意地悪な彼はホンモノじゃない

11 バースデイ

   

2学期も始まり、教室では夏休み前より大人びて見える生徒の顔もあった。
(私は・・・)
つばさ自身は2年に上がった時、まさかこんな気持ちでこの夏を終えるとは想像もしていなかった。

今の自分は、確かに冬唯の事が好きなんだと思う。
恋愛をした事が無いというのは自覚していたが、冬唯の事を好きになってから尚更、今抱く気持ちは全く未知のものだった事を痛感した。


「あ、梅ちゃん」
「桑平さん」
体育の授業、2人1組の指示で、偶然つばさは鈴乃とペアになる。
「ストレッチ始めて〜!」
教師の指示で、2人はストレッチを始めた。
グラウンドの端、視野に冬唯の姿が見える。

2人は並んで座って、順番を待つ。
「…梅ちゃんって、片倉と付き合ってどのくらい経つ?」
鈴乃はストレートの髪をきれいにアップにして、体育の授業に出ていた。横顔がシュっとしていて、キレイだなとつばさは思う。
「え?う〜ん…、4カ月ぐらいかな」
口に出してみて、とりあえず3カ月過ぎた事に、つばさはホっとする。
「変な事聞いていい?前から思ってて、…すごく不思議だったんだけど、片倉と梅ちゃんって、付き合うほど仲良かったっけ?」
「ぜ…全然」
この手の質問は、他の女子にも時々されていた。
その度に困って 、うやむやに話を流していた。
「ふ〜ん、余計に不思議、なんで付き合う事になったの?」
「そう言えば、桑平さんは冬唯くんと仲良かったよね」
つばさは何気なく話をそらす。
鈴乃が冬唯とよく一緒にいるのは、頻繁に見ていたので特に他意もなく、つばさは鈴乃に言った。
しかし何となく鈴乃はつばさの言葉が引っ掛かる。

改めて『冬唯』と彼の事を普通に名前で呼んでいるつばさの特別感に、自分の方がつばさよりも付き合いが長いのに負けているような気がして、何だか鈴乃はカチンときてしまう。
「私は小学校から一緒だからさ、…って言うか、梅ちゃん夏休みほとんど片倉と会ってないんじゃないの?」
「うん…あんまり会ってないね」
つばさはそう返事をして、思い出す。
「桑平さんは、軽井沢行ったんだよね。いいなあ〜」
ポロリと本音が出てしまう。
「梅ちゃんも来れば良かったじゃん。彼女なんだから」
「ん〜、でも私もバイトしてたりだったし…」
「片倉の誕生会、楽しかったのに」
「誕生会?」

つばさは鈴乃を見た。
逆に鈴乃が驚いてつばさを見返す。
「片倉の誕生会」
「冬唯くんって、…誕生日だったの?」
「え?梅ちゃん知らないの?」
今度は鈴乃が悪気なく言う。
「…彼女なのに?」



「冬唯くん」
体育の授業が終わり、昼休みに入る。
着替えるとつばさは、いつもすぐに教室を出てしまう冬唯のところへ慌てて行った。
「つばさ、どうしたの?」
財布の入ったズボンのポケットに手を突っ込んで、冬唯はまさに教室を出るところだった。
「えっと、・・・今日一緒に帰れないかな?」
「いいけど、あんまり時間無いけどいい?」
「うん。全然大丈夫」
「珍しいじゃん、なんかあった?」
「大した事じゃないんだけど、…あ、お昼買いに行くんだよね。ごめん、行って行って」
つばさは冬唯に手を振って、自分も今日子たちの方へ戻った。


鈴乃に冬唯の誕生日を聞いた時、彼女からものすごく同情されているのを感じた。
そして冬唯の誕生日を彼女なのに知らなかった事に、かなりショックを受けている自分に驚いた。
(彼女なのに)
人に言われると、その言葉はズシリと胸に響く。

そして放課後。
つばさの方から一緒に帰りたいというのが珍しくて、学校を出ると冬唯はすぐに言った。
「どうした?」
駅までの通学路は人も多く、つばさは周りを見る。
「その…、冬唯くんって、夏休み誕生日だったの?」
「そうだよ。17日」
「…そうだったんだ。なんか、桑平さんから、向こうで誕生会やったって聞いて」
「誕生会って言ったって、皆にケーキもらったくらいだけどな。それ以外はただの夜ご飯って感じで」
「……そっか」
言って欲しかったと、つばさは素直に言葉にできない。
そんな彼女の様子を察して、冬唯は言った。

