自分のダウンのポケットに入れる。
温かなその感触が、桃子の胸まで染みた。

部屋に戻ると暖房が効いていて、低いテーブルには作業していた状態で彼のノートパソコンが広げられていた。
「ゲームでもしてたの?」
コートを脱ぎながら、桃子は彼に聞いた。
「いいや、……学校の課題」
「ふーん」
「桃ちゃんなんか飲む〜?コーヒーでいい?」
「うん。ありがとう」
桃子はキッチンに向かう柚琉に微笑む。
平日に この部屋にいる時間は、彼の方が長いかもしれなかった。
すっかりここに馴染んでいる柚琉が、自分の部屋のように 食器棚からカップを取り出した。

座って、パソコンの画面を見て桃子は言った。
数字と英語と記号が、複雑に並んでいる。
「なんだか、難しそうなことやってるんだね……」
「一応、オレ、プログラミングの勉強してるから…」
柚琉はキーを叩いて画面を閉じると、ノートパソコンを畳んだ。
「ふーん」
桃子は彼の違った一面に感心する。
「私、そういうの全然ダメ。元々数学も英語も苦手だもん」
「数学も英語も、そんなに関係ないと思うけど…?」
専用のカバンにパソコンをしまいながら、柚琉は軽く笑った。

「桃ちゃん、おいで」
足を崩して座っている柚琉の傍らに、桃子は座る。
肩に手を回されると、自然に唇が触れた。
(ああ……)
桃子は薄く目を閉じた。
何度キスをしても何度抱かれても、ドキドキしてしまう。
それは柚琉も同じだった。

「もうすぐ12月じゃん、オレ、誕生日なんだよねー」
「そっか。そうだったね…。19歳だっけ?」
「そう」
返事をしながら柚琉は複雑な気分になる。
自分が年下だということを実感するのは彼にとって喜ばしいものではなかった。

「若いなあ……。ホント…。未成年なんだよね〜まだ」
(19か……。私なんて7年も前のことだよ〜!)
改めて、柚琉の若さを感じる。
(肌の感じとか、ノリとか……やっぱり会社にはこういう子はいないもんね…)
思わず彼をじっと見てしまう。
柚琉も桃子が何を考えているのか何となく想像ができて、思わず目をそらした。

「早く大人になりたいなあ……。せめて早くハタチになりてー」
桃子に回した手を前で組んで、彼女を後ろから抱きしめる格好になる。
「いいじゃん、10代なんて羨ましいよ。貴重な時だと思うよーいいなあ…」
頭を柚琉に傾け、桃子は彼に寄りかかった。

腕の中にある桃子の温もりが、柚琉は好きだ。
(オレがもっと年が近ければなあ…)
何だかんだ言っても、毎日一緒にいれば彼女が社会人で自分が気楽な学生だということを実感する。
桃子が年上だということに抵抗はなかったが、時折寂しさを感じてしまうこともあった。
そして、漠然としたコンプレックス。
(オレが社会人だったら……)
「………」
(絶対、結婚してる)
柚琉は桃子の髪へ頬を寄せた。

「ねえ、お誕生日、何か欲しいものある?」
至近距離でこちらを振り返る桃子を見て、やっぱり可愛いと柚琉は思う。
「うーん、時計ですげー欲しいのがあったけど…」
油断してポロっと本音が出てしまう。慌てて柚琉は続けた。
「何でもいいよ、…っていうか、何もなくてもいい、一緒にいてくれれば」
「平日だったよね、柚琉の誕生日」
桃子はカレンダーを見た。
小さく次月の曜日が載っている。
「時計って、どんなのが欲しかったの?」
「いやいや、いいっていいって、…オレの欲しかったヤツって、スゲー値段だったし」
「……柚琉がすごく欲しかったら、……いいよ?」
「いやいやいや、でもさー…」
柚琉はふと思う。
自分にとってすごい値段でも、もしかしたら桃子には買えてしまうかもしれないと。
桃子は社会人で、きちんと自分で稼いだお金で生活をしているのだ。
「いいよ、…それよりも、…その日一緒に過ごしてくれるって約束してよ」
「うん……仕事で遅くなるかもしれないけど」
「何時でもいいよ…。一緒に眠れれば、それで」
柚琉は桃子を抱きしめた。
自分と彼女の距離を感じて、いつもより強い力で桃子に触れた。
「クリスマスは豪華にしようぜ!オレバイト代出るし!」
「そうだね……どうしようか」
「なーんて言いながらも、桃ちゃんといられればいいんだけどね…」

