秘密のメガネ君。

☆☆ 8 ☆☆

   

「このまま、帰っちゃおうぜ」

チャイムが鳴ってあと1時間あるのに、藤木はこう言ってきた。
普段の彼だったら絶対しないであろうその提案に、私はしばらく考えた。
「………」
さっきから濃厚なキスと胸への執拗な愛撫で、私の体は変になりそうだった。
「……帰っちゃおっか」
学校が終わる時間を待たずに、私たちは早退した。


「そんな顔で教室に戻ったのか?」
藤木が私に手を伸ばしてくる。
私の家までの道を、手を繋ぎながら歩く。
「……ど、どんな顔してる…?」
さっきからずっとドキドキしたままだった。
教室に戻った時色んな人に色々言われたけど、適当にあしらってダッシュでカバンを取って出て行った。
「……たまんない顔」
急に立ち止まった藤木は、私にキスしてきた。

「………なんか…」
私は思わず言ってしまう。
「み、光成じゃないみたいなんだけど……」

「オレはオレだよ」
そう言って私の手を引っ張ると、彼は何事もなかったように歩き出した。



…また、あんまり考えられなかった。
巻野と一悶着あった時、周りにいた女の子の藤木を見る目は明らかに変わっていた。
眼鏡をしていない彼の素顔はアイドル系で、それでいてクールな雰囲気だ。
どう見ても、カッコいい。
普段の藤木がどうして目立たなくてダサいのか、気付いてしまうとそちらの方が不思議になってくる。

「ああん、……光成っ……だめぇっ」
いきなりベッドに押し倒されて、乱暴にブラウスが開かれた。
「……ダメなら、やめるけど」
藤木は意地悪な笑顔を見せる。
あの“藤木”がこんな顔するなんて。
「や、…やめちゃダメ……」
彼の両手が私のあごを掴む。
口の中に、藤木の舌が入ってくる。
「ん……んんっ……」

キスに夢中になっている間に、いつのまにかショーツが脱がされてた。
(えっ……あんっ……)
上半身をしっかり押さえつけられ唇が重なったまま、藤木が私に入ってきた。

(やんっ……ああんっ…)


――― びっくりするぐらい、気持ちがよかった。

学校でさんざん弄られたせいで、体が完全に欲情していた。
「美由の中、熱い……」
「ああっ、……光成っ」
藤木にしがみつくので精一杯だった。


終わった後も光成は抱きしめながらずっと髪を撫でてくれた。
見つめると、見つめ返してくれる目がやっぱり色っぽくて、私はすごくドキドキしてしまった。
そして自分の方が彼に夢中なんじゃないかと、ふと思ってしまった。



「ねえ、彼氏、噂になってる」
教室に入るなり、いきなり雨美に言われた。
「……なるかもね」
私は溜息をつきながら机に自分のカバンを置いた。
大体想像はできた。
昨日の巻野との事、そしてそれ以上に噂になっているのは藤木の素顔だ。
「藤木って、あんなヤツだったっけ?」
雨美は怪訝な顔で私に問い掛けてくる。
「私もよくわかんないけど……」
雨美が言う『あんなヤツ』っていうのは、藤木の態度の部分だ。
同じクラスのほとんど喋ったことのない子から、なぜか視線を感じる。
その子が私の何に興味を持っているのか、手に取るように分かった。

「眼鏡外すとあんな顔してるんだ」
「そうみたい」
「なんか、イケメンじゃん」
他人にそう言われるのは初めてで、悪い気分じゃなかった。
「そうかな?」
私はちょっと嬉しくなりながらも、できるだけ顔に出さないように心がけた。
「急激にファンとか増えそうじゃない?」
雨美はニヤニヤしてる。
「えー?」
内心それもそうかもしれないと思った。
例えば、今ジロジロこっちを見ているあの子とか。

(光成……)

昨日私の部屋にいた彼。
多分、私と彼は体の相性がすごくいいんだと思う。
よく分からないけど、藤木とするセックスはすごく気持ちがいい。
おまけに昨日の藤木は官能的で、何だかものすごくエッチだった。

