友達のままでいたいよ

●● 6 恋人 ●●

   

9月に入って、学校が始まってしまった。
祐介とは久子の家で会ったあの夜以来、音沙汰がないままだった。
変わったことといえば、いつのまにか美緒と田所くんが付き合ってたことぐらいだ。

学校とバイト先と自宅を行ったり来たりしながら、やたらに時間だけが流れる。
空の感じはもうすっかり青く高くなっているのに、初秋というにはまだ外はすごく暑い。


大学の近くのファミレスで後期の時間割の話なんかをしてた。
もうそんな頃になってた。
「あ、広樹から電話だ」
美緒が嬉しそうに携帯を出す。
私と祥子は向かい合った位置に座っていて、そんな彼女の姿を見てた。
「いいなあ、美緒はー」
祥子がため息交じりに言った。
「そもそも、亜美が彼氏探すって言ってた合コンで、なんで美緒が見つけるのよ」
「それもそうだけどさー……なんか田所くんと美緒って似合ってるじゃん」
私は答えた。
二人には、祐介とのことは話してなかった。
彼とエッチした事は勿論、告白されたことも言ってなかった。
いつかまた友達に戻れるかもしれないとか、そんなことを薄っすら考えていたのもあったけれど、美緒と田所くんが付き合ってしまった事で、祐介とのことはどうしても言い出しにくくなってしまった。

「亜美って好きな人いないの?」
祥子が言った言葉に、私はギクっとしてしまう。

「好きな人……」

祐介のことが好きだ。
バカみたいな速さで流れていく時間の分、余計に想いが自分の中に積もっていく気がした。
祐介に告白されたのに、早く自分の気持ちを言えばいいのに、…と思うけれど、どうしても一歩踏み出す勇気が出ないままだった。
完全に間を逃した気がする。
今更私が告白したことで、逆に友達に戻れなかったらと思うと、怖い。
(友達なんかに、戻れるの…?)
祐介が誰かと付き合うのを、私は近くで見ていられるんだろうか。
久子の家の帰り、二人きりでいた時のあの感じ。
今でも思い出すだけでドキドキしてくるのに。

「祥子こそ、好きな人っていないの?」
私は話を自分から逸らした。
「どうかなあ?…ちょっといいかなあと思う子はいるけどね」
隣にいる祥子はちょっと含み笑いをしながら言った。
「なに、ウソ、初耳!」
問い詰めようとして身を乗り出したとき、美緒が話に割って入ってくる。
「あーのさー」
「なにっ?」
私は思わず責めるように美緒を見てしまった。
そんな私の様子に構わずに、彼女はニコニコしながら言った。
「広樹、これから合流してもいいかなぁー?」
「田所くんって、今どこにいるの?」
祥子がチラっと腕時計を見てから、美緒に向き直る。
美緒は携帯をテーブルに置いて、アイスティーに手を伸ばした。
「もうすぐにこっち着くって、車で来てるらしいから」
「いいなあ、美緒帰り送ってもらえるじゃん」
私は思わず自分の帰りの電車の混雑を想像した。
(やっぱ車付き彼氏がいるのっていいよなぁ…)
そんな打算的なことを考えてる場合じゃないのに。

「祐介くんも一緒だって」

「ええっ!」

思わず声を出してしまった。
そんな私の反応に、二人はちょっとビックリしたみたいだった。
「『ええー』、って、…困るの?祐介くんが来ると」
美緒は引いた様子で、彼女自身が少し困った顔になる。
「…こ、困らないけど、…」
私は慌てて否定した。
「なあにそれ。内輪もめでもした?」
祥子にまで突っ込まれる。
「ううん、……別に、何でもない…」
そう言う私の態度は、明らかにおかしかったと思う。
向かい合った美緒の視線が、私のはるか後ろの方へと移った。

「あっ、来た来た、広樹〜♪ここここ♪」

ドキドキしてくる。
突然すぎて、全く心の準備ができていなかった。
振り返るのが………すごく怖い。


「うーっす。亜美ちゃん、祥子ちゃん、久しぶりー」
私たちに軽く挨拶すると、田所くんは美緒に近付いて隣の席に座ろうとした。
「祐介くんも、久しぶりだねー」
席を詰めるために立ち上がった美緒が、私の斜め横に視線を移していった。
「どーも。美緒ちゃんの話はいつも田所から聞いてる」

