意地悪な彼はホンモノじゃない

13★ 冬唯・SIDE1

   

ゴールデンウィークもあと1日で終わるその日、オレは不覚にも花粉症の薬を切らしていた。
市販の薬はやはり合わなくて、飲んでみたもののさほど効果は感じられない。
オレは最終手段として一応持っていたゴーグルみたいな眼鏡をして、あまりの格好悪さに誰にもバレないようにひっそりと、ゴールデンウィーク最終日の塾へ行った。

この期間は入塾体験を受け入れていて、教室内がいつもよりはるかに騒がしい。
お試し期間だけの冷やかしの奴も多くて、真面目に来ているオレとしては非常に迷惑な話だ。

真後ろにいる女たちの会話がまる聞こえで、恋愛系の話をしているようなのだが、その内容が嫌でも耳に入ってくる。
「高2にもなって、初恋もまだなんて〜…」
(おいおい、マジかよ…)

「うちのクラスに1人イケメンいるじゃん、片倉って奴」

(は?)
――― 突然、オレ?
それに、まさかの同じクラスかよ。

「どんな子だっけ?」
「え〜?覚えてないの?!」
大体の女子がどういう目でオレを見ているかというのは、さすがに自覚していた。
正直、逆に自覚していないと、人間関係的にややこしい事になる。物心ついた頃から、それは嫌という程経験していた。
だから同じクラスなのにオレの存在を認識していない女子がいるというのは、ちょっと高慢かも知れないが驚きだ。

もう1人の女子がオレを推してるっていうのに、そいつの反応はまるで乗り気じゃない。
「え〜、ヤダよ。ああいうキラキラな子って面倒くさそうじゃん」
(そういう視点もあるのか……)
って言うか、本人が今、君の目の前にいるんですけど。

つばさ、って誰だ?

クラスの女子全員の苗字も、まだ覚えていない。
名前だけで分かるわけなかった。
(誰だよ、明日、確認してやる……)
何なら、ちょっと話しかけてやるつもりだった。



教室に入り、オレはすぐに『つばさ』を探した。
(なんだ、梅田かよ……)
向こうがオレの事を認識していないというのに、オレの方は梅田の事を覚えていた。
なぜ覚えていたかと言うと、わりと好みだったからだ。
目立つ派手さは無いが、目鼻立ちが整っているので、絶対化粧したら化けるタイプだと思っていた。
最近髪を切って、ボブっぽくした髪型も似合っていて可愛い。
(それにしてもあいつ、初恋もまだってマジか)
近寄ってみると、大声で合コンの話をしている。
(誰でもいいとか言ってるやつに、認識されてないオレって…)

事実として、オレは何もしなくても女子にはかなりモテていた。
いつの間にか女子からちやほやされるのが当たり前になっていて、全くオレの事なんか眼中にない梅田に対し、妙なプライドが刺激された。
全然男慣れしてないのも面白そうだ。
それに改めて見ると、やっぱり結構オレのタイプだ。


付き合ってみないかと言ったのは、本当に軽いノリだった。

初々しい反応も楽しそうだったし、何よりオレに対して全く関心が無いというのが、オレの興味をひいた。
「とりあえず、彼氏彼女ごっこでもいいから、オレで初カレ気分味わってもいいんじゃない?」
そういうオレに対して、露骨に不審な目で見てくる彼女。
世の中の男がふられる時ってこんな感じなのかもと、オレは想像する。
そして余計にどうでもいいプライドを保とうと火が点く。

納得のいっていないつばさを、強引に引っ張る形で交際が始まった。



その日の放課後から、オレはあいつと一緒に帰った。
移動の時には、必ず手をつないだ。
彼女は戸惑い慌てながらも、次第にオレのペースに慣れてくる。
意外に押しに弱いタイプだと思った。

つばさは一緒にいるといつもオレの事をじっと見てくる。
今までの女子たちと違って、下心があると言うのではなくて、まるで観察されているみたいだった。
話すとあっさりしていて、これまで全然しゃべった事が無かったはずなのに、なぜか普通に付き合いの長い友達といるような安心感がある。
(変な奴……)
いや、変じゃないか。
多分異性としての好意が無くて、ただ仲が良いというだけならばこれが普通なんだろう。

長年一緒にいる鈴乃でさえ、時折オレへの異性としての執着を感じる事がある。
つばさには、オレに対してそれが無い。


「なんで恋愛がしたいなんて、思ったの?」
放課後一緒に帰りながら、オレはつばさに改めて聞いた。
思い切りオレの事を不審がるわりに、不思議と『彼氏・彼女になろう』という提案を断られた事は無かった。
彼氏が欲しいと言うのは本心なんだろう。

「なんか、周りの女の子たちが羨ましくなって」
「どんなとこが?」
「もちろん友達との話題に入りたいっていうのもあるけど、どんな気持ちなのかなって思って。みんな一生懸命と言うか、誰かを本当に好きな時の女の子って、すごくキラキラしてない?」
「そういうものかな」
「冬唯くんの接する女の子は、みんな多かれ少なかれ冬唯くんに好意があるから、…もしかして冬唯くんは、女の子のそういうキラキラが日常になり過ぎてて分かんないんじゃない?」
「う〜ん?」