廊下に出ると時折他のクラスの子から見られているような気がしたけれど、藤木のことを直接聞かれたりすることはなかった。
巻野と同じクラスの友人が、休み時間に私に教えてくれた。
「巻野があんたの事を何か言ったみたいで、昨日藤木が切れたらしいよ」
(私のこと…?)
藤木が切れるぐらいだから、多分ロクな事じゃないだろうっていうのは想像できる。
(根に持たなきゃいいけど…)
幼稚な巻野に対して、少し不安を感じた。

「美由」

没頭して考えていてハっと我に返り、声の方に振り向く。
放課後の廊下、私のすぐ後ろに藤木がいた。
いつもオドオドしながら声をかけてくるのに、何だかすごく堂々としている。
壊れて直すのに数日かかると言われたので、眼鏡はしていない。
昨日もそう思ったけれど、こうして見る彼は人目を引く。
顔も小さいし、背だって低い方じゃない。
女の子に注目されないはずがなかった。

「帰ろうぜ」

「う、うん…」

いろんな子が私たちを見てる。
ちょっと睨むみたいな目つきの藤木は、女の子から見ればカッコ良く映り、男子から見ればどうも気に障るみたいだ。
学校を出て、駅までの道を歩く間も私は落ち着かなかった。
電車に乗ってから、私はようやく光成に言った。

「眼鏡、してなくても大丈夫なの?」
「…不便だよ」
「なんか、あんた注目されてるんだけど…女子がカッコいいとかって言って」
「ふうん」
隣に座る光成は、特に驚くでもなく普通に頷いた。

「ちょっと妬いてくれたりしてる?」
急に私に顔をむけた藤木は笑っていて、その表情はやっぱりイケメンだと思った。
とにかく目つきがヤバい。
それに、やっぱり、私は彼の口が好きだ。
特に、笑ったときに横にグっと開いて端が上がるのがなんだかツボだった。
「や、……妬くわけないじゃんよ」
前に座っている女子大生風の人と目が合う。
彼女はすぐに目をそらしたけど、どう見ても笑いをこらえてる。
「そう?」
おかまいなしに光成は私の肩に腕を回してくる。
そして私の髪を触った。

「…………」

私はなんだか恥ずかしくてたまらなくなる。
そんな恥ずかしがってる自分が、よけいに恥ずかしい。

電車を降りるまで、私は光成に髪を触られたままだった。


藤木が行きつけているという眼鏡店に一緒に入った。
「いろいろ問い合わせたりしたけど、修理するなら買った方が安いと思うね」
光成の顔を見るなり、彼をよく知っているような店員さんは言った。
「じゃあ……、買うことにします」
渋々頷いた彼は、眼鏡の並んだディスプレイに足を向ける。
私はなぜか手を引っ張られた。
「せっかくだから、美由選んで」
「ええ!私が!……いいの?」
「もちろん」
藤木はそう言うけど、私は責任重大な気がしてちょっと引いてた。

「うーん、こんなのどうかな?」

横に四角いタイプの軽い眼鏡を、私は彼に渡す。
レンズの縁は黒くて横の部分が少しだけ太い、今男子がよくかけてるような平凡なやつ。
とにかく今までの彼の眼鏡はレンズが厚かった。
眼鏡のことはよくわからないけど、あんなに厚くないとダメなのかな?
「これ、ボクの視力でもいけます?」
「薄型レンズもあるので、大丈夫ですよ」
店員さんがにっこりとして言った。
藤木はメガネをかけて、鏡のすぐ目の前まで近づく。
「そんなに近づかなくても…」
私が言うと、光成は目を細めて答える。
「見えないんだよ」

その眼鏡は彼によく似合っていた。
今まで藤木がしていた眼鏡のダサーいイメージが、いきなりオシャレ系になった感じ。
眼鏡って顔の印象を変えるなあと、私はしみじみ思う。
「それがいいよ、それにしなよ」
「じゃあ、これに決めようかな」
光成は店員さんに眼鏡を渡した。
1時間半ぐらいで調整ができるということだった。


