意地悪な彼はホンモノじゃない

17 恋の準備期間

   

「へー、じゃあ片倉のどんなとこが良かったのか教えてよ」
冬唯が近づいて行った時、ちょうど相馬がつばさにそう言っていたところだった。

「オレも聞きたい」

冬唯がそう言うと、皆が顔を見合わせる。
相馬の発言で、何となくこれまでの話の内容は推測できた。
(はあ…)
自分の気持ちを抑え、皆に笑顔を向ける。
「つばさ、ちょっと来て」
冬唯はつばさを呼び、再度皆に作り笑顔を向けると教室へ向かう。
つばさは慌ててそんな冬唯を追いかけて行った。


前の当番の子が出て行ってしまうと、教室で2人きりになる。
「なんかスゲー楽しそうに男子と話してたね」
少し嫌味のつもりだった。
自分のいないところで自分の話をされていたという事は、あまり気分のいいものじゃない。
つばさがどんな発言をしようと、周りは単なる興味本位で自分達の事を面白がるだけだという事は分かっていた。

「冬唯くんこそ、すごく楽しそうに女子と話してるじゃん、いつも」
珍しく語気を荒げて言葉を返すつばさに、冬唯は少し驚く。
「そんな事ないよ」
「ウソ。いつも女子に囲まれてハーレム状態じゃん」
(あれって、ハーレムって言わないだろ)
今日1日だって色々絡まれて疲れていて、冬唯も少しムっとしてくる。
「何それ、オレつばさにそんな風に見られてたの」
「私に…って言うか、客観的に見てそうじゃん」

(そうなのか…?でも少なくともつばさはそんな風に思ってたって事だよな)
今日初めて口をきいたのに、お互いに喧嘩腰になっている。
冬唯は深呼吸して自分を落ち着かせた。
そんな事が言いたかったわけじゃない。

「…つばさ」

冬唯は一瞬立ち上がって、斜め前のイスに座っているつばさの手を取り自分の前に寄せて、再び机に座る。
立っているつばさを、上目遣いで見た。


「明日、オレと回ろ」

「へっ?」
予想外の冬唯の発言に、つばさは変な声を出してしまう。
「誰かと予定あんの?」
「無い…よ…」
つばさは彼と一緒に回る想像を漠然としていたが、きっと冬唯は誰かと予定があって、実際に明日は自分と回る事は無いだろうと思っていた。
冬唯の方からそう言ってくれた事は、すごく意外な事だった。

「オレさ」
冬唯は手を伸ばして、風に揺れて少し開いたカーテンを、窓が完全に隠れるように直した。
「オレ、今日色んな女子から声かけられて」
そしてつばさの手に、自分の手を戻す。
冬唯の手に感じるつばさの手の温度が、冷たい。
「結構誘われてさ」
「………」
つばさは、冬唯が何を言ってくるつもりなのかよく分からない。
冬唯は、意を決したように一度深呼吸をして、真っ直ぐにつばさを見た。

「でも、結局自分の彼女からは何も言われなかった」


つばさはハっとする。

(あ……)
「……ご、ごめん…」
冬唯がそんな風に思っているとは全く考えていなかった。
何と言っていいのか分からず、つばさはとっさにそう言った。

「別に、謝る事じゃないよ、オレが誘えばいい話だし」
できるだけ穏やかな口調で、冬唯は言おうと思った。

冬唯にとってつばさの行動は予想通りだったが、それで自分が少し傷ついている事に、驚く。
(やっぱ、つばさはオレと回る事なんて欠片も考えて無かったみたいだな…)
話し出してしまうと、言おうと思ってもいなかったその先が、自然と言葉で出てきてしまう。
「強引に付き合って、これまで色々な事しちゃったけど…、やっぱりつばさの気持ちはあんまりオレに向いてないのかなって」
(何、ぶっちゃけてんだ、オレ…)
そう思いながらも、冬唯は続けて話した。
「まあ、多少はオレの事、好きなのかも知れないけど。でも休みの日とかつばさから誘ってきたりとかもないし…オレってつばさにとってどんな存在なんだろって、たまに考える」