「ごめん。…言う機会なくて」
「ううん。でもなんか桑平さんから聞いたのが、ちょっとショックで」
「…ごめんな…。でも、考えたらオレもつばさの誕生日知らないんだけど」
冬唯の歩みが緩む。
「え?私の?」
冬唯の誕生日を知らなかったというショックで、つばさは自分の誕生日の事がすっかり頭から抜けていた。
「私……」

一瞬つばさは歩を止めてしまう。
立ち止まった2人を、怪訝な顔で男子生徒たちが見ながら抜かして行く。
つばさはハっとした。

「私、16日」
「え」
冬唯は驚きを隠せない。
「1日違いじゃん」
「そう……、ホント、そうだった」
なぜ気付かなかったのか、つばさは自分の鈍さが嫌になった。
冬唯の事ばかり考えて、自分自身の事と結びつかなかったのだ。
「誕生日言わなかったって、…オレの事、ちょっと責めてなかった?」
「………」
「全然、人の事言えねーじゃん」
冬唯は笑ってしまう。
そして手を伸ばして、つばさの頬をつまむ。
「つばさこそ、皆とカラオケ行ってんじゃん。オレに何も言わないで」
「……ごめんなさい」
つばさは素直に謝ったが、ふと思う。
(なんでカラオケに行ってた事に、すぐ気付いたんだろ…?)

しばらく考えて、つばさはピンと来た。
「冬唯くんの誕生日…、テレビ電話したよね」
「うん」
(カラオケって、その前の日だった)
「あの時誕生日だったんだね」
「そうだよ」
8月に入ってから離れていて、携帯越しであったが冬唯の顔を見て話したのはあの時が初めてだった。
「やっぱり、…言ってくれれば良かったのに」
いつも穏やかなつばさの語気が荒くなる。
拗ねたような彼女の様子に、冬唯は少しニヤついてしまう。
「つばさこそ、自分の誕生日言ってくれたら、オレも絶対言ったのに」
駅まで向かう通学路なのに、冬唯はつばさの指先を触った。

「でも1日違いってすごいね…、もうちょっとで同じ誕生日だったよ」
「そうだな、オレ、誕生日がこんなに近い知り合いって今までいなかったかも」
人差し指だけで手をつなぎ、歩く2人の距離が縮まる。
つばさは急にドキドキしてくる。そして言った。
「誕生日のお祝い…、やり直す?」
「う〜ん…」
冬唯は少し考える。
改札が見えてきたので、つばさの手を離した。

ホーム上、他の生徒から少し離れたところで、2人は電車を待つ。
反対側のホームでも、冬唯の事をなにか話しながら見ている女子生徒たちがいた。
「誕生日祝いは、来年まだ付き合ってたら盛大にやろうよ」
「ん……」
つばさは薄く頷く。
(来年、付き合ってたら…)
彼が女子と長く付き合わないという事は、涼香たちだけでなく、他の女子からも言われていた。
(来年まだ付き合ってる姿が、全然想像できない……)
つばさの気分は沈んだが、気持を切り替えて笑顔を作った。


LINEだけの日が多いが、その晩は冬唯と電話で話した。
『誕生日1日違いって、何か縁だなあ』
電話で聞く冬唯の声は、つばさが普段聞いているトーンより高い感じがする。
彼の軽いしゃべり方のせいもあるのかも知れないが、その違和感もつばさはいいなと思っていた。
「うん………、ねえ」
帰り道でした会話を思い出す。
『ん?』


「来年、私達って、まだ付き合ってるかなぁ……」

つばさはベッドに寝転がり、天井を見ていた。
自分の部屋でリラックスしていて、つい本音が出てしまう。

『先の事は、分からないよな』

静かで優しい冬唯の声。
その言葉は確かで、本当に先の事は分からないとつばさは思う。
むしろ、もう別れてるんじゃないかという予感めいた事を言われなかった事にホっとする。
「来年、もし付き合ってたら・・・」
『うん』
「今年の分まで、冬唯くんに私のお願い聞いてもらおうっと」
『何…?何だよ…怖いな』
冬唯の声の調子に、つばさは笑ってしまう。
『じゃあ、オレも、つばさに何してもらうか考えとく』
「え〜?私も?」
『そうだろ?オレの誕生日でもあるんだから』

それから少しだけ他愛もない話をした。
(来年……)
1年も先、自分自身がどうなっているのかも分からない。
お互い受験生で、現役合格を目指している冬唯は、きっともっと時間が無いだろう。
その時に、自分が今のように付き合っているというイメージが湧かない。
(でも、もし付き合ってたら……)
冬唯に何をしてもらうか、考えるのは楽しい。
例えそれが叶わなかったとしても、想像するだけでつばさは冬唯に対して、少し前向きな気持ちになった。

 
 

ラブで抱きしめよう
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