意地悪な彼はホンモノじゃない

10 終わる夏

   

「それじゃ、悪いけどオレ帰るわ」

浩紀の家で、軽井沢に行ったメンバーで集まっていた。
冬唯はバイトをしながらも真面目に宿題を終わらせていて、他のメンバーは冬唯の解答を当てにしていた。

「梅ちゃんと会うの、久しぶりじゃないの?」
浩紀が、立ち上がる冬唯に声をかける。
「え〜、あたしたちと会ってて良かったの?」
万結が思わず言う。もう夕方の4時を過ぎている。
軽井沢から帰って次の日の昼間から、冬唯は浩紀の家に来ていた。
まだつばさとは会っていない。
「いや、大丈夫。これから会うし、じゃあな」
あっさりそう言うと、冬唯は浩紀の部屋を出た。

「夏休み聞けなかったけどさ、片倉、まだ梅ちゃんと付き合ってたんだね」
冬唯が浩紀の家を出たのを確認して、鈴乃が言った。
「軽井沢の時、片倉何も言ってなかったし、聞くのもな〜と思って聞けなかったんだけど。もう別れたのかと思ってた」
「でもさ、夏、浩紀と一緒にバイトしてたら、全然会えてないんじゃないの?」
万結が浩紀を見て言う。
「そうだよなあ。夜に連絡はしてたっぽいけど。でもあいつ、相変わらず淡泊な性格してるよな」
「あたしだったら、耐えられない!別れる!!」
万結はふくれて浩紀を睨んだ。
「怖い事言うなよ…ちゃんとオレは会っただろ」
浩紀が焦って万結にフォローを入れたつもりが、すぐに言いかえされる。
「浩紀だって、だいぶあたしの事放置してたけどね!そもそもわざわざ軽井沢まで行ったのは私だし!」
「まあまあ…」
鈴乃は万結の腕をポンポンたたき、なだめる。
(でもまだ梅ちゃんと付き合ってるなんて、ホント意外だな…)
1学期の終わりの感じもそうだったが、夏休みに冬唯が長期バイトに入ったのを聞いて、鈴乃はすっかりつばさの存在を忘れていた。
客観的に見ると、2人の関係はその程度にしか見えなかった。




「冬唯くん!黒い!」
待ち合わせの駅で冬唯の姿を見かけると、すぐにつばさはそう言った。
「つばさの方が黒いだろ!別人みたい」
「そうかな?これでもだいぶ落ちたと思うんだけど」
久しぶりだと言うのに、昨日まで会っていたかのように普通に話していた。
「結構、海とか行ってたんだっけ?」
歩きながら、冬唯は言う。
「3回ぐらいかな〜。でも私、すごく焼けやすくて、すぐ人より黒くなっちゃうんだ」
つばさは手を伸ばすと、横に並べて冬唯も手を伸ばす。
「あれ、やっぱり私の方が黒いかもね」
冬唯も日焼けしていたが、つばさの方がさらに腕の色が濃い。
「そうだろ?」
冬唯はそのままつばさの腕を取る。

(あ、この感じ…冬唯くんだ)

久しぶりの彼。
普段からそんなに高い頻度で会っていないせいか、この1カ月の間、冬唯に会わない時間が続いても、それほど寂しいわけではなかった。
しかしこうして彼が隣にいると、やはり嬉しい。
(やっぱりドキドキしちゃうなあ…)
冬唯を見ると、相変わらず優しい目でつばさにちょっと微笑んでくれる。
(改めて、やっぱり冬唯くんはカッコいいな…)
そんな彼と手を繋いで歩いていると、つばさは何だか足元がフワフワしてくる。
(冬唯くんは、私でドキドキしたり、しないのかな…)
目をそらし、横眼で盗み見る彼の表情は涼しい。
(しないか……)

冬唯の事を考えると、つばさはいつもモヤモヤして、そして同じところを堂々巡りしているような気がする。
その出口は見つからないままで、正直どの方向へ進みたいのかすら自分で分からない。


だいぶ日が短くなった8月の終わりは、夕方の駅の辺りの居酒屋の明かりを眩しく見せる。
飲み屋にシフトするカフェも多く、2人は無難にファミレスに入った。

久しぶりに冬唯と向かい合って、つばさは何だか照れくさい。
おしぼりの袋を開けながら、冬唯は言った。
「今度、つばさのバイトしてるカフェ行こうよ」
「え?『お客』として?」
「もしかしてバイトしてるとこ、オレに見て欲しいの?」
冬唯はニヤっとする。
「そ、それは何かすごく恥ずかしい!…でも2人で行くのもなんか恥ずかしいなあ…」
「まあ、場所聞いてるから、今度内緒で浩紀と一緒に行ってみようかな」
「内緒はやめて〜、せめて事前に言ってよ〜…」
バイトをしているところを見られるのを想像すると、つばさは本当に恥ずかしくなってくる。
「はあ〜…もう〜…」
汗が出てきて、つばさはバッグからタオル地の小さいハンカチを出す。