ああ、懐かしい声。
たいした時間離れてたわけじゃないのに。
私はこの声が聞きたくて、聞きたくて、…そればかりを考えてこの夏を浪費してた。


「祐介、久しぶり」

私はやっと彼の方を向いた。
「おお」
祐介は私に一瞬頷くと、すぐに愛想笑いをして私の後ろにいる祥子を見た。
「…祥子ちゃん、こんにちは」
「こんにちは、祐介くん……やあだ、二人とも、顔真っ黒だね」
祥子は祐介と田所くんを見比べながら言った。

祐介は日に焼けてた。
夏にサーフィンをする彼は、毎年めっちゃ黒くなるんだった。

「お前、そっちに座れよ。男二人並んで座ったら狭いだろ」
先に座った田所くんが祐介を指差した。
「…………」
祐介が一瞬躊躇するのが分かった。
他の人は気がつかないぐらいの間だったと思う。
祥子と私は、彼が座れるように窓際へと席を詰める。
祐介は、私の隣に座った。


―――― 隣に、祐介がいる。


自分では自然に振舞っているつもりでいたけれど、どうしても右に座る祐介の方を向けなかった。
それなのに時々ちょっと触れる肩の感触とか祐介の体温の気配を、私の体中が敏感に察知してしまう。
「最初っから、二人は付き合いそうな気がしてたんだよねー」
「ホント?マジでそう思った?」
祥子の言葉に美緒が答える。
それに田所くんも加わって、合コンの時の話で盛り上る。
私は上の空だった。
時々相槌を打ったり会話に参加する祐介の声に、私はいちいち反応してしまう。
それを態度に出さないようにと思い、余計に自分がぎこちなくなるのが分かる。
ドキドキしてた。
すごく……。
私はテーブルの下で、無意識に自分の指先ばかり触っていた。


世間話も一巡した頃、誰かの携帯のアラームが鳴った。
「あ、こんな時間。やばい、バイト行かなきゃ」
祥子が慌ててカバンに携帯をしまう。
「じゃあ、行こうか」
全員が立ち上がる。

――― 先に歩き出す祐介の後姿。
(こんな感じだったっけ…)
何年も友達として付き合っているのに、私は彼のことを見ているようで見ていなかったんだ。

会計を済ませて、ファミレスを出た。
私と祐介の間に流れてた雰囲気はずっと変だった。
まわりに悟られてもおかしくないぐらいだったと思う。
祐介は何事もなかったかのように普段どおりに振舞っていた。
私はどうだったんだろう。

「あれ、車って……広樹じゃないんだ」
明らかに落胆した声で、美緒が祐介の車を見た。
「ここまで片瀬に送ってもらってたから。悪いな」
田所くんが美緒の肩を叩く。
「ううん……じゃあ、私たちはここで」
美緒は田所くんを見て、そして私たちの方を見て言った。
「あたしもバイトだから、このまま駅まで歩く」
バッグを肩に持ち直しながら、祥子は急ぎたい様子だった。
「あ、……私…」
私は一歩踏み出そうとした。
「バイバーイ、亜美、じゃあまた」
当たり前のように私を残して、3人は祥子に促されて足早に去ってしまった。

「…………」
「…………」

さっきからろくに目も合っていない祐介と、二人きりになってしまう。


「………送ろうか?」
「ああ、うん……ありがと…」
ここで「じゃあな」って言われたら、どうしようかと内心思っていた。
駐車場で二人で立ちすくんでいるのも変だったし、私は素直に祐介の車に乗り込んだ。
時計を見ると6時前で、外はまだ明るかった。
このままどこかで二人で話せないかと、一瞬私は考える。
「………祐介」
「うん?」
駐車場の出口から道路へ出るために、彼は左右を確認していた。
言い出そうとして、私はしばらく待った。
すぐに信号にかかる。
そうでなくても夕方の都内は混んでいた。
「…久しぶりだよね……」
「そうだな」
祐介は手を伸ばしてラジオを点けた。
あの日の続きみたいに、やっぱり空気は重たかった。

偶然にも思いがけず祐介に会えて、私はすごく嬉しかった。
その反面、あまりにも心の準備ができていなくて、どうしていいのか分からなくもあった。
ついため息が出そうになるのを、私は堪えた。

