意地悪な彼はホンモノじゃない

8 冬唯くん

   

学校での冬唯は、いつも人に囲まれていた。
友人の喜多浩紀は勿論、同じクラスの浩紀の彼女である牧野万結、その親友の桑平鈴乃と一緒にいる事が多い。
女子2人は派手めで、冬唯も浩紀も目立つタイプなので、4人でいる姿は、ちょうどお似合いの2組のカップルの様に見える。

「まだ梅ちゃんと付き合ってるんだ」
鈴乃が教室の端にいるつばさを見ながら言った。
普段、つばさと冬唯はクラスの中で一緒にいる事は少なかった。
付きあい始めた頃だけ、毎日のように放課後を過ごしていたので、その頃は皆に知られていた交際だったが、時折一緒に帰るぐらいの今では、つばさの存在感は薄かった。
その上、一部では冬唯が既につばさに飽きたという噂も流れていて、つばさの知らないところで冬唯は女子から告白されたりしていた。

「付き合ってるよ」
「なんかこの距離感が、あんたらしいよね」
鈴乃と冬唯の付きあいは長い。家も近所で、小学校から一緒だった。
鈴乃は歴代の冬唯の彼女を大体把握していた。
冬唯は気まぐれで、すぐに付き合う女子を変える。
冬唯に対してずっと好意は持っていたが、その『彼女枠』の中に自分を入れたいとは思っていなかった。
ずっと 冬唯とはちょうど良い感じの友達関係で、その微妙な距離感を変えたくないと、鈴乃は思っていた。
それに、女子に執着の薄い彼に対して、その対象である『彼女』にいちいち嫉妬もしていなかった。むしろ、あっさりと別れを告げられている歴代の彼女を知っているだけに、同情さえする。
(あーあ、梅ちゃん、純情そうなのに…)
つばさはそれほど目立つタイプではないにしろ、女子から見ても割と可愛らしい顔をしていたし、嫌味な雰囲気は無い。
しかし冬唯の歴代彼女の系統とは、明らかに違う。
これまでの彼は、パっと人目を惹くような分かりやすい美少女系を好んでいた。
(まあ、片倉の気まぐれなんだろうな…)
つばさが冬唯に振られる姿は、容易に想像できる。
(夏休みが明けたら、別れてるんだろうな…多分)
やっぱり、同情の目で鈴乃はつばさを見てしまう。

視線を感じたのか、つばさが冬唯たちの方へ目を向ける。
一瞬、鈴乃と目が合った。
しかしつばさの視線はすぐに冬唯へと移る。

「あ、そうだ、つばさ」

冬唯は浩紀たちの間を抜け、つばさの方へ向かう。
「何?冬唯くん?」
珍しく、遠くから呼ばれて、つばさも冬唯の方へ進んだ。

(『冬唯くん』か…)
鈴乃は2人を見ていた。
冬唯は、友人にも自分の名前を呼ばせない。
『冬唯』という名前が好きじゃないと言って、昔から親しい仲間にもずっと苗字で呼ばせていた。
普段、名前を呼ばれるのを頑なに拒否するのに、つばさにはあっさりと呼ばせている。
それはすごく特別な事で、それだけは鈴乃も羨ましいと思った。


「つばさ、夏休み始まったらさ、すぐオレと一緒に夏期講習受けない?」
「夏期講習?」
「ゴールデンウイーク、来てたじゃん」
「ああ…」
ゴールデンウイークのお試し講習、あれがきっかけになって冬唯と付きあう事になった。
塾の事はすっかり忘れていたが、あの時行っていなければ、冬唯と今こうしている事は無かっただろう。
「一緒に塾行ったら、ちょっと会えるだろ?」
会える、という言葉を冬唯から聞いて、つばさはドキドキしてくる。
何より冬唯がそう思ってくれる事が嬉しい。
「夏休みも、冬唯くんは勉強するんだもんね…」
「ああ、でも8月からオレ、アルバイトで親戚のとこに、軽井沢に行くから。7月ぐらいしかこっちにいないよ」
「そうなんだ」

(って事は、夏休みもほとんど会えないって事か…)

