長めの前髪に、短い襟足。
隣に並ぶと身長は、つばさの思っていたよりも高くて、180はありそうだった。
顔はよく見ると、カッコいいというより可愛い系。
たまに見せる目つきの悪さが、逆に彼をシュっとしたいい男に見せる。
(うわあ… 何、この展開…)
今日、時間があるかと聞かれ、つばさが頷くと、片倉はすぐに行先を決め、電車内でつばさの手を取った。
(こんな、いきなり手をつなぐとか…あり得ないんだけど…)
握られた直後から、つばさの手が汗ばむ。
「片倉くん」
「うん?」
「この手、何なの?」
「ああ、付き合うんなら、フツーでしょ」
当たり前のようにそう言い、彼は優しい笑顔をつばさに向けた。
「私、付き合うとか、言ったっけ…?」
「OKしてくれたんじゃないの?」
「してないよ…!」
手を振りほどこうとして、つばさは力を入れる。
「してなかったっけ…?」
つばさの力に応えるように、片倉はギュっと握り返した。
それにドキドキして、つばさの目が泳いでしまう。
「えぇ…してなかった、と、思う、けど…」
(やだ、私、片倉のペースじゃん!)
少し離れたところにいる女子大生風が、つばさと片倉のやりとりを見てニヤニヤしていた。
つばさは電車のドアにもたれ、片倉の手を離す事を諦める。
「色々、聞きたい事があるんだけど」
「うん。オレも」
片倉は真っ直ぐつばさを見てくる。
その態度が余裕たっぷりで、やっぱりつばさにとって、彼の印象はあまり良くない。
(普通の女子だったら、ときめいているよね…)
つばさが今感じているドキドキは、それが片倉だからというわけではない。
ただひたすらに男子に不慣れで、至近距離に男がいるという事実がつばさを怯ませる。
負けないように、つばさも片倉を見上げた。
(まつ毛、なっが!肌きっれ!)
今日子も涼香もかなりカワイイ方で、そんな2人をいつも見ているつばさでも、片倉の美貌には驚いてしまう。
(これはモテるわ…)
しばし手をつないでいる事も忘れて、彼をじっと見た。
「何?何かついてる?」
つないでいない方の手で、片倉は自分の前髪を触る。
「ううん、何も…」
(ヤバ、ガン見過ぎちゃった…)
車内に目をやると、自分たちが注目されている事に気付く。
(とりあえず、降りてから話そう…)
仕方がないので、電車の外の景色に顔を向ける。
(何だか息苦しいなあ…)
電車が目的地へつく数分間、つばさはこの時間が早く過ぎてくれる事をただ願った。
片倉は、スマートだった。
テイクアウトができるオープンカフェのテラス席をサクっとキープし、つばさを座らせ、当たり前のように2人分のアイスコーヒーを買って持って来る。
「お金払うよ!」
「いいよ、初デートだし。好みが分かんないから適当に持ってきた」
つばさの前にミルクとガムシロを2つずつ置く動作まで、慣れていた。
(すごい、これぞモテ男の所作…!)
(おまけにこのカフェ、お洒落チョイス…すごいなあ…)
さっきからつばさは彼に感心してばかりだった。
お洒落な店に、片倉は全然負けていない。
それどころかこれから売り出すアイドルと言われても、頷けるキラキラな彼。
「あ、あのさ!」
ガムシロとミルクを1個ずつ入れて蓋を戻すと、つばさはやっと言った。
「友達から、っていうのはどう?」
片倉の事を全然知らないし、そのくらいから始めるのがベストなんじゃないかと思った。
しかしつばさの思惑に対し、片倉はバッサリ言い放った。
「やだね。ダメだよ、『彼女』じゃないと」
「………は?」
つばさは一瞬固まってしまう。
片倉は今日一番の優しい顔で、そしてそれ以上に優しい声で言った。
「ちゃんと、オレの彼女として、付き合って」
「………」
片倉の言い方があまりに素敵過ぎて、つばさはクラクラする。
(すごい、凄すぎるよ、イケメンパワー…)
数秒間、ついポーっとしてしまった。
(ハッ、いかんいかん)
つばさはアイスコーヒーをひと口飲む。
ゴクリと喉が鳴った。
「私、誰かと付き合った事がないから分からないんだけど、…こんな、なんか簡単に付き合っちゃうものなの?って言うか、いつも片倉ってこんな感じで女の子と簡単に付き合っちゃうの?」