冬唯はそう口に出してみて、自分がつばさに本当はどう思われているのかを、考えないように考えないようにしてきた事に改めて気付く。
(要するに、この関係って、オレ次第って事なんだよな…多分…)
つばさがどんな反応をするか、冬唯は探るように彼女を見た。
合わさる手をつばさはじっと見つめ、深刻な表情で何かを考えているようだ。


「冬唯くん」
手を触れたまま一歩踏み出して、つばさは冬唯に近づいてくる。

(え……)

つばさの顔がもっと近くなって、反射的に冬唯は思わず背筋を伸ばしてしまう。
唇に、つばさの唇が触れる。
「…………」
あまりに予想外のつばさの行動に、冬唯は目を開けたまま、少し体を引いた。
ほんの数秒、短いキスだったが、冬唯を驚かせるには充分だった。

「…好き…、冬唯くん」

そう言うつばさの目は潤んでいるように見えた。
その切なそうな瞳。
それに釣られるように冬唯も鳥肌が立って、一瞬で気持ちが全部、彼女へと持って行かれる。
「…つばさ」

冬唯は息を飲む。
全身が震えそうだ。
(つばさ、スゲー可愛い……)
こんなに女の子にドキドキしたのは初めてだった。
じっと見つめ合った数秒が、数分にも感じられる。

(やばい、マジで可愛過ぎる……)

冬唯はつばさへ手を伸ばし彼女の体を引き寄せて、自分の膝へ座らせた。
すぐ目の前に、つばさの顔がある。
つばさも戸惑った様子で、ただ冬唯を見ていた。
「……つばさ」

今度は冬唯の方から、唇を重ねた。


「…………」
「…………」
長いキスをした。
あの日、冬唯の部屋でしたキスのように、深いキスだった。

唇が離れ、お互いに見つめ合う。

「つばさ、……好きだよ」

冬唯はそう言うと、またつばさにキスした。
(やっぱ、オレつばさの事、好きだ……)
触れてしまったら、自分の中で抑えていた気持ちを自覚してしまうだろうという事は分かっていた。
だからこそ、あれからつばさにキスしないようにしていたのだ。
つばさの柔らかい唇も、温かい舌の触り心地も、そして時折漏れる吐息でさえ、感じられるつばさの全部が、冬唯の胸の奥を刺激してくる。

(もう、ちゃんと認めた方が楽だ……)
冬唯はつばさの唇を甘く噛む。

「…好きだよ…」
「冬唯く……」
つばさの言葉を、冬唯は唇で塞いだ。



―― どのくらいの時間、キスをしていたのか。

膝の上のつばさを、冬唯は抱きしめていた。
つばさも、冬唯にギュっと抱きついていた。
(冬唯くん…)
ドキドキし過ぎて、油断すると手が震えてしまう。
彼の胸からも、つばさと同じぐらいドキドキしているのを感じた。
(冬唯くんも、私の事が好き……?)
キスをしている間、何度も好きだと冬唯は言ってくれた。

窓の外のざわめきを急に感じて、つばさは冬唯から体を離した。
そして冬唯の隣、机へ座り直す。
あまりにも恥ずかし過ぎて、つばさは下を向いてしまう。
「つばさ」
呼ばれて顔を上げると、冬唯の目が優しかった。
お互いに自然に微笑んで、今度は軽いキスをした。



クラスの屋台の方では、もうすっかり明日の準備が終わっていた。
「もう帰れるんじゃね?教室戻ろうぜー!」
様々な係の生徒が一旦ここに集まっていて、自然な流れで皆教室へ戻っていく。

「ちょ、ちょっと…」
万結は浩紀を引っ張る。
「何?」
流れで教室へ戻ろうとしていた浩紀は、立ち止まった。
「もう戻るの?準備4時半までじゃなかったっけ」
「それは最終目安だろ。明日早いし、帰ろうぜ〜」
あくびをしながら浩紀は歩きだしてしまう。
万結は鈴乃を見た。
鈴乃は万結の意図を察知して言う。
「戻って大丈夫かな…」
「まだキスしてたりして、まさか」
「まさかだよね〜はは」
「ははは」
言っておいて、さっきの冬唯たちを思い出してお互いに恥ずかしくなってくる。
「でも油断してあの調子でめちゃくちゃイチャついてるかもよ」
「もういいじゃん、目撃されろよって感じ」
若干自虐的に鈴乃は言う。
ちょっと気持ちがあった幼馴染の、熱烈キスを見せつけられたショックから、なかなか立ち直れなかった。


