意地悪な彼はホンモノじゃない

15★ 冬唯・SIDE3

   

つばさの気持ちを確認したかった。
昼休み、中庭につばさを連れて行って、2人で話す事にした。

つばさがオレのペースに流されている事は分かっている。
この付き合い自体も、一昨日の行為も。
しかし最初は不審がっていたつばさも、今はオレの隣にいるのが自然な気がする。
多分、このままつばさの近くにいたら、オレはまたすぐに手を出して、つばさはまた流されるだろう。
ものすごく辛そうで、めっちゃ泣いていたつばさ。
彼女にあんな顔をさせるのが嫌だというのは正直オレの本音だったし、そうさせてしまった自分を今でもかなり嫌悪している。

(オレ、結構つばさの事好きなのかもな…)

隣に座るつばさを見ていると、改めてそう思う。
あれ以来、彼女の表情はちょっと固い。
何だかオレの方ばかりがつばさに惹かれている気がして、悔しい気持ちもある。

考えてみれば、最初からつばさとの交際は意地みたいなもので始まっていた。
大体の女の子が自分に興味を持ってくれて当たり前といううぬぼれ。
そんなしょうもないプライドのために、つばさに自分から声をかけた。
そもそも男女交際について、オレはそんなに深く考えてなくて、つばさに対しても、今まで沢山いた彼女のうちの1人ぐらいしか思っていなかった。
そんな風に軽く考えていたのに、一昨日つばさを傷つけたんじゃないかと思って、オレはあれからずっと不安だ。

前を向いているつばさの、分かれた髪の隙間から覗く首筋を、オレはちょっと後ろの位置から見ていた。
細い首でさえ、柔らかそうだ。
(あそこにキスしたいな……)
ボーっとしていると、またそんな事を考えてちょっとムラっとくる。
泣きじゃくるつばさの顔を思い出して、悪いことをしたと思う気持と同時に、またあの顔を見てみたいという真逆の感情が沸き上がる。
このままブラウスを後ろに引っ張って、ブラジャーのホックをはずす事を無意識に想像する。

(だから、そういうんじゃないんだって…)

「はあ……」
オレは自分自身がまたちょっと嫌になってきて、ため息をついた。
大切にしたいと思う気持と同時に起きる、意地悪したい願望。

「毎日一緒に帰るのは難しいから、一緒に帰る日決めよう」
「…うん」
「休みの日も、お互いの都合のいい時に会おうよ」
「うん」
そう頷くつばさは、少し寂しそうだった。
そんな彼女の表情を見て、オレはなぜか嬉しくなる。
つばさも、少しはオレに会いたいと思ってくれているような気がしたからだ。


実際に、オレの毎日は結構忙しい。
塾の課題はあったし、それ以外にも受験対策のための予習と復習、志望校のテスト対策等をしていると、時間が幾らあっても全然足りなかった。
彼女とベッタリ過ごしてる奴とか、部活に熱中してる奴で成績上位のやつはすごいと思う。
オレはずっとこっちで育って来て、今更大阪なんてちょっと考えられなくて、関東にしがみつくために合格するしかない。
それに元々オレにとっての『彼女』は生活のオマケみたいなもんで、男友達と遊ぶ方が数倍楽しかった。

つばさの事を、好きになりかけているのは分かっていた。
いや、実際に、好きは、好き、だ。
ただ何となく、つばさといると自分の今までに経験した事のない感情がどんどん生まれてきそうで、オレはそれを漠然と恐れていた。
…オレは、自分自身を変えたくなかった。
つばさに今まで恋愛経験が無いという事もあって、彼女が離れて行くわけはないだろうと、どこかタカをくくっていたところもあった。

オレ自身も我慢する事になるのだが、キスしたそうにしているつばさを見るのは嬉しかった。
もちろん、つばさが『キスして』と言ってくれたら、オレはいつだってキスしてやるつもりだった。
つばさが『会いたい』と言ってくれれば、オレは時間を作るつもりでもいた。



