ぼくらのキスは眼鏡があたる

9−1 初体験

   

その日の夜に、稜二がボクのうちに来た。
「海都の部屋も久しぶりだよな」
稜二は入るなりジロジロとあちこちを見て言った。

ボクの部屋は稜二の部屋よりも更にガチャガチャに散らかっている。
狭い部屋にデカい稜二と二人でいると、男ってむさ苦しいなとしみじみ思う。
「大丈夫かよ、ケガ」
ボクは言った。
稜二は勝手にベッドに腰をかける。
「おお…。悪かったな、今日」
ヤツにしては珍しく、しおらしい顔をした。
「悪かったけど……良かったよ」
今日のボクは森川さんのことで頭がイッパイになっていた。
稜二を死にそうに心配して、あろうことか彼女の前で大泣きしてしまったことさえすっかり忘れてしまえそうだった。
「なんだそれ」
稜二がボクの顔を見て笑った。

「……病院、来てくれた時…」
稜二がちょっとマジな顔になる。
「海都、すげー顔色してたからさ……、なんか、気になって」
「ああ…」
あの時は本当にどうしようかと思った。
というか、何も考えられなかった。
無事だった稜二の顔を見て、ホントのとこ一発殴ってやりたいぐらい腹が立ってた。
森川さんがいなかったら、マジで殴ってたかもしれない。
…稜二を殴る、っていうのも、おかしいんだけど。
「バイク、……気をつけろよ」
ボクは言った。
「悪かったな……」
うつむいてヤツは言った。
稜二は反省してるみたいだった。
未原から、多分死ぬほど説教されてると思うし。
思うに、きっとボクと未原は同じ気持ちだったと思う。
ボクも彼女も稜二が好きなんだ。

「……海都、今、すっげー機嫌いいだろ?」

稜二がいつものニヤニヤ顔に戻って言った。
「……ははは」
ボクは気持ちを隠さずに、ちょっと笑ってしまった。

「あの後、…キスした」


ボクは笑顔を抑えきれずに言った。
実は誰かに言いたくて仕方がないぐらい、嬉しくてしょうがなかった。

「マジで?……っていうか、いつの間にそんな関係に進んでんの?」
稜二はホントにビックリしていたみたいだった。
「オレ、今日森川とお前が一緒にいたのも結構ビックリだったんだけど」
続けて稜二は言った。
ボクはかなり笑顔で答えた。
「付き合おうってことには漠然となってたんだけど……。やっと、『彼女』になってくれそうだぜ!」
「マジか」
なぜか呆れた調子で稜二が言う。
「森川と海都かー……。すっげー違和感あるけど…。あー、でも今日見た感じだったら、普通か…」
「なんだよ、違和感って」
まあそうだろうなと思いながらも、ボクは一応問いただす。
「だって、森川ってすごい真面目そうじゃん。
お前はこんな感じだろ?……森川に引かれないようにな」
口調は笑ってたけど、稜二の目は結構マジだった。
それは当たってるんだけど、今夜のボクはちょっと有頂天だった。
「大体、お前さあ、普段森川とどんな会話してんだよ」
稜二はさらにボクに聞いてくる。
「うーん……なんだろな」
そう言われるとボクも不思議だった。共通の話題ってあんまりないような気がするし。
とにかくボクは森川さんのそばにいると緊張と興奮で、喋るどころじゃなかった。
「想像ができねぇ」
稜二が言った。
「んー…結構…森川さんの方が気ー使って…、喋ってくれてたりする…かも」
ボクはホントにそうだな、と思って答えた。
「なんだそれ、かっこわりー……笑うー」
稜二のマジな笑い声を聞き流しながら、そう言えばボクは彼女の前でカッコ悪いことばっかりだな、と改めてつくづく思ってた。


とにかく、……稜二がバイクで事故ったのに何事もなくてよかった。
で、森川さんとキスできて…………

森川さんの唇は、すごく良かった。
何度もキスしたけど、本当はもっともっとキスしたかった。
彼女の反応も良かった。
やっぱり、森川さんは最高に可愛いと思う。

その日の夜は色んな想像をしつつ、これからのことを考えて興奮して寝た。



「おはようっ」

森川さんに声をかける。
変に興奮してしまったせいで、ボクは1限ギリギリに学校に着いた。

「あっ、おはよう…」
静かに、ちょっとビックリしつつ森川さんはボクに答えた。
駅からかなり急いで来たから、朝なのにボクは既に汗ビッショリだった。
「良かった……。間に合って……」
半分息を切らしながら、ボクは言った。
「……良かったね……」
森川さんは義理堅くボクに返事をしてくれる。
ホントにギリだったから、すぐに1限が始まってしまう。

「………」

この席になってから、ボクはずっと授業中も上の空だった。
横にいる彼女の気配を感じると、じっと見つめたくてたまらないのに、…それを耐える。
今までのように、授業中爆睡するっていうのも…真面目な彼女の隣ではさすがにかっこ悪くてできない。ボクは仕方がなく前を見て、耳から耳へ抜ける教師の声をやり過ごす。頭はボーっとしているのに、体中の神経はビリビリと森川さんの方に向いているような気がする。
今日は、特にそれがひどい。

