ゴールデンウィークも明けて、教室は再びクラス替えをしたばかりのような新鮮なざわめきで満ちる。
「つばさ〜、この前言ってた合コンなんだけどさ」
シュッとした美人の涼香は、他校にも顔が広い。
「さすが涼香は話が早いよ〜、いつ?いつ?」
つばさはこの休みの間に、伸びていた髪を肩より少し上まで切り、少しラフなボブにスタイルを変えた。
「つばさ髪型可愛いじゃん、短いのもいい感じ」
涼香はそう言いながら、スマホを操作する。
「同中の子がS高にいてさ、彼女欲しいとか言ってて…」
説明しながら、涼香はメッセージをスクロールする。
「ホント?もう、好きになるとかから始まらなくていいから、とりあえず男子と付き合ってみたいよ〜」
つばさは悲痛に叫ぶ。
「も〜何よ、あんたホントに誰でもいいの?」
呆れつつも、涼香は片手でメッセージを打ち込んで行く。
「うん。とりあえずでい〜の。もうこの際、彼氏って形からでもいい〜!」
「へ〜、合コンするんだ」
つばさの背後から、男子の声がする。
「へっ?」
振り向くと、そこには美形の男子がいた。
小さい顔に、高い身長。感じの良さそうな笑顔を浮かべて、つばさのすぐ横に立っている。
(うわ、何っ!朝からキラッキラ…!あっ!そうか、これが片倉か!)
彼の眩しさに、つばさは思わず目を細める。
(そう言えばこんな子、いたなあ、…あんまり気にしてなかったけど)
無意識に目つきの悪いまま、つばさは片倉をじっと見た。
「何、にらんじゃってんの、梅田さん」
片倉はつばさを軽く睨み返す。
(睨んでも、キラキラ〜)
つばさは何とか、自らを普通の表情に戻した。
「ねえ、ちょっと、話があるんだけど」
片倉はいかにも女子の喜びそうな笑みを浮かべる。
それをつばさは、本能的にうさんくさいなと感じる。
「え?…は?誰に?」
「梅田さんに。ここじゃなんだから、ちょっと教室の外に来てよ」
「何…?」
片倉がドアへと歩き出してしまうので、つばさは仕方なく後を追った。
廊下を歩くだけで、女子が片倉を見ている。
そんな女子たちの視線に、つばさは気後れしてしまう。
トイレの手前の小さく曲がったスペースで、片倉は立ち止まった。
つばさは一体何の話なのかと、ちょっとドキドキしてくる。
片倉はつばさの方へ真っ直ぐ向くと、言った。
「あのさ、昨日予備校来てたでしょ」
「ん?」
(行ってたけど…何だろう)
予備校へは確かに行っていた。つばさは素直に頷く。
「うん。今日子と一緒に行ってた。もしかして、片倉くんもいたの?」
「いたよ、ただオレ、薬切らしてて、酷い花粉症でさ」
「花粉症……」
確か、つばさの前の席の男子が酷い花粉症っぽかった。
そこで初めてピンとくる。
「もしかして、私ってあんたの席の後ろにいた?」
「……」
『あんた』という言葉に片倉の眉がピクンと動き、一瞬不機嫌な気配を見せたがそれもすぐに消える。
彼は黙って頷いて、そして言った。
「梅田さん、めちゃデカイ声でしゃべってたじゃん」
「あ〜…、ああ…ごめん」
そこでつばさはハっとする。
片倉の噂話をしていた事を思い出した。
「えっと…、き、聞こえてたよね…片倉くんの話してたの…」
「もちろん、バッチリ」
ニッコリしている彼の目が全然笑っていない理由を、つばさは悟る。
「で、でも!別に悪口言ってたわけじゃないもんね。すごいイケメンがクラスにいるって、そんな話だったよね」
確かに悪口を言っていたわけでは無かった。
まさかそれを片倉が怒ったりするわけじゃないだろうと、つばさは思った。
「そんな事言ってたね。それよりオレが気になったのはさ」
片倉が一歩近づく。思わずつばさは半歩引いた。
「梅田さんってさ、彼氏いた事ないんだ?」
「へ?」
「彼氏って言うか、初恋もまだみたいな事言ってなかったっけ?」
「言ってた…けど…」
(やっぱり聞かれてたんだ。えっと、他に何、話してたっけ…?)
あれだけ堂々と大声で話していれば、前の席にいた片倉には会話の内容は全て知られているだろう。
それでも改めてそう言われると、つばさは彼の真意が分からずに戸惑ってしまう。
それどころか、モテまくっている男の上から目線で、自分はすごく馬鹿にされているような気がした。
「何よ、片倉くん。自分がモテるからって、もしかして私の事ディスってんの?」
つばさはムっとした。
それを察知した片倉が、慌てて言う。
「違うよ。そうじゃないよ」
「…じゃあ、何の用?」
「梅田さん、今まで誰とも付き合った事が無いんだったらさ、オレと付き合ってみない?」
「ええ?」
狐につままれる、と言うよりも、白昼に堂々と詐欺にあった様な気がして、つばさは思い切り怪訝な顔で片倉を睨んだ。
「何それ?何のつもり?」
キラキラ男の考えている事が全く分からない。
「梅田さんって、オレの事全然興味無いって言ってたよね」
「うん、その通り」
大体の女子が彼を想うように誤解されたくなくて、つばさは大きく頷いた。
それを見た片倉は少し笑う。
「でも、彼氏欲しいんでしょ」
「うん…、でもそれは」
「だったらオレと付き合えばいいじゃん。オレ、今彼女いないし」
(はあ……?ふざけてんの?)