そしてそんな事もなく微妙な距離感のまま、さらに日常生活の中でのつばさの存在感は薄れ、一学期が終わる。
せっかく誘った夏期講習も、別々のクラスだったのもあって、思ったほどつばさと一緒には、いられなかった。
ただ学校にいる時のように、その場所につばさがいるから時々顔を見る事はできた。
そんな事でオレは少し安心していたのだ。

「もう8月か…」

オレはカレンダーを見る。
カレンダーの丸印、オレが叔父さんのところへバイトをするために出発する日だ。
8月は、つばさと付き合うかなり前から叔父と約束をしていた。
日常的に勉強してばかりいるオレは、現実から離れたい気持ちもあって、二つ返事で軽井沢行きを決めたのだ。

(つばさとは、当分会えないな…)

オレは女子にベッタリされるのが苦手で、もしその時に彼女がいても、軽井沢でのバイトは会わないで済む口実になるだろうぐらいに思っていたぐらいだ。
でも、つばさに対してはそうではなかった。
ちゃんとオレの方から、付き合ってからほとんど毎日、つばさに連絡をしていた。
そうでもしないと、あいつの方からオレへ連絡してくる事はめったに無い。
その辺りもオレのプライドに触る部分でもあったのだが、付き合おうとオレから言った事もあり、オレから連絡するのが当たり前のようになっていても、この流れでは仕方がないような感じになっていた。


軽井沢へ行く前の日に、オレはやっとつばさと会う時間ができた。
彼女も新しくバイトを始めていて、余計に都合が合わせにくくなっていたので、本当にやっとという感じだった。


数日ぶりに会う彼女。
川沿いの遊歩道を、オレはつばさの手をとって歩く。
(髪伸びたな…)
そんな事を思うぐらいに、オレたちは頻繁に会っていない。
休みの日に会うつばさは少し化粧もしていて、いつもと違う表情にオレはやっぱりドキドキしてしまう。

「………」
開けた川辺の風景。
薄暗くなっていく空に、小さい鳥のようなコウモリが数匹飛んでいく。
風で雑草の揺れる音が聞こえる。
オレたちは黙ったまま、歩くペースを落とす。

薄くリップを塗ったつばさの唇が、今日は気になって仕方がない。
オレの部屋でしたあの日以来、オレはつばさにキスしていない。
それは態度の変わらないつばさに対するちょっとした意地悪でもあったし、オレに対する戒めでもあった。
(このまま、何もしないで…)
オレはさらに歩みを緩める。
(彼女と、キスもしないで…)

「キスしてもいい?」
支川を跨ぐ小さい橋の上、設置されている策の横でオレは止まった。
「えっ」
つばさは目を丸くしてオレを見た。
大きく開いた目がパチパチして、そんな表情がちょっと面白くて、可愛いなと思う。

「つばさは、…オレとキスしたい?」

「し…」
言い淀んでいるつばさの両方の頬を、オレは触った。
つばさは大きく首を縦に振る。
(やっぱ、可愛い……)

何十日間も、オレはずっとつばさにキスしたかった。
今度触れる時は、つばさに優しくしたいと思っていた。


「……」

―― 触れる唇が、柔らかい。
頭の中の想像以上、記憶の中で覚えている以上に、柔らかかった。

オレはガラにもなくドキドキする。
キスだけでこんなに興奮することに驚きだ。

何も言わずにオレはつばさのおでこに自分の額を合わせ、もう一度キスした。
つばさの頬も、柔らかかった。

「………」

つばさの髪を撫でて、オレの鎖骨の辺りへ彼女の頭を引き寄せる。
しばらく抱きしめて、つばさに気付かれないように何度か髪にキスした。

会えない夏は、きっと寂しいだろうなとオレは思った。


 
 

ラブで抱きしめよう
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