廊下には、外から戻ってきた他のクラスの生徒たちも大勢いた。

―― ガラッ

勢いよく教室のドアを開けて、外にいたクラスメートたちが一斉に入ってくる。
「片倉、荷物当番だったっけ?」
窓際で机を挟んで、携帯を握りしめて座っている冬唯とつばさを見て、男子が話しかけてくる。
「2人で当番してたのかよ、お前らエロい事してたんじゃねーの?」
他の男子がニヤニヤして冬唯を見たが、大して興味も無さそうにすぐに荷物を取りに行ってしまう。

浩紀と駿が冬唯たちのところへ、皆に遅れてやって来る。
「2人でスマホゲーしてたの?」
駿が、冬唯のスマホの画面を見た。
「うん、ヒマだったし」
冬唯が答える。
2人はスマホを向い合わせて、対戦ゲームをしていた。
「何だよせっかく2人だったんだから、イチャついとけよ。色気ねえなあ、お前ら」
浩紀は笑ってそう言うと、万結を目で探す。
「………」
浩紀と目が合った万結は、言葉を飲み込んで自分のカバンを取った。


「帰ろうか」
冬唯も立ち上がる。
「うん」
つばさもカバンを持って、机から離れた。

教室を出たところからもう、手を繋いで歩いた。
そんな2人をジロジロ見る生徒もいたが、皆学祭の前で浮かれていて、大して気にも留めずに通り過ぎて行く。
(冬唯くんと、一緒に帰れる……)
そんな些細な事でもつばさは嬉しいのに、今日の出来事がウソのようだった。


目が合うと、冬唯のつばさを見る眼差しが緩む。
いつもの電車に乗っているのに、いつもの2人の空気感とは違っていた。
この優しくて甘い感じに、つばさは戸惑ってしまう。
きっとそれは冬唯から出てくる雰囲気だけではなくて、自分自身もきっとそんな空気を出しているんだと思う。
数時間前の自分と、今の自分は確実に違う。


電車を降りて、帰り道、歩きながら話す。
いつものように、冬唯はつばさの家まで送ってくれる。

「私、冬唯くんにもっと積極的になってもいいのかな」
先程の冬唯との会話で、何でも彼に決めてもらっていた事をつばさは反省していた。

「うんうん、積極的なつばさ見てみたい」
冬唯は楽しそうに笑った。
「つばさが積極的って、どんな感じなんだろうな」
(さっきのつばさ、スゲー可愛かったしな…)
キスしてきたつばさを思い出して、また冬唯はニヤけてしまう。

「うーん、とりあえず、学校でもっと話しかけてみる」
つばさは大真面目に答える。
「え?そこから?」
冬唯は吹いてしまった。
「はは……、じゃあ、話しかけられるのを期待して待っとく」
「うん、頑張る!」
そんなつばさの屈託のないニコニコした顔を見ていると、冬唯もつられて笑顔になってくる。
そしてなぜか、付き合い始めた頃のつばさとの関係を思い出す。

(付き合いたての頃、何かこんな感じだったよな…)

あれから色々あったのに、不思議と始めの頃の感じに戻っているような気がした。
(もしかしたら最初から……)
(オレたちって、相性が良かったのかも知れない……)

そんな冬唯の視線に気づいて、つばさの頬が赤らむ。
「どうしたの?」
恥ずかしそうにしていても、つばさの笑顔にはこれまでにあったチクチクした緊張感はもう無かった。

「……何でもないよ」
「…!」
冬唯はつばさにキスした。


その日の帰り道、冬唯は隙を見ては何度もつばさにキスした。

 
 

ラブで抱きしめよう
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