意地悪な彼はホンモノじゃない

20 君の香り

   

学祭も終わり、学校はいつもの落ち着きを取り戻していた。
後夜祭のイベントをきっかけに、冬唯だけでなくつばさまで、すっかり学校の有名人になってしまった。
今ではなぜか1年生から挨拶されたり、知らない同級生や先輩から声をかけられたりする事もある。

それでも冬唯との関係が落ち着いたおかげで、つばさの気持ちは穏やかになっていた。


「おはよー」
クラスの女子に声をかけながら、つばさは教室へ入った。
教室の角に既に来ている冬唯の姿が見える。
席替えをして、窓際の一番後ろ、クラスでは大当たり席と呼ばれるその場所を、冬唯はくじで引いた。
学祭でベストカップル賞に選ばれたり、クラス賞では屋台が校内売上ベスト3をもらったり、最近の冬唯のラッキーさは席替えのくじにも発揮された。

「つばさ」
冬唯もつばさを見つけて、すぐに声をかける。
つばさはカバンを持ったまま、窓際の後ろ、冬唯の席へと向かう。
「昨日言ってたスーパービーバーのCD持ってきた」
冬唯が何枚かのCDRをカバンから出す。
「ありがとう♪」
つばさはそれを受け取り、自分のカバンへと入れる。
「『その日を待つように』っていい歌なのに、カラオケには無いんだよな」
冬唯が残念そうに言う。
つばさは冬唯がスマホで見ている画面が気になった。
「ふーん、家帰って聴いてみるね。今は何見てるの?」
「今時間あるなら、一緒に見る?」
冬唯は片方のイヤフォンを外して、つばさに渡す。
つばさは冬唯の前の席に座って、画面を一緒に見た。
「カッコいいよな〜。武道館のDVD買ったら、うちで一緒に見ようぜ」
「うん」

『うち』という単語に、つばさは反応してしまう。
冬唯の家にはあれ以来行った事がない。
冬唯の家と言うと、どうしてもあの時の事を思い出してしまう。
朝から教室の中で冬唯と2人、それも近い距離で一緒にスマホを見ているこの状態で、すでにつばさはドキドキしていたのに、余計にドキドキしてしまう。


教室の端とは言え、2人の姿は客観的にもイチャついているように見えた。
そんな2人が気になっていたが、クラスの皆は、あえて見ない様にしている。
元々2人が付き合っているのは皆知っていたが、学祭でベストカップルに選ばれて以来、冬唯のつばさに対する態度は、突っ込む方が気まずくなるぐらいの変わり様だった。



「なんか〜、片倉とつばさ、ありがとう〜〜!」
今日子と涼香、つばさと冬唯の4人で学食に来ていた。
2人分で合計20食分の食券をもらったので、今日子と涼香に冬唯たちの券を、今日は1枚ずつあげた。
冬唯とつばさの2人で学食に来た事もあるのだが、その時は猛烈に目だってしまい、今回は4人で来たのだ。

「喜多くん達は、一緒に来なくてよかったの?」
涼香が浩紀達に気を遣って言った。
「あいつらは、いーよ」
文句を言う浩紀を想像して、冬唯は笑った。

(ううっ、…眩しいっ……!)
今日子は彼の正面の位置にいた。
こんな風に冬唯と話した事が無いので、彼のイケメンっぷりに当てられてしまう。
(片倉、ホントにキラキラなんだけど!こんなのと付き合ってるつばさがスゴイ!!)
改めて、目の前にいるつばさと冬唯を見た。

女子3人を連れて、学食にいる冬唯はとても目立っていた。
つばさと2人でいても目立つし、結局何をしても彼は人目を引いてしまうのだ。

「何か正直、こんなに2人が仲良くなると思わなかったな」
冬唯と話す機会もあまり無いので、今日子は素直にそう言った。
「オレも」
「私も」
冬唯とつばさが同時に答えたので、4人は爆笑してしまう。

「片倉は悪い人じゃなさそうだとは思ったけど、…2学期に入ってもまだ付き合ってたから、実はだんだんつばさの事が心配になってたんだ」
涼香が冬唯を見て、釘を刺すように言った。
「え、なんで?なんで?何が?」
涼香の言葉の意図が分からず、冬唯は驚いて聞き返した。
「だって付き合い始めたきっかけって、片倉の、ただの気まぐれでしょう。その時は、せっかくだから付き合っちゃいなよって、つばさに言ったけど…。つばさは片倉の事が本当に好きになってきちゃうし、片倉は何か思ってたのと違うし」
「え、ちょっと待って!」
冬唯はカレーを食べていたスプーンを置いた。
「ちょっと聞きたいとこ、いっぱいあるんだけどさ」
そこでひと息つく。

(付き合ったのは、確かにオレの気まぐれだけど)
(つばさって、オレの事『本当に好き』とか、友達に言ってたのか?)
(……だったら超嬉しいんだけど)
(オレが『思ってたのと違う』って、どう思われてて、実際どうだったって事なんだ?)

