意地悪な彼はホンモノじゃない

12 きっかけ

   

「つばさちゃんお疲れ」
「お疲れ様です〜」
日曜日の夕方、つばさは着替えて、カフェから自宅へと向かう。
夏休みに始めたアルバイトは辞めずに、そのまま都合の合う土日のシフトに入っていた。
冬唯との関係は相変わらずで、学校で顔を見て、週に1回一緒に帰るという一学期の関係のままだった。
夏休みの間に会えなかった分、学校で会えるので寂しくは無かったし、元々『交際』がこうあるべきというのをよく分かっていないつばさは、そんなものなのかなと思っていた。

9月半ばにはテスト準備に突入し、あっという間に9月が終わってしまう。
すぐに文化祭の準備が始まり、バタバタしているうちに前日になった。


「なあ、冷蔵庫の位置ってここになる?」
しゃがんだまま、相馬がつばさに声をかけた。
つばさたちのクラスは、屋外で焼きそばの屋台をする。
渡り廊下で日陰ができる、いい場所だ。
既に屋台の骨組みはできていて、つばさは設営係だった。
今日は全員ジャージ姿だ。
「て言うか、そこしか無いよね。今日子〜、ここで合ってる?」
屋台の外で布の準備をしている今日子のところへ、枠を乗り越えてつばさは確認へ行く。
今日子とつばさはバイト先の子からお土産でもらった、色違いでお揃いのTシャツを着ていた。
「図面、これ。いいんじゃない?相馬〜、そこしかないから、物を置かないように何か分かるようにしといて」
今日子は中にいる相馬たちに声をかける。
設営は主に男子の仕事なのだが、細かい飾り付け等があるため女子も入っていた。

屋台の周りに貼る布を広げながら、今日子はつばさに言った。
「さっき、あっちで片倉見たよ。めっちゃ女子に囲まれてた」
「ホント?私も見えたような気がする…」

チラシ係の冬唯は、門の方で作業をしている。
クラスから離れた作業のため、ここぞとばかりに色々なクラスの女子が冬唯に声をかけているのは、つばさも遠目からだが気付いていた。
「相変わらずモテてるね。つばさ、ああいうの気にならないの?」
「え〜?全然。だって冬唯くんって元々ああいう感じの人だし」
つばさは本当に気にしていなかった。
つばさが冬唯から声をかけられる前、まだあまり彼を知らなかった頃、冬唯の事で唯一印象に残っているのはやたら女子にモテていたという事だけだ。
なので、彼が女子に囲まれている姿を見ても、それは冬唯のキャラクターなんだなと思うぐらいだ。
「ねえ、文化祭、片倉と一緒に回らないの?」
「どうかなあ…。当番の時間も違うし、バタバタして一緒にいられないんじゃないかな」
つばさは布の端を掴んで、今日子の持つ方と反対方向へ引っ張る。
「初カレで、同じ学校なんだしさ。せっかくの機会じゃん。一緒にいたらいいじゃん」
夏の間、結局彼氏を作らなかった今日子は羨ましそうに言う。
「そういうもんなの?」
つばさの印象として、文化祭の時にカップルで過ごしている子たちはそんなにいないような気がした。
去年の事を思い出しても、文化祭でいちゃついている人達は妙に目立っていたし、自分があの派手な冬唯とそんな事をして余計に目立つのも嫌だなと思う。
「う〜ん…別にいいかなぁ…」
ボソっとつぶやき、つばさは布を画鋲でしっかりと留める。
冬唯が女子数人と一緒に文化祭を過ごしているのを想像したが、それは自分が一緒にいる姿よりもしっくりきているような感じがした。


