「超〜〜、可愛かったね、児玉くん」
駿たちがやった女装バンドは大受けで、児玉以外のメンバーもちゃんとビジュアル系に仕上がっていた。
「駿が意外にキレイだったのに、引いたわ」
体育館を出る人ごみに、冬唯とつばさも流される。
ライブの熱気がまだ残っていて、外に出ても室内の蒸し暑さがついて来ているようだった。
「あっ」
人に押されて、つばさが冬唯と離れてしまう。
「……」
そんなつばさを見て、冬唯は黙って手を伸ばす。
(こういうの…)
つばさは自然に、冬唯の手を握る。
(学校だけど…すごく嬉しいな)
冬唯とつばさは色々な人に声をかけられたが、ずっと2人でくっついていたので、皆すぐに去っていく。
噂をされているのに何度も気づいたが、冬唯は全然気にしていない。
彼は手をつなぐのが当たり前の様にあまりにも堂々としているので、つばさも時間とともに慣れてしまった。
「おお〜〜〜〜!!!片倉くんじゃん!」
見知らぬ先輩男子から声がかかる。
知り合い?という目で、冬唯がつばさを見た。
冬唯の名前を呼んでいるのだから、つばさの知り合いのはずがない。
「僕、3年の運営委員の蒲郡っていうんだけど、今学祭ベストカップルの企画参加者を募集してて」
蒲郡と名乗る3年生は、営業スマイル全開で2人に近づいて来た。
運営委員は体育館から抜ける人通りの多い、良い場所に企画場所を構えている。
「2年の片倉くん、イケメンで超有名じゃん。彼女でしょ?手、つないでるし。同級生?」
つばさと冬唯はずっと手をつないだままだった。
それを改めて指摘されると、つばさは恥ずかしい。
「彼女ですけど……何か」
「ベストカップルコンテストに、エントリーして!お願い!片倉くん達なら狙えるって!豪華賞品もあるよ」
「でもオレたち……」
「それって、インスタントカメラですか?すぐ印刷できるやつですか?」
そこで蒲郡が持っていたカメラを見て、つばさが言った。
「そうだよ」
先輩がニッコリとつばさに微笑む。
「し…、写真、今1枚くれるなら、エントリーしてもいいです」
「え?いいの?つばさ」
「だって〜…こういう写真ってデジカメより記念になるなって思って。先輩のカメラ、良さそうだし」
「いいよ、あげるよ。彼氏と彼女に1枚ずつ。で、エントリー用に1枚ちょうだいね」
渡り廊下の夕日が眩しいところで、2人は先輩に写真を撮られた。
白い印刷紙が出てきて、つばさが先に、そして冬唯が後からもらった。
エントリー用にもう1枚撮ろうとしている時に、冬唯がつばさの後ろから抱きついてくすぐる。
「ちょっと〜、やだ。くすぐったいってば!」
くすぐられるのに弱いつばさは過剰に反応してしまう。
「ははは」
冬唯は嬉しそうに笑った。
「今の2人いいね〜、どうかな〜」
先輩の持つカメラから白い用紙が出てくる。
「えっ、今、撮りました?」
「撮ったよ〜」
ジワジワと2人の姿が浮かび上がってくる。
まだ細かい表情までは分からないが、笑顔なのは伝わってきた。
「じゃあ、これでエントリーさせてもらうね。発表は後夜祭の時にするから!もうすぐ4時からここで投票開始するんで、自分達に入れるのもアリだよ〜!」
時計を見ると、もう3時50分を過ぎていた。
蒲郡先輩は他のカップルを探しに、その場を去ってしまった。
「つばさが写真に食いつくとは」
「なんか写真、欲しかったから…」
もうすっかり浮かび上がっている、冬唯と自分の2ショットの写真を見た。
「やっぱり冬唯くんはカッコいいね。でもデジカメみたいにしっかり映らないから、私も普段より映りが結構マシじゃない?」
「マシって言うか、つばさは普段から可愛いよ」
「そんな事言うの、冬唯くんだけだよ」
冬唯に『可愛い』と言われるたびに、毎回つばさは照れてしまう。
つばさに乗せられて写真を撮ったが、くっついている2人の姿を見て冬唯も満足だった。
「良かった、確かに記念になるな」
「でしょでしょ?」
お互いの写真を見せ合って、しばらく盛り上がる。
(冬唯くんが、私の彼氏って……)
これまでピンとこなかったその事実が、今ならつばさは実感できた。
写真の中の2人は、普通に仲の良いカップルだった。