学校のある時も会えていないし、夏休みに期待していなかったと言ったらウソになる。
つばさは、本当はガッカリしたが、極力それを出さないように努めた。
「夏期講習の件、親に聞いてみる」
その間だけでも、一緒にいたかった。
それに、勉強の事なら親は反対しない。
「オレの紹介って言ったら安くなるし、今度紹介用のチラシ持って来る」
「うん」
「じゃ」
冬唯はそう言うと、また友達の方へ戻って行った。



「つばさ、夏休みバイトしない?」
放課後、今日子と2人でファストフード店に寄った。
「バイト…?」
「今日、休み時間の話、聞いちゃった。片倉の、軽井沢ってやつ」
「ああ〜、軽井沢ね」
「お坊ちゃんだね、片倉」
「知らないけど、多分お坊ちゃんだろうね」
つばさは冬唯の家を思い出す。
「夏休み、暇でしょ?ねえ、やろうよ。バイト」
「ヒマって、今日子は?夏休み彼氏と一緒に過ごすんじゃないの?」
「それがさ〜…」
今日子は肘をついて、大きくため息をついた。
「先週、別れた」

「ええっ!先週?!」
つばさは驚いて今日子を見た。
「なんか、ショックですぐ言えなくってさ〜…。もうだいぶ落ち着いたから」
「そうだったんだ…、な…なんで…?」
聞いていいものか迷ったが、もう口をついて出てしまった。
確かゴールデンウイークの辺りはラブラブだったはずだ。
「やっぱり、環境が違うっていうのー?高校生と大学生じゃ、生活パターンも違うしさ…。やっぱ、あっちから見たら私なんて子供過ぎちゃったのかも」
「………そうなの…?」
「うん。なんか、すれ違ってたし…もうしょうがないかなって思うよ。私束縛したいタイプだしね…」
今日子は少し寂しそうな目をしたが、すぐに振り切ったように笑顔になる。

「うん、しょうがないと思う。だからさ、もうウジウジしないの!だから夏はバイトして、お金稼ぐ!!」
「そっか…」
(逞しいなあ、今日子は…)
少し前なら全く分からなかったが、今なら彼氏と別れる辛さも想像できる。多分、今日子も辛いんだろうと思うと自分の事のように胸が痛んだ。
「じゃあ、私も8月からバイトしようかな。暇だしね」
そう言ってつばさは笑った。
今日子が笑顔なのに、自分が暗い顔をするわけにはいかない。
「うん。しようよ。実はもう目をつけてるカフェがあって…」
夏休みにバイトを募集しているカフェを数件、今日子はスマホでつばさに見せた。

「つばさ、最近片倉に、会ってる?」
「ん?今日も学校で会ったよ」
つばさのその返事を聞いて、今日子はため息をつく。
「そうじゃなくてさ…、なんか付きあってる〜って感じだったのって最初のうちだけでさ。随分あっさりした雰囲気だよなって思って」
「週1で一緒に帰ってるけど…」
「でも、そのくらいだよね?」
「うん…っていうか、普通のカレカノって、どのくらいのペースで会うものなの?」
つばさは普通の交際というのがよく分からない。
今のところ、冬唯との付き合いは全部彼のペースで進んでいる。
今日子はスマホをテーブルの上に置いて、言った。
「週1って少なくない?それって私が彼氏とすれ違いだしたぐらいのペースだよ。夏休みだって、結局ほっとかれるんでしょ?」
「でも夏期講習一緒に行くよ、多分」
「それってただの塾じゃん。学校で会ってるのと一緒じゃん」
「う〜ん…」
「会いたいとか、お互い言い合わないの?…って言うか、あんたたち付きあったきっかけも、お互い好きあってって感じじゃなかったもんね」
「そうなんだよね」

(『会いたい』かあ…)
思い返すと、冬唯からそう言われた事は無い。
しかし自分から彼へそう言った事も無い。

休日に出掛けたのも、付きあい出した5月から7月の今まで、3回ぐらいしか無い。
冬唯の都合の良い時に何となく約束をして、普通に会う。
彼氏彼女らしかったのは、つばさが初体験をしたあの日ぐらいで、実際それ以来キスもしていなかった。
(キスは、したいかもなあ…)
冬唯の事は好きだと思った。
それは今まで他の誰にも抱いた事の無い感情で、やっぱり自分にとって彼は特別な存在なんだと思う。
しかし冬唯が『恋人』として接してくれていたから、そういう意味で好きになったのか、冬唯の事を好きだと思ったから『恋人』としての行為をしても不快でなかったのか、どちらが先かはつばさには分からなかった。

