ぼくらのキスは眼鏡があたる

11 7月

   
とりあえず、オッケーだろ。

と、自分自身納得してみる。
森川さんは怒ってるんじゃないみたいだったし、あの時はボクも衝動的だったし…。
とにかく……まあ、…うーん…。

とりあえず、ほっとした。
彼女と気まずくなるのはイヤだったし、またボクを見て笑ってくれる姿を見られたのは本当に良かった。
だけど……
やっぱり、可愛いんだよな。森川さん…。
できるだけ理性的に振舞おうと思ってるけど、ボクは自分自身を抑えていられる自信があんまりない。
今日だって別れ際ちょっとキスしたけど、本当はもっとしたかった。
もっと何度もしたいし、もっとディープにしたい。

「おぉぉ……」
ボクは自分のベッドに横になって、空手を習ってた時代に買って最近ほとんど触ってなかったダンベルを両手に持って上げる。
「軽いな……これじゃダメだ」
昔は重く感じたのに、成長とともに今では楽々持ち上がってしまう。
今度の燃えないゴミの日に捨てようと思いながら、ダンベルをベッドの下に戻す。
「はあ…」

つい昨日、このベッドに森川さんはいた。

ボクは森川さんの胸も触ったし、…大事なその部分だって触った。
全ての感触が柔らかかったし、確かに彼女はボクの指先を濡らした。
「あーあ……」
ボクは夢中で、細かい事をほとんど覚えてなかった。
それに彼女の涙を見てからは、ボクはかなりパニくってしまって甘い気分がぶっ飛んでた。
森川さんに触れたのはつい昨日のことなのに、…既に彼女に触れたことは今ではボクの妄想みたいな気さえしてくる。
現実感が全くなかった。
だから余計に、ボクは想像してしまう。

(森川さんを抱きたい……)

昨日の今日の反省も吹き飛ぶぐらい、ボクにとっての森川さんは既に直結して欲情の対象だった。
触れてしまったから、なおのことその思いが強くなってた。
ボクとキスするときのあの表情とか、いつも照れてるみたいな仕草とか、…眼鏡を外した素顔とか…森川さんのことを思い出しては、ボクは体が熱くなる。
「あー……もう…」
つくづく自分の恋愛経験の浅さを痛感する。
ボク自身の初体験だって、年上女子に押し切られる感じで終わってしまった。
大体、ボクは自分から好きになって女の子と付き合ったことってない。
何となくオッケーして、何となくデートして、幾度となくエッチして…。
で、ボクが他の女の子と喋ったりしただけで嫉妬されたりして、で、何となく鬱陶しくなって別れるってパターンばっかりだ。
(浅いよなぁ…我ながら…)
ボクにとっての女の子の存在って、ホントに肉体的な欲求を満たせればいいって感じだった。
自分自身の人間的な浅さも痛感する。
今のボクは……。

森川さんが好きだ。

今まで、そんなに好きでもない女の子と何度もエッチしてるのに、
たった一人…好きになった女の子とできないなんて。

人間として浅いボクへの罰なんだろうか。



ボクは森川さんを駅で待ってた。
「おっはよう!」
「あ……おはよ……。早いね」
彼女はちょっと驚いて、それでも前に比べたらずっと自然な笑顔を返してくれた。
朝から外野の視線を感じる。
それでも歩き出してしまえば、気分も紛れてくる。

「あのさあ、夏休みとかって……森川さん何してるの?」
ボクはチラチラ彼女を見ながら言った。
今日の森川さんは髪を後ろで一つに束ねていた。
髪の毛を解いてる状態を一度見てみたいなぁと思う。
「夏は……特に予定はないんだけど…」
森川さんみたいにマジメで大人しそうな女の子が休日に何をして過ごしているのかは、ボクにとってあまりに想像できなさ過ぎて、すごく興味深い。
「じゃーさ…」
「うおっ、海都」

ボクの言葉を遮るデカい声。

「おはよう、末永くん」
森川さんがボクよりも先にキチンとした挨拶を稜二にする。
「お、おはよう、森川」
ヤツは調子が狂ったみたいで、ちょっと引いて答えた。
それでもボクに対してはニヤニヤ笑って言葉を続けた。
「なんだよ、昨日凹んでたと思ってたらもう復活かよ」
稜二はズカズカとボクらの間に入ってきた。
ボクがちょっと睨むと稜二はいやらしい笑いをして、その後森川さんに思い切り愛想笑いする。
「森川さー、夏とか、オレらと遊んだりしない?」
ボクがまだ何も言ってないのに、稜二が森川さんを誘う。
「えっ…」
「そんな、急に言われても森川さんが困るだろ…っていうか何言ってんだよおまえ」
ボクは稜二をこずいた。反動で森川さんに稜二の体が当たる。
そんなちょっとした接触も、ボクは気になってしょうがない。
大体、間にいる稜二がデカ過ぎて森川さんが見えないって。
「森川って泳ぎに行ったりとか、しないの?」
(泳ぎ……)
思わず稜二の言葉にボクは喉を鳴らしてしまった。
「……泳ぎに行ったりは…しないなぁ…」
森川さんはアホ稜二の問いかけにも律儀に答えてる。
「じゃーさ、海都とのデートついでに、都合合わせていつか一緒に行こうぜ」
「なんでお前らと一緒に行かなくちゃいけないんだよ…」
ボクは納得がいかなかった。