枠の中では鉄板が置かれ、相馬をはじめとする男子が数人で力仕事をしている。
「明日、午前中当番で一緒だよね」
つばさは相馬に言った。
相馬は中学の時から一緒で、つばさは彼と仲がよく、一度告白もされていた。
つばさが断った後に、相馬にはすぐ彼女ができて今でも続いている。
一瞬気まずい時もあったが、彼女ができてからはまた相馬とつばさは友達に戻っていた。
「今日子ちゃんも一緒だよな」
「うん、そう〜♪よろしくね。相馬って、家がお好み焼き屋さんなんだって?」
「そうだよ」
相馬は顔を上げる。
彼はイケメンという感じではないが、爽やかでいかにもスポーツマンというタイプだ。
「じゃあ、明日頼りになるね!」
「田丸の方が断然頼りになるぜ、こいつ夏休み海の家で1日中焼きそば焼いてたらしいから」
相馬を一回り大きくして、少々チャラくしたようなキャラの田丸が、相馬の言葉に頷いて笑う。
「お〜、すごいね。そうだ、相馬の家でクラスの打ち上げするのも良くない?」
今日子が嬉しそうに言う。
「それ、去年のクラスでもうやったぜ」
相馬が笑って言った。
「そうそう、やったよな〜。盛り上がったよな!」
1年の時から相馬と同じクラスだった田丸も笑った。

文化祭の打ち上げの話でしばらく盛り上がった後、ふっと田丸が言った。
「そう言えば、梅田って片倉と付き合ってるんだよな」
「うん…一応」
「片倉と梅田って…、なんだかピンと来ない組合わせだけど」
「う〜ん…」
自分でもそう思うので、田丸の言葉につばさは言い返せない。
「でもさ、つばさも結局、顔のいいヤツが好きだったんだな」
自虐的な意味も込めて、相馬は苦笑いする。
何となく馬鹿にされたような気がして、つばさはムキになって答える。
「別に、『顔だけいいヤツ』が好きってわけじゃないし」
「へー、じゃあ片倉のどんなとこが良かったのか教えてよ」
過去につばさに振られた悔しさも少しあって、相馬は意地悪に言う。

「オレも聞きたい」

つばさたちのいる屋台の外で、冬唯が立っていた。
相馬と田丸は顔を見合わせ、しまったという表情になる。
「つばさ」
「はいっ」
別に悪口を言ってたわけでもないのにバツが悪くて、つばさも変な態度になってしまう。

「ちょっと来て」
「あ、…うん」
つばさは今日子達に目だけで頷くと、早足で歩く冬唯の後についていった。


校舎の階段を上がり、教室のドアを開ける。
「もう2時?」
荷物当番の男子が、スマホから目を離して顔を上げた。
「まだ早いけど、キリがいいからもう代わるよ」
冬唯の言葉にチラリとつばさを見、男子生徒は察してすぐに出て行った。

教室のドアを閉めると、冬唯は荷物の奥、カーテンの閉まっている窓際の机に座った。
開いた窓から風が通り、日陰の教室は外よりも随分涼しかった。
「どうしたの?」
つばさは冬唯の斜め前の席のイスをずらし、自分も机に座った。
「なんかスゲー楽しそうに男子と話してたね」
そう言う冬唯の目つきが少し嫌な感じで、つばさは少しムっとしてしまう。
「冬唯くんこそ、すごく楽しそうに女子と話してるじゃん、いつも」

「そんな事ないよ」
「ウソ。いつも女子に囲まれてハーレム状態じゃん」
別にその事で冬唯を責めるつもりはなかった。
ただ冬唯が自分の事を棚に上げて、つばさを非難しているような気がして思わず言った。
「何それ、オレつばさにそんな風に見られてたの」
「私に…って言うか、客観的に見てそうじゃん」
(まさかの自覚無し…?やっぱりイケメンの日常は違うなあ…)
自分とはかけ離れたその感覚に、つばさはため息が出てしまう。

「つばさ」
「………」
名前を呼ぶ冬唯の声がいつもより固い。
今日だって、冬唯は色んな女子と話していた。
しかしつばさとの時間は無かった。
何か言われるんじゃないかと思って、つばさは思わず身構えてしまう。
冬唯はそんなつばさの手を取り、つばさを立ち上がらせて自分の方へ引き寄せた。
彼のそんな一連の仕草のスマートさとは対照的にに、つばさは緊張して動悸が高まる。


