友達のままでいたいよ

●● 4 目覚め ●●

   

「ああ……」
ダルい…。体に砂が詰まったみたいに重い。
「………」

――― 目を開けると、隣に男が……
祐介だ。

(まさか……また………)
一度目を閉じてみる。
そしてゆっくりともう一度目を開けた。

「……ぅ…っ、うそでしょう……」
彼は裸の上半身を掛け布団から出して、私から少し離れたところで爆睡してる。
「………うっ…」
そして、私も裸だった。
(ま、ま、また、しちゃったの……??)
…ゆっくりと起き上がってみる。
「ああ……はあ…」
すごいダルかった。二日酔いとはまた違ってた。
どっちかと言うと、筋肉痛っぽくて生理痛、みたいな感じ。
自分の裸の乳房を見て、この生々しい現実を改めて思い知る。

――― 例によって、ゆうべの事も全く覚えていない。

祐介は、半分口を開けて苦しい顔をしてる。
「もう……マジで…?なんで?」
何が何だか分からなかった。
どうして2度も、…祐介とこんな風になっちゃったんだろう。
「もう…はあああ…」
ベッドから出ようとして体を動かすと、体内から何かがドロっと零れてくる。
「うそっ……!」
私は大慌てでトイレへ走った。

――― ジャー……

「はあ……」
トイレのドアを後ろ手で閉めて、裸のままでバスルームに向かう。
…祐介に、中出しされたかと思った。
だけど違ってたみたい。

(えっ…)
ドアを開けて、私はちょっとビックリしてしまった。
(ちょっと、豪華なんですけど……)
バスルームはすごく広かった。
全体が白い大理石調で、大きな丸いジャグジーにはそれなりの大きさのテレビまで付いてた。
すごくリッチな感じ。
ますます自分の状況に、現実感がなくなってしまう。
私はシャワーの蛇口をひねった。
熱めのシャワーで体を流すと、だんだんと体も目を覚ましていく。
(夢、じゃないんだよなぁ……)
お湯が跳ねて、髪にかかる。
ショートカットで良かったと思う。 頭からシャワーを浴びた。
私は、そのまま全身を洗った。

(この体が、昨日また祐介と……)

そこに手を触れて何度洗ってみても、ヌルヌルがおさまらない。
(何、……私…)
昨晩、一体何があったんだろうと思わずにはいられなかった。
こんな風に、ずっと濡れてしまうことなんて今まで経験したことがない。
(ヤダ……何なの……)
このずっしりとした体の重さも、多分昨日の祐介とのエッチのせいなんだと気付く。
(な……何があったの……?)

部屋に戻ると、祐介は私が出て行ったそのままの状態でまだ眠っていた。
「………」
洋服がベッドの脇に散乱している。
(何て脱ぎ方してんのよ…)
その乱れた様子で、昨晩の出来事を何となく想像した。
私は服を拾って、静かに身につけた。

改めて見回す薄暗い室内は、バスルームに負けない豪華な設備だった。
セックスするためだけにしては、広すぎる部屋の間取り。
ベッドはとても大きくて、光沢のあるベージュのシーツがかかっていた。
照明の配置なんかも、部屋の雰囲気をムードたっぷりに演出してる。
(この前のホテルとは、えらい違い…)
普通に恋人同士で来たいホテルだと思った。
だけど、今…一緒にいるのは『友達の祐介』で、おまけに私は昨晩の記憶がない。
祐介は寝返りをうって、私に背を向けた。

こんなことも2回目になると、さすがに先日ほどの焦りはない。
だけど非現実的な感じは相変わらずだ。
(よく寝てるなぁ……)
ぐっすり眠っている祐介を起こすのも気がひけて、私は冷蔵庫から飲み物を出し、部屋のソファーに座った。
ローラアシュレイみたいな柄のこのソファーや、テーブルにも、モノの良さを感じた。
「はあ……」
私はしばらくそこで、ぼーっとしてしまった。
(どうしよ……)
こんなキレイなホテルにいるのに、私は全然嬉しくない。
後悔はしてるけど、具体的に何に…という考えができない。
現実にあった事を、自分の意識の中で経験していないからだ。
体が重い。それに相変わらず私は濡れてた。

