当日の焼きそばの屋台は戦場と化した。
「空いてる女子、焼きも手伝ってくれるか〜?」
相馬の通る声が屋台に響く。
「は〜い。今、チラシ隊に連絡したから、こっちヘルプ来てくれるって!」
携帯をポケットにしまって、つばさは相馬の手伝いに回る。
「売れるのは全然いいんだけどさ、あれ、彼女的にどうなの?」
首にかけたタオルで汗をぬぐいながら、相馬は視線を屋台の外の冬唯へと向けた。
「全然気にならないよ。それより作る方が大変!」
相馬の自宅の店から持って来てもらったヘラを使い、つばさも野菜を炒めていく。
「切った野菜、ここに置くよ〜」
今日子がつばさの横に、どっさりと野菜の入ったボールを置いた。
11時半になり、つばさたちの当番が終わる。
「お疲れ〜。いや〜。よく売れたな!!」
相馬がつばさと冬唯に3パック分の焼きそばを持たせてくれた。
「な〜んか、ごめんな」
冬唯は午前当番の子と代わり、つばさと一緒に時間に屋台に入った。
他校の女子からあまりにも写真を撮らせて欲しいと言われるので、3パック買ったら写真撮影OKと提案すると、焼きそばが飛ぶように売れたのだ。
「まさか午前中から、冬唯くんがあんなに売るとは思わなかったよ…」
「オレもあんな事になるとは思わなかった」
冬唯とつばさは、職員室の外の、前に2人で話した事のある場所へ行った。
そこは学祭の喧噪と離れていて、静かだった。
「冬唯くんって、やっぱりすごい人気なんだね」
「人気って言うかさ…、オレが自分で言うのもなんだけど…人って見た目だけであんなに寄って来るんだっていうのが、結構コワイ。だって、オレ、知らない子ばっかだったぜ」
「それはそうかもね〜…」
つばさは自分の彼氏の事だと言うのに、『キラキラ男子』が騒がれてるぐらいの客観的な視点で、一連の騒ぎを見ていた。
「つばさって、何かいつも余裕だよな」
「え?…だってそういうのって、冬唯くんらしいもん」
シレっとつばさは答える。
「つばさは嫌じゃない?オレ、逆の立場だったらかなり嫌かも」
「別に嫌じゃないよ〜。あと、私がそういう立場になるわけないから、それは大丈夫だよ。食べよ〜食べよ〜」
全く動じずに、つばさは焼きそばの蓋を開ける。
あっさりとしたつばさに冬唯は複雑だったが、変に怒ったりするタイプよりはいいかと思う。
「それにしても、疲れたね…」
つばさはため息をついて、お茶を飲む。
「さっき頑張ってたつばさに、何かご褒美あげる。オレに何かして欲しい事ある?何でもするよ」
自分のせいで忙しかった事に、冬唯は少し責任を感じていた。
「何でも…?」
「できる事ならね」
つばさが無茶を言わないのは分かっていたが、一応そう言っておく。
「今何も浮かばないなあ〜。考えておくね」
「うん、考えておいて」
「何か、忘れそう」
つばさは笑った。
「いいよ、いつでも」
そう言って冬唯は笑顔を返すと、つばさのおでこに軽くキスした。
そんな冬唯の行動に、つばさはドキドキさせられっぱなしだ。
相変わらず職員室近くの中庭には人が通らず、冬唯とつばさは2人きりだ。
「今日、どうする?つばさどっか行きたいとこある?」
「う〜ん、特に考えて来なかった」
ダンス部のかけている音楽が遠くから聴こえている。
「そうだ。3時から駿が女装ライブやるんだって」
「古里川くん、そんな事するの?」
「何か、児玉っているじゃん。あいつがボーカルなんだけど、女装似合いそうって話になったらしくて。最初児玉だけ女装させようとしたみたいんだんだけど、そしたら児玉本人が渋って、結局全員でする感じになったらしい」
「え〜、児玉くん、確かに女装似合いそう。それは見に行こうよ」
つばさと冬唯は何となく予定を立てながら食事を終えると、焼きそばのパック等を捨てるため、校舎の裏を通って焼却炉の近くに設置してあるゴミ置き場に寄っていく事にした。
「こっちは静かだね〜」
生徒は皆表側の校舎の方で活動しているため、職員室裏の校舎側には誰もいない。
2人は近道をするために、細い通路を通った。
「つばさ」
「ん?」
立ち止まって、冬唯はつばさにキスした。
(あ……)
これまでキスしなかった間が信じられないくらい、昨日から冬唯は何度もつばさにキスをしていた。
「んっ……」
冬唯に押されて、つばさは壁に背をついた。
逃げ場を失ったつばさへと、冬唯はさらに深いキスをしてくる。
(冬唯くん……)
彼の舌がつばさの舌に触れる。
キスに慣れていないつばさは、そんな冬唯のキスを受け留めるだけで精いっぱいだった。
(舌って、結構気持ち悪い感じなのに……)
口の中に入ってきた冬唯の舌は、さらにつばさの舌を舐める。
(全然嫌じゃない…)
「うぅっ……」
唇が離れると、つばさは思わず声を漏らした。