森川さんの気配を感じながら、ボクは昨日のことばかり思い出していた。
唇の感触とか、ボクを見るぽぅっとした視線とか、
キスしたことを何度も頭の中で反芻する。
そして、その先のことばかり考えていた。


「もうすぐ1学期、終わるね」
休み時間に席も立たずに、ボクは森川さんに話し掛けた。
「そうだね……なんだか最近1日早い気がする…」
ポソっと言った森川さんの言葉に、ボクは心で激しく頷いた。
彼女が同じようなことを感じているのが、すごく嬉しい。
昨日ボクがたくさんキスした森川さんの、今日の態度はわりと普通だった。
もっと劇的に恋人に転換するのをちょっと期待してなくもなかったけど、これが現実だろうなあと思うと気が抜けるような反面、なぜか安心した。
「森川さん、携帯持ったらいいのに……便利だよ」
ボクは前々から思ってたことを口にした。
昨日だって、ボクは森川さんの声が聞きたくてたまらなかった。
「んー。………」
森川さんはちょっと考えてから、言った。
「確かに持ってないと、不便だね」

会話しながらも、ボクは森川さんをずっと見ていた。
その目は、もしかしたら思いっきり下心で溢れてたかもしれない。
森川さんはふっとボクを見ると、なぜか真っ赤になって下を向いてしまった。
恥ずかしがる森川さんを、すごくかわいいと思った。
三つ編みスタイルの彼女のうなじを、ボクはじっと見つめてしまった。


放課後、目が合うと当たり前のようにボクらは一緒に教室を出た。
ボクがクラスで切れて以来、なんとなくボクと森川さんの仲はクラス全員の知るところになってしまった気がする。当の本人たちが微妙な関係だと思っているのに関係なく、周りのやつらはボクらが公然と付き合ってるという認識で一致していた。
ボクは学年で派手な軍団に位置していて、男どもはボクに一目置いているから何も言ってこない。
だけど女子からの視線は露骨に感じた。
それも、森川さんに対して。
『海都、どうしてあんなコと?』
って、言わなくても分かるような目線でボクらを見る。
分かってないなぁ。女ども…。

そんな視線を無視しつつ、ボクらは地味な道を選んで一緒に帰る。
外は相変わらずイヤってほど晴れてたけど、ボクらの歩いてた裏通りは割と日陰が多かった。
ボクの隣を歩く、言葉少ない森川さんの横顔を見る。
こんなに暑いのに、森川さんはいつも涼しげな感じだ。
彼女はいつもキチンとしている。
ダラっとしがちなボクとは、えらい違いだと思う。
稜二が言ってた、ボクと彼女の違和感ってこんなとこもあるんだろうなとボクも感じる。
それでも人は自分に無いものを求めるし、それを魅力に思ってしまうものだ。

冷房の効いた電車に乗って、ボクは思い切って言ってみる。
「時間があったら、ボクんち…くる?」
「えっ…」
困惑した顔でボクを見る森川さん。
「なんかどっか寄り道したいけど、…誰かしらと会うじゃん」
実際そうだった。
どこに行ってもボクの高校のやつがいる気がする。
大体高校生の行動パターンなんて、似たりよったりなんだ。
「…いいけど、……急に行って大丈夫?」
「大丈夫だよ」
何が大丈夫なんだろうとその時は漠然と思っていた。
確かに部屋は散らかってるけど、昨日稜二が来てくれたおかげでいつもよりは少しはマシだった。
少なくても人が二人座れるスペースぐらいはある。


森川さんは完全に無防備な状態だった。
ボクの家には昼間は誰もいなくて、ボクと森川さんはいわゆる二人っきりになる。

「あがってあがって」
玄関でボクは森川さんを促す。
「家の人は…?」
森川さんが立ち止まって小さい声で言った。
「もっと夕方になってから、母親は帰ってくるけど」
「そうなんだ」
カバンを持つ彼女の力が少し緩む。
どうやらボクの家族と会うってことに対して緊張してたみたいだった。
「うち、共働きだからさ」
リビングにも入らずに、ボクは自分の部屋へと向かう。
ボクの緊張は、森川さんと二人っきりだということに対してだ。
「じゃあ、…おじゃまします」
彼女は本当に無防備だな、と思う。
普段の彼女を考えると、逆にボクの方が心配になってくる。

ボクの部屋に入る。
座るところ、といっても部屋が狭いからベッド沿いぐらいしかない。
「あ、その辺りに座って」
入り口で立っている森川さんにボクは言った。
「……」
カバンをベッドに置いて、その横に森川さんは座った。
昨晩、稜二が座った場所。
人が入れ替わるだけで、まるで違った場所に見える。