(なんか……今更だけど、嬉しいな…)
すぐに4時になり、近くにいた2人は自分達に投票しに行った。
(あ……)
飾られていたポラロイド写真のつばさと冬唯は、すごく自然にとても楽しそうな笑顔だった。
(すごい、冬唯くんいい笑顔してる……)
普段の少し格好つけている冬唯とは違って、つばさの事をからかった時にみせるような、素の表情だった。
本当はくすぐっているのだが、冬唯が後ろから抱きしめているような体勢なので、余計に2人がとても仲が良さそうに見える。
「このつばさ、すげーー、可愛い」
その写真を見ながら、冬唯は言った。
「………あ」
つばさは思わず声を出した。
冬唯にばかり気をとられていたが、自分に目をやると、自分でも自分ではないような素晴らしい可愛さで、写真に納まっていた。
「この写真、なんかオレらスゲーいいな」
「うん……先輩、写真撮るのすごい上手いね」
(すごい、蒲郡先輩、写真撮るのこんなに上手いんだ…)
つばさはこの写真の良さは、先輩の腕だと信じて疑わなかった。
「いやいや、被写体がいいんでしょ。あとでこの写真、もらおーぜ」
冬唯はつばさの頭を撫でた。
「え〜、片倉って、こんな顔するんだ!」
「うわー、カッコいい〜〜!」
高校の生徒だけでなく、外部の人も投票できるので、その場はとても賑わっている。
写真を掲示してあるボードの前で、カップル投票をしようと来ていた女子たちが冬唯達の写真を見てざわついていた。
「何て名前だったっけ、この子…、片倉の彼女」
同級生の女子の間で一学期につばさの名前は一瞬広まったが、その後普段つばさたちが一緒にいないせいか、噂は落ち着いていて、皆、つばさの事をあまり覚えていなかった。
「梅田さんだよ〜!なんか、めっちゃ可愛くなってない???」
「この写真すごい良い!すごい羨ましい〜〜!」
かしこまって撮影されたカップルが多い中、幸せが伝わってきそうな自然体のつばさと冬唯の写真は目立っていた。
文化祭の開催時間も終わり、つばさは今日子や涼香達と一緒に屋台の片づけを手伝っていた。
「明日、午前で学校終わったら、相馬の店で打ち上げやるんでしょー?」
他の女子が相馬に声をかける。
「もう貸切予定にしてんだから、お前らちゃんと来いよ!」
予定通り、相馬の家の店でクラスの打ち上げをする事になった。
クラスグループで流したメッセージ、担任も含め全員が参加で返信が来ていた。
「梅田さん、いる〜?」
他のクラスの学祭の運営委員がつばさを探していた。
「つばさ、呼んでるよ」
「は〜い」
ゴミをまとめていたつばさは、奥から出てくる。
「あ、いたいた、もうすぐ後夜祭だからこっちに来てくれる?」
「…??」
つばさは委員に連れられて、1人その場を離れた。
暗くなった校庭で、後夜祭のイベントが始まる。
軽音楽部の演奏があったり、一通りのイベントが過ぎると、コンテスト結果の発表になった。
クラスごとの賞発表の前座に、カップルコンテストの発表がある。
3位から順に発表があり、つばさは冬唯と脇に控えていた。
「大きく2位を引き離して1位になったのは〜!」
マイクを通して、運営のイベント司会担当の3年男子が声を張る。
「2年生、片倉くんと梅田さんです!!」
冷やかしの声と拍手と共に、つばさと冬唯は強制的に檀上へ上げられた。
イベントは既に盛り上がっていて、お祭りムードは最高潮だった。
冬唯もつばさも嫌な顔をするわけにもいかず、と言うよりもつばさは恥ずかしくてたまらなくて、本当に逃げ出したい気持ちでその場に立っていた。
こんな風に大人数に人に注目されるのは、普段のつばさには全く経験の無い事だ。
「ベストカップルに選ばれた2人には
10日間分の学食チケットと記念品が授与されますー!」
「そう言えば、賞品出るんだったね」
つばさは小声で冬唯に言った。
「やったじゃん。つばさ、一緒にランチしよ」
注目されているというのに、冬唯は優しい目でつばさを見てくれていた。
そんな彼の仕草が、いちいちすごく嬉しかった。
「ではー!お2人は優勝カップル恒例のキスをー…!」
と、司会者が言い終らないうちに、キャーと黄色い悲鳴が上がる。
(え〜…、えっ??)