「その間、どうする?」
眼鏡店を出ると目の前が漫画喫茶だった。
「ここに入る?」
仕方がない、といった口調で光成が指をさして言った。
「私、漫画喫茶って入ったことない!行ってみたい!」
漫喫ぐらいで、ちょっとテンションが上がってくる私。

カウンターで受付をする感じ、ちょっとカラオケボックスに似てるなと私は思う。
さすが元来オタク風の藤木は慣れた様子で、さっさと手続きを済ませてる。
「あっちの飲物は全部フリーだよ」
「へー、そうなんだ。めっちゃお得じゃん!」
漫画もこんなにあるし、わたし的にはまるで夢のようなところだ。
友達と来たいと一瞬思ったけど絶対大声でしゃべっちゃうだろうから、冷静に考えると絶対無理だ。

「こっち入ろうぜ」

光成が開いたドアは、ぎゅうぎゅうに座って二人で入れるかなといった狭い個室だった。
机にパソコンが置いてある。ネットも、し放題なんだ。
小さな黒いソファー。彼が奥へ座って、隣に私はちょこんと腰掛ける。
「ねえ、漫喫よく来るの…」
といい終わらないうちに、光成の唇が私の唇をふさいだ。

「んっ……んんっ…」

(うそ……)
こんなところで濃厚にキスされて、私は焦る。
(やんっ…)
光成の手が、私の腿を撫でてすぐにその部分に触れてくる。
「んぅっ…」
彼の指がショーツの脇から、直にそこへ触れた。
(やだあ………恥ずかしい)
最近、何もしなくても彼と一緒にいるだけでなぜだか濡れてしまう。
彼が触れているそこはもうヌルヌルなのが自分でも分かる。
それがますます私を興奮させて、余計に濡れてきてしまう。

「ふぅんっ……」

小さく声がもれてしまう。
空いている方の手で光成は私の頬を触ると、また私にキスしてきた。
「んん………」
声が出ないように、私からも彼の唇を求めた。
光成の指が入ってくる。
(ああ……だめ……)
こういうところって、普通に防犯カメラが付いてるんじゃないだろうか。
(絶対付いてるよ…)
今、私たちがキスしていてそして下の方で私が弄られてること、お店の人からきっと見られてる。
「んんっ…」
入っている彼の指が、小刻みに中で動いていた。
思わず力が入ってしまい、私はさらに感じてしまう。

(ああん、……気持ちいいっ…)



――― 1時間半はあっという間だった。


私は恥ずかしくて、足早に漫画喫茶を出た。
拭いてきたのに、歩いている足の間からまだ溢れてくる。
(ああ、もう……信じられない…)
光成は涼しい顔で、眼鏡店の店員さんと話をしている。
ちらっと私がそちらの方を見ると、店員と目が合う。
「藤木くん、可愛い彼女いるんですね」
微笑ましそうな笑顔を向けてくれる店員さんに、私も愛想笑いをした。
笑顔のその唇には、まだ光成のぬくもりがあった。

「どう?美由さん?」

眼鏡をかけてこちらを向いた藤木。
「今までのよりずっと似合ってる」
度が入っても、これまでのものとは全然違ってた。
素顔からも、あまり顔の印象が変わらない。
それどころか普段の顔がいいのに更に知的さがプラスされた感じ。

「良かった。美由さんに選んでもらって」

(『美由さん』……?)

――― 『さん』って、何?
「み……光成?」
藤木はレジでお金を払ってる。
お店を出るまで、私は挙動不審だったかもしれない。
(まさか……眼鏡で?)

眼鏡をかけた今の彼の様子が普段の藤木なら、その推測は間違いなかった。
「ねえ、光成っ」
あわてて彼を呼び止めた。


「何?美由さん」


(絶対そうだ―――!)

疑念が確信に変わる。
藤木は、眼鏡をかけた時と外した時、性格が変わるんだ…。

さっきまでの素顔の時の彼とは少し違う笑みで、藤木は私を見て穏やかに微笑んでいた。

 

ラブで抱きしめよう
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