意地悪な彼はホンモノじゃない

4 はじめての

   

片倉冬唯と付き合ってから、つばさの日々は一変した。

冬唯と付き合う事は、女子の間で猛烈な勢いで拡散されて、それまで大して認知されていなかった「梅田つばさ」の名は一躍有名になってしまった。
学校にトレンドワードがあったら、確実につばさと冬唯の名前が入っていただろう。
人気者と付き合う事で、女子たちからやっかまれるんじゃないかと、つばさはそれが心配だった。
しかし実際には、つばさへの女子たちの嫌がらせは皆無だった。

ゴールデンウィークが明け、それまで1年の時に仲が良かったグループと昼休みを過ごしていたつばさは、今日子と涼香と一緒に自分の教室で昼食をとる事にした。

「なんか、片倉って」
情報の早い涼香が言う。
「女子と付き合っても、3カ月ぐらいしか持たないらしいね」
「え〜、そうなんだ」
女子たちのつばさを見る目が羨む感じ半分、同情するような感じがあとの半分だった事に納得がいく。
「軽そうだもん、冬唯くん」
冬唯から付き合ってと言われて、流されるように交際を始めて今日で4日目。
誘われるままに、毎日一緒に帰っている。
冬唯はいつもつばさの手を握っていたし、常につばさをリードしていた。
男子に免疫のないつばさでも、彼が女子に慣れている事はさすがに分かった。
「私との付き合いも、あっという間に終わっちゃうんじゃないかなあ」
プスっと音を立てて、つばさは紙パックのジュースにストローを刺した。

「…どうなの?実際一緒にいてみて、片倉って」
「う〜ん…。カルイ。チャラいって言うより、カルイ。優しいんだけど…、何かすごい慣れてる」
「ああ〜、慣れてそうだよね〜、なんか」
「でもつばさ、男子と付き合いたいって言ってたじゃん。もう、誰でもいいって感じで」
今日子が意地悪に突っ込んでくる。

「確かに口では言ってたけどさ…、実際に本当に付き合うとなると、もっと覚悟とか準備とか要るような気がしてたのに…。
『誰でもいいから付き合ってみたい』なんて、ホントに口だけだったのにな…」
思わずつばさからポロリと本音が出る。

(ホント言うと、恋愛がしたかったんだよね…)
グイグイ来る冬唯の事を思い出す。
(恋する女の子に憧れてたんだけど…)
冬唯と自分の関係は、恋とは程遠い気がした。
(冬唯くんは、なんで私と『友達』じゃダメなんだろ…)
「分かんないな、モテ男の考える事は」
今日の放課後も一緒に帰る事になるのだろう。
(変なの…)



「今日、オレこのまま塾行くから、軽くなんか食べていい?」
「うん」
つばさは頷いた。
そう言えば冬唯と会ったのも、塾だった。
冬唯と数日帰ってみて、つばさは彼が結構ちゃんと勉強している事に驚いた。

ファストフード店に入り、とりあえず場所を取る。
「あ、あそこ空いたよ」
窓際の、端のカウンター席が空いて、2人はカバンを置く。
「私もなんか食べようかな」
つばさも一緒にレジへ向かう。
ここ数日、冬唯におごってもらってばかりなので、さすがに自分の分は払った。
席に戻る途中でも、目立つ冬唯に女子高生の視線が集まる。

「冬唯くんって、結構マジメだよね」
「そう?なんで?」
ハンバーガーを食べる冬唯は、普通の男子高生という感じだ。
女子たちから好意的な感情を集めているその姿も、つばさにとっては少し違っていた。
格好いい男の子なのは確かだった、しかしつばさにとってはそれ以上でも無いというのが今までの彼の印象だった。
「放課後、すごく勉強しててビックリしたよ」
「ああ…まあ、勉強してるからイコール真面目って訳でもないでしょ」
「いやいや、マジメでしょう〜」
改めて、彼の事を何も知らなかったんだとつばさは思う。
彼の事を全然知らないのに、こうして隣で普通に話している事が不思議だった。