(やっぱり、『彼氏・彼女』っていう関係、どうしていいか分からないなあ…)
つばさ自体、元々あっさりした性格で、そのせいもあって男子に異性としての興味がこれまで持てなかったというのもある。
どうしても友達以上の感情が持てなかったのだ。
だが冬唯への気持ちは少し違う。
その違いが、自分の中で分かるようで分からない。
だからこそ余計に、冬唯へどう接して良いのか分からないというのもある。

「そう言えばさ、桑平とか他の女子がいつも片倉と一緒にいるの、つばさは気になんないの?」
「え〜、気にした事、無かった」
今日子に言われて、つばさは改めて思う。
そもそも冬唯の周りには誰かしらの女子がいて、何となくそれが当たり前のような感じで、特に違和感も無くつばさは見ていた。
「私だったら、あんなベタベタされたら嫌だよ〜」
「ベタベタしてたっけ?」
「う〜ん、とにかく、私は気に入らないけどなあ。でもあいつだったら、黙ってても女子が勝手に寄ってくるのはしょうがないのかな」
今日子は怒りながらも、少し納得する。
「なんかもう、そういうキャラクターなのかなって思ってた。確かに冬唯くんの事は好きになったけど、あんまり彼女っていう実感も無いし」
「も〜、つばさ〜」
淡々としているつばさを見て、今日子の方が焦れてきた。


(夏休みかあ…)

初めて彼氏のいる夏休みだというのに、つばさはピンと来ていなかった。
冬唯と会っているのは、週に1度の放課後だけで、休みの日もほとんど会っていない。
気持ち的にはだいぶ違うというのに、行動的には冬唯と付きあう前と、つばさの毎日はあまり変わっていなかった。
後日、今日子と一緒にカフェの面接に行き、今日子は7月から、つばさは7月の土日に何度か入り、本格的には8月からバイトに行く事が決まった。



7月の半ばに入った水曜日の放課後。
用事がある今日子と涼香は別に帰り、つばさは放課後久しぶりに1人で下校する事になった。
昇降口で靴を履き、スマホを出そうとしてバッグに手を入れかけた時だった。

「あれ?つばさ1人?」

顔を上げると、少し先に冬唯がクラスの友人たちと一緒にいた。
同じクラスで、いつも冬唯と一緒の女子もその中にいる。
付きあうまで全く気にしていなかったのだが、冬唯はよく女子と行動を共にしている。
同じクラスの女子の場合もあるが、他のクラスの全く知らない女子を含めた集団と一緒にいる時もあった。
(まあ別にいいけどね…)
そもそも、冬唯の存在を知ってすぐに彼と付き合いだしたので、それまでの彼の日常の行動をつばさは知らなかった。
2週間付き合ってから、バラバラに行動するようになって初めて彼の交友関係を知った。
今日子に言ったように、彼が常に女子に囲まれているという状況も、何だか冬唯らしいなとつばさは思っていた。

「うん」
つばさはできるだけ普通に、ニコニコして頷いた。
冬唯がクラスの集団と帰って、自分が1人で同じ道を帰る事になったら気まずくて嫌だなと思った。
スマホをバッグから取り出して、つばさは携帯を見る。
一緒になりそうだったら、少し時間をずらそうかとも考えた。

「じゃあ、一緒に帰ろ」

冬唯は友人達に何か言うと、彼らと別れて下駄箱のところまで戻って来た。
つばさは冬唯がそうしてくれると思っていなかったので、彼の行動は意外だった。
「いいの?一緒に帰って。喜多くん達と約束したりしてないの?」
卑屈な調子では無く、つばさは冬唯が友人たちとどこかへ行く予定があったのではと、彼らに視線を向けたまま言った。
「大丈夫、帰るだけだったし」
冬唯はつばさが携帯をバッグに入れるのを待って、ゆっくり歩き出す。
1年生の女子が冬唯を見て、真っ赤な顔をして走り去っていく。つばさの事は目に入っていないようだ。
(あの子も冬唯くんに気があるんだろうな…)
色恋事に鈍いつばさでも、それは分かった。
冬唯を見ると、彼は今の1年生女子の事など全く気に留めていない。
(冬唯くんにとっては、ああいう事も日常茶飯事なのか…)
そんな彼が、自分の『彼氏』だという事。
学校にいて他の人達と接すると、皆にとっての彼の存在や立ち位置を実感して、不思議な感じだった。