「久しぶりでも、冬唯くんは変わらないね」
いつもつばさをからかってばかりの彼は、離れていても健在だった。
「そう?」
「うん。何か昨日まで一緒にいたみたい」
「ふ〜ん」
冬唯はしばらくつばさを見て、言った。

「つばさは何か変わった気がする」
「え?私?…どこが?」
つばさは冬唯のその言葉にちょっと驚いた。
ハンカチをテーブルに置いて、飲み物に手を伸ばす。
「髪伸びたし、日焼けしてるし」
「そう言えば伸びたかも。後ろでしっかり縛れるようになったし…」
ふとつばさは、もしかしたら冬唯は色白の女子が好きなのかもと思い、焦る。

「明日、プール行こうよ」
唐突に冬唯は言った。

「プール??」
「だって夏らしい事、オレたち何もしてないじゃん。一応付き合ってるのに」
(一応……そうだよね)
つばさは心の中で、冬唯の言葉の切れ端を反芻する。
「それだけ焼けてたら水着も似合いそうだし、……行こうぜ」
「えー、急じゃない?それに混んでないかな」
「大丈夫だろ、もう夏休みも終わるし平日だし」
「うん……じゃあ……」
「じゃあ決まりな!もう午前中から行こうぜ」
冬唯に半ば強引に計画を進められ、明日2人で近場の大きなプールに行く事になった。




実はバイトの仲間たちと、この夏に海へ行った。
その時長時間、海にいたせいで、つばさはすっかり日焼けしてしまったのだ。
(あの時も恥ずかしかったけど…)
その時は他に水着の女子がいたし、集団でワイワイしていたのもあって、恥ずかしさはすぐに飛んでしまった。
しかし、今回は冬唯と2人だ。
(2人でプールって、すごく彼氏っぽい!)
冬唯とは1度Hをした事がある。
だがその時も服を着ていて、肌をさらけ出したわけではなかった。
(恥ずかしいなあ…)
日焼けしているのが、まだ救いだった。
真っ白な肌に水着だったら、そちらの方が生々しくてもっと恥ずかしい。


「可愛いじゃん〜」

プールには人が多かったが、真夏ほどの混雑ではなかった。
プールサイドで待ち合わせをした冬唯は、つばさの水着姿を見ると第一声でそう言ってくれた。

「もう、すごい恥ずかしいよ…」
首の後ろでリボンを結ぶデザインになっていて、胸元がフレアになった、セパレートの水着。
つばさはこれが似合うからと今日子に推されて、色はイエローにした。

「つばさは明るい色、似あうよね。日焼けしてるから何かカッコイイし」
冬唯はすぐにつばさと手を繋いだ。
「うわ、冷たい」
「最初だけだろ」
彼に引っ張られて、水の中、つばさは冬唯に接近してしまう。

(冬唯くんだって……)

男子の体を、こんなに意識した事はなかった。
先日バイト仲間と海へ行った時だって、一緒に来た男子に対しては、ただの水着を着ている男子という感じだった。
冬唯の上半身裸を見て、今更ながらにつばさは恥ずかしくなってくる。
もしかしたら、自分が肌を出している以上に、冬唯の肌を見る事の方が照れる。
背が高い彼の、胸板。
制服を着ている時よりもずっと逞しく見える。
(顔もいいけど、スタイルもいいんだよね)
冬唯が全くの他人だったら、素敵な子だなと思って見てしまっただろう。
しかし、信じられない事に冬唯は自分の彼氏だ。
(もう、色んな意味で恥ずかしいよ〜)
つばさは冬唯を直視できなかった。


冬唯が持ってきた浮き輪を借りて、小さな子供の来ない水深の深いプールを選んだ。
「あ…」
つばさの首を見て、冬唯が声を出す。
「え?何?」
リボンが緩んだのかと思い、つばさは首に手を回す。
ほどけないように別の紐が1本で繋がっているのだが、リボンにしている部分は自分で結んでいた。