「明日、オレと回ろ」

机に座っている冬唯は目の前に立つつばさを正面から見た。
「へっ?」
予想外の冬唯の言葉に、身構えていたつばさは拍子抜けした。
「誰かと予定あんの?」
立ち位置から自然と上目遣いになっている彼の顔を見て、つばさは改めてキレイだなと思う。
だからこそ余計に、至近距離での彼は苦手だ。
「無い…よ…」
冬唯と文化祭を一緒に回る事を想像してはいたが、現実になると思っていなかったつばさは戸惑う。

「オレさ」

冬唯は手を伸ばして、風に揺れて少し開いたカーテンを、窓が完全に隠れるように直す。
「オレ、今日色んな女子から声かけられて」
そしてつばさの手に、自分の手を戻した。
「結構誘われてさ」
「………」
自慢でもされるのかと、つばさはほんの一瞬だが嫌な気持ちになる。
冬唯が改めて、つばさを握る手の力を強めた。

「でも、結局自分の彼女からは何も言われなかった」

(あ………)
そこで冬唯を誘うという発想が、まるでなかった事につばさはハっとした。
「……」
言葉を止めた冬唯に、つばさは何と返していいのか分からなかった。
手の上の彼の手が、急に冷たくなっていくような気がした。

「……ご、ごめん…」
とっさに何も思いつかなくて、そう言ってしまう。
「別に、謝る事じゃないよ、オレが誘えばいい話だし」
冬唯の声は優しかった。
少し笑った顔も、つばさを責める感じではなかった。

「 強引に付き合って、これまで色々な事しちゃったけど…、やっぱりつばさの気持ちはあんまりオレに向いてないのかなって」
(冬唯くん……)
つばさの動悸が激しくなる。
「まあ、多少はオレの事、好きなのかも知れないけど。でも休みの日とかつばさから誘ってきたりとかもないし…オレってつばさにとってどんな存在なんだろって、たまに考える」
冬唯が少し目を伏せる。

彼の美しいまつ毛が揺れた。
つばさの手が、緊張で震える。


冬唯の方から誘ってくれるのを待つばかりで、
自分の方から誘うとか声をかけるとか、そんな風に思った事が無かった事につばさは愕然とする。
今、こう言われるまで、全く気付かなかった。

(私……)
付き合っているのに、考えてみれば冬唯からしてもらう事ばかりだった。
自分から、冬唯のために、何かした事があっただろうか。
そんな自分が情けなかったし、酷いなと思った。
冬唯からしてもらうのが、最初から当たり前のような気がしていた。
―― 冬唯の周りにいる女子の事を思い出す。
自分が彼女たち以上に積極的になった事は無い。
冬唯の行動に甘え過ぎて、知らないうちに彼に対して傲慢になっていたのではないか。

「冬唯くん」

言葉が見つからない。
ただ彼が離れて行きそうで、手が触れているのに遠くにいるようだった。
もしかしたら彼にずっと寂しい想いをさせていたのは、自分の方なんじゃないか。
自分が寂しいと思うばかりで、何ひとつ行動を起こしていなかったことを今更に猛省する。

(冬唯くん……)

手を触れたまま、つばさは彼に近づいた。


冬唯の唇に、つばさの唇が触れる。
つばさにとって、自分からした初めてのキスだった。
「…………」

唇を離し、改めて冬唯の顔を見た。
「…好き…、冬唯くん」
つばさはそれだけ言った。
それ以外、気持を表す言葉が無かった。


「つばさ」
冬唯は驚いてつばさを見た。
つばさの髪に手を入れ、首の後ろに手を伸ばす。
ゆっくりと、彼女の体ごと自分の方へ引き寄せる。
「……つばさ」
かすれる小声で、つばさの耳元で冬唯はささやいた。
つばさは冬唯の膝の上に乗せられ、腰に彼の腕が回る。