身長差のある冬唯はつばさの頭を右手で抱え込むと、ギュっと自分の胸へ抱きよせる。
つばさも自然と彼の腰へ手を回した。
(うわぁ…、幸せ……)
抱きしめあう事が、とても幸せだなとつばさは思う。
それは冬唯も同じだった。
(可愛いー……つばさ…)
昨日の出来事以来、冬唯の中で抑えていた何かが外れた。
少し前まで、こんな風につばさの事を抱きしめられるなんて思っていなかった。
冬唯は体を離すと、その場で壁に背をついて座り込んだ。
隣へ座るように、つばさへ促す。
「…オレ、つばさとキスするの好き」
そんな冬唯の言葉が嬉しくて、つばさは真っ赤になった。
「うん、…私も」
冬唯にキスされると、ものすごくドキドキしてしまう。
それはずっと変わらない。
「でも、この前まで全然冬唯くん、…キスしなかったよね…?」
つばさはずっと気になっていた。
不自然なほど自分を避ける冬唯に、もしかしたら何かしてしまったんじゃないかと思い悩んだ事もあった。
「すごいガマンしてたから」
「な、…なんで?最初の頃、めちゃめちゃしてたのに」
その冬唯の急変ぶりは、ずっとつばさは不思議で仕方がなかった。
「う〜ん、なんでだろ?…多分……」
(また押し倒したくなるから)
(オレの方がつばさを好きだって自覚するのが嫌だったから)
理由は色々頭の中で浮かんだが、どれもくだらない事だと改めて冬唯は思う。
「やっぱ、よく分かんねえ」
ごまかすように、つばさへ笑顔を向けた。
「あ!」
つばさは冬唯に向き直る。
「なに、何?」
「さっき言ってたご褒美、決めたよ」
「決めた?何して欲しい?何か欲しいものとかでもいいよ」
冬唯は前髪をかきあげ、座り位置を直してつばさを見た。
「冬唯くんに、キスしたい」
「え?それ?」
意外な言葉に驚いて、冬唯は目を丸くしてつばさを改めて見る。
「うん。ダメ?」
「…って言うか、それじゃただ、オレのご褒美じゃん」
「えへへへ……」
恥ずかしそうに笑うつばさが、すごく可愛いと冬唯は思う。
本当は今すぐにでも、また自分の方からキスしたい衝動にかられた。
「い、……いいけど…」
「じゃあ、……あ、目つぶってね」
「………」
冬唯は素直に目を閉じた。
こんな風に誰かとキスをした事は無かった。
さっきキスをしたばかりだというのに、今、ものすごくドキドキしてしまう。
ちゅっ………
それは冬唯がするキスよりも、ずっと柔らかく優しい触れ方だった。
(女の子の唇だ……)
改めてつばさに対して、冬唯はそう思った。
冬唯が目を開けると、すぐ目の前に薄目のままのつばさの顔があった。
その表情が色っぽくて、余計に冬唯はドキドキしてくる。
「あー、もう、つばさ……お前ヤバいって」
冬唯はつばさの首元へ、自分の頭を押しつけた。
つばさがその髪へ手を回すと、彼を軽く抱きしめる格好になる。
つばさも、ものすごくドキドキしていた。
つばさにくっついたその体勢のまま、冬唯は言った。
「何か、もっとちゃんと……素直になってれば良かった」
「んん?」
「ちゃんとつばさの事…、もっと好きだって言ってたらさ、ずっとこんな幸せだったのかなーと思ったら…。今までの日々は何だったんだと思ってさ」
「…冬唯くん…」
冬唯の素直な言葉に、つばさはキュンとしてしまう。
(冬唯くん、可愛い……)
つばさは冬唯の髪を撫でた。
「あのね、冬唯くん」
「ん?」
冬唯はつばさに撫でられるがまま、顔をもっとつばさの首へくっつけた。
「私、…冬唯くんの事すごく好きなんだけど…、こういう気持が『人を好きになる』って事だったら、やっぱり今まで誰も好きになった事が無かったんだなって思うよ」
「………」
冬唯は顔を上げる。
「やっぱり、…私、冬唯くんが、…全部初めてなんだよ」
そう口に出して、つばさは恥ずかしくなってきた。
そんなつばさを見ていると、冬唯はつばさが可愛くてたまらなくなってくる。
「つばさ」
冬唯はつばさの肩に手を回して、抱き寄せる。
頭を撫でると、またつばさにキスした。
「あ〜、…もう、今日どこも回らないで、ここでずっとイチャついてたいんだけど」
ため息をついて、冬唯がつぶやく。
2人は手をつないで、誰も通らない校舎の裏にそのまま座っていた。
「でも児玉くんの女装は見ないと!」
つばさが目をキラキラさせて言った。
「え〜〜〜」
「もう2時半過ぎたよ!そろそろ行こうよ!」
つばさは笑顔で、よりかかっていた壁から背中を離す。
冬唯はつばさに引っ張られて、渋々腰を上げた。
「…そういうとこ、やっぱつばさは余裕なんだよなあ」
「ん?何?」
全く邪気の無い瞳で、つばさは冬唯へと振り返る。
「何でもないよ」
冬唯はつばさの手を握り直した。
そのまま手をつないで、冬唯とつばさは大勢の生徒がいる学祭まっただ中の喧噪へと戻って行った。
2018/5/1