確かに嬉しそうにオレに話しかけてくる女子たちを、可愛いと思う事もある。
しかし小学校の時に、オレを好きだと言った大人しい女子を、また別のオレに好意を持っていた活発な女子がいじめているのを目撃してしまった。
彼女たちの中では微妙な力関係ができあがっていて、オレと仲良くするのを許されるグループと、そうでないキャラの子がいるらしい。
そうでない方の子がオレと仲良くした時、女どもはすぐもめる。
女の裏表は、見えてしまうと気分のいいものじゃない。

(キラキラだけって、わけじゃないんだよな…)

いつからかオレは、そんな女子たちが黙るしかないような、女子の中でも文句の付けようの無い外見で、女子の中での立ち位置上位の子を選んでつきあうようになっていた。
結局それが平和だからだ。
しかし大して好きでもない子と付き合っても、些細な理由からすぐ別れてしまう。そしてまた他の可愛い子と付き合うというのの繰り返しだった。

オレの彼女がコロコロ変わるので、いつからかオレがどんな女の子と仲良くしようとも、外野からはあまり言われないようになっていた。
それはオレ的には楽だったし、もともと執着しない性格だったから『付き合ってもすぐ別れる』キャラで助かっていた。



「美術の時間に今日子とふざけて描いた漫画がおかしくて」
屈託のない笑顔を見せるつばさは、確かに普通に可愛いし、かなり和む。
帰り道、他愛の無いおしゃべり。
彼女は人の悪い噂を全くしないし、それに話し方に嫌味が無い。
嫌味が無いのはつばさの言い回しなのだろうが、それってなかなか難しい事だと思う。
かと言って、オレに対しては他の女子が言わないような事をズバズバ言ってくる。
でもそれはそれで、オレはつばさのそんな事を気に入っていた。

つばさに声をかけた時、単にミーハーな子なんだろうと思っていた。
だから恋愛経験が無いだけで、オレには簡単にひっかるだろうと想像していた。
現実には、彼女と一緒にいると、オレは不思議と自然でいられる。
相性というのがあるとしたら、まさに相性がいいという表現がピッタリくる。
『彼女』に対して、そういう感じは初めてだった。
つばさの雰囲気とノリで、油断していると、つい普通に友達みたいな気分になってしまう。

(つばさにオレの事を恋愛対象として意識させる事ができるか…)

彼女の態度から、つばさはオレの事を全然恋愛対象として見ていないんだなと思う。
オレ自身はどうかと言えば、もう半分意地になって、なんとかつばさにオレを意識させたかった。
少なくとも、つばさがオレ以外の誰かを最初に好きになってしまうのは嫌だなと思う。
付き合おうと言ってまだ数日しか経っていないのに、オレの中で独占欲が芽生え出していた。


入ったハンバーガー屋で、オレはつばさに言ってみる。
「『彼氏』との放課後デートってのも、だいぶ慣れてきた?」
「えっ?」
つばさは飲み物を持つ手を止めて、ゆっくりとテーブルへ置く。
そして少し考えてから、答えた。
「彼氏っていうのはピンとこないけど…。冬唯くんにはだいぶ慣れてきたよ」
「ホントに?」
「うん。なんかこうやって、2人でご飯とか普通にできる」
そう言って、つばさはニコっと笑った。
下心無く真っ直ぐにオレに笑顔を向けてくれる女子は稀で、オレの方がちょっとドキっとさせられる。

「普通ね…」
オレはつばさの目の上の辺に、キスした。
全然男慣れしていないであろう彼女に、不意打ちしたつもりだった。
「えっ…??」
その時のつばさの顔は、赤くなっていたかも知れない。
だがそれ以上に、自分が何をされたか分かっていないような、ただひたすらに戸惑った感じだった。
目を丸くして、ただオレを見ていた。

(今、お前にキスしたんだよ)
確認するみたいに、オレはつばさの指にまたキスした。

「冬唯くんって…なんか、スゴイね!」
「え?…スゴイ?」
(ええ?なんなんだ、この反応)

「イケメンって、ホントにこんな漫画みたいな事できるんだ〜!」

つばさは好奇心いっぱいの表情で、さらにオレを凝視する。
もっと…恥ずかしがるとかもしかしたら怒るとか、そんな感じだと思っていたのに、予想に反した反応にオレの方が慌ててしまう。
「…そんな風に冷静に言われると…」
対応に困ってしまう。
これじゃあ、ただの痛い奴じゃないか。
『イケメンってこんな事できるんだ』って、改めてつばさに言われて、本当にオレの行動がただの自信過剰でヤバかったという事を痛感して、俺は猛烈に恥ずかしくなった。

(はあ……)
隣にいるつばさは相変わらずオレを見ていて、さらにニコニコしている。
(カッコつかねーな…)
恋愛感覚が相当鈍い…と言うか本人いわく、皆無だというつばさに対して、オレの中の意地がもっと大きくなってくる。
(絶対、落としてやる…)
無邪気な彼女を見て若干の不安を感じながらも、オレは誓った。