「『彼氏』との放課後デートってのも、だいぶ慣れてきた?」
「えっ?」
時折、冬唯はつばさに『彼氏』という事を確認するような事を言ってくる。
「彼氏っていうのはピンとこないけど…。冬唯くんにはだいぶ慣れてきたよ」
「ホントに?」
意外だ、という顔を冬唯はした。
「うん。なんかこうやって、2人でご飯とか普通にできる」
「普通ね…」
冬唯の手が伸びてくる。

「?」
つばさの耳をかすめて、冬唯の指がつばさの髪をかき上げた。
突然の冬唯の行動に、つばさは反応できずにただされるがまま、彼の動きを見ていた。
そして。

(えっ…!)

冬唯の顔が近づいたと思ったら、髪をかきあげられたこめかみの辺りに…
柔らかい感触。

「えっ…?」
今度は声に出していた。
近い彼の顔。
(この感触って…)

「ちょっとは、ドキドキした?」
近い距離のまま、悪戯っ子のような笑顔で冬唯は言った。
しかしその目は真っ直ぐにつばさを見つめてくる。
「えっ?えっ?」
(何、何?何した?今、何された?)
「何?足りない?」
冬唯はつばさの左手を取る。
そして指先に唇をつけた。

「………」
突然の事で、つばさは固まってしまう。
指にキスした冬唯の顔を、ただじっと見ていた。
冬唯はそんなつばさの視線に気づき、顔を上げる。
「どした?」
「冬唯くんって…」
「うん?」
「なんか、スゴイね!」
つばさは冬唯に対して、まるで珍しい物を見た時のように気持ちが昂っていた。
「え?スゴイ?」
予想に反したつばさの反応に、冬唯は戸惑う。

「イケメンって、ホントにこんな漫画みたいな事できるんだ〜!」
唇では無かったが初めてキスされた事実より、目の前で起きたドラマのようなワンシーンに、つばさは興奮してしまう。

「な…、そんな風に冷静に言われると…」
冬唯は口ごもる。
恥ずかしがるとか、もっと女子らしい反応があると思っていたのに、素でそう言われてしまうと、バツが悪い。

(あれ、冬唯くん、照れてる…?)
自分からしておいて困ったような顔をしている冬唯を見て、つばさはちょっとドキっとした。
(あれあれ?何か可愛いんですけど…)
いつも余裕たっぷりの彼の意外な様子に、嬉しくなってくる。
(意外に、普通の男の子なのかも…)
そう思うと何だかホっとして、つばさはつい笑顔になっていた。

(何だよ…オレが恥ずかしいじゃん)
冬唯はつばさの手を離す。
屈託なく笑うつばさに、冬唯も釣られて和んでいた。


店を出て、そのまま塾へ行く冬唯と一緒に、つばさは駅まで行く。
「今日は送れないけど」
改札から少し離れたところで立ち止まり、冬唯はポケットからカードケースを出した。
「ううん、気を遣ってくれてありがと。冬唯くんも勉強頑張ってね。」
「オレ明日は都合悪いんだけど、日曜日は空いてる?」
「うん」
つばさは頷く。

「じゃあ、どっか行く?初デート」
当たり前のように自然に、冬唯はつばさを誘った。
「初…デート!!」
(口にすると、改めて…付き合ってる感じがする!)
「はは」
目をクリクリさせて驚くつばさを見て、冬唯は笑った。
「じゃあさ、つばさがデートで行ってみたいとことか、やってみたい事とか、考えてみてよ」
「え?私…?」
「うん、つばさのやりたい事しよう」
そう言って、冬唯はつばさの頭に手を当て、2回撫でる。