何があったのか知りたくなる。
だけど聞きたくない気持ちもある。

(それでも気になる…)
私は立ち上がって、祐介の眠っているベッドに向かって歩いた。

「祐介……」
「………」
呼びかけに答えない。
「ゆうすけ!……祐介ってば!」
仕方なく私は彼に手を伸ばした。
手に触れた祐介の裸の肩の手触りが、私をドキドキさせる。
(祐介は、まだ裸なんだ)
改めてそう思うと、すごく恥ずかしくなってくる。

「うぅ、……う……」

祐介が薄目を開けた。
「亜美……」
(………)
私を見る祐介の目つきが、何だかすごく色っぽくって急にドキドキしてしまう。
裸で横になっている体、肩の筋肉質な感じ…全体を覆う空気感も…、祐介は確かにセクシーだった。
「ゆ、祐介……あ、あの、…えっと…」
起こしたものの、何て言っていいのか分からなかった。
「………」
祐介は再び目を閉じてしまう。
(また寝ちゃうの…?)
「…祐介…」
私は彼に近付いた。

「………」
「……えっ……」

再び目を開けた祐介は、おもむろに体を起こしかけた。
私との距離が更に近付いて、一瞬キスしてしまうかと思った。
私は慌てて体を引いた。
(ビックリした……)
ドキドキが、激しくなってしまう。

「…覚えてる?昨晩のこと」
そう言いながら祐介は体をひねって、そのままうつぶせの姿勢になると枕に顔を突っ伏した。
「ごめん……また全然覚えてない」
私は答えた。思わず謝ってしまった。
もしも男女の関係が反対で、こんな状況だとしたら……私って超ヒドイヤツだと思ったからだ。
「…………」
祐介は動かない。
私は横に座ったまま、しばらく彼の言葉を待った。
「…………」
(何か言ってよ……)
祐介の裸の背中は、呼吸に合わせて動いている。
結構、筋肉質だ。
「…………」
(また、寝ちゃった?)

私が言葉をかけようとした時、祐介が言った。
「覚えてないよなぁ、…やっぱり」
枕から顔を上げて、私の方を見た。
その上目遣いの目つきや、彼の肌から感じる生々しい昨晩の気配で、私は記憶にないはずの彼とのエッチを想像した。それが私のこの体のドキドキを、さらに激しいものにしてしまう。
何だか、すごくヤバイ雰囲気。
(私、何、祐介にドキドキしてんの……)
「お、覚えてない………とにかく、出よう……話は外で、しよう」
私は祐介から離れて、ベッドの端に腰掛けなおした。

「……そうだな」
そう言うと祐介はガバっと起き上がる。

「ええっ!!!」


……思いっきり、祐介の全裸を見てしまった。

私は慌てて祐介に背を向けた。
「ああ、ワリーワリ」
笑って、祐介はそのままベッドから降りた。
「ちょっとシャワー浴びさせてな」
「………うん」
私は背中越しに頷いた。
「……あー、ねみー…」
彼の声が遠ざかっていく。
私はものすごくドキドキしてた。


祐介がシャワーから出るのを待っている間、私はソファーに座って色々考えた。
そして、改めて本当にセックスしてしまったんだと思った。
バスルームから聞こえてくるシャワーの音、寝乱れたベッド、さっき見てしまった祐介の裸……
そして自分の濡れた感じ。
「はあ………何やってんの、私……」
(全然覚えてないって、我ながら、どういうことよ?)
何だか、損したような気分になったりして。
祐介はどんなエッチするんだろうと興味があったり……
どんな風にキスするんだろうとか…
他のことも……