(桃ちゃんと一緒にいたい…)
柚琉は、ちゃんと勉強してきちんとしたところに就職したいと思っていた。
桃子と付き合って以来、真面目に将来のことを考えることが多くなっていた。
漠然とこうしたいというものはあったが、今は具体的に考えてしまう。
(オレ、真面目になったよな……)
高校生だった去年のいい加減な自分と比べて、随分変わったと思う。
(桃ちゃんに釣り合う男に、なりたい)
桃子とずっと一緒にいたかった。
そう思えば思うほど、将来の事を口にする事に対して慎重になってくる。
柚琉は、本気だった。


月末の業務がいよいよ立てこんできて、桃子の残業時間も伸びていた。
「はー…」
喫煙しているわけではないので、自販機で冷たいお茶を買って席に戻ると桃子は一息ついた。
「羽生さん、これ食べる?」
斜め前の席で残業していた菅沼が桃子に声をかけてくる。
彼は入社が二年先の先輩だ。独身で部署のムードメーカーで、よく幹事をやらされている。
「あ〜〜、いただきます!」
桃子は手を伸ばしてお菓子を受け取る。
菅沼は自席に座ると、よく通る声で言った。
「9時かー…。今日沢山歩いてさ、すごいハラ減ってきた……。羽生さん、一旦軽く外で食べてから戻らない?」
「えっと……」
確かに桃子もお腹が空いていた。
それでも家に柚琉がいると思うと、一刻も早く帰宅したかった。
「私は遠慮しておきます」
「そうか…じゃあ何か買いに行ってこようかな…。ついでに羽生さんの分も買ってくるけど?」
「ええっ…そんな…」
桃子は手を振った。
先輩をパシリのように使うのはどうかと思ったのだ。
「いいよいいよ、ついでだから。最近羽生さんも忙しそうだし。遠慮しないで」
「ええと…じゃあ…」
柚琉は勿論先に食事を済ませている。
仕事をしながら夕飯を食べられれば、桃子もそれに越したことはなかった。
「すみません」
「いいっていいって、下のドトールだし」
そう言うと急ぎ足で菅沼はフロアを出て行ってしまった。

桃子は携帯を開く。
『まだ終わらないよー。遅くなりそう。
眠かったら寝ててね。駅からタクシーで帰るから』
柚琉にメールを打った。
デスクに携帯を置くと、すぐに彼から返信がきた。


「ああ、疲れた〜〜〜」
部屋に戻るなり、仕事着のまま桃子はベッドに座った。
「お疲れー、桃ちゃん、ご飯食べた?」
「うん、会社で軽く食べたよ。さすがにお腹減っちゃうもん」
「そうだよな…。もうすぐ12時じゃん。…大変だなあ、桃ちゃん」
ローテーブルのところで座っている柚琉は、桃子を見上げて言った。
「ふー……今週はこんな感じかも。来期の準備とかもあって…」
ジャケットを脱いで、ハンガーに掛ける。
柚琉は部屋の真ん中に伸びている持参してきたゲーム機のコンセントを丸めた。
桃子はそのまま柚琉の横を通り過ぎて行く。