「…なに?何か笑ってるよ、杉下くん」
森川さんは困って言った。
「昨日、夜…稜二が来てさ」
「あ、…末永くん、来たんだ」
「うん、あのさ、来た道…ちょっと入ってたトコが稜二んちなんだ」
「へぇ…ホントに近くに住んでるんだね」
森川さんが感心して言った。
ベッドは入ったドアの反対にある窓際にビッタリくっつけてあって、ドアとベッドの間にはテーブルが場所を占拠していた。その周りには雑誌がやたら置いてあって、あんまり足の踏み場はなかった。
ボクはまだ立ったままで、ベッドにちょっとずつ近づいた。
「稜二が、その場所に座ってたからさ」
「ふーん……」
そう言って森川さんは周りを見回した。
ボクは何気なく彼女の隣に座る。

座ったときに微妙にベッドがゆれて、森川さんがボクを見る。


「……………」


目を閉じると
ボクの中では、完全に昨日の続きだった。

森川さんの唇は、柔らかくて、固い。
彼女は緊張していて、唇に力が入っている。
ボクはできるだけ優しく、口を合わせる。
時々その緊張がふっと緩む瞬間に、ボクは彼女の唇を舐める。
開いた彼女の唇の間に、ボクは舌を少し入れる。
薄く目を開けると、固く閉じた彼女の瞼が見える。
ボクを受けとめようと、困った彼女の表情が……ボクを嫌でも高ぶらせる。
正直言って、こんな姿を見たら男なら誰でも彼女に欲情するだろう。
みんながそれに気付かなくて良かったとボクは思う。
森川さんの頬に触れる。
柔らかい彼女の肌。
それは彼女の全身の感触をボクに想像させてしまう。


角度を変えてキスすると、眼鏡があたる。

「森川さん……」
顔を少し離してボクは言った。
「……」
彼女はゆっくりと目を開ける。
そのぎこちない仕草が、逆に誘ってるみたいで……森川さんは天然にヤバいとボクは思う。
男の欲情する部分にピンポイントで入ってくる。
「眼鏡、外してもいい?」
「?」
少しきょとんとする森川さん。
「あ、当たるから……」
ボクがそう言うと、既に赤い顔をもっと真っ赤にする。
(可愛いなぁもう……)

森川さんが自分の眼鏡に手を伸ばす。
「あっ、…待って」
ボクは慌てて言った。
「な、何?」
彼女は驚いてその手を止めた。

「ボクが外してもいい…?」


「……いいけど」
困った顔をして、森川さんは手を自分の膝へ置いた。
その素直な感じの仕草が可愛らしくて、そして恥ずかしそうな顔がたまらなく良くて。
ボクは森川さんの眼鏡へと両手を伸ばした。
軽く、手が震えそうになって自分自身に驚く。


「…………」


眼鏡を取ると、森川さんは上目遣いでボクを見つめてくる。
目が悪い子の独特の凝視なのかもしれないけど、
初めて見た素顔の森川さんは、……すっごく、可愛かった。
あまりにも、ボクの好み過ぎ。

さっきからボクは、何も言えてない。
『可愛い』と、ノドまで出かかっているのに。
その代わりに、ボクはごくっとノドを鳴らして唾を飲み込んだ。



「えっ…?!」


声を出したのは森川さんだ。
ボクはその声を塞ぐように、また唇を重ねた。

森川さんはボクに押し倒されて、ただひたすらにボクからのキスを受けとめていた。
彼女の体はガチガチになっていて、『固まる』っていうのはこういう状態なんだなとボクは思考の隅で思う。
ベッドに押し倒されても特に抵抗してこない森川さんに対して、完全に理性を失ったボクの本能から起こる行動は素早かった。

多分彼女もよく分かってないうちに、そしてボクも夢中になっている間に……。
気が付くとボクは彼女のシャツのボタンを外して、ブラジャーの中に手を入れていた。
彼女の生の肌の感触で、ハっと我に返る。

「やっ…杉下くん……」

森川さんが目を開ける。
ボクは ―――

ボクは森川さんの両手を握り締めて、彼女の体の横に開いた。
そして強引にキスした。

「……」

何か言おうとしていた森川さんの唇が塞がれる。
ボクはキスした。
ボクに掴まれた森川さんの手も、ボクの手を握り返してくる。
それはきっと抵抗だったのかもしれないけれど、ボクは唇を合わせ続けた。

キスし続けていると…だんだんと冷静になってくる。
ただ、体が猛烈に興奮しているのはハッキリと感じた。
理性が戻ってきても、肉体の興奮は激しさを増すばかりだった。
ボクの掌に感じる森川さんの小さな手の感触が、ボクの中の彼女への愛しさを増幅させる。
(好きだ……)
今、どうしようもなくそう思う。
可愛くてたまらないのに、さっきから欲情に邪魔されてそれを全然言葉にできない。

「森川さん……」

そう言うとボクは一瞬唇を離して彼女を見た。
彼女は固く目を閉じている。
ボクは頬にキスして、また唇へとキスする。
押し倒した後のとは違って、もっとずっと優しくキスした。

「んん……」

彼女の唇の間から吐息が漏れる。
ボクの手を握る彼女の力が、ふっと緩むのを感じる。

「好きなんだよ……」

息継ぎをするみたいに、ボクは何とかやっとそれだけ言った。
そしてまた固く目を閉じた森川さんにキスする。
ボクは彼女のスカートの中に手を入れた。

 

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