「思ってたのと違うって、何?」
冬唯の口調はかしこまる。
今日子はコロコロ変わるそんな冬唯の表情を見て、ぐんぐん彼への好感度が上がっていく。
「何か、もっと女の子に慣れてて…、もっと上手い事つばさを引っ張ってくれるんじゃないかなって思ってたから」
言葉を選びながら涼香は答える。

「う……」
冬唯は言葉に詰まった。
(遠藤涼香、辛辣だな)
つばさを突発的に抱いてしまったあの日からの自分の行動は、冬唯は自分でも、らしくないなと思っていた。
自分の中にある混沌とした感情を持て余し、つばさと距離をおいてしまった。
(何か、見透かされてるみたいで、オレカッコわる…)
「そんな、…オレそんな遊び人じゃないし。別に女の子に慣れてるわけじゃないよ」
「そうなんだ」
たっぷりの疑いを含んだ目で、涼香は冬唯を見ている。

「でも『付き合いなよ』ってつばさに言ってくれたんだ。それはマジでありがとな」
付き合おうと言った時に、全くその気が無かったつばさの事を冬唯は思い出す。
友だちの後押しが無かったら、こうして今自分と付き合っていないかも知れない。
「だって、『片倉』だよ!って、本人目の前にいるんだった」
今日子が苦笑いした。
それに思わず冬唯は吹いてしまう。
そして隣に座るつばさの反応を見た。

「え、別に私は『片倉くん』に今日子みたいに特別な感情って無かったけど…」
つばさはそう言いながら、自分を見る冬唯の目の優しい感じにドキドキしてくる。
「えっと…」
その後の言葉をつばさが考えている数秒間、目が合う2人の空気がみるみる甘くなっていく。
それに気づいた涼香と今日子は、思わず顔を見合わせた。
「まあ、今幸せみたいだからいいんじゃない」
涼香も先程とは違って、微笑ましく2人を見守った。


学食を出て、自然につばさは冬唯と2人で並んで歩く。
「冬唯くんって」
「ん?」
「いつもいい匂いするね」
「ホント?」
「うん」
横に並ぶといつも感じる、少し甘い香り。
それはシャンプーとか制汗剤とは違った匂いだった。
「何かつけてる?」
「うん、つけてるよ」
「つばさ、私達購買寄ってく〜」
振り返った今日子はそう言って、涼香と共に早足で行ってしまった。

「何?香水?」
「うん、そんな感じの」
「へ〜、爽やかでいい匂いだね。そういうのってどうやって選ぶの?」
つばさは香水をつけていない。
基本的に香水の独特の匂いがおばちゃんっぽくて苦手で、時折ものすごく強い香りを放つ同級生がいたりするととても嫌な気分になったりするくらいだ。
それなのに冬唯の匂いは嫌じゃなかった。
つばさは素直にそう思って、冬唯に聞いた。

「もらいもんだから」
「ふ〜ん……」

つばさは何気なく聞いていたが、プレゼントに香水を送るようなセンスはちょっと特別な関係なんじゃないかと気付いてくる。
「香水、もらっちゃうのって……」
その意図を察した冬唯が、つばさの言葉を遮る。
「うん、・・・女子大生と一瞬付き合ってた事があって」
「そうなんだ!」
(女子大生!さすが冬唯くん、大人!・・・って、一瞬って?)
思わず興味津々になって、つばさは冬唯を見上げた。

「う、…うん」
ワクワクしているような、予想外の反応を見せるつばさの食いつきに、冬唯は少し驚く。
「え…っと、匂いが気に入ってたからつけてたけど、つばさがそういうの気になるんだったら、もうつけないけど」
「あ〜、ああ…」
『そういうの』という言葉の意味が一瞬分からなくて、つばさは少し考えてしまった。
(他の女の人からもらったって事ね…)
「うん、確かにイヤだなあ、冬唯くんの前付き合ってた彼女って事でしょ?」
嫌だという割には、あっさりとした口調でつばさは答えた。