「ちょっと寄り道してく?喉乾いたよな」
夕方になろうとしているのに相変わらず日差しは強く、アスファルトを歩くと足元から猛烈な熱気が伝わってくる。
「冬唯くん、時間大丈夫?」
「うん。1回家帰って、シャワー浴びて8時に塾に着けばいいからちょっとなら平気」
どこも店は混んでいて、飲み物をテイクアウトする。
本屋と繋がっていて休憩できるスペースに、2人は座った。

「バイト決まったんだよね」
冬唯は言った。
電話で話していたが、会ってこの話をするのは初めてだった。
「とりあえず今週の土曜、今日子と一緒に行くよ」
「バイト初めてだっけ?」
「うん。緊張するよ〜。冬唯くんはバイト慣れてる?」
「オレは夏に親戚のおじさんの店手伝うだけだからさ。去年も夏休み、浩紀とあと他のクラスのもう1人と一緒に行ってさ。毎日やってたから結構稼げたよ」
冬唯は叔父さんがやっているという軽井沢の飲食店で、夏休みの繁忙期だけ行く約束をしている。

「冬唯くんのバイトは、やっぱり大変だった?」
つばさは冬唯への興味と、純粋にバイトの興味で聞いた。
「一応シーズンだからさ、ぶっちゃけ、マジで地獄。バイト始まると、バイトが終わったら、泊まらせてもらってる部屋に帰って即行寝るだけでさ。去年の夏はそれであっという間に終わった」
「え〜、それは大変そう!」
「つばさだって大変なんじゃないの?カフェのサイト見たけど、結構流行ってるみたいだし、土日と夏休みじゃ、めちゃくちゃ忙しいんじゃない?」
「そうかな〜。なんかコワくなってきた」
初めてのアルバイトで、何かを失敗しそうで不安になってくる。
「まあ、何とかなるよ」
「ホント?」
バイト経験者にそう言ってもらえると、つばさは少しホっとする。
「多分な。知らないけど」
冬唯は笑った。
「適当だなあ、もう…」
つばさもつられて笑う。

冬唯といると緊張するのと同時に、なぜか楽しかった。
その感情は、つばさの心の下の方からジワっと湧いてきて、例えば他の人と同じ事をしたとしても、冬唯と一緒だとそれだけで楽しいと思える。
何でもない事でも、冬唯と一緒というだけで。
(不思議…)

付き合っていなければ、恐らくクラスでも疎遠だっただろう。
特に同じ趣味があるわけでもない。
共通の友人がいるわけでもなかった。

それでも2人でいると楽しいと思う。
しゃべってもしゃべらなくても、特に会話が盛り上がらなくても、不思議と感じる居心地の良さは何なのだろう。
「………」
つばさの視線が、一瞬冬唯に留まる。

冬唯はちょっと笑って、言った。
「明日、どっか行く?」
「明日?」
「木曜日、予定無かったよね」
冬唯はつばさの視線に合わせるように、じっと見返してくる。
つばさの目が泳ぐ。
「無いけど…、あ、明日も一緒に帰れるんだ?」
「もしかして週に1回しか帰っちゃダメとか思ってた?」
いつもの笑顔のままで、冬唯は言った。

(この人、色々分かってるんだろうな…)
時々、冬唯はつばさの気持ちを全て見透かしているかのような言動をとる。
(分かってるなら……やっぱりなんだか意地悪)
こうして一緒にいると、やっぱり嬉しくて、やっぱりもっと一緒にいたいと思ってしまう。
(冬唯くんは、どうなんだろう…)
他の友人と同じくらいの感じの好意で、自分の事を思っているのかも知れない。
(でも、私より友達と過ごす時間の方が、冬唯くんは多いよね…)
もしかしたら、友達以下なのかも知れないと、つばさは思う。
『彼女』に執着しないと噂されている彼の事だ。
(分からないなあ…)
側にいても、やっぱり冬唯の事は掴めない。
(もっと一緒にいたら、分かるのかな…)
知りたいような、知りたくないような、それでもつばさは冬唯の事が気になって仕方がなかった。