『だって、森川の水着とか見てみたいじゃん』
HR中、携帯に稜二からのメッセージが入る。
さすがに一番前の席でいじるのは気が引けて、ボクは即携帯をしまう。
(なんで稜二が森川さんの水着が見たいわけ…?)
何だかボクはちょっとムカついてくる。
(森川さんの水着かぁ……)

どうしても、どうしても…どう考えても…
………ボクの想像の中の森川さんの姿はスクール水着だ。

(こんな嗜好がボクの中にあるとは……)
さすがに自分自身が恥ずかしくなってくる。
でもスクール水着の森川さんもぶっちゃけ見てみたい。
というかもの凄く見たい。
なんでうちの高校、授業にプールがないんだよ……。


今日で、やっと1学期が終わる。
クラスが変わって早々に一目惚れした森川さんがボクの彼女になってくれたことが、今学期最大の収穫だと思う。
「杉下くんは夏休み何してるの?」
森川さんの方から聞いてくる。
帰りに二人で涼しいところでお茶してた。
今朝、稜二に会話を切られてから、こんな風に森川さんから続けてくれるなんて嬉しくなる。
「んー、バイトしようかなとも思ってるけど…。大きな予定はないよ」
「ふぅん……」
「森川さんは?」
「私も、…特に……千草とかは夏期講習行くみたいだけど」
「塾か!全然考えてなかった……」
考えてみれば、ボクって気楽な高2を過ごしてるな…。

帰り道、最近のいつものように彼女を送る。
相変わらず明るいうちに帰宅だ。
門限とか、何時なんだろ…。今度聞くか…。
「ねえ、森川さん……」
「?」
ちょっと微笑みながらボクを見上げてくれる森川さんが、やっぱりすっげー可愛いと思う。
「お願いがあるんだけど……」
「な、…何…?」
(う……)
彼女の笑顔が曇る。
あからさまに警戒されてる。
「あのさ、…携帯、…持ちなよ……」
ボクは遠慮がちに切り出した。
「あ、あぁ……」
森川さんの力が抜ける。
「そうだね……。不便だね…。今までは不便だなんて思ったことなかったのに」
そう言って恥ずかしそうにしてる。

(可愛い…)

何なんだろうな、この感情。
ボクはめちゃくちゃキスしたい気持ちを堪える。
「明日…ヒマ?」
ボクは言った。
「うん……何もないよ」
森川さんは、そんなボクのキスを含めた欲望なんて気が付かないみたいだ。



夏休みに入る。
早速、森川さんと携帯を見に行って、…一番にボクの番号を入れてもらった。
それからは毎日のように彼女と会った。
一緒にいる時間を重ねれば重ねるほど、森川さんの可愛らしいところを次々に発見する。
意外に笑い上戸なとことか、普通にボケるところとか、困った時の仕草とか…。
彼女はなんでこんなにボクの心を掴むんだろう。
―――そして7月はあっという間に過ぎる。


「……短いスカートもはくんだ?」
ある日、森川さんが膝上のスカートをはいて来た。
ボクは会った瞬間から、彼女の足が気になって気になってしょうがなかった。
学校で、制服の膝は見ているのに、…私服だとなぜか妙にドキドキしてしまう。
「短いかな?…そうかな?……そうかなぁ…?」
もちろん、街を歩く普通の女の子はもっと短いスカートをはいてる。
「うーんと、…いつもよりはって感じで…」
ボクは変な突っ込みをしてしまった気がして、ちょっと小声になってしまう。

「……そう言われると恥ずかしいな…」
照れてる彼女がすごく愛らしくて、
…ボクはファッションビルの階段で彼女にキスした。

「…………」
キスした後、もっと照れる彼女がもっと愛しくなる。
自分の中にギラギラした衝動がどんどん大きくなっていくのを、何とか人込みに出ることで自制する。
「……あのさ、…」
「うん」
手を繋いで歩く。
ボクらはキスと手を繋ぐぐらいの間柄だったけど、それで何とか今は耐えてる。
焦らないって、心に決めたつもりだった。一応。つもりだけど。
「『雛乃』って、…呼んでいい?」
「…えっ…」
ちょっとビックリした感じで森川さんがボクを見る。
『ダメ』とか言われたら、どうしよう。
「…うん」
こんなことでさえ、恥らって頷く彼女。
ボクと一つになれる日は、果たして来るのか…?と思考の隅で思う。
「あとさ、」
「うん」
ボクは森川さんの手をギュっと握った。
「ボクのことも、名前で呼んでよ」
「杉下くんを?」
そう言った矢先、思い切り苗字で呼び返される。
ボクはひるまず笑顔で答えた。
「『杉下くん』じゃなくって…、まさか名前わかんないなんて事ないよね?」
冗談のつもりで言ったけど、ホントに名前を認識されてなかったらどうしようとか一瞬マジで思った。

「…………海都」


彼女の口から出るその言葉の響きは特別だった。
体の芯からジワーンと嬉しさがこみ上げて、思わずジャンプしそうになった。

「雛乃ーーー!」
ボクはそう言うと、人目も構わず街中で彼女を抱きしめた。

 
夏休みはまだ1ヶ月もある。
ボクこそ、こんな調子で……
森川さんもとい雛乃と、結ばれても、結ばれなくても…死んでしまうんじゃないだろうかと思う。
 

ラブで抱きしめよう
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