(って、何考えてんの)
私は首を振った。
「すっげー風呂だな!」
突然の祐介の声に、私はビクっとなってしまった。
バスタオルを腰に巻いて、こっちに向かって歩いてくる彼。
「は……早く、服着てよ……もう…」
困る、っていうのはホントこういう事なんだなと思う。
できるものなら、すぐにでもこの場所から消えたかった。


途中でファーストフードを買って、近くの大きな公園に寄ることにした。
今日はすごく晴れてて空はもう夏みたいだった。
日焼けが気になるから、影になっている場所を探す。
二人でベンチに腰を下ろして買ってきたものを広げた。
お店で話しにくいからって、こんな風に和むのも変だなと思う。

「……外、結構暑いな」
それでも祐介は、長袖のパーカーのジッパーをしっかりと上の方まで上げてた。
「うん」
私はバッグからハンカチを出した。
ただこうしていると、いつもどおりの二人だ。
祐介が普通に接してくれてるのが有難かった。

―― 食べ終わってから、私は切り出した。
「……昨日ってさあ」
「うん」
祐介と私は少し離れて座っていた。
恋人同士にしては不自然な距離。
だから、私たち二人は付き合ってるようには見えないだろう。
「私、カラオケ出たとこまでは覚えてるんだよね」
「ああ」
祐介はポケットからタバコを出した。
私は膝の上のハンカチをたたむ。
「…あの後って…私……どうしてた?」
「店出てから気が付くとお前、急に変になってた」
「うそ」
「ホント」
店を出てすぐに記憶がなかったから、その後変になってたっていうのは本当のことなんだろう。
(変、ってどんな感じだったんだろう…)
「………み、みんなは…その…変な私に気付いてた?」
私は、一緒にいたみんなが私のことをどう思ったかが気になった。
「田所と美緒ちゃんは さっさと先に行っちゃってて、小柴と祥子ちゃんにはうまく誤魔化しといた」
「そう……」
少しホっとする。

「昨日のこと、……ホントに全然覚えてないの?」

祐介がタバコを持ったまま、真直ぐ前を見て言った。
「うん………」
記憶がないなんて自分でも不思議だけど、事実だからどうしようもなかった。
「ある時、ふっと思い出したりして」
そう言って祐介はふっと笑う。
「……記憶喪失じゃないんだから」
私はそう答えたけど、それも一理あるかもしれないなと思う。
「だけど、ある意味、記憶喪失みたいなもんだよな」
「そだね………」
思ってることを祐介に言われて、私は素直に頷いた。
「…………」
祐介は何か考えてるみたいで、それから黙ってしまう。

『ホントに全然覚えてないの?』って彼の言葉、自分が何をしてしまったのか、やっぱり気になって仕方がない。
「……何が……」
土曜日のお昼の公園は、結構な人で賑わってた。
私は遠くのカップルを無意識に見ていた。
ごく最近まで、私だって謙ちゃんとあんな風に付き合ってたんだな、とふと思い出す。
だけど、今私の頭の中は昨晩の空白の時間のせいで大混乱していた。
自分が最近振られたことなんて、すっかり忘れてた。
「…何があったのか、気になってしょうがないんだけど…」
「………」
「……聞きたいのに、……聞きたくなくって……」
「あー…」
彼はパーカーの首元に手をやった。
私はそんな祐介の様子を目の端で意識する。
「なんかさ、私、体がすごくダルいし……」
「ああ……」
祐介は頷いた。