「お風呂入ってくるねー。明日も早いんだ〜…」

(忙しいんだなあ……)
社会人の生活パターンを目の当たりにして、柚琉は改めて思う。
シャワーを出て髪を乾かした桃子は、すぐにベッドに入った。
勿論柚琉も一緒に横になる。
「んん……」
キスをする。
触れる桃子の唇の柔らかさが、いつも柚琉を興奮させた。
桃子は柚琉の腕の中にピッタリとくっつくと、そのままギュっと抱きついた。
「…桃ちゃん?」
自分の腕の中にいる彼女の様子を、柚琉は覗う。

――― 寝息を立てていた。
(ええ!速攻爆睡?!)
柚琉は驚いたが、納得もした。
(毎晩オレの相手してんのに、めいっぱい仕事して帰って来てるんだもんな…)
「おやすみ……」
柚琉は桃子の髪にキスすると、改めて抱きしめて自分も目を閉じた。



『今夜はまっすぐ自分の家に帰るよ』
翌日の午前中、柚琉からきたメールを会社で見た。
(珍しい……)
桃子はパールピンク色の携帯を閉じて、胸元で握り締めた。
(もしかして、昨日寝ちゃったから怒ってるとか…?)
一旦そう思うと、それが気になって仕方がなくなってくる。
営業に向かう途中、通りから少し離れた歩道の端で立ち止まり、柚琉に電話をかけた。

「…怒っちゃった?」
『へ?……?』
柚琉は何のことだか分からない様子だった。
「その〜…昨日のこと」
『ん?…ああ、ああ〜』
納得して彼は電話越しに頷いている。
『そんなことで怒るわけないだろ?桃ちゃん考え過ぎ。
…桃ちゃん、仕事大変そうだしさ…。オレちょっとガマンするよ』
「……そう?…昨日は寝ちゃったけど、私は家に来てもらうのは全然嬉しいけど…」
柚琉が来ない、というのを聞いて桃子は少し寂しくなる。
やっぱり毎日会いたいのだ。
『でも桃ちゃんといるとオレがガマンできないから……』
そう言うと柚琉は笑った。
『金曜日、行くよ。今日水曜だから、あと2日だよ』
(2日……)
柚琉と付き合ってから、桃子は彼と2日離れたことがなかった。

(なんだか、すごい……)

自分にとって、柚琉の存在が欠かせないものになっている。
彼との関係は濃密で、まだ付き合って1ヶ月ほどだというのに、既に今まで付き合った誰よりも濃いと思った。
(すごいよ、柚琉……)
改めて桃子は思う。
そして早く週末が来ることを祈った。


仕事は忙しく、待ち望んだ金曜日になってもその日もなかなか終われなかった。
途中で何度もメールを打って、結局部屋に着いた時には11時を回っていた。
「ごめん、遅くなっちゃった…」
「ううん、こんなに遅くまでお疲れっ!」
柚琉は明るく笑うと、部屋に入った桃子をすぐに抱きしめた。

「会いたかった〜〜〜桃ちゃん〜〜〜」
「私も……」
3日ぶりだというだけなのに、感動の再会のようになる。

眠る準備をして、二人はすぐにベッドになだれ込んだ。

「はあ、はあ……ん……」
桃子は小さく息をきらす。
柚琉は桃子の足の間に頭を埋め、そこをたっぷりと舐めた。
彼女から溢れてくる味を、柚琉は愛しく思う。
舌に触れるその場所の感触も、彼を興奮させた。

夢中でその行為を繰り返し、柚琉はふと気付く。
(あれ……)
反応がなかった。
「……桃ちゃん」
まさか、と思いつつも柚琉は体を起こした。
薄明かりの中、桃子は気持ちよさそうな顔をしてすっかり眠っていた。

「んだよ、寝ちゃったのか!」

火曜日に悶々とした夜を過ごして以来、やっと桃子を抱けると意気込んで来たというのに。
「あーーーーあ」
(マジかよーーーーー)
桃子を見る。
(幸せそうな顔して、寝ちゃって……)
その柔らかい表情に、柚琉の気持ちも和んでくる。
肩までの長さの緩いウェーブのある桃子の髪が、枕に散っているさまも色っぽくていいと思う。
ぽてっとした唇が、まるで誘っているように見えた。
(あーー好きだ……)

柚琉は桃子の上になり、優しく抱きしめながらその唇にキスをした。
彼女は眠っていたが、無意識に柚琉のキスを受け留めていた。
(はーあ、たまんねえんだけど…)
開いたままの桃子の足の間に、自然と柚琉の体が挟まる格好になっていた。

(このまま、入っちゃうんじゃね?)