彼が何かのバツゲームでもしているんじゃないかと、思わずつばさは周りを見回した。
「あのさ、私、悪いけど片倉くんの事、名前と顔も一致してなかったぐらいだし…全然知らない人にそう言われても」
「合コンで出会う人は全然知らない人じゃないの?」
「…それはそうだけど」
さっきの話を引き合いに出されて、つばさはとっさに反論できなくなる。
「オレも梅田さんの事、よく知らないしさ。お互い知らない同士、付き合うって形から入ってみるのってどう?お見合いみたいで面白いじゃん」
「ええ…」
(この男、恋愛に慣れ過ぎて、普通の相手に飽きちゃってるのかな…)
ますます彼に対しての不信感が増す。
「オレ、優しいよ。さっき誰でもいいみたいな事も言ってたじゃん。とりあえず初カレとしてオレを選んでみるって、ちょっと考えてみてよ」
戸惑うつばさとは真逆に、片倉は楽しそうだった。
「えっと…、とにかく何で?何で私?
それに、何で急にこんな事言ってくるの?…ちょっと意味が分からないんだけど…」
つばさは逃げたいのに、角に追い詰められた格好になってしまう。
「うーん、オレと付き合うの面倒くさくって無理とか、オレの事知らないくせに、梅田さん昨日さんざん言ってたじゃん」
「う……」
(そう言われて見ると、本人の真後ろで、私すごい失礼な事言ってたんだ…)
「それは、ごめんなさい」
慌てて謝るつばさを気にせず、片倉はかぶせてくる。
「無理とかさ、付き合ってみなきゃ分からないだろ?」
「ええっ?」
つばさの眉間にしわが寄る。そしてキッと片倉を見た。
「なんで、そこからそういう発想になるの?マ…マジで何なの?」
「昨日、塾でそんな事言ってた子が、どんな子だったっけって思ってさ」
「……」
「学校来てみて顔見たら、だいぶオレの好みじゃん」
「はあ?」
顔が好みだなんて、つばさは男子から初めて言われた。
おまけに初めて言われた男子が、こんなキラキラしたモテ男だなんて。
「合コンで彼氏探すぐらいならさ、とりあえず、彼氏彼女ごっこでもいいから、オレで初カレ気分味わってもいいんじゃない?」
つばさのすぐ近くまで、片倉の顔が近づいていた。
男子と至近距離になる事自体、つばさは全く慣れない。
「ちょっと、近いし!」
「とにかく梅田さんともうちょっと話したいし、今日の放課後は一緒に帰ろうぜ」
「
え?え??」
つばさが戸惑っていると、片倉は笑って教室へ戻ってしまった。
(何なの、あの人……)
片倉が何をしたいのか全く分からない。
(イケメン過ぎて、ちょっと思考回路がおかしくなっちゃってるのかな…コワ)
つばさは彼に対してかなり引いていた。
昼休みに、つばさは今朝の出来事を教室の隅で涼香と今日子に話した。
片倉は他のクラスの友人と昼は一緒にいるらしく、すぐに教室から出てしまっている。
「え〜、片倉が?って言うか、昨日真ん前に座ってたんだ!」
今日子も、先日塾で目の前にいた花粉症の彼が、同じクラスの片倉だったという事に全く気付いていなかった。
「そうなんだって…。私たちの会話、全部聞かれてたみたい…」
「うわ、恥ずかしいね」
「そうだよ〜」
昨日何を話していたのか、実はあまり覚えていなかったが、今日子と一緒に普通に本音の話しをバンバンしていた。
(何か、他にも片倉の気に触るような事、言っちゃったのかなあ)
考えたが、つばさには分からなかった。
涼香が小声で言う。
「でもさ〜、片倉なんて、色んな女子からモテてるじゃん」
「そうみたいだね。まあ、あのルックスじゃそうだよね」
「付き合ってくれるって言うんだったら、乗っかっちゃえば」
そして下心のありそうな顔で笑った。
「え〜。何かさ、裏がありそうじゃん。片倉」
つばさは朝の彼を思い出す。
いたずらっぽい笑顔は確かに魅力的だし、猛烈に女子にモテるというのも分かる。
でもそんな彼が自分を気に留めるなんて、そもそもおかしな話だと思う。
「とりあえずもう少し話とかしてみれば?片倉が何したいのか分かるかも知れないし。普通に考えれば、あいつの気まぐれだとしても、ラッキー過ぎる事じゃないの?」
今日子のその言葉に続いて、涼香も大きく頷く。
「そうだよ、だって、あの片倉だよ!あんなモテ男、付き合おうと思ったってなかなか難しいと思うよ〜」
「同じクラスの男子だしさ、そんなヤバイ奴じゃなさそうだし。いいじゃんいいじゃん〜!友達からでもさ〜」
そんな今日子や涼香の片倉推し発言に負けて、だんだんとつばさの心も折れてくる。
(まあ…ちょっとしゃべって、相手の事知るぐらいだったらいいか…)
片倉の心の内は全く分からなかったが、とにかく少し関わってもいいかなと、つばさは思う。
「じゃあ、一緒に帰ろうか」
放課後、キラキラの笑顔で片倉が声をかけてくる。
側にいたクラスの女子たちの視線が一斉に向いて、つばさはそれだけで気が重くなった。