「それじゃ今日遅くなるし、またメールする」
キラキラの笑顔を見せて、冬唯は改札へ入って行く。
「じゃーね…」
冬唯を見送って、つばさは家路へ向かう。
(ああやって、去り際に髪を撫でるとか)
先程冬唯が触れた髪に、自分でも触れてみる。
(やっぱりスゴイなあ…)
髪から手を離すと、その指先に冬唯がキスしていた事を思い出した。
(スゴイんだよね…)
急に顔が火照って来て、つばさは早足で帰った。



数カ月前まで、恋愛に大して興味も無かったつばさにとって、突然『彼氏とデートで行きたい場所』を想像するのは至難の業だ。
結局、冬唯と話し合って無難に映画に行く事になった。
ゴールデンウィークから始まったアクション映画で、お互いに観たかったものだったから、予定はすんなり決まる。
そして当日も、冬唯の行動には迷いが無かった。
全てにおいて完璧な初デートになった。
遅くなる前に帰った方がいいからと、冬唯は早い時間につばさを送る。

2人で並んで、何度目かのつばさの家までの帰り道を歩いた。
今日1日中そうだったが、冬唯は相変わらずつばさの手を握っていて、つばさもそれをもう自然に感じていた。
「どうだった?初デート」
自分の事なのに、冬唯はニヤニヤしながらつばさに言う。
「うん、大満足」
対するつばさはニコニコで、冬唯を見た。
そして大きく息を吸って、吐いた。

「冬唯くん、改めて…ありがとう」
「ん?どういたしまして?」
冬唯は曖昧に答える。

「冬唯くんが私と付き合いたいって言った時は、すっごく胡散臭かったんだけど」
「なんだそれ、ひで。でも、まあそうだよな」
自嘲気味の冬唯に、被せるようにつばさは言った。
「でもでも!冬唯くんが声かけてくれたから、こうやって遊んだりできたんだもん」
「はは」
「冬唯くんはイケメンだし、性格も良さそうだし、すごくモテるっていうのは分かるけど。…でも、冬唯くんは冬唯くんだからいいんだなって思った、全然うまく言えないんだけど」
「んん?」
冬唯はきょとんとして、つばさを見た。
歩くのが早い2人のペースが、少し緩む。

「私が男子の見た目に興味が無いせいかも知れないけど。見た目の良さとか関係なくて、冬唯くんといるとすごく楽しいなって思うよ」
その言葉に、冬唯は一瞬、ハっとする。しかしすぐに優しい表情に戻った。
「…オレも、つばさがいつもニコニコしてるから、楽しい」
目が合う2人が、自然にまた笑顔になる。
(なんだかいいな、こういう感じ…)
つばさがそう思うと、冬唯は続けて言った。

「でもオレら、友達じゃないから」
「…?」
水を差すような彼の発言に、つばさは思わず立ち止まる。
冬唯は繋いでいるつばさの手を、自分の方へ引き寄せた。
「『彼氏・彼女』じゃん」
近づいた耳元に、冬唯がささやく。
そのまま、ごく自然な流れで彼はつばさにキスした。

(え…?今…)
先日こめかみにされたような、軽いキス。
唇に伝わる彼の唇の感触が、この間よりもずっと明確につばさの内へ入って来る。

(キスされた!)

今回は即座に理解して、反射的につばさは半歩体を引いた。
(初めて…キスしちゃった!!)
軽く唇が触れただけなのに、一気に体中、凄まじい速さで血が巡って行くみたいになる。
(うそぉ…)

驚いたまま、冬唯を見上げると、彼は変わらず優しくつばさを見ていた。
「ふふ」
彼は笑って、またあの悪戯っ子のような表情に変わる。

「かーわい」

つばさはもっと引き寄せられて、抱きしめられた。
(な、何が起こってるの…?)
今更ながらに、『友達じゃない』という彼の言葉が頭をよぎる。
(こ、これが『彼氏』…)
冬唯の行動ひとつで、ついさっきまで普通だった世界が、一気に違ってしまう。
圧倒的なその力に、つばさは飲み込まれそうだった。

 

 
 

ラブで抱きしめよう
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