髪を後ろに束ねているので、つばさのうなじが冬唯の目の前にあった。
冬唯はじっとつばさの首筋を見る。
「ちょっとずれると、全然肌の色が違う」
「ああ……」
つばさは元々の色が白いので、日焼けをしている部分としていない部分の差がくっきりしていた。
「元々、こんなに色白いんだな」
「そうだよ〜」
浮き輪ごと、後ろから抱かれるような体勢だった。
冬唯はつばさのリボンに手をかけると、指で少しずらす。
「やだ、くすぐったい」
肌に触られて、つばさは急にドキドキしてしまう。

「なんか、夏……損した気分」
冬唯がつばさの後ろから言う。
「え?なんで?」
「なんか、な……」
冬唯はつばさの肩と首の間の、白い肌にキスした。

(え、え、え………)

昨日久しぶりに会ったが、キスしなかった。
それなのにこんなに公然と、首筋だったが唇が触れて、つばさはクラクラしてくる。

「バイトの奴らと、海行ったんだろ?」
そのまま首元で、冬唯は話す。
「う、うん……」
くすぐったいのと恥ずかしいのと、ドキドキするのとで、つばさの返答はしどろもどろだ。

「なんか、ムカつくな」
冬唯は再びつばさの首に唇を付ける。
「ひゃっ…!いたっ…!」
つばさは一瞬何をされたのか、分からなかった。
「えっ…?何?何?」
「ん?何も」
冬唯は何も無かったように、つばさの浮き輪を押した。



日中遊んで、冬唯の用事があるからと、6時には別れた。
(久しぶりに、楽しかったなぁ…)
こんな風に普通に冬唯と長い時間遊んだのは久しぶりで、帰り際、つばさはすごく寂しくなってしまった。
(離れてた時より、今の方が寂しいなんて…)
冬唯と会うと、もっと一緒にいたいと思ってしまう。
でもそれをどう伝えていいのか分からなくて、つばさは言葉を飲み込む。
また、モヤモヤが増えてしまう。

(何なんだろう、これ…)

好きで嬉しいと思うのに、少し辛い。
冬唯への感情は、いつも真逆の思いで表裏一体になっている。
(はあ……)
つばさは電車の窓に映る自分の姿を見ながら、冬唯の事を考えた。



ゲームセンターが1階に入った古いビルの2階、サラリーマンや男子学生しか来ないような定食屋に、冬唯と駿はいた。
軽井沢で一緒にバイトをしていて、その時に塾の話が出て、今日はその話をするために冬唯は彼と約束していた。
「プールでも行ってた?」
駿は冬唯のバッグの中にチラリと見えたタオルに気付き、言った。
「うん。つばさと行ってた」
「今日デートだったんだ。なんか悪いな、今日じゃなくても良かったのに」
ツーブロックの刈り上げた部分を触りながら、駿はスマホを出す。
冬唯もスマホの画面を開いた。
「オレがちょっと夜忙しいし、もう学校始まっちゃうから、全然今日でいいよ。資料、pdfで取って来たから、そっちに送る」
「おう」
しばらくお互いに携帯電話を操作した。

駿はつばさと1年の時から同じクラスだ。
それほど親しいわけではないが、何かあれば話したりはしていた。
つばさと冬唯が付き合った事は意外だったが、二人ともあっさりしたタイプなので、案外お似合いかも知れないと思っていた。
「久しぶりに会った梅ちゃん、どうだった?」
「あー、なんか」
冬唯はスマホをテーブルに置いて、一瞬窓の外を見る。

「オレの彼女、なんか可愛かったわ」

「へえ〜」
冬唯からの意外な答えに、駿は少し驚いた。
「あと、なんかオレがヤバかった」
そう言って冬唯は笑った。



「つばさ、首、虫にでもさされた?」
廊下でつばさのうなじの赤い跡を見て、母は言った。
つばさは首を触った。
「ああ、何か痛いと思ってた。やだ白いとこじゃん、目立つ?」
「ちょっとカッコ悪いかもね」
「まあ普段髪下ろすから分かんないよね」
「薬、洗面台の引き出しにあるよ」
そう言って母親はリビングへ戻っていく。

お風呂に入ろうと洗面所へ行き、鏡を取り改めてうなじを見る。
白い部分に、赤い痣。
(これって……)
つばさの顔がみるみる赤くなる。

(冬唯くんがつけた、跡だ……)

今日、冬唯がうなじに触れた唇の感触を思い出す。
一緒にいる時は意識して死にそうになるので、考えないように考えない様にしていた。
(もう、これ、絶対わざとだよ……)
困ると思うのと同時に、好きだという感情がこみあげてくる。
(もう、何〜…)

「ホント、困る!!」
服を脱ぎ捨て風呂場に入ると、つばさはシャワーの蛇口を思い切り捻った。

 
 

ラブで抱きしめよう
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