「ごめんな……。昨日はさ……」

「…?」
「結局……オレも積極的になってしまった……」
「………えっ」
「あのさ……無理矢理、そうした、ってんじゃないから」
「……………」

彼の意外な答えに、私は思い切って聞いてみた。
「あ、あの……私、その時って……眠っちゃったりしてるような感じなの?」
「え?」
祐介は一瞬キョトンとして私を見た。
すぐに意味が分かると、彼は恥ずかしそうに目をそらす。
「眠ってる女に、そんな事しねえよ」
祐介は思いっきり不機嫌な声を出した。
「あ、ごめん、そうじゃなくって、…何か、自分がどんな風だか分からないしっ…そういう意味じゃなくって…」
別に祐介を責めるとかそういう事が言いたいんじゃない。
祐介はいつの間にかタバコをしまって、膝の上で両手を握り合わせてる。
左手には黒いごつい時計をしてた。
「その時のお前の様子ってこと?」
「…そ、そう…」
「うーん……」
祐介は自分のうなじを触って、耳の後ろの髪をグシャっとする。
いつもの彼の癖。
「お前は………」
「……………」
(何…?)
ゴクっと喉が鳴る。
祐介の間(ま)はほんの数秒なのに、すごく長く感じる。
私を見ないまま、彼は言った。

「すごいよ」

(な、何よ、すごいって…)
意表をついた答えに、私は戸惑ってしまう。
(すごい、って、どういう風にすごいのよ?)
聞きたかったけど、……だけど猛烈に恥ずかしい。
だけどやっぱり気になる。
「ど、…どう……、どういう意味?」
「どういう意味って…」
祐介はイスの背へ体を戻して、すごく困った様子だ。
(私……祐介に何したの?)
ドキドキする。
変な汗が、背中を伝った。

祐介はパーカーのジッパーを下げる。
そして私の方に向いた。
「これ」
開いた胸元の、Tシャツの上から首筋のあたり、小さな痣でいっぱいだった。
その意味は、鈍感な私だってすぐに理解できた。
「…それって……、私…?」
「そう」
すぐに祐介はパーカーの前を上げた。

「こんな感じ」


ボソっとつぶやいた祐介のひとこと。
(こんな、って……)
確かに彼の首筋の跡を見ると、激しいその行為を想像してしまう。
あの痣をつけたのは、どう考えても私。
(私が祐介に、あんなにキスしたの?)
すごい、っていう言葉の意味を考えるのが、恥ずかしくてたまらない。
一気に汗をかいてしまう。もう、彼が見れない。

祐介は確かに男で………
その隣にいる私は、多分オンナ以外の何者でもないんだろう。
それに今だって、
……私、濡れてた。



「当分外で飲まないようにしろよ」
改札口で祐介が言った。
「うん、絶対そうする…」
私はカードを財布に戻しながら頷く。
「変な言い方だけど……相手がオレで、まだ良かったと思うぜ」
珍しく恥ずかしそうにしてる彼のその態度だって、よく考えたらそんな姿 今まで見たことがなかった。

「ごめんね、祐介」
「オレこそ………ごめん」

こうして流れる空気だって、いつもの私たちの雰囲気じゃない。
何だか、ちょっと重くて……気まずいぐらい恥ずかしい。
「じゃあな」
「うん」
私たちは別々のホームへ歩き出した。


ずっと友達の関係でいたのに、セックスしてしまった。それも2度も。
お互いにできるだけ『異性』という意識をしないように、そしてその事にに捕らわれないように心がけてるみたいな部分ってあった。
私と祐介は、いい関係でいたと思う。
なのに……、肉体関係を持ってしまった。
そんな重大な一線を踏み越えてしまったというのに、私は何も覚えてない。
それって、逆に考えるとすごいヒドイ事じゃないんだろうか。
もしもこんな風になって、祐介が何も覚えてなかったら……多分私はすごいショックなんじゃないかって思う。
(祐介……)
急に心配になってくる。
気持ちの奥の方が、ザワザワして落ち着かない。
(怒ってないよね……)



私の心配が現実になったみたいに、それからお互い何も連絡しないまま、1ヶ月が過ぎた。
心の奥は、ずっとザワザワしたままだった。


 

ラブで抱きしめよう
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