「………」
「………」

冬唯はつばさへキスした。

うなじに触れる冬唯の手がくすぐったくて、つばさは震えた。
彼の指が耳に触れ、親指があごに触る。
(冬唯くん……)
唇に触れた彼の柔らかい唇が離れ、そしてまた触れた。
(あ……)
舌で唇をなぞられ、割られる。
冬唯の舌が、つばさの舌に触れる。
思わず確かめるように、つばさも冬唯の舌を舐めた。
彼はその舌をさらにつばさに押し付ける。

「ん……、あっ…」

口を開けられて、思わず声が出てしまう。
冬唯の唇は、柔らかくつばさの唇を食む。
呼吸をするように開いた口の間で、舌が絡む。

「はぁっ…、んっ…」

激し過ぎる動悸と、自分のペースで呼吸ができない事で、つばさの息が上がる。
冬唯が触れている自分の首が熱い。
そこを中心に大きく脈を打って、心臓の音が喉から出てしまいそうだ。
つばさは言葉につまる。

唇が離れて見つめ合う一瞬、つばさは冬唯の目に6月の彼の部屋での事を思い出した。
冬唯なのに、彼じゃないような目の輝き。
彼の体のずっと奥から放たれたその光は、つばさの体の奥まで貫いてしまうような気がした。

「つばさ、……好きだよ」

泣きそうな彼の声の響きを確認する間も無く、またつばさは冬唯にキスされる。
(ああ……冬唯くん…)
何度も触れてくる彼の唇を受け留めるだけで、つばさは精一杯だった。
不思議と心がつながっていくような気がして、体が壊れてしまいそうな動悸の中で、なぜか安心する。
(冬唯くん……)
無意識につばさも冬唯の首に触れていた。

窓の外では文化祭の準備で色々なところから声が聞こえる。
誰もいない教室の中、つばさと冬唯は何度もキスをした。




「はあ、はあ……」
廊下をバタバタと走り、踊り場のところで2人は止まった。
「み…見た?」
膝に手を当てて、万結は鈴乃に言った。
「もちろん……」
鈴乃の喉がそこでゴクンと鳴る。

壁に背をつき、2人は息を整える。
冬唯が荷物当番なのを知って、万結と鈴乃は教室に行った。
そこで、冬唯とつばさのキスを目撃してしまったのだ。
「き、気付かれてないよね…」
「あれは全然気付いてないでしょう」
慌てて走ってきたので、まだ息が上がっていた。
教室のドアの隙間から、冬唯がつばさを膝に乗せてキスしているのが見えた。
万結と鈴乃は固まって、しばらく無言でその様子を見てしまった。

「すごいキスじゃなかった……?」
万結はドキドキしていた。
付き合っている浩紀とだって、あんな情熱的なキスはした事がない。
「片倉、……あ、あんなキスするんだ…」
鈴乃はもっとドキドキしていた。
長い期間、ずっと薄く想いを抱いていた冬唯の、自分は友達の顔しか見た事のない冬唯の、キス。
「え、え、え、エロかったよね」
「す、すんごくエロかった……」
2人とも赤面してしまう。

「ヤバい、片倉の顔、普通に見れるかな」
「え〜、私、梅ちゃんの顔もしばらく見らんないかも…」
「はあ……」
階段を下りながら、2人は先程の冬唯たちのキスをまた思い出してしまう。
「ちゃんと付き合ってたんだね、あの2人」
鈴乃は言った。
こんな風に目の当りにするまで、冬唯とつばさが付き合っていると知っていても、あまりピンときていなかった。
特につばさが純情そうなので、尚更性的な方面の想像ができなかった。
「片倉、エロかった……」
「うん、ヤバイね、あれは…」
「仲、いいんじゃん」
「いいんだね」
あんな姿を見せられて、色々な意味で鈴乃はショックだった。
「はー、もう、帰ろうかな」
「帰りたいね、ああ!でもカバン教室じゃん!」
「ああ〜……」

遠目でしか見ていないが、冬唯のつばさへ触る感じが色っぽかったのを鈴乃は思い出す。
「はあ〜…」
すっかり当てられた万結と鈴乃は、仕方なくクラスの仲間が集まっている屋台の方へ向かった。

 

 
 

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