「夏休み、どうしてたの?」
祐介がどんな風に過ごしていたのか、すごく気になっていた。
最悪もう彼女がいるかもしれないと、覚悟する。
「んー、バイトとサーフィンと……。今日来てなかったけど、小柴んち実家が茅ヶ崎で」
「そうなんだ」
「どさくさに紛れて、あいつの家に入り浸らせてもらってた。矢上とかと」
「ウソー超図々しくない?」
矢上は私たちの高校の同級生で、久子も含めて未だに時々一緒に遊んだりしてた。
祐介と矢上が小柴くんの家に入り浸ってる姿が想像できて、私は思わず笑ってしまう。

その後、場が和んで祐介と世間話をした。
こうしていると、いつもの関係に戻ったみたいな気がした。
それでも一枚剥いた私の心の中は、やっぱりずっとドキドキしたままだった。
ううん、こうして二人の時間が経てば経つほど、ドキドキは激しくなっていってた。
(やっぱり、失いたくない……)
側にいたかった。
(祐介が自分から離れていくなんて嫌…)
事実、離れてたこの数ヶ月間、気持ちはすごく辛かった。

前を見て運転している祐介を、私は時々じっと見た。
日焼けした肌。
いい加減にひげを剃っているアゴのカサカサした感じ、もう高校生には全然見えなかった。
祐介は、私の気付かないうちに大人になってた。
…もしかしたらそれは私自身もそうなのかもしれない。

大通りを抜けると、一気に車が流れ出す。
(どうしよう………)
ドキドキしてくる。
だんだんと会話も上の空になってしまう。


「彼女とか、できた?」

思い切って言ってみた。
「あーー?こんなソッコーで?」
祐介は苦笑して答えた。
確かに、彼に告白された時からそんなに期間は経っていなかった。
だけど普段の祐介なら、1ヶ月もしないうちに誰かと付き合っていても不思議じゃない。
「………」
自分で聞いておいて、私は困った。
祐介がチラっと私を見たのを感じる。
「……ちょっと気になる、ぐらいの女の子なら、いるけどな…」
彼の言う『女の子』が私を指していないことは分かった。
胸の奥が、痛い。
やっぱり今更なんだ、と痛感する。

「…亜美」

「えっ……」
祐介の声のマジメな響きに、私の緊張はますます高まる。

「他に好きなコができて……、付き合ったりできればさ…」
「………」
優しく説得してくるみたいな祐介の言葉に私はドキドキし過ぎて、いっそ車を降りてしまいたいとさえ思った。
「また友達になれると思う」
「……祐介……」
私は彼を見た。
言葉の先を聞くのが怖い。
緊張で、思わず下唇が震えそうになる。


「…早くそうなれればいいと思ってる」
決意したように祐介は言った。


どうしよう、……私……

祐介は私のすぐ隣にいるのに、高さが並行のままクロスして急激に遠ざかっていくのを感じる。
波にさらわれるみたいに、私と祐介の距離がどんどん広がってしまう。

「祐介、私っ……」

どういう風に言ったらいい、とか考えられなかった。
ただ、また会えなくなるのはイヤ。
そして今度会う時には、祐介の隣に誰かがいるなんて。
そんなのイヤだ。

「………」
運転したまま、彼は私を見た。

「そんなのダメだよ……っ…、私……」
「ダメって……亜美」
祐介が口を挟んでくる。
勢いをそがれて、私はひるんでしまいそうになる。
だけど、言わないとダメだ。


「私、祐介のこと好きだよ」

「………」


私たちはその時、右折レーンにいた。
赤信号になりそうなギリギリで、交差点を渡る。
「ちょっと待って」
彼は周りを見て、路地に入って行く。

祐介は左手でサイドブレーキを引いた。
住宅地の中にある小さな公園の横に、車を停めた。
外はもう薄暗くて、見える限りでは公園に人はいない。
私はずっとドキドキしていたけど、それが今まさにピークに達しそうだった。
祐介はシートに身を沈めて、大きく深呼吸する。
しばらく黙ってから、冷静な声で言った。

「……それって、どういう意味?」
(どういう意味って……)
一大決心をして言ったのに、また言わせる気?
「だから、……そういう意味で」
「なんだよ……」
祐介はため息をついて、ハンドルに両腕を乗せた。

「早く言えよ、バカ」


(何よ、バカって…)
彼へと振り向いた次の瞬間、私はキスされてた。


 

ラブで抱きしめよう
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