「いや、こんな感じで付き合うのは初めてだよ」
落ち着いた声で、ニコっと片倉は笑う。
(よ、余裕過ぎ…)
自分の置かれている状況に、つばさは改めて気づき、焦る。
どう対応していいか分からなくて、ついキョロキョロしてしまう。
テラス席は歩道から一段上がっていて、歩行者と視線は合わない。
「オレ、誰かに『付き合って』って言ったの初めて」
「え、そ、そ、そうなの?」
片倉はモテるから、常に相手から告白されて付き合うというのは分かる。でもつばさが分からないのは、そんな彼が自分から『付き合って』と言った相手がよりによって自分だという事だ。
暑い日だったが、外の風は涼しい。
つばさの背中に汗がつたう。
「なんで、よりによって私なの?」
「いいじゃん、別に」
「別に、って…。なんか投げやりな感じ〜。だって別に片倉、私の事好きなわけじゃないじゃん。なのに付き合いたいって、すごい不審なんだけど」
「不審」
片倉は楽しそうに笑った。
そんな風に言われた事が無いのだろう。
綺麗な顔を崩すその笑顔を、つばさは初めて『いいな』と思った。
「いいじゃん、好きになっていけば」
「塾の話、聞いてたんでしょ?そんなに簡単に、そういう意味で好きになれないよ。付き合うって、友達と違う『好き』なんでしょ」
男子だって、友達として好きな子は沢山いた。
それでも恋愛として意識するような人はいなくて、そんな感情がどんなものか、つばさは分からなかった。
「あの時の梅田さんの話聞いて、オレも思ったんだけど」
「………」
「オレも、誰かの事…考えてみればそんなに好きって思った事って無いかもなって」
「え?そうなの?」
「なんか、感情が追い付かないうちに告られて、すごくいいなとか好きとか、思う前に付き合っちゃう事が多くて」
「ああ〜…そんな感じっぽいよね、あんたって」
片倉がそんな感じだという、その辺りはつばさにも想像できる。
「何かオレ、ぶっちゃけてるけど」
そこで彼はまた笑う。
「梅田さんとオレ、全然違うかも知れないけど似てる気もするし、まあ何より顔が好みだし、しゃべってみたら何か楽な子だし…。とにかく、今、オレ、梅田さんに嫌なトコ無いし」
「ええ〜…」
(嫌なトコ無いとか…すごい事言うなあ…)
男子にそんな風に言われた事は、もちろん無い。おまけにこんな美形に『顔が好み』だと言われて、つばさは自分がいたたまれなくなってくる。
(なんかスラスラこういう事言える片倉って、やっぱりすごい)
「私のこと、知れば知るほど、逆に印象が悪くなっていくかもよ」
(私なんか大した人間じゃないのに…)
つばさはため息が出る。
「あと、私の顔が好きとか、ちょっと片倉くんって変わってるよね。分かった、普段美形の自分見過ぎてて、私レベルの顔が新鮮に見えちゃうんだ、きっと」
「…可愛いけどね」
片倉は手を伸ばして、つばさの頬を触った。
反射的に、つばさはイスごと体を引いてしまう。
「ちょっと片倉!簡単に…触るの禁止!」
「なんで、彼女なのに」
「気持ちはまだ、全然『彼女』じゃないし!」
(うわ〜ん、コワイよ、片倉…)
思わずつばさは片倉を睨んだ。
「じゃあ、ちょっとずつ慣れような。とりあえず、オレの事苗字じゃなくって、名前で読んでよ、冬唯(とうい)って。オレも梅田の事、つばさって呼ぶから」
「うぅ………」
「そのぐらいからなら、いいだろ?」
「わ、…分かった…」
何だか片倉のペースにはまって、丸め込まれている気がした。
完全に暗くなる前に、片倉はつばさを家まで送って行った。
帰り道、つばさは当たり前のように再び彼に手を取られる。
こんな風に家まで送ってもらった事も、つばさにとっては初めての経験だった。
男子と2人で手を繋いで帰る事も、2人でお茶した事も、…今日、片倉と経験した全ての出来事が、つばさにとって初めてだった。
(なんか、すごい強引なんだけど…)
不思議と嫌じゃなかった。
その日、遅い時間に携帯が鳴った。
彼に言われるまま登録した、『冬唯』の文字が画面に映し出されるのを、不思議な気持ちでつばさは見つめた。