できるだけつばさを緊張させないようにしようと思っていた初デート。
オレのそんな心配も全然要らなくて、一緒にいるつばさは常に楽しそうにしていた。
(ホント、気を遣わなくていいんだよな)
私服のつばさは、何となくオレが予想した通りの感じ。
可愛過ぎない服のチョイス。
高過ぎないヒール。
映画にしようというオレの提案に、つばさが一番に挙げた映画はオレが見たいと思っていたものだった。

(ラク……)
つばさは、ひと言で言ってしまえば、『楽』だった。
ランチに入ったお店でも、オレより早く頼むものを決める。
ちょっとした事で機嫌も損ねないし、それどころかいつも笑顔だ。
(こいつ、自覚無いだけで結構モテてたんじゃね?)
オレはそう感じた。
恐ろしい鈍感さで、これまで結構友だちというカテゴリーの男たちの感情を、振り回してきたんじゃないか。

歩きながら、つばさと手をつなぐ。
月曜日に付き合うと宣言してから、移動の間はずっとそうするようにしている。
オレは本来彼女とそんな風に歩くタイプじゃないのだが、こうした方が『カレカノ感』を確認できると思ったからだ。
そうでもしないと、本当に普通の友達のようになってしまう。

チラリと彼女を見ると、オレにだいぶ慣れたつばさは少し笑顔を返してくれる。
それが何とも自然で、オレはつばさを握る手に力が入る。

(この手…好きだな)

そもそも付き合おうとわざわざオレから言うなんて、その時点でつばさには何か特別なものを感じていたのかも知れない。
それは無意識に。
(何か違う……)
つばさと合う回数を重ねる度に、少しずつ自分の中で感じる。
(何だ?この違和感)
これまでの自分と、つばさの前の自分、そして本音の部分とのズレ。
やってきた事と、行動している事、今本当に思っている事…。

「冬唯くん、改めて…ありがとう」
帰り道、つばさがかしこまって言う。
「ん?どういたしまして?」
デートの後に、こんな風に丁寧にお礼を言われるのは新鮮だ。

「冬唯くんが私と付き合いたいって言った時は、すっごく胡散臭かったんだけど」
「なんだそれ、ひで。でも、まあそうだよな」
「でもでも!冬唯くんが声かけてくれたから、こうやって遊んだりできたんだもん」
「はは」
(確かに塾での事が無かったら、今でもつばさとしゃべってなかっただろうな)
どういう巡り合わせなのか分からないが、結局付き合うと言ってからのこの一週間、ほとんどの日をつばさと過ごしている。
(何か、不思議だな…)

日曜の夕方なので、住宅地の駅からの歩道は、いつもより人通りが少なくてゆったりしている。
「冬唯くんはイケメンだし、性格も良さそうだし、すごくモテるっていうのは分かるけど。…でも、冬唯くんは冬唯くんだからいいんだなって思った、全然うまく言えないんだけど」
「んん?」
オレは歩くペースを緩めて、植栽の茂るビルの入口へ寄る。
休日なので、自動ドアは止まっていた。

「見た目の良さとか関係なくて、冬唯くんといるとすごく楽しいなって思うよ」

(楽しい…?オレと一緒にいて…)
自分で言うのもなんだが、カッコいいとか、優しいとか、そういう表面的な褒め言葉はこれまで沢山聞いていた。
楽しいと言われたのは初めてだ。

(…可愛いな)
素直に、本当に本心からそう思った。

「…オレも、つばさがいつもニコニコしてるから、楽しい」
そのオレの言葉を聞いて、つばさはもっと笑顔になる。
いつか初めての本気の恋をして、その笑顔をオレ以外の他の誰かに向ける事があるのかも知れないと思うと、つばさの手を握る指に自然に力が入った。
「でもオレら、友達じゃないから」
「…?」
つばさは立ち止まった。
オレは繋いでいるつばさの手を、自分の方へ引き寄せた。

「…『彼氏・彼女』じゃん」

居心地の良い雰囲気に流されてしまうから、また言葉にして確認する。
一歩踏み込みたくて仕方が無くて、オレはつばさにキスした。

結構しっかり唇に触れた。
唇に感じるつばさの唇の感触は柔らかくて、一気にドキドキしてくる。

「……!」

つばさは体を引いて、びっくりした顔でオレを見てくる。
あまりに驚き過ぎて、無言だった。
みるみる顔面が赤く染まって来て、あっという間に耳まで真っ赤になる。
先日、ファストフード店でした軽いキスの反応とは、全然違っていた。
「……」
つばさは唇を押さえ、ただ困ったような恥ずかしいような表情で、オレをひたすら見ていた。
オレがしっかり手を繋いだままなので、まだキスできるぐらいの至近距離だ。

(やばい、マジで可愛い…)

オレは思わずつばさをギュっと抱きしめた。
腕の中のつばさは小さくて、やっぱり可愛くて、外だと言うのに押し倒したい衝動が沸き上がってくる。
先にマジになってきたのはオレの方かもと、この瞬間にオレは自覚した。


 
 

ラブで抱きしめよう
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