つばさの初めてのアルバイト体験も、友人と一緒だったおかげで無事に乗りきり、何となくやっていけそうだとつばさは安心した。
そうこうしているうちにあっという間に夏休みに入り、冬唯に誘われた夏期講習が始まる。
すぐに成績順でクラス分けされ、成績上位の冬唯と、平均レベルのつばさのクラスは別々になった。
帰りは一緒になるものの、塾ではほぼ別行動で、一緒に受講という雰囲気では全く無かった。
結局、期待したほど冬唯とは一緒にいられなかった。
(やっぱり、塾で下心なんて持つのは無理か…)
つばさは浅はかだった自分の考えを少し反省して、そして冬唯との成績の違いを大いに反省した。
(冬唯くんって、勉強できるんだなあ…)
学校ではあまり分からなかったが、塾でハッキリと成績が出てしまうと結果が目に見える。
普段の彼の勉強に対する本気具合が、つばさにもよく分かった。


夏期講習が終わると、すぐに8月になってしまう。
つばさは冬唯が行ってしまう前日の夕方に、少しの時間会う約束をした。

「ごめん、あんまり時間が取れなくて」
待ち合わせの時間に、冬唯は少し遅れて来た。
「なんか、忙しそうなのに、こっちこそごめん」
多忙なのにわざわざ時間を作ってくれている感じがして、つばさは恐縮してしまう。
「いや全然。おじさんとなかなか連絡が取れなくてさ。向こうは既に忙しそうだよ」
冬唯は顔をしかめる。
そんな表情ですら、つばさは可愛く思えてしまう。

(あーあ、しばらく会えないんだなあ…)

付きあい始めの頃は毎日会っていた。
初めてのあの事があってから、週1でしか一緒に帰らなくなっても、それでも学校で毎日顔を合わせていた。
冬唯との距離感が掴めなくて、どんな風に接して良いのかも、まだつばさは分からない。

手を繋いで、川沿いの歩道を歩いた。
やっと薄っすら暗くなってきた空は、一学期の頃より確実に日が短くなってきている。
冬唯が手を繋いでくれている時、つばさは冬唯が自分にとって他の男子とは違うという事を実感する。
蒸し暑くて、手にも汗をかいていたが、それでもお互いに繋いだままでいた。

冬唯はふと立ち止まり、川沿いに設置されている手摺の方へ寄る。そしてつばさの顔を見て、言った。
「ねえ」
「ん?」
冬唯を見つめ返すつばさの瞳が揺れる。

しばらく間があり、冬唯が口を開いた。


「キスしてもいい?」

「えっ?」
突然そう言われて、つばさは驚いて冬唯を見上げた。
(キス……)
付きあい始めの頃、沢山キスしていた当時、冬唯はどんなタイミングでもキスしてきた。
そんな彼の自由さに、その頃のつばさは随分戸惑っていたものだった。
あんなに頻繁にしていたキスだったのに、初体験以来、一度もしていなかった。
皆に言われているように、飽きられてしまったのかも知れないとつばさも思った。しかし、冬唯の態度は初体験直後から今までほとんど変わっていなかったので、あえてその事は考えないようにしてきていた。

「つばさは、…オレとキスしたい?」
そう言った冬唯の顔は、既にいつものからかうような表情だった。
「し…」
手のひらで転がされているようなこの感じがちょっと癪で、つばさは言いかけた言葉を飲む。

繋いでいた手が離れ、冬唯の手がつばさの頬に触れる。
(しばらく、会えないから…)
恥ずかしくてたまらなかったが、つばさは黙って頷いた。
小さく頷いたつもりだったのに、勢いで大きく頷いてしまい、余計に恥ずかしくなる。

冬唯が近づいてくる気配に、つばさは目を閉じる。


―― 久しぶりに触れた彼の唇。
つばさが覚えていたのよりもずっと、柔らかくて優しかった。

(……こんな優しいキス、してたっけ…)
どこか冷静に、冬唯のキスを受けとめている。
しかしそれは気持ちのごく一部で、ほとんどの部分は真っ白でピンク色で、ただただドキドキするだけで何も考えられない。
(……こんな、感じ…だったっけ……?)

足元から上がってくるような激しい動悸で、体中が彼を好きだと内部から揺れる。

(やっぱり、私、冬唯くんのことが…)


もし明日すぐにまた会えたとしても、
やはり大きく頷いてしまっただろうと、つばさは思った。

 
 

ラブで抱きしめよう
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