(うわ、こいつまた全然嫉妬心とか無いじゃん)
鈍いつばさに気を回した自分がバカらしくなってくる。
冬唯は気持ちを立て直して、言った。
「土曜はつばさバイトだったよな。じゃ、日曜に買い物行こうよ。で、つばさがオレの匂い選んで」
「え、いいの?私センス無いかもよ」
「大丈夫だって。あんまりオレのイメージと合わないのは却下するし」
冬唯は笑った。



日曜日、つばさは冬唯と待ち合わせをして、ディスカウントストアへ向かった。
店内は客で賑わっていたが、香水売り場を見ている人はいなかった。
「ここなら色々匂いが試せるじゃん。定価より安いし」
沢山のテスターが並んでいる売り場の前で、冬唯はプラケースに入ったテスターを1つ手に取る。
「うん、うん。ちょっと調べて来たんだ〜。でも瓶が可愛いとそれだけで何かいいよね」
2人は幾つかのサンプルを見て、しばらくお互いに感想を言い合ったりした。

「なんか、だんだん分かんなくなってきちゃった。やっぱり最初の方に見たやつがいいかな」
薄いブルーの瓶に入った香水を、つばさは指さした。
「あ、オレもそれいいと思った。つばさにも合いそうだし」
「え?私?」
つばさはきょとんとして、冬唯を見る。
「うん。お揃いにしようよ。オレからつばさにプレゼントするから」
「ええっ…!じゃあ、私が冬唯くんの分をプレゼントするよ!」
つばさの言葉に、冬唯は優しく答える。
「いいよ、そもそもオレが一緒に買いに来てって付き合わせてるんだし」
「ううん!私も冬唯くんにあげたいよ!せっかくバイトもしてるし!」
いつになく真剣につばさが言うので、冬唯もその提案に甘える事にした。
「じゃあ、プレゼントし合おうか」
冬唯は購入のためのプラスチックのカードを2枚取った。

「こういうのって、なんか、すごく彼氏・彼女っぽい気がする…」
レジに向かいながら、つばさは今更に少し恥ずかしくなってくる。
「そう言えば前は、つばさってオレと『彼氏・彼女』っていうの、結構抵抗ありそうだったよな」
「う……」
付き合い始めた当初、冬唯の事がどうも胡散臭くて、つばさは若干引いているところもあった。
その頃から比べると、今は自然に恋人関係になっている気がした。
こんな風に2人の時間も、ナチュラルにデートらしくなっていた。

つばさは冬唯の私服も好きだ。
秋から冬への季節感を出している今日の彼の服も、お洒落でいいなと思う。
(私は、冬唯くんに釣り合っているのかな…)
あの学祭以来、つばさを見る周りの目が明らかに変化した。
これまでとは違い、『一目置かれている』のを感じた。
(冬唯くんが一緒にいて、恥ずかしくない女の子になりたいな…)
今までそんな風に考えた事は無かった。
恋をすると女の子はこんな風に変わっていくんだと、つばさは身を持って知った。



「あれ?つばさ、いい匂いするね」
教室で、近づいて来た涼香が言った。

「分かる?…って言うか、匂い強くないかな?」
「大丈夫。別に強くないよ、何かつばさらしくて爽やかな匂いだね。これ、メンズでしょ」
涼香は長かった髪を、先日、肩までバッサリ切った。
本人いわく、傷んでいたかららしいが、客観的に見てもそんな事は全く無かった。
つばさはいつも涼香の美意識の高さに感心する。
「よく分かるね。さすが涼香」
「分かるよ〜。香水って女物は結構オンナ!って感じじゃん。にしてもつばさが香水なんて…、絶対あいつの影響でしょ」
教室の端で男子と話している冬唯へ、涼香が目をやる。
「えへへ…」
つばさは恥ずかしさをごまかすように笑ってしまう。
「つばさがこんなに変わると思わなかったな」
「変わったかな?」

「変わったよ〜、何かちゃんと可愛くなってる」
「ええ〜」
身近な友だちにそう言われると、つばさはすごく嬉しくなる。
「私、…冬唯くんと一緒にいても大丈夫かな?変じゃないかな?」
「大丈夫だって!…むしろそんな風に言っちゃうつばさがすごいカワイイんですけど!!」
涼香はギューっとつばさに抱きついた。


(うわ、遠藤うらやましー……)
遠目から涼香とつばさを見て、冬唯は思う。
(オレも教室で、つばさにギューとかしてみてぇ…)
少し悶々として、冬唯は耳の上の髪をいじる。
手首から、つばさと同じ匂いがした。

 
 

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