すぐに冬唯はつばさにキスしたのだ。
「ええっ??もうやっちゃったの??もっと溜めさせてよ〜。ちょっと!!」
司会者が残念そうに叫ぶ。
「いや〜!片倉くん〜〜!!!」
「片倉先輩〜〜〜!!!」
黄色い歓声がまだ続いていたが、冬唯は司会者に向かって、「もうしましたから」と言った。
周りがうるさすぎて、司会の3年生は口の動きで意図を察する。
冬唯は派手に手を振ると、つばさの手を引いてさっさと檀上から下りた。
司会者がそれに合わせるように、歓声をさらに煽った。
「おめでとう〜〜!!お幸せに!皆も拍手〜!」
色んな声が飛び交う中、壇から下りたつばさは、緊張で足がガクガクしていた。
「ダメ〜〜、こんな注目されるの、ガラじゃないよ〜〜」
おまけに学校中の生徒が見ている前で、一瞬だが冬唯にキスされた。
それも、冬唯はちゃんとつばさの唇にキスしたのだ。
「おめでとう〜!お2人さん!ホント仲いいね〜」
つばさは無意識にガッツリと冬唯の手を握りしめていた。
「あ……」
「ははは」
冬唯はそれに応えるようにしっかりとつばさの手を握り返す。
「これ、写真、色紙にしたから、記念にどうぞ」
運営委員の3年生の女子が、冬唯に色紙を手渡した。
「ありがとうございます」
冬唯はおじぎをして、それを受け取った。
もらった色紙を、運営のテントの明かりの中で見る。
色紙の真ん中にあの写真が貼ってあって、周りに運営委員からのメッセージが書き込まれていた。
「へ〜、こんな風にしてくれるんだ」
丁寧な仕事ぶりに、冬唯は感心する。
「『お幸せに』って、いっぱい書いてある〜」
(なんか結婚するみたい…)
つばさはいちいち照れくさくて、色紙のメッセージを1つ1つ見るたびドキドキしてしまう。
「なんだよこれ、『梅田!好きだ!』って。男の字じゃん」
冬唯は笑ってそれを見ていた。
「あと『梅田さん可愛い』って、どう見ても女子の字でいっぱい書いてあるな」
「ホントだ〜……、やだ、すごい嬉しいよ〜…」
こんな風に注目されるのも、こんな風に幸せを感じるのも、冬唯と付き合っていなければ、こんな風に学祭を過ごす事も無かっただろう。
(冬唯くん……)
あっという間に、自分の一番近くで存在感を示す彼。
今冬唯へと感じる気持ち全てが、つばさの中でこれまでに抱いた事の無いものばかりだ。
「どした?疲れた?」
色紙と、大げさに可愛くラッピングされた袋を手に持って、冬唯は少し腰をかがめてつばさを覗きこむ。
「ううん、何かジワジワ嬉しくなってきて」
つばさは素直にそう答える。
上目遣いに冬唯を見るつばさの顔が、薄暗いテントの中そこだけ冬唯の目には明るく見えた。
冬唯は改めて、色紙に貼られた自分達の写真を見る。
(この写真、オレもすげー幸せそう……)
(つばさは、めちゃくちゃ可愛いし……)
そして目の前にいる実物のつばさは、やっぱりもっと可愛いと冬唯は思う。
(なんでこんな可愛い子が同じクラスにいたのに、大して気にも留めてなかったんだろ……)
「向こう、いこ」
つばさの背中を押して、運営のテントから離れる。
途中、2人に気付いた生徒たちが、「おめでとう〜!」と冷やかして通り過ぎる。
盛り上がっているその空気に水を差さないように、冬唯は適当に会釈をしてその場を去った。
後夜祭の舞台では、クラスの賞の発表が行われ、先程以上に大きな歓声が起こった。
(可愛さに気付かなかったっていうのとは、違うんだ)
冬唯はハッキリと、感じていた。
(つばさは、オレと一緒にいる時がすげー可愛いんだ…)
皆が舞台に注目していた。
生徒のいる校庭の方はもう暗い。
集団から少し離れた後ろの方で、冬唯はつばさと手をつないだ。
今日も昼間沢山キスをして、さっきも檀上でキスしたのに、またキスしたくてたまらなくなる。
昨日からものすごくつばさの近くにいて、こうしていると今まで自分はどうして彼女と離れていられたんだろうと思う。
手から感じるつばさの感触に、今更に冬唯はドキドキしてしまう。
―― 本当に、すごくドキドキしていた。
2018/5/4