両手は桃子を抱きしめたまま、腰を浮かせて彼女のその場所を自分のもので探る。
(マジで、…)
充分に潤っているその場所にある入り口を、付き合ってから既に何度も経験している彼は簡単に見つけてしまう。
「………」
腰を桃子に近づける。
そうなるのがごく当たり前のように、簡単に柚琉は彼女へと飲み込まれていく。

(う……)

(……入っちゃった)

桃子を覗うと、まだ眠ったままだった。
(う、…うそだろ……)
完全に入ってしまった。
眠っている桃子を目前にして、妙な罪悪感とともに妙に興奮が高まる。
桃子に入っている自分のものが、グっと固さを増すのが分かった。
(ち…ちょっと、だけ……)
ゆっくりと腰を一旦引いて、また戻す。
桃子の眉が動いて、安らかだった表情が微妙に険しくなる。
(こんな状態で桃ちゃんが起きたら、どうしよ…)
それでもしっかりと興奮している柚琉にとって、桃子の中は天国だった。

「ま、いっか……そん時はその時で」

柚琉は改めて桃子にキスした。



「うう…ん」
柚琉の腕が桃子の体に不自然な形で乗っていて、重たくて目が覚めた。
カーテンの隙間から光が差している。
(朝……)
疲れているせいなのか、体がだるい。
裸のままの自分と柚琉の姿で、昨晩のことを思い出した。
(あれ……昨日って、どうしたんだっけ?)
柚琉にキスされてすぐに裸になって、ベッドに倒されて体を委ねたところまでは覚えている。
(その後って……)
桃子は思い出せなかった。
(私、…寝ちゃったんだ…)

「んー……」
柚琉が寝返りを打ってこちらを向く。
うっすらと開いていく目と、桃子の目が合う。
「おはよう」
桃子は柚琉に微笑んだ。
「……おはよう、桃ちゃん」
柚琉は伸ばしていた腕を自分の方へと戻す。
「う、…手〜、いてえ…」
「柚琉、変な体勢で寝てたもん」
位置を変え、桃子も柚琉の方へと体を向けた。

「ねえ……、昨日、ごめんね」

「えっ?」
寝起きの柚琉は意味が分からない。
「うーんと、その、……私、昨日寝ちゃったみたいだから……ごめん」
気まずそうな桃子の態度で、昨晩のことを思い出した。
「あ、…オレの方こそ、ごめん!」
柚琉は思わず言ってしまう。
「ん…?……何が?」
今度は桃子がきょとんとする。
(やべっ)
柚琉は焦った。

「とりあえず……昨日寝ちゃった分、取り戻させてよ」
ふっくらした桃子の唇に、自分の唇を強引に重ねた。

「んん……」
体に触れる彼の指の力がいつもよりも強いような気がした。
昨晩途中で眠ってしまったせいか、体がすぐに官能の続きを求める。
(やだ……私…)
柚琉の指がそこに触れたとき、桃子は恥ずかしくてたまらなくなる。
(どうして…?……私、すごい濡れてる……)


「ああっ、……あぁんっ…」

首を振りながら指先を噛む桃子の姿に、柚琉は興奮した。
(やっぱり……)
彼女の両足を真直ぐにして、自分の体の前で抱きかかえる。
桃子の体を少し浮かせて、できる限り奥まで突き立てた。
「ううっ、うあ、…あぁんっ、…ああん!」

(やっぱり…起きてる方が、いいな)

柚琉は手を伸ばしカーテンを開けて、自分に貫かれている裸の桃子をしっかりと見た。

 

ラブで抱きしめよう
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